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春、隣のキミと始まる朝

四月。新学期。春の匂いが制服に染みついてくるような、そんな朝。


俺――桐谷奏汰きりたに そうたは、いつもと同じ時間に家を出た。いつもと同じルートで学校に向かい、そして――


「おはよ、奏汰!」


元気な声が、俺の背後から弾ける。


振り向かなくても分かる。この声は、姫野ゆうな。小学校からずっと一緒にいる、隣の家の幼なじみ。ここ最近の俺の好きの対象だ。


「おはよう、ゆうな。今日も元気だな」


「えへへ、春だからね~! なんか、いいこと起こりそうな気がしない?」


ゆうなはランドセルを背負って……ってわけじゃない。今は高校二年生。けれど、その笑顔は小学生のころと変わらないまま、キラキラと眩しい。


この笑顔を見るたびに、俺の日常は少しだけ非日常になる。だけど――


(今日も、何も言えなかったな)


俺は言えない。好きだ、なんて。だって、言ってしまえばこの関係が壊れてしまうような気がして。


====


教室に着くと、いつものメンツが揃っていた。


ゆうなと俺の席は、なんと今年も隣同士。小学校でも、中学でも、そして高校でも。何かの縁ってやつなのかもしれない。


「おー、朝からベッタリだねぇ。ゆーな、また隣で顔ゆるんでるよ?」


軽いツッコミとともに現れたのは、ひいらぎまひる。ゆうなとは中学で仲良くなった友達で、俺ともよく話す気さくなやつ。


「えっ!? ゆるんでた!?」


「うん、にへーって顔。完全に恋する乙女モード」


「ち、違うもんっ! べ、別に……奏汰だから気を抜いてるだけでっ!」


(それって、逆に期待してもいいやつ?)


でも、それを言ったら全部崩れそうだから、やっぱり言えない。


まひるはニヤニヤしながら俺の肩をポンと叩いた。


「ねえ奏汰、そろそろ何か動かないと、どこぞの王子様に取られちゃうかもよ?」


「……は?」


その言葉に首をかしげていた俺だったが、その意味はすぐにわかることになる。


====


その日の放課後。


部活に行こうかどうか悩みながら廊下を歩いていた俺は、下駄箱の近くで一人の男子生徒とゆうなが話しているのを見かけた。


背が高くて、整った顔立ち。モデルでもやっていそうな雰囲気の男子――


「あれ、一条……陽翔?」


学年でも有名なイケメン、文武両道、女子からの支持率No.1。なのに全然偉そうにしない、むしろフレンドリーで自然体。同性でも思わず「カッコいいな」と思ってしまうような存在。


その陽翔が、あのゆうなに――


「姫野さん、良かったら今度、一緒に帰らない?」


な、なんだってぇぇぇ!?


(ちょ、え? いまナチュラルに誘った!?)


隠れるつもりはなかったけれど、完全に物陰から見てしまっていた。


ゆうなは驚いた顔をしていたが、すぐにふわっと笑った。


「うーん……今日は用事があるからごめんね。でも、また今度なら……」


(今度なら!?)


やばい、これ完全にフラグ立ってる。俺、陽翔に負けるのか?


と、その時。ゆうながこっちに気づいた。


「あ、奏汰! 帰ろっか!」


手を振って笑うゆうなは、いつもと変わらない。けれど、俺の胸の中では何かが確実に変わり始めていた。


====


その夜、俺はまひるからメッセージをもらった。


『明日、ちょっと話ある。ゆうなのこと』


「……なんだよ、それ」


まひるのことだ。ただの冷やかしじゃない。何かを見抜いてる。何かを仕掛けてくるつもりなんだ。


俺はスマホを胸元に投げて、天井を見上げた。


(このままでいいわけがない。俺は……どうしたいんだ?)


答えは、ずっと前から決まっていたはずだ。


ただ、怖かっただけ。伝えて壊れるのが嫌だった。


でも――


「陽翔が動いたんなら……俺も、そろそろ……」


呟いた言葉が、自分の中で少しだけ火を灯した。


明日は、少しだけ勇気を出してみよう。まひるの話を、ちゃんと聞いてみよう。


そう決めて、俺はゆっくりと目を閉じた。


====


そして翌朝――


いつものように家を出て、曲がり角を過ぎると、待っていたようにゆうなが笑った。


「おはよ、奏汰! 今日もいい天気だね!」


俺は思わず笑って、言った。


「……うん、おはよう」


春の風が吹き抜ける。制服の袖を揺らし、桜の花びらを舞わせていく。


その瞬間だけで、きっと、今日も好きが増えてしまう。


でも、それでいい。


この春、俺の恋は、少しずつ走り始めた。


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