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08 助監督のひとりごと

※今回と次回は助監督の小松視点になります

「あぁあ、クソッ……クソがっ……だるいんじゃあ、ボケがぁ」


 誰へともなく毒吐どくづきながら、小松こまつは自宅アパートへの道を歩く。

 いつもは駅から徒歩で十二、三分の距離だが、今夜は酒が入っているせいで二十分くらいかかりそうな気配がある。

 夜がけても六月の東京は湿った熱気を保っていて、酒で煮込まれた小松の頭をより一層温め、足取りを怪しくさせていた。


 そもそも、不動産屋の説明だと駅まで徒歩七分だったのに、ほぼ倍の距離だ。

 案内役が用意した車で行かないで、自分で歩いて確認するべきだったか。

 そんな今更な後悔にイライラを加速させた小松は、自販機の横に置かれたプラ製のゴミ箱を全力で蹴り飛ばす。

 だが狙いが定まらず、ゴミ箱のふたを跳ね上げるに止まった。


「ったく、セコいんだからよぉ……」


 鹿野かののイベント後の打ち上げは、いつも葛西かさいの知り合いの店で行われ、一人五千円を徴収される。

 しかしながら、払う金額に見合った料理が出てきたためしがない。

 不味くはないし、量もそれなりなんだが、とにかくメニューが油っぽくて安っぽい。

 アルコール類は飲み放題だけど、原価の高いビールの注文は禁止のケチ臭さ。

 楽しげなのは鹿野と葛西と、その二人に呼ばれた金を払ってない連中だけ。

 アイダやクロも毎回参加しているが、鹿野への義理立てという気配が露骨ろこつだ。


「せめ、てっ、役得やくとくが、あ、れ、ばっ、いい、んだ、がっ」


 自宅アパートに通じる住宅街の路地に入った小松は、子供が蝋石ろうせきで書いたらしいケンケンパの丸印を跳びながら、とりとめのない独り言を呟く。

 打ち上げに若い女性が参加する率は高いが、アイドルやタレントに粉をかけようものなら後が怖いし、業界とのコネを作りたい連中の目当ては決まって鹿野だ。

 あの錫石すずいしとかいう女優も、遠からずあのチビデブに食われるのだろう。


 クロのファンらしい子が参加してることもあるが、そんな子がなびくような魅力は外見にも肩書きにもない。

 葛西は映画監督としての実績があるので、多少はつまみ食いをできてるようだが、やはり自分にまでその恩恵おんけいは届かない。

 夢も希望もない分析にウンザリしながら、小松は自室の鍵を開けた。


 フワッ、とえた生臭さが鼻先をかすめる。

 生ゴミは昨日捨てたはずだが、三角コーナーの処理を忘れたか。

 酒の回った頭でぼやけた記憶を追いかけながら、雑に靴を脱いで狭いキッチンを抜け、寝室であり居間でもある六畳の部屋に向かう。

 部屋の電気を点けてパソコンの電源を入れ、安酒がもたらした尿意を迅速に対処し、冷蔵庫からコーラのペットボトルを出してパソコンの前に戻った。


「あー、だる……」


 小松はった首の筋をベキベキと鳴らし、冷えたコーラをあおる。

 エアコンをつけようとリモコンに手を伸ばすが、送風口から結構な量の水が垂れてくる状態が一昨日から続いてるのを思い出し、舌打ちしてもう一度コーラを飲む。

 重たい倦怠感けんたいかんが、後頭部から背中にかけてベッタリと貼り付いていた。

 心情的には「もう寝たい」しかないが、まだ明日締め切りの仕事が残っている。

 急ぎでもないはずなのに、何故かかされている面倒な案件だ。


 小松はマウスを緩慢かんまんに操作し、編集途中の動画ファイルを開く。

 先週、次の『じゃすか』でロケする予定の廃工場で撮影してきた映像だ。

 この工場は、周辺地域の人間には知られているが、心霊スポットとしての全国区での知名度は皆無。

 なのに、次回作の候補地選定会議で、鹿野はココを強めに推してきた。

 それに賛成票を投じた、葛西の意見もスタッフからの支持を集める。


『無名ってんならアレだろ。いっくらでも設定を盛れるってこったろ?』


 ヒドい言い草だが、モキュメンタリー(いんちきドキュメント)を作る上では重要な観点だ。

 工場が無名すぎる問題に対しては、常盤ときわからの提案が採用された。


『ヤバい雰囲気を紹介できる映像を作って、どっかのアホが廃墟探検をした時の録画って設定で、動画サイトに上げるのはどうよ』


 その結果、小松がそれっぽい動画をデッチアゲることになったのだ。


「こんなのが、俺のデビュー作になるのかな……」


 小松は学生時代には勿論もちろん、卒業してからも自主制作での監督経験はある。

 しかし、商業作品――の一部ではあるが、作中に使われる映像を丸ごと手掛けるのは今回が初だった。

 どうせ名前も出ない仕事だし、ノーカウントってことにしておこう。

 そう自分に言い聞かせながら、小松は内容のチェックを開始する。

 

「ちょっと装備が本格的すぎる……か?」


 小松はそんな自問をはさみつつ、林が粗く編集した動画を見ていく。

 本多ほんだという知り合いの大学生にバイト代を払い、そいつに『動画サイトの再生数欲しさに無茶をする馬鹿』を演じさせたのだが、服装や持ち物にガチ感が出すぎている気がした。

 その一方で、わざとブレや無駄を多くして素人っぽく仕上げた画面には、葛西の下で身に着けたやらせ演出テクニックが、遺憾いかんなく発揮されていると言っていい。

 問題は、それを生かせる作風には将来性があまり感じられない点だが。


 ともあれ、もう一度撮影に行く時間も費用もない。

 今ある材料だけで、それらしい形に整えなければ。

 大きく強く息を吐いて、血中アルコール濃度を薄めるべくコーラをガブガブ飲む。


「やれるだけ、やりますかぁ……」


 ロケの前に荒らされたら困るので、場所が特定できる外観の映像はカット。

 同じ理由で、工場を所有していた社名は映さず、所在地も口にしない。

 動画に記録されている怪異は、天井から響く騒がしい足音と、曇りガラス越しにボンヤリと見える髪の長い女、の二点。

 廃工場にまつわるうわさをベースに、完全にコチラで仕込んだネタだ。


「騙せるのかね、こんなんで」


 他人の仕事なら鼻で笑って終わりだが、自分の仕事となるとそうもいかない。

 ネットの掲示板にボンヤリとした噂話を書き込み、その噂の裏付けとなる動画も作ってしまうとは、悪い意味でのDIY精神に溢れすぎちゃいないか。

 自作自演やマッチポンプと言い換えてもいい、鹿野と葛西のスタンスに賛同しかねている小松だが、とりあえずは目の前の仕事を終わらせる必要がある。


 ザッと確認してみても、やらせがバレバレになっているミスなどは見つからない。

 足音は後から合成するのではなく、現地で和久井わくいを走り回らせた。

 髪の長い女――に見えるものは、美容院で使うタイプのマネキンを改造。

 スロー再生にしてもシルエット状態なので、仕掛けがバレることはないだろう。

 この状態で葛西に送って、修正指示が出たらそれ直して――などと考えを巡らせていると、大きな欠伸あくびが出た。


「ふゎああぁああぁ、ぅあ」


 涙目をこすり、閉じたまぶたの上から両目を軽く指で押す。

 酒が入っているわ寝不足だわで、そろそろ体力も気力も限界が近い。

 そもそもロクなギャラも出ていないから、完全にワリに合ってない。

 編集作業もだが、撮影も酷い有様だった――と、工場での出来事を思い出す。

 鹿野からの指示に従って、現場でかなりの無茶をやらかすハメになった。

 大部分は和久井にやらせたが、作業量が多くて小松も色々とやることに。

 本多にも協力を頼んだけれど、にべもなく拒否されてしまった。


 ドン引きした本多から投げられた「あんたら正気か⁉」というツッコミには、反論の余地がまるで見つからなかった。

 途中経過を残しておいた方が、動画サイトでバズるために暴走するアホな若者としてのリアリティが出ただろ、と鹿野には後で文句を言われた。

 しかし、あんなものが世に出たら、炎上どころか警察沙汰も避けられない。

 そこまでのリスクを背負う義理も価値も、小松はこの仕事に見出せなかった。


「どうせモキュメンタリーやるなら、このレベルでやらないとなぁ……」


 言いながら眠たい目を向けた先にあるのは、低予算で大ヒットした映画のチラシをまとめて飾ってある、大判のパネル。

 その中の一枚である『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を眺めながら、自分にこんな作品が撮れるチャンスは来るのだろうか、との絶望的な問いが脳内に渦巻いた。

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