まひる、背中を押す
文化祭当日、校内はいつも以上に賑やかだった。各クラスの展示や出店が準備を進め、学生たちはそれぞれに楽しそうにしている。だが、その中で俺の心は落ち着かなかった。今日は、俺がゆうなに気持ちを伝える、そんな重要な日だと感じていたからだ。
朝から準備が忙しく、時間があっという間に過ぎていく。ふと見渡せば、陽翔が笑顔で誰かと話しているのが目に入った。その瞬間、少し胸がざわつく。やっぱり、彼は俺にとって大きなライバルだ。
「奏汰、どうしたの? ずっと黙ってるけど…」
ゆうなが心配そうに俺を見つめている。その言葉で、俺はハッとして我に返った。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
「そうなんだ…でも、今日が大事だって分かってるよね?」
「うん、もちろん」
ゆうながにっこりと笑ってくれる。彼女の笑顔が、俺の心を少し軽くしてくれるのを感じる。
「奏汰、頑張ってね。私、見守ってるから」
その言葉に力をもらい、俺は深呼吸をした。これが本当に最後のチャンスだと思っていた。そして、文化祭が終わる前に、絶対に自分の気持ちを伝えようと決めていた。
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午後になり、準備がほぼ終わると、まひるが俺たちのところにやってきた。
「おーい! みんな、今日の準備はバッチリだな!」
その言葉に、俺たちは一斉に振り返った。まひるは少し目を輝かせながら、俺たちに近づいてきた。
「で、どうするんだ? そろそろ、チャンスは来てるぞ?」
まひるがにやりと笑いながら俺に言った。俺は少し躊躇ったが、もう後戻りできないと思って答える。
「うん、そろそろ気持ちを伝えなきゃって思ってる」
「よし、そうこなくちゃな!」
まひるは拍手をして、俺の背中を思い切り押した。
「でもな、奏汰、少し待て。お前、まだ一つやってないことがあるだろ?」
「え? 何を?」
まひるはクスクス笑って言った。
「お前、まずはちょっと、ゆうなに気持ちをちゃんと言葉で伝えるために、準備しておけ。心の準備だよ、心の準備」
その言葉に俺は一瞬戸惑った。
「心の準備って、どういう…」
「だってさ、お前が自分で告白しようって思ってても、伝える瞬間が来たときに、ドキドキしすぎて何も言えなくなったら意味ないだろ?」
「確かに…」
「だから、言葉で伝える前に、自分の気持ちを整理しろってこと。お前はおとなしくて真面目だから、告白なんて絶対に緊張するだろ?」
まひるの言葉は、的確すぎて思わず頷いてしまう。
「分かったよ、ありがとう」
「いいんだよ、任せておけ。私の仕事は、背中を押すことだからな!」
まひるはそれだけ言って、俺に笑顔を向ける。なんだか、頼りない気もするけれど、少なくとも俺の気持ちは少しだけ整理できたような気がした。
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夕方、文化祭がいよいよ本番を迎え、校内の雰囲気はさらに盛り上がりを見せた。どの展示も賑やかで、みんな笑顔で楽しんでいる。それと同時に、俺の胸の鼓動も高まっていく。
「ねえ、奏汰…」
ゆうなが少し照れながら、俺に声をかけてきた。彼女の瞳は、いつもよりも少し輝いて見える。
「うん、どうした?」
「なんか…急に緊張してきた」
「俺もだよ」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせ、少し照れくさい笑顔を交わした。
「じゃあ、文化祭が終わったら、少しだけ歩こうか?」
「うん、それがいいかも」
その約束が、なんだかとても嬉しく感じた。
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そして、いよいよ閉会式が始まり、文化祭の最後のイベントが終わった。校内はしんと静まり返り、残ったのはほんの数人。俺たちは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「じゃあ、行こうか」
俺はゆうなに言うと、彼女が少し照れながら頷いた。
「うん」
ゆうなと一緒に歩き出すと、ふとまひるのことを思い出す。あいつが言っていた通り、俺は自分の気持ちをちゃんと伝えるつもりだ。それが、今、俺にできる最良のことだと思っているから。
「ゆうな、ちょっと待って…」
俺は思い切って立ち止まり、ゆうなを振り返った。
「奏汰…?」
「俺…ずっと、君のことが好きだった。何度も言おうと思ってたけど、今日まではっきり言えなかった。でも、今は、ちゃんと伝えたい」
その瞬間、ゆうなが一歩近づいてきて、俺の手を取った。
「私も…ずっと、奏汰のことが好きだったよ」
その言葉に、俺は驚きとともに胸が高鳴る。ゆうなが笑顔で、俺の手を握り返してくれた。
「本当に…?」
「うん」
その瞬間、俺の心の中で、何かがはじけるような感覚がした。気持ちはもう、言葉にできないくらい溢れ出していた。
「じゃあ…これからも、一緒にいような」
ゆうなが少し照れくさそうに笑いながら、俺に答えた。
「うん、一緒にね」
俺たちは手をつなぎながら、ゆっくりと歩き出した。心の中に温かい気持ちが広がり、これからの未来が、少しだけ輝いて見えた。