まひる、勘づく
翌日の朝、俺はいつものようにゆうなと一緒に登校していた。今日も変わらない日常が続いている。けれど、昨日の出来事が、どこかで俺を縛り付けていた。
陽翔――あいつのことを思い出すたび、胸が少しだけ苦しくなる。陽翔の言葉や行動が、俺の頭の中で何度も反芻されていた。
「おい、奏汰、また顔が固いぞ。なんかあった?」
歩きながら、俺に気づいたのはまひるだった。笑顔で肩をポンと叩いてきて、いつも通りの調子で俺をからかってくる。
「別に、何もないけど…」
「ふーん、そうか?」
まひるはにやりと笑った。彼女は、俺のことをよく見ている。まひるが言う通り、顔に出やすいタイプの俺は、何か考え事をしているとすぐに表情に出てしまう。
「だってさ、昨日からちょっと変じゃん? なんか、ずっと考え込んでるみたいな顔して」
その一言に、俺はドキリとした。隠しているつもりだったけれど、まひるには通じてしまう。
「何でもないって…」
それでも、どうしても言いたくない。陽翔とゆうなのことを。どうしても、口に出したくなかった。
でも、まひるはすぐに察したようで、ニヤニヤしながら言った。
「もしかして、ゆうなのこと気になってるんじゃないの?」
「へ?」
「やっぱり! そうだと思ったんだよね。だって、さっきからめっちゃ顔が固いもん。絶対、意識してるでしょ」
俺は目を見開いてまひるを見つめる。
「ま、まひる…それは…」
「あー、隠さなくても分かってるって。ていうか、ゆうなも奏汰のこと、好きなんじゃないの?」
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
「は? ゆうなが…?」
「うん。だってさ、あいつ、奏汰の前じゃ、すっごく嬉しそうにしてるじゃん。昨日だって、ちょっと目を合わせた瞬間に顔が赤くなってたし、絶対お前のこと好きだよ」
まひるが真顔で言うその言葉が、まるで重く響いた。俺はその言葉を否定することもできず、ただ黙り込んでしまった。
「でもさ、どうするつもりなの?」
まひるの言葉に、俺は答えられなかった。
(どうする…って言われても、俺だって分からない)
陽翔のこともあって、ゆうなにどう接すればいいのかも分からない。でも、確実に一歩踏み出さなければ、あっという間に彼女は他の誰かに取られてしまう。陽翔だって、その気になればすぐにでも告白できるような奴だ。
「俺、どうしたらいいんだろうな」
「はっ!? 何言ってんの! 気になるなら、ちゃんと言わないと! 取られちゃうよ!」
その言葉に、俺ははっとした。
そうだ。俺は、ずっと言わなかったから、こんなにも悩んでいるんだ。怖くて、言えなかっただけだ。
「でも、どうしても言うタイミングが分からなくて…」
「それは、お前がグズってるからだろ!」
まひるは、俺の肩を軽く叩いて、真剣な顔で言った。
「勇気を出して言えよ! そんなんじゃ、いつまで経っても進まないぞ! ゆうなだって、気になってるからこそ悩んでるんだよ」
「え?」
「そのくらい分かれよ! お前、両想いなんだよ! じゃなきゃ、あんなに顔赤くしないって!」
「両想い…」
その言葉に、俺は一瞬、息を呑んだ。
まひるが言うように、確かにゆうなも俺のことを気にしてくれているかもしれない。でも、どうしてもその一歩を踏み出せなかった。怖くて、失敗したらどうしようという不安がいつも頭をよぎる。
「でも、陽翔が…」
「陽翔は関係ない! もしあいつに勝ちたいなら、私が応援してやるから、さっさと気持ちを伝えろ!」
まひるは、俺に向かって力強く言った。その目は、真剣そのものだった。
俺は黙って頷くしかなかった。
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その日の放課後、俺は少しだけ心を決めて、ゆうなに声をかけた。
「ゆうな、ちょっといい?」
「あ、奏汰?」
ゆうなは少し驚いた顔をして振り返る。
「うん、今、ちょっと話があるんだ」
「何かあったの?」
「ううん、ただ…ちょっとだけ、話したいことが」
ゆうなは笑顔を浮かべて、「わかった、じゃあ行こうか」と言ってくれた。
その言葉に、俺の胸は少しだけ落ち着く。そして、その時から、俺の中で決めたことがあった。
(今日、俺は伝える。ゆうなに、俺の気持ちを)