32 首が無くなると帰り道が判らなくなる
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頼運
大門前で治癒師の皆さん達と別れたら、直ぐにギルドに戻った。
大門から直ぐのところにギルドがある。
ギルドの大きな建物が目に入ると、“帰って来れた”とホッとした。
ワイバーンが急降下して来た時は、本当に死ぬかと思った。
帰って来れたのは、ベルンの灯や警備兵のみんなが魔獣に止めを刺させてくれたおかげ。
感謝しかない。
「ただいま。」
「お帰り、大活躍だったわね。」
ズンさんが笑顔で迎えてくれた。
ギルドの前にはズンさんだけでなく顔見知りの冒険者のおっちゃん達も出迎えてくれている。
「うん。 めっちゃ怪我人が多かったから頑張った。」
「そっちじゃなくて、ワイバーン。」
「あれはワイバーンの自殺だよ。 勝手にバリアに突っ込んで墜落してくれたんだ。」
「それでも一人でワイバーンを12頭倒したなんて、帝国始まって以来初めての記録よ。」
「そうなの?」
ワイバーンって珍しい魔獣なのかもしれない。
アホだけど飛ぶのがめっちゃ早いから、なかなか見つからないのだろう。
「というよりも、単独でのワイバーン討伐は800年前の勇者以来だって。」
えっ、そうなの?
知らなかった。
勇者が倒して以来って、ひょっとしてやらかした?
「まあ俺の場合は、倒したというよりも勝手に墜落しただけだから。」
ズンさんに笑顔で言い訳した。
厳しく追及他人の失敗、笑って誤魔化せ自分の失敗。
何でも笑って誤魔化すのは、前世日本人の特技だ。
「ショータ、良くやった。」
熊が出た。
探知もだいぶレベルアップした筈なのに、未だに熊は俺の探知に掛からない。
特殊個体は別次元の存在らしい。
戦うのは絶対に無理だと感じる。
「たまたまバリアが上手く嵌りました。 ワイバーンがアホみたいに同じ攻撃を繰り返してくれたお陰です。」
「そうかそうか。 まだ詳しい結果は出ていないが、どうやら今回の魔獣増加は、森の奥でワイバーンが繁殖したのが原因らしい。怯えた魔獣達が逃げ出した事で周辺に魔獣が溢れたと公式発表があった。」
「そうなんですか。」
「暫くは森も落ち着くだろうというのが公爵家の判断だ。」
「良かったです。」
「だいぶレベルアップしたようだが、探知はどれくらいまで出来るようになった?」
「大雑把な探知なら3㎞位まで出来ます。目の前の特殊個体は無理ですけど。」
帰りの馬車で試したら、3㎞位離れた魔獣も探知出来た。
余りにも情報料が多すぎたから、脳が疲れて直ぐに寝ちゃったけど。
「誰が特殊個体だ。 それはともかくとして、これからどうする?」
意味が判らない。
「今まで通りお世話になりたいです。」
特に、宿と食事と図書館の入館料。
ギルドに居れば安全だし、毎日着実に貯金できるのは有り難い。
「俺もそうしてくれるとありがたいんだがな。」
熊が珍しく、奥歯にものが挟まったような言い方をした。
「何か拙い事があるの?」
「侯爵家2家と伯爵家3家から家臣として迎えたいという申し出があった。」
「無理。」
「無理とは、どういうことだ?」
「そもそも俺は生家を調べて貰っている最中だから。生家が判れば帰るかもしれないでしょ?」
生家なんて無いけど、バンさん達が勘違いして始まったカバーストーリーを利用させて貰う。
「だから家臣と言う事になったらしい。 最初は分家に婿入りさせるという話だったらしいぞ。」
“婿殿”は絶対に嫌。
貴族家に生まれたならともかく、転生者が貴族になると碌な事にならないのはファンタジーのお約束。
主人公でも酷い目に会うのだから、モブの俺には到底無理。
断固拒否だ。
「今回の魔獣盗伐で結構な数の貴族を見たけど、俺とは住んでいる世界が違うって思った。 俺には従者に世話をされたり、人に命令する生活は無理だし、自分勝手な貴族の相手をするのはもっと無理。」
大規模討伐の治療所では、沢山の貴族を見た。
殆どが自分勝手で我儘な貴族。
露骨に平民を見下して、俺や治癒師達にも勝手な命令ばかりを怒鳴っていた。
家ではいびられる婿殿だから、外で威張るのは仕方ないのかも知れないけど、やっぱり嫌い。
家臣にしても同様だった。
虎の威を借るきつねうどん。
主の名を出せば、どんな我儘でも通ると思っていた。
あんな家臣達と上手くやって行ける筈が無い。
俺はきつねよりも揚げ玉の入ったたぬきが好きだ。
突然、前世のカップ麺を思い出した。
“俺”の記憶が時々思い出されるのはなんでなんだろう。
「まあそうだな。俺も貴族は嫌いだから気持ちは判る。」
熊と意見が一致した。
「それに家臣になったら命令に従わなくちゃいけないでしょ。 危険な所に飛び込めと言われても逃げられないじゃん。 俺は安全第一でこっそりのんびり生きる。」
「ワイバーン12頭を倒した時も、こっそり逃げ出そうとしたそうだな。」
「そう言えば、あの時みんなが俺を裏切った。 忘れてた。」
”誰が倒した”と言われてみんなが俺を指差した事を思い出した。
「“裏切った”じゃねえ。 そもそも英雄がこっそり逃げるな。」
「ともかく、貴族になるのも家臣になるのも絶対に嫌。 ここでひっそりこっそり暮らす。」
「はぁ。そう言ってくれるのは嬉しんだがな、恐らく陛下からも呼び出されると思うぞ。」
「陛下って?」
「陛下と呼ばれるのは、皇帝陛下しかいない。」
「パス。特殊個体の能力で何とかして。」
「出来るだけの事はするけど、あまり期待はするな。」
「ショータの嫌いなお呼び出しが来たぞ。」
「何?」
「魔獣討伐成功の祝賀会だ。」
ホッとした。
皇帝陛下かと思ったら公爵家だった。
帝都は遠いので、報告にも呼び出しにも時間が掛かるらしい。
公爵家ならこの街から離れなくても済む。
でも、貴族は嫌い。
特に公爵家は嫌い。
「嫌。」
「あのなぁ、今回最大の功労者は誰が何と言ってもショータだ。 お前が出席しないと公爵閣下の面子が潰れる事になるから、もっとややこしい事が起るぞ。」
「そうなの?」
「そうだ。」
何とか貴族達と会わないで済む方法は無いかと考える。
「裏口からこっそり入って、受付だけ済ませて帰るとかはダメ?」
「ダメに決まっているだろうが。諦めろ。」
「でも、服とか無いし。」
「公爵家から祝賀会用の服が届いている。」
「ぇえ~っ。 でも公爵家の屋敷を知らないから。」
「迎えの馬車が来る。」
「え~と、挨拶の仕方も知らないから失礼だと思うよ。」
「無理に貴族の言葉など使わなくて良い。 失礼な奴だと追い出されたら、喜んで帰って来い。」
成る程、その手があったか。
「うん、めっちゃ失礼な事をして追い出されてくる。」
「・・・失礼過ぎると首が飛ぶから、程々にな。」
首が無くなると帰り道が判らなくなる。
うん、首が飛ぶのは拙い。




