変わらない朝、でも特別な朝
カーテン越しの朝日が、部屋の中に差し込む。
目覚まし時計のアラームが鳴る数秒前、俺は目を覚ました。いつもと同じ時間、同じベッド、同じ制服の袖を通す――はずだったけれど、今日は少しだけ違う。
胸の奥で、ほんの少しだけ何かがざわついている。
スマホの画面を見ると、ゆうなからのメッセージが届いていた。
「おはよう。いつものところで待ってるね!」
俺は思わず微笑んで、返信を打つ。
「おう、すぐ行く」
制服の襟を整えながら、鏡の前に立つ。昨日までと変わらない俺。でも、今は――変わった「関係」で、隣に並べる。
階段を駆け下り、靴を履いて外に出ると、春の風が頬をくすぐった。
ゆうなは、いつもの交差点の前に立っていた。けれど、今日は違う。制服の上から羽織ったカーディガン、少しだけ巻いた髪、そして――
俺を見るなり、少しだけ照れたように手を振った。
「おはよう、奏汰」
「おはよう」
自然と並んで歩き出す。並ぶ距離は、以前よりも少しだけ近い。昨日より、今日のほうが。今日より、明日はきっともっと。
ふと、ゆうなが手を差し出してきた。無言で。
俺はその手を、少しだけ躊躇ってから、そっと握った。指先が重なると、どこかくすぐったいような、でも心地よい安心感が生まれた。
「変な感じだね。手つなぐだけで、こんなにドキドキするなんて」
「いや、俺もだよ。でも……悪くない」
ゆうなは、はにかんだように笑った。春の光に照らされるその笑顔を見て、俺は改めて思う。
――好きだなって。
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登校途中、角を曲がった先で、まひるが待ち構えていた。
「よっ! 初々しいなー、このカップルは!」
両手を広げて近づいてくるまひるに、俺たちは苦笑い。
「朝からテンション高いな、お前」
「そりゃそうだろ? 二人がちゃんとくっついたんだ。参謀としては、感無量よ!」
まひるは両手を組んで天を仰いだ。
「それにさ、私もけっこうがんばったんだからな?」
「うん、本当にありがとう、まひる」
ゆうながまっすぐにそう伝えると、まひるは少し照れたように顔をそらす。
「まぁな。でも、あんまりイチャイチャされたら、参謀的には精神削られるからほどほどにな」
「それ、お前が言うか?」
「言うんだよ、私は。……でも、ほんと良かったな」
まひるは、少しだけ真顔になって、俺たちを見た。
「お前らが一緒にいるの、見ててすげー自然だったんだよ。だから、多分、これが運命ってやつなんだろ」
「運命、ねえ…」
「なに、照れてんだよ。青春って、こういうのだろ? 恋して、悩んで、伝えて、笑って」
まひるの言葉に、俺とゆうなは顔を見合わせ微笑んだ。
「まひるもさ、次は自分の番じゃない?」
ゆうなが茶化すように言うと、まひるは一瞬だけ口を引き結び、それから少しだけ真剣なトーンで答えた。
「ま、それはこれから。私の青春は、まだ始まったばっかだからな」
その瞳に映るのは、きっと陽翔のことなのだろう。でも、それ以上は聞かなかった。まひるにはまひるのペースがある。俺たちはそれを、ただ見守るだけだ。
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教室に入ると、クラスメイトたちが「おー」「ついに?」なんて騒ぎ出す。
俺たちが付き合ったことは、どうやらすでに広まっていたらしい。
「なんでバレてんだ…」
「手、つないでたし?」
「……ああ、そっか」
「ま、いいじゃん。別に隠すことでもないし」
ゆうながそう言って笑ったとき、教室の騒がしさも、春の光も、全部が特別に思えた。
今までと変わらない日常のはずなのに、すべてが新しく見える。
隣に好きな人がいるだけで、こんなにも違うなんて。
「なあ、ゆうな」
「うん?」
「俺、お前と出会えてよかった」
「……うん、私も。奏汰に出会えてよかった」
言葉なんて、なくてもよかった。ただ、その目を見ればわかる。心の奥で、きっと同じ想いを抱いてる。
放課後、また二人で帰る道の途中。
ゆうなが言った。
「今日も、明日も、その先もずっと、一緒に帰ろうね」
「もちろん」
春の空は、どこまでも澄んでいた。
――あの日、「好き」って言えたこと。
それが今も、ちゃんと続いてる。