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(1)-(2)

全10,000字ちょっとの習作です。

よかったら、1週間お付き合いくださいませ。

※(1)と(2)を統合しました(24/7/27)。

荒涼とした大地に、灯火に照らされた鉄塊が立ち並ぶ。ここは、賑やかで発展著しい街、機工都市フォージ。


フォージは、機械工学とともに発展し、蒸気機関を利用した自動車両が縦横無尽に駆け廻る。

そしてさらに、魔法の力を機械的に利用する魔導工学と呼ばれる技術も息づいて、その勢いはいや増すばかりだ。


燃え盛る蒸気と煌めき踊る魔法とが混ざり合い、フォージでは時折、不思議な現象が見られると謂われていた。


そんな都市の一角にある、雑多で猥雑な雰囲気の酒場、鉄の歯車。

木の床は古びてギシギシと音を立て、所狭しとさまざまな種族の者たちが集い、目まぐるしく変わる街から逃れるように屯していた。

中央に置かれた厳めしい蒸気機関は、この辺りがドヤ街でしかなかった頃の名残。彼ら彼女らの憩いの標だ。


酒場には、灯りに誘き寄せられた羽虫のように破落戸や旅人の類も多く集まる。


ある日のこと、フード付きの古びた外套に身を包んだ、如何にも旅人然とした男が鉄の歯車にやって来た。顔全体を覆うガスマスクのせいで表情は覗えない。


彼の名は、クロウ。


店の様子を探るようにややぎこちなく、だが何食わぬ様子で冷えたビールを注文すると、彼はカウンターに腰を下ろした。

一見の旅人の動向を、具に観察して難癖をつけるような客は、この酒場にはいない。


「あいよ、お待ちぃ!」


一息つく間もなく、髭面のマスターが霜の降りたジョッキを差し出した。見れば、添えられた指まで凍り付きそうなほどキンキンに冷えている。


「あ、ああ。どうもありがとう」


注文した一杯があまりに早く出てきたことに驚きつつ重厚なガスマスクを外せば、髪も瞳も黒く、肌もやや浅黒く日に焼けた若者の顔が現れた。

精悍ではあるものの目立つ顔立ちでは無いが、左顔面を縦に裂く、薄っすらと大きな傷跡が特徴的だ。


「お兄さん、見ない顔ね?」


ガスマスクと引き換えにジョッキを手にしたクロウに、壁の花になっていた女の一人が、しゃなりと近付いて真横に座った。

柔らかなブロンドのショートボブに、碧い瞳がよく映える。

目尻が少しキツいが、丸いおでこと小さな鼻が如何にも女性らしい、容姿端麗な若い女だ。

肌も露な煽情的な服装からは、形の良い胸元と輝くような太股の付け根がほとんど見えていた。


鉄の歯車には彼女のような女が何人も出入りしていて、話の相手や一夜の夢を供している。

今も、そこかしこで男女の駆け引きが行われており、一方でまだ、客を見定めているだけの女もいた。


「今日、この街に着いたところなんでね」


クロウは、女に警戒しながら、努めてぞんざい且つ言葉少なに答えた。

悲しい哉。こんな埃っぽい旅人に話し掛けてくる女など、どう考えても怪しい。

出来れば、無用な会話はここで終わらせたかった。


「そう、見ないはずよね。お名前は?わたしは、エヴリン」


だが、クロウの思惑と裏腹に、彼女はあっさりと一歩踏み込むとそう名乗った。


「・・・。クロウだ」


先に名乗られてしまえば、流石に無視をするのは失礼だ。

そういう、妙に律儀なところがクロウにはあった。


それに、なんだかんだと考えていても、長い旅路の後で人との会話に飢えてもいる。

それが、こんな美女が相手とあれば、ひとまず他愛のない会話くらい楽しみたいのが人情だろう。


一方で、どうにも見た目に似つかわしくないエヴリンの佇まいに、彼の直感は警戒するよう訴えかけてくる。

まるでそれを裏付けるかのように、彼女の瞳には鋭い知性と強い意思が光っていた。


「クロウ・・・クロウでいいわよね?クロウは、何を目的にフォージに来たの?」


そう問いかけるエヴリンの声は少し低めで柔らかく、尖ったところが少しもない。

ずっと聴いていても飽きのこない声色だった。

言われるがまま聞き入れてしまいたくなるような、魔力を持った音が耳朶をくすぐる。


「・・・。目的ってほどのもんはねえ。ただ、中々興味深い街だと聞いてね」


だが、雰囲気に呑まれてはいけない。

そう思ってクロウは、自分のペースを保つべく、ジョッキをひと息に、だが悠々と時間を使って空けた。


「ぷはあ・・・」と空けたジョッキが、マスターの手ですかさず霜降りに変わったときには、彼は、ひと呼吸の間を保つ余裕が戻ってきたのを感じていた。


「差し当たって、当面の仕事を探そうかと思っているよ」


クロウがフォージに来たのには、色々とワケがある。

ただ、いずれによ街に居着けることが大前提だった。

そこで彼は、当面の目的である仕事探しをする旨を素直に伝えた。


直感のことは、脇に置いている。

まさにビールを飲んでいる間に、エヴリンがマスターとの間で、気安いやり取りをするのを観察出来たからだ。

鉄の歯車は、旅すがら音に聞こえた酒場。そのマスターと懇意にしている女ならば、よほど食わせ者の可能性は低いだろう。


「そうなのね。なら、わたしにも手助け出来ることがあると思うわ?」


クロウの心の機微を知ってか知らでか、エヴリンは艶然と微笑んだ。その手には、シュワシュワと音を立てる瀟洒なグラスが握られている。


「長逗留するなら、知っておくべきことが色々と多い街だと思うし。気軽に何でも聞いて?」と彼女は続ける。そして、


「そういうわけだから、ひとまずは乾杯しない?出会いに」


と小首を傾げて見せた。

ショートボブの髪がはらりと頬にかかり、白い首筋が露わになった。


「あ、ああ。出会いに」


なんとなく気圧されたような気がしたのを振り払うように、クロウは闇雲にジョッキを呷ると、再び瞬時に差し出された次の1杯を受け取った。


- 多分、こんな美人と飲む機会なんて滅多に無いからだよな。


女の喉がこくりと小気味よく鳴るのを眺めながら、彼は、ここまで言葉を交わして、なお直感が警鐘を鳴らし続けていることに、そんな理由を付けるのであった。

面白かったら、高評価、感想などいただけると大変嬉しいです!(言うだけタダですものね!笑)

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