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夢を超える少女

作者: ビョンソン

プロローグ


今日は、

あなたの夢はどんなものでしたか?


懐かしい人に再び出会えましたか?

誰かの胸に抱かれ、

忘れていたときめきを感じられましたか?


それとも、理由のない恐怖に

空を駆け抜けていましたか?


どんなに短くても、

どんなに儚くても——

夢の中には、確かに「何か」が存在しています。


そのすべての夢にも

“世界”があるとしたら——

その中で息づく“誰か”がいるとしたら、

あなたは、それを信じられますか?


―――


ここは、

感情が禁じられた場所。


規則こそが命であり、

法が心に代わる世界。

色は薄れ、記憶は消えていきます。


灰色の世界へ、ようこそ。

ここは、あなたが毎晩通り過ぎる——

けれど一度も振り返ったことのない、


“夢の世界”です。




第1章 夢の世界


「ぷっぷっぷ〜〜〜!」


「うぅ…うるさいなぁ…」


耳をつんざくようなラッパの音で、彼女は目を覚ました。

彼らが眠る時間、この世界ではいつも賑やかで騒がしい一日の始まりだ。


空を飛ぶ車、

空飛ぶ絨毯の上から仕事を叫ぶおじさん、

喋る犬、優雅なライオン、

一瞬で形を変える街灯——


ここでは、すべてが可能だった。

想像力こそが物理法則であり、

夢見る者の意識こそが法律だ。


この世界における「職場」は、

現実の会社とは異なる。


人々が夢を見始めるとき、

それぞれの役割に従って夢の中へと出勤する。

誰かは初恋の相手になり、

誰かは悪夢の影となり、

誰かは背景の雲にすらなる。


その役割を果たすほど、

それに見合った「夢の報酬」が与えられ、

この世界の生活は成り立っている。


階級も、争いもない。

ただひとつの法則だけが存在する。


「夢見る者の想像力が、すべてを決める。」


だが——

ひとつだけ例外があった。


すべての夢を管理し、

職業を与え、

秩序を保つ、たった一人の存在。


それがこの世界の支配者、

「ガクロ(學楼)」だった。


「今日はどこかな〜?」


ふわふわした声で出勤リストを広げる彼女。

スクロールを下げると、見覚えのある名前が目に入った。


【HARUTO – 男・17歳】

役割:幼なじみ

場所:幼少の遊園地

行動:メリーゴーランドに乗る、手をつなぐ、微笑む


「いい年してメリーゴーランドって…」


彼女は鼻で笑いながら軽く笑い、

彼の夢の世界へと足を踏み入れた。


キラキラと輝く遊園地に、歪んだ光。

どこか不安定な世界で、ひとり回り続けるメリーゴーランド。


「早く乗ろうよ!!」


何の前触れも説明もなく、まるで旧知の友人のように、彼は言った。


「うん!!行こ!!」


そこでは、誰が誰であるか、どんな記憶があるかなんて、

そんなことはどうでもよかった。


ただ、彼の夢に合わせて頷いてあげること。

それが私たちの仕事だった。


何度も繰り返される中身のない会話に、次第に疲れてきた頃、

彼女はただメリーゴーランドの音楽に身を委ねていた。

ふと横を向いた瞬間、彼の姿は消えていた。


夢が終わったのだ。

現実に目覚めた彼の意識は、彼女とこの世界を押し出してしまった。


「はぁ…やっと退勤か…」


彼女のため息は、長い一日の終わりのルーティン。


「ったく…一日中メリーゴーランドって…子供じゃあるまいし…」


肩をすくめながら、彼女は出口へと歩いていった。

夢の扉が閉まる音とともに、現実とは異なる「退勤」の風景が広がる。


「ユカ、今日どうだった?」


そう、彼女の名前はユカだ。


「話にならないよ…ずっとメリーゴーランドだったんだから。お尻が痛くてしょうがないよ。」


「え〜大変だったね〜」


「で、あなたは今日どうだったの?」


「私はね、イケメンの彼女になる役だったの!もう幸せすぎてまた働きたいくらい!」


「羨ましい〜。私も早くイケメンの夢で仕事してみたいなぁ…」


ユカと友人の会話は、

夢の中の世界も現実の世界とさほど変わらないことを物語っていた。


そうして退勤スタンプを押されたユカは、家に戻り、寝る準備を終えながら思った。


『明日はどんな一日になるかな…』


疲れた体をベッドに預けると、

ベッドが優しく彼女を包み込んだ。


そしてユカは、また夢の世界へと旅立った——。



第2章 灰色の世界


繰り返される日常。

夢の世界を行き来する彼ら。


どれほど慌ただしい一日であっても、

彼らにとっては「いつものこと」だった。


「ぷっぷっぷ〜!」


「うあああああああ!!うるっさい!!いい加減にしてよ!!」


毎朝聞き慣れたラッパの音が、今日もユカの鼓膜を震わせる。

寝ぼけた顔で体を起こしながら、彼女はつぶやいた。


「今日こそ…イケメンのところに行きたいなぁ…」


そんな願いを抱えつつ、いつものように出勤リストを開くユカ。

しかし、そこに書かれた内容を見て、彼女は目を疑った。


「え、ちょっと待って、これ間違いじゃないの?」


「いや、こう出てるんだ。私にも理由はわからないけど。」


「こんなことってあるの…?」


そう、ユカの出勤先には、こう書かれていた。


【HARUTO – 男・17歳】

役割:幼なじみ

場所:幼少の遊園地

行動:メリーゴーランドに乗る、手をつなぐ、微笑む


以前にも入ったことのある、まったく同じ彼の夢だった。


「これ、本当に大丈夫なんですか…?」


「とりあえず私からガクロ様に報告しておくよ。まずは出勤して。」


上司のその言葉に、ユカは不安な表情を浮かべながら、

彼の夢の世界へと足を踏み入れた。


彼の夢は、前と何一つ変わっていなかった。

キラキラした遊園地、歪んだ光、幼い少年、そしてメリーゴーランド。


彼と共に、メリーゴーランドの上で一日中おしゃべり。


「……もう、疲れた……」


穏やかで単調な夢の中に、ユカは徐々に飽きを感じ始めていた。

その時だった。

その平穏を打ち破る、彼の一言が飛び出した。


「また会えたね!!!」


その瞬間、ユカはあまりの驚きにメリーゴーランドから落ちそうになった。


「えっ、な、なに……?」


言葉を失ったユカ。


「この前、君が夢に出てきたとき、忘れたくなくてノートに書いておいたんだ。

そしたら、また君が目の前にいるって気づいてさ。」


ハルトはニコッと笑いながらユカを見つめる。


「君、名前は?」


「わ、私は……ユカ……」


少しの恐れと、少しの興味に突き動かされ、彼との会話が始まった。


「俺はハルト!17歳!よろしくね!」


「あなたの情報はもう知ってるわ…私たちは、それを知らなきゃいけないから…」


「そうなの?なんだか不思議な気分。俺のことを覚えてくれてる人がいるって。」


「……気まずかったら、ごめんね。」


「冗談だよ!!」


ハルトは笑いながら、ユカのそばに寄った。


「ここ、夢の世界なんだよね?俺の思ったことって、ここで作れるの?」


「うん。あなたに意識があるなら……今の君なら、きっとできると思うよ。」


ユカの言葉が終わるや否や、彼女の隣に巨大なバイキングがドーンと現れた。


「うわあああ!!すげえ!!!一緒に乗ろうよ!!」


「う、うん……」


ユカの仕事は、ハルトの夢の中で“相手役”になること。

拒否はできない。

彼女はすべてを委ね、彼と共に過ごし始めた。


バイキング、

お化け屋敷、

動物園——


最初は「仕事」と思っていた彼女も、

いつの間にかハルトとの時間を心から楽しんでいた。


遊び疲れた二人は、ベンチに座って綿菓子を食べながら話し始める。


「また、いつ会えるかな?」


ハルトが聞いた。


「そうだね……君がまた私を夢に呼んでくれたら、そのときまた会えるんじゃないかな?」


「えー、それって確実に会えるってわけじゃないのか……」


「うん、そうだね。」


「やだな……絶対また呼ぶよ!そのときも一緒に遊ぼう!」


「うん……いいよ、約束。」


ハルトの夢の中で、

ユカの世界は、

少しずつ、色を帯び始めていた——。



第3章 ガクロ


「緊急事態よ!緊急事態!!」


「早く、火を消して!!」


「そこには近づかないで!!」


ハルトの夢から戻ったユカが、

いつものように退勤地に帰ってきたとき——


夢の世界に、

亀裂が生じていた。


雨が降り、建物が崩れ、

その中でも炎はますます燃え広がっていく。


街灯は踊るように揺れ、

空はもはや「夢」とは思えないほど黒く染まっていた。


「何が起こってるの!?」


ユカは混乱しながら、隣の友人に叫んだ。


「わからない!…たぶん誰かが、自分の夢に気づいたんだ!

それを自覚した瞬間から、世界が不安定になり始めたの!」


そう——

ハルトの「自覚」は、ただの夢の記憶ではなかった。


彼は夢と現実の境界を揺るがし、

それはすなわち、この世界の「秩序」への脅威だった。


『まさか……私のせい……?』


ユカは、すべての責任が自分にあるのではと感じた。

彼と話さなければ。

彼に記憶を残させなければ——


「私も手伝う!!」


そう言ってユカが手を伸ばそうとした瞬間——


「どけ!!!!!!!」


世界を切り裂くような怒声と共に、

その亀裂の前に現れた者がいた。


その男はユカより遥かに背が高く、

深い黒髪、短い髭、冷たい眼差しを持っていた。


彼が一度手を振るだけで、亀裂は止まり、

さらにもう一度の動きで、崩れた建物が元通りになった。


空も、炎も、雨粒までもが、

まるで指揮されたオーケストラのように静まっていった。


彼こそが——

この世界の支配者、ガクロ(學楼)。


彼の登場により、

世界は息を呑むような静寂に包まれた。


そして次の瞬間、

周囲にいた人々は一斉に手を掲げ、歓声を上げた。


「ガクロ様、万歳!」

「秩序を正す者、ガクロ!」


嵐のような混乱が鎮まり、

その歓声の中、

ガクロの目は一点を見つめていた。


——ユカ。


全ての音と視線が、遠のいていくような感覚の中で、

彼の黒く深い瞳からは、怒り、失望、そして警告が滲み出ていた。


ユカはその視線から逃げられず、

まるで身体が凍りついたように動けなかった。


ドン、ドン、ドン——

ガクロの歩みは、時を断ち切るように重く、はっきりとしていた。

彼の一歩一歩が、空気を震わせ、大地を揺らした。


ユカの心臓は今にも破裂しそうに鼓動し、

その音はもはや耳ではなく、頭の中で鳴り響いていた。


『なぜ…なぜ、私を…』


呼吸することすら忘れ、

彼女は無意識に一歩後ろへと下がった。


「ユカ!!!!!!」


雷のような咆哮。

一瞬で、空間全体が静寂に包まれた。

人々は反射的に耳をふさぎ、

建物の窓ガラスが粉々に砕け散る音が響いた。


カシャーーン!


その破片の間を漂うように、

ユカの名前が、虚空に残った。


「……はいっ!!」


彼女の声は震え、

その震えは体全体に伝わっていった。


「これは、どういうことだ!!!」


ガクロの声は、

単なる怒りではなく、

秩序を破った者への“裁き”そのものであった。


ユカは強く目をつぶり、

頭の中が真っ白になり、何も言えなかった。

ただ——


心臓の鼓動だけが、破裂しそうに鳴り続けていた。


「ユカ、お前の裁判を始める。」


一言も発せないままのユカに対し、

ガクロは厳かに宣言した。


その言葉が終わるや否や——

彼の足元の地面が激しく揺れ、盛り上がっていった。


あっという間に世界は変化し、

冷たい石柱と荘厳な天井に覆われた、

巨大な裁判所となった。


ユカはその場に立ち尽くし、

その光景をただ見つめるしかなかった。


全ての視線が、彼女一人に向けられていた。


「何があったのか、答えよ!!」


ガクロの声が雷のように落ちる。


ユカはどうにか意識を繋ぎとめ、

乱れた呼吸を飲み込みながら言葉を絞り出した。


「…わかりません…」

「ただ…彼の夢に入りました。」

「内容は以前と同じだったので、不思議に思いましたが……

問題ないと思い、仕事を続けました。」


「でも、そこで——彼は…

私に気づきました。私を、記憶していました…」


「私は規定通りに、彼の夢に合わせて演じただけです。」


「私は、ただ、自分の役割を果たしただけです。」


ユカの声は、

震えながらも、空気に響いていた。


「本当に……それだけか?」


少し落ち着いた声で、

ガクロは静かに尋ねた。


「……本当です。それだけです。」


ガクロの声が和らいだのを感じて、

ユカも深く息を吸い込み、どうにか心を落ち着けた。


「そうなったとしても、これは決して軽い問題ではない。」


「たとえお前に罪がなくとも——

二度と、同じことが起きてはならぬ。」


「よって——今後お前の夢は、

**『夢の騎士団』**の監視下に置かれることとなる。

……よいな?」


ユカは何も言わず、

小さくうなずいた。

微かな息で、答えた。


「……はい、わかりました。」


——夢の騎士団。


夢の世界の秩序を守る、最後の砦。


ガクロ直属の監視組織であり、

夢の均衡を脅かす者には、

必ず彼らの影が付きまとう。


そして今、

その目は、ユカに向けられていた。



第4章 自覚の力


こうしてユカは、「夢の騎士団」の監視のもと、

毎日同じ日々を過ごしていた。


すべての仕事を終え、眠りにつこうとするとき、

どうしても頭から離れない存在がいた——


ハルトだった。


ユカは、彼が今どうしているのか気になりながらも、

もう二度と会えないことに、どこかで安堵していた。


そんなある日。

いつものように出勤の道を歩いていたユカは、

出勤先の案内書を手に取り、夢の中へ向かおうとした——


そのときだった。


突如、案内書の文字が揺れ始めた。


まるで生きているかのように文字が動き出し、

互いに引き寄せられるようにして、一つの名前を形づくっていった。


『ハ』

『ハル』

『ハルト』


「え……? ハルト……?」


驚きと恐怖に目を見張るユカ。

その瞬間、彼女の体は宙に浮き、あっという間にどこかへと吸い込まれていった。


意識を失ったユカが目を覚ますと、

目の前には、見慣れた少年——ハルトの顔があった。


「なんで……? あなた、どうしてここに……」


「会いたかったから! ずっと君を探してたんだ!!」


何も知らずに微笑むハルトの声は、

心からユカとの再会を喜んでいた。


「だめよ、これは……こんなことになったら大変なのに……」


胸の奥の会いたい気持ちより、恐れが勝った。


「夢の騎士団は……? 彼らが来たら……!」


「夢の騎士団? それってなに?」


ハルトの無邪気な問いかけ。

だがその言葉が終わるか終わらないうちに——


黒いマントを羽織った者たちが、

二人のもとへと向かって走ってくるのが見えた。


「まずい、ハルト! 逃げて!!」


「えっ、なにあの人たち? ユカは?!」


「私は大丈夫! いいから早く逃げて!!」


ユカはハルトを後ろにかばい、騎士団の前に立ちはだかった。


「ユカ、再び禁忌を破ったな。お前を拘束する。」


夢の騎士団が冷たく告げた。


ユカはその場で捕らえられ、力で両手を拘束されてしまう。


——そのときだった。


ハルトが立ち止まり、

その目に強い怒りを宿して騎士団を睨みつけた。


『ユカを……返せ。』


彼の心に、そして頭の中に、

強く鮮やかなイメージが浮かび上がる。


——彼らの周囲を、巨大な壁が取り囲む光景。


すると実際に、大地が震え出し、

夢の騎士団の前に、巨大な壁がそびえ立った。


「な、なにこれっ!!」


混乱した騎士団が脇に避けようとするが、

その場所にも同じように壁が現れた。


四方八方が高い壁に囲まれた中で、

ハルトはまっすぐ叫んだ。


「ユカを返せ!!!!!」


その声は雷のように鳴り響き、

まるでガクロを思わせるような威厳すらあった。


「まさか……ガクロ様に似た力……?」


騎士団が小さくつぶやいた。


その瞬間、ハルトが地面を強く叩いた。


衝撃により、ユカも騎士団も空中へと浮き上がる。

だがハルトは微動だにせず、

ユカを一瞬で自分の元へと引き寄せた。


ユカの手首に巻かれていた枷が、パチンと外れる。


「もう大丈夫だよ。」


彼はそう言いながらも、視線を騎士団から一瞬も逸らさなかった。


夢の騎士団は再びユカを取り戻そうと動き出した。


だがハルトは——


この夢の“主”だった。

彼の願いは、すべて現実になる。


彼は瞬く間に分身し、

騎士団の一人ひとりと対峙した。


ハルトの力は、想像以上だった。


騎士団は次々と倒され、

ハルトは彼らに一つずつ枷をかけていった。


ユカの手をしっかりと握ったまま——


「僕が、守るから。」


その一言が、ユカの心を深く揺さぶった。


「……待ってた……」


彼女の返事は、まっすぐハルトの胸へと届いた。


だが——


時間が経つにつれ、

ハルトの分身たちは一人、また一人と消えていき、

捕らえた騎士団の枷も徐々に解け始めた。


「ハルト……?」


不安そうにユカが振り返った瞬間、

ハルトは——


光のように、消えてしまった。


彼の夢が、覚めてしまったのだ。


「ユカ!!!!!!」


残った夢の騎士団が、ユカを一気に拘束した。


そして、彼女は再びガクロの前へと連れて来られた。


「ユカ! どういうことだ!!」


ガクロの怒声。

だが、なぜだろう——もう、怖くなかった。


「ガクロ様。彼が……私を呼びました。

覚えていたんです。そして私も……彼に、会いたかった。」


ユカの言葉は、以前とは違っていた。

強く、そして確かな意志に満ちていた。


その瞬間——


ガクロの顔に、怒りが走った。


「この者めぇぇぇぇぇっっ!!!!」


轟く怒号と共に、

周囲のガラスが一斉に砕け散った。


「ユカを、直ちに地下牢へと投獄せよ!!」


——こうしてユカは、

陽の光すら届かぬ、

深く、深い闇の中へと投げ込まれた。



第5章 再会


陽の光すら届かない地下牢。

そこでユカは、ハルトのことを思い出していた。


冷たい石の床に膝を抱え、

彼の声、彼の笑顔、彼の手の温もりを静かに思い返していた。

募る恋しさは、心の片隅で絶え間なく育ち、

一日が長くなるほど、彼の存在はより鮮明になっていった。


そのときだった。


「ユカ……!」


かすかな囁きが、暗闇を裂いた。

聞き慣れた声。

息を止めて、顔を上げた。


「なに……あなた、どうしてここに……!」


鉄格子の向こうに立つ人影。

それは、彼女の長年の友人だった。


「詳しい話はあとで。

今は、ここから出なきゃ。」


彼女がそっと取り出したのは、

きらりと光る、小さな鍵。

ユカの牢を開ける、本物の鍵だった。


カチャ――


鉄の扉が開く音とともに、

閉ざされていた闇が、ゆっくりと裂けていった。


「早く行って!!」


彼女の小さな叫びが、地下に響き渡る。


「あなたは……?」


ユカが問うと、彼女は迷いなく答えた。

「いいから、今は行って!時間がない!」


彼女はユカを牢の外へ押し出すと、

自分がその中に入り、ベッドに横たわった。


そう、彼女はユカの身代わりになったのだ。


ユカは足を止め、牢の奥を見つめた。

『ありがとう……本当に……』


そして一度も振り返らずに、走り出した。


「ハルト……ハルト……どこなの……

一体どこに行けば会えるの……」


あてもなく夢の世界をさまようユカ。

目は赤く充血し、声はかすれていた。


その姿を見て、人々は異変に気づき始めた。


「あの女、誰だ……?」


「夢の騎士団に知らせなきゃ……」


静かな緊張が広がり、

すでに誰かが動き出していた。


そんな中、なおも走り続けるユカ。

そのとき――


「ユカ!!止まれ!!」


轟くような声。

夢の騎士団だった。

ついに彼女を捕まえるため、直接動き出したのだ。


「しまった……!」


ユカは振り返ることなく、街を駆け抜けた。

その足音が大地を震わせる。


飛び散る果物、

驚いたライオンとゾウ、

突然飛び出した魔法の絨毯。


ユカはその上に飛び乗った。


「お願い、どこでもいいから連れてって……!」


絨毯は空を裂くように舞い上がった。

後ろでは、翼を広げた鷲たちに乗った騎士団が迫る。


「捕まえろ!絶対に逃すな!」


絨毯は空を舞いながらも――

やがて力を失い、地上へと落下した。


ドンッ!


埃が舞う中、

夢の騎士団が彼女を囲む。


「ユカ、もう諦めろ。

お前も分かっているはずだ。」


誰かが言った。


ユカは目を閉じて叫んだ。


「分かってる……でも……

どうしても分からないの。

ハルトに会わなきゃ……それだけなの。」


「もうやめろ!!」


その声が終わるよりも早く、

騎士団が彼女に飛びかかった。


その瞬間――


ユカが消えた。


風が吹き抜けるように、影が晴れるように。

何の痕跡も残さず、気配もなく。


その場に残ったのは、

困惑した夢の騎士団の表情だけだった。


「消えた……?どうして……?」


ユカは理由も分からぬまま、

再び空へと舞い上がった。


今回は分かった。

どこへ向かっているのか、

なぜ彼を思い出したのか。


だから、気を失うこともなく、

むしろ安心していた。


そして、たどり着いた場所。

静かな風の中、そこに立っていた一人の人。


「ユカ!!!」


「ハルト!!」


お互いの声が風に乗って交わった。

二人は駆け寄り、抱きしめ合った。


「大丈夫だったの!?」

「うん、ハルトは?」

「僕も大丈夫だよ。」


二人は強く抱きしめたまま、離れなかった。


ユカの額がハルトの肩に触れたとき、

彼女はそっと目を開けた。


――息を呑んだ。


そこはハルトの夢の中。

いつもは灰色に覆われていた世界。


けれど今は――

すべてがカラフルだった。


陽射しは暖かく、木々は緑で、空は限りなく青かった。


「ハルト……これ、なに色……

世界があまりに綺麗で……」


「なに言ってるの、ユカ。

最初からこうだったよ。」


「ほんとに……?信じられない……」


そうだった。

ハルトがユカを思い続けた心。

ユカがハルトを探し続けた想い。


その想いが幾重にも重なり、

夢の世界に色を取り戻していた。


その色が光となって、

ユカの瞳を開かせたのだ。


ユカがその美しい世界を見つめていたとき、

夢の中に、大きな穴が開き始めた。


そこから現れたのは――

夢の騎士団だった。


一人、また一人と、夢の中へと侵入してくる。


ハルトはユカを守るように背に立った。


そのとき、耳を裂くような轟音――


「ユカァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


夢の主であるハルトですら圧倒される威圧感。


そこにいたのは――

學楼ガクロだった。


「貴様らがあえて!!!」


怒りに満ちたガクロは腕を振り上げた。


その腕は巨大な巨人の手となり、

ユカを掴もうと迫る。


その瞬間、ハルトも腕を伸ばし、

巨大な手でユカを包み込んだ。


「ほう、さすが夢の主か。」


「もう来させない。僕が守る!」


「だが、お前の力など限られている。

全ての夢の力を持つ我に敵うものか!」


怒涛のごとく押し寄せるガクロの力。

ハルトの膝が地に着く。


「ハルト……!」


「大丈夫、ユカ。」


ハルトは再び分身を作り、

それらをガクロに向けて放つ。


しかし、騎士団がその道を次々に塞ぐ。


「くっ……」


ガクロには近づけなかった。


「笑止な……」


ハルトは巨大な槍を作り、

ガクロに向けて投げ放つ。


ガクロもまた巨大な槍を構え、

互いの槍が衝突した瞬間――

爆音とともに、両者の槍は消え去った。


ハルトの力が尽き始め、

分身も一つまた一つと消えていく。


「もう諦めよ。」


ガクロの声には疲れの色もなかった。


すべての力を失ったハルトは、

その場に膝をついた。


彼の手を握るユカの目に、

恐怖と絶望が交錯していた。


そのとき、

地を揺るがす太鼓のように――

ガクロの足音が世界を満たした。


ドン。ドン。ドン。


彼はゆっくりと、しかし抗えぬ運命のごとく近づいてきた。


「お前たちは、この世界の規律を破った。」

その声は雷鳴のような重みを持っていた。


「それでも無事で済むと思ったのか?」


ハルトとユカは言葉なく見つめ合った。


ガクロは天を指し、

その指先から闇があふれ始めた。


「お前たちにふさわしい場所は――

終わりも始まりもなく、

光も闇も存在しない空間だ。」


「そこですべてを悔い、永遠に過ごせ。」


その言葉が終わるやいなや――

一つの小さな黒点が空中に浮かび上がった。


それは瞬く間に黒い渦へと変わり、

全てを飲み込もうとし始めた。


だが、その闇は異様なまでに静かで整っていた。


彼らだけを――

ユカとハルトだけを、優しく包み込みながら

静かに、しかし抗えぬ力で吸い込んでいった。



第6章 絶望


そこは――

何もなかった。


光も、闇も。

空も、大地も。

時間さえも流れていないように思えた。


空っぽの無の空間。

ただ存在するのは、二人――

ユカとハルトだけだった。


ハルトは身体を起こし、

ゆっくりと周囲を見渡した。

けれど、どこを見ても出口も、方角もなかった。


そして――

静かにすすり泣く声。


「…ひっく…ひっく…」


それはユカだった。


膝を抱えたまま、

静かに、けれど堪えきれないほど深く泣いていた。


ハルトはそっと近づき、

彼女の隣に静かに座った。


「ユカ……」


彼の声は、

ひび割れたガラスのように脆く崩れていた。


ユカは涙に濡れた顔で顔を上げた。


「……ハルト……」


その声には、

すべての無力感と悲しみ、そして申し訳なさが込められていた。


「ごめんね……

結局、こんなことになっちゃって……」


ハルトは首を振った。


「違うよ。

僕が守るって言ったのに……守れなかった。」


二人はしばらく互いを見つめたまま、

何も言えずにうつむいた。


ここは、

夢すら見られない世界。

感情すら少しずつ失われていく場所。


記憶も、願いも、色さえも

ゆっくりと消えていく“無”の牢獄だった。


「初めて出会ったときのこと……覚えてる?」

ハルトが静かに口を開いた。

崩れそうな感情を優しく包み込むように、

その声は低くて温かかった。


ユカは涙の中で小さくうなずいた。


「うん……覚えてる。すごく……退屈だった。」


しばしの静寂。

そして、小さな笑い声。


「ふふっ。」


泣き止まぬユカの冗談に、

ハルトの口元にも笑みが浮かんだ。


「はは……そうだったんだ。」


彼は笑いながらも、どこか遠くを見ていた。


「実はね……あそこに、僕の思い出があったんだ。」

ハルトの声は一層静かになった。


「小さい頃、両親と行った小さな遊園地。

メリーゴーランドの前で、

知らない子と一緒に遊んだ記憶があるんだ。

名前も知らなかったけど……

一緒に動物の乗り物に乗って、回る景色を見ながら笑い合って……」


ユカはまばたきをした。


「……その記憶、なぜかとても大切だった。

もう一度だけ、あの光景を見たいって、ずっと思ってた。」


ハルトの瞳が微かに震えた。


「だから、それを夢に見た。

そして、君に出会ったんだ。」


その瞬間――


パチッ。


ハルトの頭の中に、

稲妻のように何かが走った。


『ハルト!』

『ハルト〜』

『ハルト?』


かすかに響く懐かしい声。

その記憶の中で、

小さな女の子が笑いながら手を振っていた。

メリーゴーランドに一緒に乗って、

景色を眺めながら手を握り合ったあの瞬間。


顔はまるでモザイクのようにぼやけているけれど、

仕草や声は鮮明だった。


「ユカ!!!」


ハルトは息を荒げながらも、

確信に満ちた瞳でユカの名前を呼んだ。


「ユカ、よく聞いて。

君は誰なの?どこから来たのか……本当の自分を思い出して。」


ユカは戸惑いながら首を横に振った。


「どういうこと……?私はただの……」


「違うよ、ユカ。お願いだよ。

思い出そうとしてみて。

子どもの頃の記憶……その中に君がいる。」


「……ただ……小さい頃……遊園地に行ったのは覚えてる……」


ハルトの瞳が大きく揺れた。

その奥に光が宿る。


「そうだ!遊園地!それで……?」


「……友達と……メリーゴーランドに乗った……」


「そうだ、ユカ!それが君だったんだ!!!」


その瞬間。


二人の足元に広がっていた闇が震えた。

透明なガラスのように“虚無”の境界がひび割れていく。


「僕の記憶の中にもあった。

君とメリーゴーランドに乗った記憶。

君は僕の名前を呼びながら、手を振ってた……」


ユカは震える手で口元を押さえた。


「……その子が……私……?」


ハルトははっきりとうなずいた。


「そうだよ。君だった。

僕がずっと忘れられなかったその瞬間。

あの記憶の中の子どもが、君だったんだ。」


パリッ――。


闇に亀裂が走る。

虚空が砕けるように、無数の破片が舞い始めた。


「僕はずっと君を探してた。

そして君も、僕を探してたんだ。」


ユカの目から涙があふれた。

その涙が闇を濡らし、

かすかな色彩を虚無に広げていく。


「私たち……ずっと、お互いを待ってたんだね。」


「……ハルト……」


二人は微笑みと涙の中で見つめ合い、

その瞬間――

“虚無”は完全に崩壊した。


まるで古びたガラスが粉々に砕けるように。


無の空間は、

二人の記憶と感情で満たされ、

再び“夢の世界”へと開かれていった。



第7章 メリーゴーランド


息を吸い込んだ瞬間――

世界が静まり返った。


目を開けたハルトは、

見慣れた天井の下で横たわっていた。

優しい陽射し、静かな部屋、

そして目覚めた現実。


「……戻ってきたんだ。」


彼は手を持ち上げてみた。

手のひら、呼吸の音、鼓動――

すべてが、確かに「生きていた」。


だが、胸の奥にひとつの“響き”があった。

何かが、まだ終わっていない。


ハルトは布団を跳ねのけ、勢いよく起き上がった。


「ユカ……」


その名前が唇を離れた瞬間、

全身が本能的に反応した。

何も考えることなく、彼は走り出した。


記憶の中の場所たち。

思い出が染み込んだ空き地、

一緒に笑い合った学校、

共にアイスを食べたベンチ。


だが――

どこにも、彼女はいなかった。


そのとき、

胸の奥深くから、ひとつの映像が浮かび上がった。


回転木馬。


幼い日の終わり。

彼女と最初に出会った、あの場所。


息を切らしながら、彼は再び走り出した。

路地を抜け、信号を越え、

通行人をすり抜けながら、

たった一つの場所へ。


「どうか……」


ただ、そこにいてほしい。

もう一度だけ、もう一度だけでいいから。


そして――


公園の端。

忘れられそうで、でも心に刻まれた回転木馬の前。


ハルトは息を荒げながら、足を止めた。


その瞬間、

彼女も、そこにいた。


古びた回転木馬の前で、

彼女もまた息を切らし、汗に濡れた顔で

その場所を見つめていた。


――ユカ。


二人の視線が交差する。

言葉も、息さえも止まったような一瞬。


ユカが口を開いた。


「ハルト……ほんとに……君なの?」


ハルトは駆け寄り、彼女を強く抱きしめた。

一度も手放せなかった想い、

守りきれなかった時間、

もう戻れないと思っていた感情たちが、

その抱擁にすべて溶けていった。


「本当に……会いたかったんだ……」


ユカも震える声でささやいた。


「ずっと、君だった……

あの子も、あの夢も、あの気持ちも……」


回転木馬がゆっくりと回り始めた。

古びた音楽、きしむ馬の動き――

けれど、それはどんな景色よりも美しかった。


二人は――

息を切らしながらも、笑っていた。


もう、忘れられない時間の中で。

お互いを抱きしめたまま、いつまでも。



エピローグ


夢とは、ただ通り過ぎる記憶だったのだろうか。

それとも、かすめる幻想だったのか。


その中にも「存在」があるのなら――

彼らもまた、私たちのように笑い、泣き、愛せるのなら――

その世界は、決して幻ではないはずだ。


もしかしたら、

私たちこそが、彼らの「夢」なのかもしれない。


夢の中で出会った君は、

現実よりも、ずっと鮮明な記憶となった。



はじめまして!

韓国人のビョンソンです!

ぼくは小説書くのが趣味でやってみました!

ぼくは日韓夫婦でいつか夫婦話み残ります

よかったら、どうだったのか

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