31 追悼なのか追討なのか
基本的にはクロのファンが集まっているのもあって、イベントは追悼集会――というか、お通夜のような空気で開幕した。
以前参加した『鬼蛇怪会』より会場のキャパが小さく、客席は超満員だ。
場の空気を読んだのか、それとも元からの進行通りなのか、鹿野が「まず、ここにいる皆で霜月駒琅という才能を悼みたい」と宣言し、あの工場ロケの最中のクロをメインに編集した映像をスクリーンに流す。
客席のアチコチから、大小さまざまなボリュームの泣き声が聞こえてくる。
壇上のユリカも、クロの死去を再認識させられて、自然と涙が滲む。
アイダはスクリーンをまともに見ていられないようで、ハンカチで目元を押さえて俯いてしまった。
鹿野は時々洟を啜り、葛西は沈痛な表情を浮かべているが、二人の本音を知るユリカはフザケた茶番に涙が乾く気分だ。
「この世のものではない存在と、真正面から向き合ってはいけない……わたしはそう、重ね重ね注意してきたのに、あいつは……クロは優しすぎて……」
二十分弱の映像が終わると、鹿野は哀しみを堪えた表情でそんな演説を始める。
何も知らない客の間には共感と悲嘆が広がっているが、裏事情を知り尽くしているユリカは、シラケ面にならないようかなりの努力が必要だった。
そっと隣を窺ってみれば、引き結んだ唇の端と握った両手が震えている。
やはりアイダも、ユリカと似たり寄ったりの精神状態なのだろう。
そこからは、鹿野だけが知る『クロが関わっている、今回が初披露の怪異譚』が語られていくが、真偽の程は不明だ。
既に鹿野や葛西への信頼感がゼロ以下なユリカにしてみると、適当な怪談にクロを登場させただけにも思えてしまう。
それでも観客からは劇的な反応があり、テンションが上がった鹿野はイベント終盤には「次の作品は、クロの遺志を継いで絶対完成させる」とか「もしかすると、彼を追い詰めたものを映像に捉えられるかも」とか、威勢のいい煽り文句を垂れ流していた。
観客はそんな鹿野の発言に反応して、何度もどよめいたり盛大な拍手を送ったりしていたが、ユリカの心は醒めていく一方だ。
早く帰りたい、と思いつつ若い女性だらけの客席を漫然と眺めていたユリカは、何となく見覚えのある男性の顔を見つける。
誰だったかと記憶を遡ってみると、変な海鮮パスタを注文した高田馬場の店まで、泥酔したクロを迎えに来た藤田って人だ。
クロが招待してたのかな――と考えていると、鹿野が急に声のトーンを変えた。
「これはね、見せるかどうか、最後まで迷ったんだけど……」
そんな前フリで流されたのは、あの工場に設置した定点カメラ映像の一部だ。
ピントの合っていない、不規則に跳ね回る何かの影。
カメラの前を何度も横切る、スロー再生しても正体の判別しない塊。
金属っぽいノイズと、それに混ざる泣き声のような笑い声のような異音。
映っていたものの概要については、アイダから前に聞かされていた。
しかし実際に見てみると、この『見えたらダメだろ』感は半端じゃない。
場内はシンと静まり返り、張り詰めた雰囲気を残してイベントは終了する。
いつもと違って、鹿野からの「ここで聞いた話は、絶対にネットで書かないように」と念を押す注意がない。
これは、掲示板やSNSでの情報拡散を狙っているのだろう。
鹿野の商売人としての鋭さに感心しつつ、人としてのゲスさに呆れさせられるユリカだった。
イベントの終了の後、「打ち上げでもどうですか」みたいな話は流石に出なかったが、今後の予定についての簡単な打ち合わせが行われた。
狭い楽屋で、四人は車座になって話し込む。
あの工場を題材にした『じゃすか』第五弾のリリース計画を前倒しにして、八月中には完成させて九月には出したい、と主張するのは鹿野と葛西。
それに対し、ユリカとアイダは余裕が足りないと難色を示す。
単純にスケジュールがタイトすぎるのもあったが、それ以上にクロの死を最大限に金に換えようとする、下世話すぎるスタンスへの反発もあった。
だが、そんなユリカたちの心情を見透かしたように葛西は言い放つ。
「心霊ネタなんてのはさ、死人で商売してんの。その商売道具が、知らん奴か知ってる奴かの差なんて、どうでもいいことじゃない。拘るとこそこじゃないっしょ? いい人ぶっても、誰がどう見ても偽善者止まりだから、もう諦めちゃってよ」
堂に入ったクズっぷりだったが、一面の真実は射抜いている。
感情的な理由以外を用意できずに、ユリカとアイダは反論に詰まった。
それに続けて鹿野に言われたことも、二人の行動を縛り付けてくる。
「今日のイベントもそうだけど、ここから先の収益の一部は、規定のギャラに上乗せしてクロの家族に払っていくから。クロの実家は母子家庭で、歳の離れた妹が来年に大学受験だ。確かに、話題性に便乗する面はある……でもね、綺麗事だけじゃ世の中は生きてけない」
クロの遺族に渡る以上のカネが鹿野のポケットに入る、というのはわかりきっているのだが、それを理由に拒絶するのも難しい。
結局、リリース予定が早まるのは決定事項となり、八月の中旬に追加ロケをあの工場で行う、との方向で話はまとまった。
まとまりはしたが、ユリカの納得いかなさは膨らむばかりだ。
なので鹿野が解散を宣言した後、つい声を荒げてしまう。
「クロさんが死んでるのに……いや、そもそも死んだのだって、あの工場に行ったから、じゃないんですか⁉ なのに、またあんなとこ行くんですか!」
ユリカの大声に、楽屋内の空気が固まる。
アイダは苦い顔で、鹿野は澄ました顔で、葛西は嘲った顔で見返してくる。
そして十秒ほどの間を挟んで、葛西が小馬鹿にした調子で告げた。
「呪いや祟りなんかありゃしないって、ユリちゃん。もしあるんだったらさ、真っ先にプウがブッ殺されてるだろ、今回の件だと」
葛西の言い分も尤もだが、お前が言うな感も止め処なかった。
どうにもならない倦怠を背負い、ユリカは挨拶もそこそこにイベントスペースを後にした。
腹いせにアルコールでも入れたいが、間違いなく悪い酒になるだろう。
半ギレのユリカが駅までの道を大股で歩いていると、通りすがりのカフェで窓際の席にいる男が目に入った。
さっきの会場に来ているのを見かけた、クロの友人だ。
考えるより先に体が動いて、ユリカはその店に入る。
二件隣に有名チェーンがあるせいか、店内に客は疎らだった。
店員の案内を断ったユリカは、男の座っている席へ足早に向かう。
「あの、すいませんけど、私のことわかりますか? さっきのイベントですとか、高田馬場のお店とかで……」
「ああ、錫石さん、だろ。知ってるよ」
「ちょっと、お話しをしたいんですけど……大丈夫ですか?」
訊いてみると、二人掛けのテーブルの空いている椅子を勧められる。
改めて自己紹介した後、ユリカはアイスコーヒーを注文し、藤田の対面に座った。
「今回は、その……彼が、あんなことになって」
「こう言っちゃ何だけど、あいつ女関係がハデだったんで、恨まれて刺されるのとか心配してたんだけど……まさか、心筋梗塞とはね」
世間的にはそういうことになったのか、と思いつつユリカは黙って頷く。
そして、明るく振る舞いながらも憔悴の色が濃い、藤田に対し質問を重ねる。
「クロさん……霜月さんとは、昔からのお友達だったんですか」
「知り合ったのは、小学校の頃でしたね。四年生から、同じクラスになって」
藤田の語るクロの思い出は、どこにでもいる少年の姿だった。
勉強はイマイチだが、明るくて運動神経がよくて女子にはちょっと人気。
家は少々貧しいが、貧乏臭さは感じさせない性格だった――などなど。
「霊感がある、みたいな話は一度もしたことなかったから、霊能者として活動するって聞いた時には、ホストんなった時よりビックリして」
「まぁ……特殊な能力があっても、隠してる人は多いですから」
時々そんなフォローも入れながら、聞き役を続けるユリカ。
藤田の話が続く中で、どこまでも曖昧だったクロという人物の陰影が濃くなるのは、何とも不思議だった。
しかし、欲しい情報に中々辿り着かないので、ユリカはやや強引に話題を変える。
「そういえば、最近クロさんと会ってましたか」
「電話なら、何度かあったんですけど……何というか、会話が成立しない状態で」
「ああ……直接に顔を合わせたのは?」
限定して訊き直すと、少し考えた後で藤田は言う。
「ええっと……あんたもいた、あの日が最後だな。その前の週にも飲みに行ったが」
「クロさんと飲みながら、どんな話をしてたかって、覚えてます?」
「ホントに雑談だったけど……仕事の話になった時に、今組んでる相手の金払いが悪すぎるんで、そろそろ手を切って別の人と組むとか何とか、そんなんは言ってたな」
鹿野からの独立計画は、かなり本気だったんだな。
失われた未来に少し胸を痛めつつ、ユリカは更に突っ込んでみる。
「相手の名前とか、出してました?」
「ええっと、確か……キタト、だったかな」
北戸大介――クロと似たようなポジションにいた、鹿野の弟子的存在。
こういう動きを知ってしまうと、やはりクロの自殺説は疑わしくなってくる。
だがその場合、あの工場にいた何かが原因、という結論に辿り着いてしまう。
胃がズシンと重くなるのを感じながら、ユリカは藤田に礼を言って別れた。




