17 捏造ではなくアレンジ
「はいっ、そんなこんなで! 突撃隊三名が勢揃いって絵面なんですけど」
「いやいや、勝手にメンバーに入れるの、やめてもらえますか」
「突撃するのって、基本的にアイケンさんだけですよね」
「ちょっ――えぇ⁉ 二人とも、冷たくない?」
高田馬場での打ち合わせから二週間ほど経った、七月の平日。
廃工場への出発風景を収めるために、常盤によってカメラが回されている。
メールや電話での連絡はあったが、直接に顔を合わせるのはあの日以来だ。
アイダによる視聴者向けの説明を聞きつつ、ユリカは参加者の面子を確認する。
出演者のユリカ、アイダ、クロと、撮影スタッフの葛西、ドラ、常盤、和久井。
林は別の仕事があるらしく参加していないが、いつもはリモートで指示してくるだけの鹿野が参加するので、一行は総勢で八名になっている。
人数が多いからか、ロケ車のワンボックスとレンタカーの軽ワゴンの二台体制だ。
アイダの説明が一段落するとカットが入り、出演者のコメントを撮る流れに。
「じゃあまずは、意気込みとか聞いてみましょうか! クロちゃんから!」
「あれ、紹介とかないんですか」
「みんな知ってるでしょー。だったらアレですよ、この辺にテロップで激ヤバ超絶イケメン霊能者・霜月駒琅って入れとくんで、それで」
「僕の扱い、段々と雑になってますよね……とにかく、今回は油断してると大変なことになりかねません。だから、いつも以上に感覚を研ぎ澄ましておく、という感じですね」
途中から表情を引き締め、クロがいい声で答えた。
続けて常盤のカメラはユリカに向けられ、アイダも同じフレームに入ってくる。
「そしてコチラが突撃隊の紅一点、あの大ヒットホラー『あなたにサヨナラ言いたくて』の主演でお馴染み、どうしてこんな仕事を請けちゃったのか謎すぎる、女優の錫石ユリカさん!」
「どうも……いやホントに、何でここにいるんですかね、私」
ユリカは冗談めかして本音を吐露しつつ、アイダの振りに乗っかる。
「はいはーい、今この辺に錫石ユリカ(かわいい)とかテロップ出てますよ」
「それ、私の行動と関係なく好感度ダダ下がりですよね? 何のイヤガラセですか」
「じゃあ錫石ユリカ(自分のことを超かわいいと思っている)でOK?」
「NGにも程がありますって!」
スタッフの緩い笑いが入ったところで、アイダは話を本筋に戻す。
「じゃあユリカさんも、この撮影に対しての思いの丈をどうぞ!」
「こういうロケは初めて、というか映画やドラマ以外のロケが初なんで、皆さんに迷惑をかけないように……あと、アイダさんがスベるのに巻き込まれないように、頑張っていこうかなと」
「うん、オレが事故るのを規定路線として話進めるの、ヤメてもらえる?」
事前に渡された脚本通りの展開が、若干のアドリブを交えてテンポ良く撮影されていく。
それから簡単にスタッフが紹介され、最後に鹿野の順番が回ってきた。
「そして何と、今回はスペシャルかつサプライズなゲストで、この方も参加してます! 『じゃすか』シリーズの生みの親にして、数々のマジ勘弁してくれって取材を命じてきた血も涙もない地獄の黒幕! 現代怪談のオーソリティにしてトップランナー……鹿野悟だぁっ!」
格闘家の紹介を意識したような、無駄にハイテンションなアイダの振りの後、常盤の手にしたカメラが鹿野に向けられる。
「ども……鹿野です」
「いやテンション! 先生テンションおかしい! オレがアホの子みたいになってるから!」
「でもねぇ、アイケン。今回は行き先があの工場だし、シリアスにもなるよね」
「またまたぁ……え、もしかしてマジなやつですか」
訊き返すアイダに鹿野が重々しく頷き、一同にただならぬ緊張が走る――
という感じでオープニングの収録は終わり、八人は二台に分乗して北上を開始した。
クロと常盤は和久井の運転する軽ワゴン、他の五人はドラの運転するワンボックスという配分になり、ユリカはスライドドアから後部座席に乗り込む。
映画撮影と同様、多数の機材を積んでいくのをイメージしていたユリカだが、定点撮影用の旧式カメラや三脚、それにLEDライトといったものが目立つ程度で、大部分を小型のデジタルビデオカメラで済ませるようだ。
思い返せば『じゃすか』シリーズでは殆どがハンディカムの映像頼りで、夜中のシーンも暗視モードで強引に切り抜けていた。
学生時代に関わった自主映画の撮影もこんな低予算だったな、などとユリカが考えていると、葛西がそのハンディカムの設定をいじっている。
「あれ、移動シーンとか撮るんですか」
「んー、ていうかアレね、アレ。これから向かう場所について、車内で鹿野ちゃんからの解説が始まるって感じの、そういうの撮るから」
そんな段取りだったかな、とユリカが首を傾げていると、アイダがフォローを入れてきた。
「ああ、鹿野さんがね、予定通りに別撮りで工場の話を挿れるより、道中で語った方が臨場感が出るんじゃないか、ってアイデア出してくれて」
その鹿野は助手席に座り、誰かと長々と電話している。
断片的に聞こえてくる内容からは、誰と何の話をしているのか想像がつかない。
それが終わるまで撮影は始まらないようなので、ユリカはこれから行く場所についての予備知識を葛西から仕入れることにした。
「あの、監督。結局のところ、今から行く廃工場ってどういう場所なんですか。凄いとかヤバいとかばっかりで、具体的なこと一つも聞いてないんですけど」
「あー、あそこはね……インパクトっていうか雰囲気っていうか、絵的な魅力だけだったら、ここ数年でもダントツかな。作りモンじゃ出せない迫力? それがあるね。バッチリ」
「はぁ……」
それはつまり、凄そうな気配が漲っているだけの普通の廃墟、とかそういうことなのだろうか。
ユリカが戸惑っていると、葛西がニヤリと唇を歪めて言う。
「でもって、雰囲気だけってこともない。ホントに出る」
「……出ますか」
「何かが出るのは間違いない。まぁ、出てくるようにしたのは俺らだが」
カメラのモードを色々と切り替えながら、どこか自慢げに葛西は言う。
厭なことを聞いてしまう予感がしつつ、ユリカは質問を重ねる。
「それはつまり……心霊スポットを捏造した、ってことですか?」
「ちょいちょいちょーい、人聞き悪いってばユリちゃん。俺らがやったのはただのアレンジよ、ア・レ・ン・ジ。出るって噂があって、出たって証言もあるけど、出たのが何かハッキリしない。それじゃあ、ネタとして弱いっしょ? 使えないっしょ?」
「それは、まぁ……」
「だったらさぁ、使えるようにアレンジしないと。これこれこういう謂れがあってぇ、だからこういうのが出るっていう、理に適った怪異の構造? そういうのをね、提供してあげたわけよ、パッケージとして。わかる?」
「理屈としては、わかります」
心情には拒絶感がある、との含意を滲ませてユリカは応じる。
だが葛西は気にする様子もなく、グイッとユリカに顔を近づけて告げる。
「そこはね、全部丸ごと受け入れて。わかるわかんないじゃなくて、そういうものだってさ。俺らがやってるのはビジネス、お仕事、エンターテイメント。幽霊だの妖怪だのを分析したりすんのは、学者センセーの道楽。この二つは別物だろ? ん?」
「……はい」
「ま、大体が鹿野ちゃんの受け売りだけどね。そう言ってる当人も、仕事によっちゃセンセー方に混じってたりすんだけどね。色々と雑だよ、この業界ってのは」
凄味のある表情を引っ込めた葛西は、ケラケラ笑いながらカメラを回し始める。
レンズを向けられたユリカは、きっと強張っているだろうと思いながらも、作り笑顔を返しておいた。
誰も何も言わず微妙な空気が充満する車内で、ドラのクソデカ溜息が運転席から聞こえてきたのだけが、ユリカにとっての救いだった。