はずれの男
「おいおいまたかよ! もうこいついらねぇよぉ~!」
俺はゲーム画面を見ながらいつものように苛ついていた。
家に誰もいないからか、自然と声が大きくなってしまう。
別にゲームが嫌いなわけではない。 自分が欲しいキャラが出ないこのゲームの “仕様” が嫌いなんだ。
「結局のところ、頑張って集めたアイテムも課金したアイテムも確率は一緒なんだよなぁ~。 出ないもんはでないよなぁ......」
わかっていてもどうしても現状を飲み込むことができない。
今ガチャから出てくるキャラは、当てればゲームクリアとまで言われているキャラだ。
是が非でもほしいがためにすでに三万円は課金している。
「頑張って集めた無償アイテム含めて合計六万円分くらいは回したかなぁ...... もう確率収束していいだろ。 なんでこれででねぇんだよ。」
苛つきがつのっていく。 若干自暴自棄になっているかもしれない。
ゲームは悪くないとわかってはいるが、どうしてもゲームに対して苛つきを覚えてしまう。
一応このゲームにも救いがある。 それが天井システムだ。
天井システムとは一定数のガチャ回数を迎えると、ほしいキャラが必ずもらえるというものだ。
このガチャの天井は十万円だ。 高すぎる。
なんなら同じキャラを合成して完凸なんてシステムもあるがそれは今はいいだろう。
「はぁ......行くしかないかぁ......」
俺は重い足取りで銀行に向かう。
これは仕方がないことなんだ。 あと四万円で絶対にほしいキャラが手に入るんだ。
ほんとは十万円必要だが、今回はあと四万円でいいんだ。 半額以下でお得だ。
銀行に着き四万円を下ろした。 今度はコンビニで入金をしなくちゃいけない。
わかるだろうか。 この時間はとても虚無だ。 我に返る時間だ。
なぜこんなことをしているのだろうか。 もっと別のことに使えば。
そんな気持ちになる。 でも、ここまで来たらもう後には引き返すことができない。
なぜならここで辞めてしまえば、課金した三万と集めた三万が無駄になってしまうからだ。
六万も無駄にするなんて考えたくもない。 まぁここで頭が回るやつは諦めることもできるんだろうが......俺には無理だ。 そんな理性は残っていない。
なぜならこのゲームをすることこそが俺の生きがいだからだ。
他のことはなんら楽しくないし、面白さを感じない。
このゲームをすることこそが一番の快楽だ。
コンビニに着き入金を済ませる。
やってしまった...... 一割は悲壮感があり、あとの九割は多幸感のほうが強い。
「やっと手に入るんだ......ああ、楽しみだなぁ~!」
自然と口角も上がってくる。 今自分は世界で一番幸せな人間だ。そう思えるくらいに気持ちは最高潮に達していた。
周りの人間の目なんて関係ない。 今自分が楽しければそれでいい。
別に課金したからって誰かに迷惑があるわけじゃない。 むしろ課金をすることで社会の経済を回すことができているんだ。 褒められてもいいくらいだね!
家に帰ってきたと同時にゲーム画面を開く。 靴も履きっぱなしのまま玄関に座り込み、課金画面を開く。
我ながら中毒になっていると思う。 虜になっている範疇をゆうに超えていることはわかっている。
だがそれがどうした。 中毒になって何が悪い? 俺以上に課金してるやつらはいっぱいいる。 ゲームじゃなくてもいい。 旅行や買い物などの趣味でお金を浪費していない奴なんてこの世に存在しない。
「これで......これで、俺もこのゲームを真に楽しめる時が来たんだ。」
四万円を全てゲームにつぎ込み、そして目当てのキャラを引くことができた。
テンションは最高潮。 玄関で踊り狂い、アドレナリンが出て止まらない。
「よ~し!今日はオールだ!! いっぱい楽しむぞぉ~!!」
俺は朝が来るまでゲームをやり続けた。 いや、朝が来てもゲームをやめることはなかった。
昨日までの苛つきなどとうにどこかに消えてしまった。
今このゲームに対する感情は感謝のみだ。
運営をほめたたえる言葉しか出てこない。
このゲームを制作してくれてありがとう。このゲームと出会わせてくれてありがとう。
そして、このキャラクターを手に入れさせてくれてありがとう。
時間の感覚も忘れるほどやり続け、ついに俺は気絶してしまった。
丸三日はやり続けただろうか。 でも後悔はない。 これが俺の最高の人生なのだから。
しかし、終わりは突然訪れる。
ある日の出来事だった。
「メンテナンスかぁ......まぁ、仕方ないよな。 どのゲームにもよくあることだ。」
ゲームバランス調整のため一時メンテナンスをするとのことだった。
運営がプレイヤーのためにやってくれてることだとわかってはいるが、ゲームをプレイすることができないのは些か苛つきが出てしまう。
しかも終了時間が未定ときている。
いつ終わるのかわからない不安にさいなまれながらもとりあえず適当にその日は過ごすことにした。
一日......一週間......一ケ月。
メンテナンスは終わりを迎えることがない。 さすがに遅すぎるのではないかと思い、運営にメールを送ることにした。
苛つきもあったからか、メールの内容は少し攻撃的だったかもしれない。
だが、これは運営が悪い。 メンテナンスの告知はあったが、それ以降何も告知が行われていないのだ。 不安にもなる。
「いったいいつになったら終わるんだよ。 早くゲームやらせてくれよ。」
それから二ヶ月後。 運営から告知が出される。
「この度は弊社のゲームをご愛顧いただき誠にありがとうございます。
メンテンナンスが伸びてしまい誠に申し訳ございません。
ゲームバランスの調整を行っていましたが、調整をしていくうちにこのゲームの限界を知ることとなり、ゲームの存続がそう長くないことが判明いたしました。
そのため、誠に勝手ではございますがこのゲームのサービスを終了させていただきます。
ゲームをプレイしてくださっている方には申し訳ございませんが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。」
最初、何を言っているのか理解できなかった。
何度も文章を読み返したが、書いてあることが変わることがない。
「サ、サービス終了? はっ...ははっ、いったい何言ってんだか......」
数分の間呆然としていただろうか。
すぐに感情は切り替わる。
「ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ!! このゲームにいくら課金したと思ってんだ! 俺がこのゲームをどれだけ愛してると思ってんだ!! 意味わからねぇ文章送りつけてんじゃねぇぞ!!」
怒りのまま運営にメールを送り付ける。
文章の意味合いなど何も考えない。 ただ自分の感情をぶつけるだけだ。
心の底ではわかっている。 こんなことしてもどうにもならない。
サービスが終了するのは決定事項だと。 それでもあきらめきれない。
それは、このゲームに人生を注ぎ込んでいたからだろうか。それとも、今まで課金したお金が帰ってこないからだろうか。 どちらもだろうか。
数日後、運営からメールが来ることはなく、サービスは終了となった。
俺は何も考えれなかった。 食事ものどを通らない。
何もやる気が起きない。何もしたくない。
そして、周りの状況を見た。
部屋中ゴミだらけで虫が徘徊している。
家賃も払えていないからか、扉の外でドアを強く叩く音が聞こえる。
それに山積みの催促状と鳴りやまない電話。 返すことができていない借金のだろう。
俺は働いていない。
以前働いていた時に理不尽なクレームをぶつけられ嫌になって辞めてしまった。
それから働くのが嫌になってしまった。
だが一人暮らしで親元を離れてしまっている。
戻ろうにも親になんて説明したらいいかわからず、戻ることができていない。
親には毎月生活が厳しいとうそをつき仕送りを送ってもらっている。
その仕送りもゲームの課金に消えたがな。
もちろん借金もすべてゲームの課金によるものだ。
自分の生活なんて後回し。 すべてはゲームのために生きてきた。
それが......それしか俺が生きている実感がわかないからだ。
「もう......終わりだな......」
もう生きる気力がない。 生きている意味もない。
生きていても親に迷惑をかけ続けるだけだ。
それならいっそ......そう考えてしまうが、そんな度胸もない。
改めてどうしようもない人間だと自覚した。
構成の余地なんてあるわけもない。 働くのもトラウマがあって無理だ。
もう俺には......何も残っていないんだ......
「はぁ......今回もだめだったかぁ......」
薄暗い部屋で、ある少年は画面を見ながら呟いた。
ポップコーンとドリンクをそばに置いており、それはさながら映画を観ているようであった。
「僕ってほんとに運がないんだな。 選んだ人間どいつも人権ポイントが低すぎる。」
「こいつもさっさと死なせて次に行くかなぁ~。 久しぶりに外に出たら車に巻き込まれ......でいいかな。」
「でも、人ってほんとに面白いよなぁ~。 みんな自分から進んで死にに行くんだもん。」
「みんな人権ポイントで生かされてるって知らないもんなぁ。 些細なことでも積み重ねればすぐに死の直前まで来ちゃうのに、もったいないなぁ~。」
「自分で人生を決めることはできない。 すべては人権ポイントの下に平等である。 悪さをすれば減り、よいことをすれば増えはしないが生き残りやすくはなる。」
「今度はまともな奴の人生が見れればいいなぁ~。 誰かいい奴はいないかなぁ~っと......あ、いいのいるじゃん。 ふむふむ、今は小説を読んでる途中っぽいな。」
「もうそろそろ読み終わるっぽいけど......今度は簡単に死なないような人間だと良いけどなぁ~。」
期待してるよ?