1 “俺“が無くなった?
「おっとぉ!」
眩い光が収まって目を開けた拍子に、ちょっとふらついた。
足を踏ん張って、周りを見渡す。
「おおっ!」
思わず声を上げてしまう。
目の前にはなだらかにうねる広大な草原。
遠くには森?
森の向こうには塔みたいな建物の先っぽだけがチラっと見えている。
先っぽだけがチラチラ見えているのに全然エロくない。
ササヤカお神がエロかったから、異世界もエロいかと思ったが、前世のアニメで観たような極々普通の異世界だった。
18禁のゲームじゃあるまいし、異世界自体がエロい筈は無いか。
ファンタジー小説は山盛り読んだし、異世界アニメも沢山見た。
自慢じゃ無いが、異世界についてはめっちゃ詳しいぞ。
アラフォーのおっさんが異世界マニアなんて自慢にはならないか。
あれ?
アラフォー?
俺は何歳だった?
暫く考えるが、思い出せない。
ファンタジー小説の内容や異世界アニメの画面は覚えているのに、自分の名前が判らない。
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知識を探ると、前世で見たものや習った事は殆ど覚えている。
それなのに、俺の名前や年齢・職業・家族・経歴・交友関係、つまり俺に関する事の記憶が無い。
唯一覚えているのはアラフォーだったことだけ。
何でこうなった。
暫し考えてみる。
白い部屋に入った時には自分の事を覚えてた。
ひょっとして、姿形を全く変えられたから、“俺“が無くなった?
ここは誰、俺はどこ?
遥か昔のもはや死に絶えた筈のギャグを思い出す。
自分の事を思い出せない事に段々腹が立って来た。
「ササヤカお神のバカヤロォ~!」
海が無いので、草原に向かって叫んだ。
大声で怒鳴ったら少し落ち着けた。
取りあえずは現状確認。
記憶の中にある前世の知識を探ってみる。
“俺”についての具体的な記憶は無いが、ファンタジー好きだった事だけは確からしい。
だって、俺に残された前世の記憶には、ファンタジーとエロの知識がめっちゃ多いのだ。
ファンタジーの知識が沢山残っているという事は、これからの生活にもたぶん役立つ。
エロの知識が役立つことは無さそうだけど。
ともあれ、前世知識があれば、剣と魔法の世界でも何とか生き残れる筈だ。
自分の体を見る。
ササヤカお神が10歳と言っていたから、10歳の体型なのだろう。
鏡が無いから判らないけど、手足は確かに10歳程度の感じがする。
顔もスベスベ。
二の腕はプルプル。
恐らくどこにもムダ毛は無い。
「あそこだけで良いから、生えてくれたら嬉しいな。」
ひょっとしたらササヤカお神が聞いているかもしれないから、ササヤカな希望を口にした。
もしも聞いていたら、あそこだけは毛を生やしてくれるかもしれない。
まあ聞いてないとは思うけど。
着ているのはゴワゴワした布の服。
たぶんRPG初期装備の定番である村人の服。
ゴワゴワして着心地は悪いけど丈夫そう。
武器や防具を選ぶ前だったから武器屋防具が無いのは仕方が無い。
服を着ていない可能性もあったのだから、マッパで無かっただけましと思っておこう。
持ち物は、・・・無し。
強力な武器とまでは言わないけど、せめてヒノキの棒くらいは欲しかったよな。
そうだ、標準装備の鑑定が使える筈。
目の前の草を睨み付け、意識を草に集中する。
大きく息を吸って、思い切り気合を入れて大声で叫ぶ。
「鑑定!」
“ざっそう”
頭の中に草の名前が浮かんだ。
「出来たぁ!」
どうやらこの世界では、魔法名を叫べば魔法が発動するらしい。
初めての魔法。
アニメや映画で、主人公が魔法を使う場面をたくさん見て来た。
そうだ、俺はきっと魔法に憧れていた筈。
そして今、俺は剣と魔法の世界にいる。
魔法を使える異世界に来た事を実感して、ちょっとウルウルしてきた。
おっさんがウルウルしても可愛く無いけど、今の俺は10歳だから許される筈。
両拳を胸の前で握りしめ、しばし感動に浸る。
おっさんの時なら”変態“と言われそうなポーズだが、今の俺は10歳。
ちょっとくらい可愛いポーズをしたっていいじゃん。
今度は異世界の空気を胸一杯に吸い込む。
空気が旨い。
って、だいぶ前から異世界の空気を吸っていたぞ。
まあそれは良い。
もう一度大きく空気を吸い込んで、全力で雄叫びを上げる。
「ウォ~!」
何となく込み上げてくる喜びを全身で示したくなって、両拳を空に向かって突きあげた。
俺の目に映るのはどこまでも続く異世界の青い空。
前世よりも青い。
所々に白い雲が見える空に向かって、俺の両拳が突き上げられている。
あれ?
拳、ちっちゃくね?
小さな拳を支える腕も細くて貧弱。
肌がツルツルなので、どう見ても少女の腕。
そう言えば俺は10歳の体になったんだ。
さっき確認した所なのに、意識が前世のおっさんのままだったせいなのか、小さな拳に違和感を覚えた。
前世で出来ていた事も、この小さな体では出来ない事が多い可能性が高い。
ササヤカお神がこの世界には強い魔獣が居るって言ってた。
せっかく新しい命を貰えたのだから死ぬのは嫌。
早くこの体に慣れて、安全な場所に逃げ込むのが今の最重要課題だと思った。
鑑定が出来たなら、次は収納。
右手を斜め上に伸ばし、何もない空間に意識を集中する。
腹に力を入れて、思い切り叫ぶ。
「収納!」
何も起こらない。
あれ?
もう一度、今度は左手を斜め上に伸ばし、何もない空間に意識を集中する。
腹に力を入れて、もう一度思い切り叫ぶ。
「収納!」
何も起こらない。
・・・・。
「・・・。あっ、そうか。」
収納は何かを違う空間に入れる魔法だった。
収納に入れる物が無ければ、入る筈が無い。
足元の草を1本引き抜く。
草を握った手を斜め上に伸ばす。
草を違う空間に入れる。
草を違う空間に入れる。
草を違う空間に入れる。
自分に暗示を掛けるかのように、草が消える様子を心に刻む。
魔法はイメージが大事というのがファンタジーのお約束。
イメージをもう一度確認して、自分に気合を入れる。
「収納!」
思い切り大きな声で叫んだら、手に握っていた雑草が消えた。
やった~!
あれ?
どうやって出すんだ?
周りの空間をあちこちと掴んでみるが、どこを掴んでも何の感触も無い。
いや、何も無い空間を掴んで何かの感触があった方が怖いか。
いきなり蛇や大嫌いな真っ黒なGを掴んでいたりしたら、・・・。
そう考えただけでゾッとした。
ふと思い出す。
収納したならリストがある筈。
「リスト!」
頭の中に“雑草1”という文字が浮かんだ。
「良し!」
リストが出たという事は、収納に入っている物を出せる筈。
頭の中に浮かんだ雑草1に向かって大声で叫ぶ。
「出ろ!」
掌に雑草が出た。
やった~!




