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第三話 事件の真相

「――犯人は私。氷室月子」


 月子の発言に、僕の思考は停止した。


 え、ちょっと待って。

 この事件の犯人は、僕のことを煽り散らかして毒物を仕込むような人物である。高確率で僕を嫌っているはず。その正体が月子なんだとしたら……え、僕は今一瞬にして失恋したのか。そう思い、ちょっと泣きそうになっていると。


「大地。私も貴方が好き。恋人になってほしい」


 月子はそう言って、無表情のまま頬をほんのり赤く染めると、両手をもじもじと擦り合わせた。


――ん? んんん? これはどういうことだ?


 僕がひたすら戸惑っていると、教室にはパチパチと拍手をしている容疑者三人の姿があった。幼馴染の金田風音は「想いが伝わって良かったね」と目に涙を浮かべる。黒魔術同好会の朽木六花は「我の教えた魔術の成果じゃ」と得意げだ。文芸部の小泉美鳥は「一時はどうなることかと思いましたわ」とホッと胸を撫で下ろしていた。ちょっと待て、お前ら……まさか全員グルだったのか。

 ふと横を見ると、火野朝日だけはポカンと口を開けて呆然としているようだった。良かった。お前だけは味方だったんだな。


 僕は金田風音に視線を向ける。


「風音。僕がマドレーヌを貰ったと知ってたのは」

「あはは。あたし実は、月子ちゃんから相談されててさ。バレンタインにお菓子を贈りたいっていうから、あんたがマドレーヌが好きだって教えてあげたの」

「それは……毒入りのレシピごと教えたのか?」


 僕がそう問いかけると。

 割り込んできたのは、朽木六花だった。


「ふむ。毒とは失礼な。あれは我の黒魔術じゃ」


 あぁ、なるほど……僕が腹を下した原因はお前か。


「参考までに聞くが……どんな黒魔術を教えたんだ」

「くくく。我が盟友たる氷室から是非にと請われてのう。恋が叶うおまじないと言われたので、独自に研究した黒魔術式お菓子レシピを伝授してやったのよ。まずは切った爪をお酢で」

「詳細はいい。むしろ言うな」


 知ったら余計に気分が悪くなりそうだ。

 一体あのマドレーヌどんなモノが仕込まれて……いや、でも相手が月子なら……いやいやダメだダメだ、僕はしっかり腹を下したじゃないか。どんなに好きでも、そこは人間の尊厳として許容しちゃダメなラインだ。ここで認めてしまったら、将来的に何を食わされるか分かったもんじゃない。


 気を取り直して、僕は小泉美鳥を見る。


「あの怪文書……もといラブレターはもしや」

「はい。わたくしのせいですの。でも一つ訂正させて下さい。あれはラブレターではなく“恋文”と呼ぶべきものです」

「どっちでもいいわ! 何がどうしてああなった!」


 僕が叫ぶと、小泉美鳥はスマホを取り出して「氷室さん、恋文の原文を広井さんにお送りしても良いですか?」と確認してから、メッセージアプリで何枚かのスクリーンショットを送り付けてきた。


【氷室月子】添削依頼

【氷室月子】たのもう

【小泉美鳥】はい。急にどうされたのですか?

【氷室月子】手紙書いた

【氷室月子】大地に

【氷室月子】自信ない

【小泉美鳥】えっと、つまり……氷室さんは広井さん宛に手紙をお書きになったのですが、文章力に自信がないため、わたくしに添削して欲しい……という理解で合っていますか?

【氷室月子】大正解


「え、小泉の読解力すご」

「ありがとうございます。ですが本題は次ですの」


【氷室月子】クリスマスに渡すはずが

【氷室月子】二ヶ月かかった

【小泉美鳥】それは大作ですね。拝見しても?

【氷室月子】よかろう


拝啓

 広井大地様


 三寒四温の候、体調を崩しがちな昨今ですが、広井様につきましてはご健勝のことと拝察いたします。

 私、氷室月子が拙いながらこうして筆を取らせていただきましたのは、日常の中ではなかなか口に出せない私の気持ちも、手紙に託すという形ならばどうにかお伝えできるのではないかと考えてのことです。文章を書くのが苦手な私ではありますが、できるだけ素直な想いを書き綴りたいと考えております。


 知っての通り私は素直ではない女です。表情を作るのが苦手で、冷たい人間だと思われることも多く、友人の少ない人生を過ごしてまいりました。しかし、大地様はいつも広く優しい心で私と接してくださるため、いつしか私の周りにも友人と呼べる人々ができるようになりました。


 この度、大地様への気持ちをお伝えするにあたって、幼馴染でいらっしゃる金田風音様からは、大地様がマドレーヌを好まれるという情報をお聞きいたしました。朽木六花様からは手作りのお菓子へどのように愛情を込めるべきかという興味深いお話をお聞きできました。文章を書くのが上手な小泉美鳥様には、この手紙を添削していただく予定になっております。私の気持ちが伝わるようなものになっていれば良いのですが。


 最後になってしまいましたが。私がお伝えしたかった気持ちとは、私が貴方のことをお慕い申し上げているという一点です。もしも貴方の心が少しでも私の方を向いているなら、と期待してしまっているのですが……そんなわけないかな、と少し弱気になってもおります。でもどうか、恋人になっていただけることを、少しでもご検討いただけますと幸いです。


 1年B組 氷室月子より

敬具


「え……待って。これを月子が?」

「そうなんですの。これはもうラブレターなどと呼称するのは相応しくない。正しく“恋文”と呼ぶべきものだと……わたくしはそう確信しておりますの」

「いや、そこはどっちでも良いんだが。それより、この手紙をどんな風にいじくり回したらあの怪文書が?」

「……それは」


 小泉美鳥は小さく唇を噛みながら、追加の画像を送る。


【氷室月子】添削よろ

【小泉美鳥】なんて……素敵な恋文なんでしょう

【氷室月子】自信ない

【氷室月子】どこ直せばいい?

【小泉美鳥】少々お時間をください

【小泉美鳥】全力で協力いたしますわ

【氷室月子】よきにはからえ


「なんで偉そうなんだよ」

「えぇ。いつもこんな感じですが」

「まぁ、いつもこんな感じだけど」


【小泉美鳥】では、改善点をお送りします

【小泉美鳥】基本的な流れは良いと思います。とても素敵な恋文だと思いますので、わたくしが細かい部分の添削をするより、氷室さんの言葉をそのまま伝えたほうが良いと思いますの。ただ、あえて修正点を挙げるなら、以下の点になるでしょうか。


□文章が硬いため、今風の言葉を使用する

□謙遜は美徳だが、恋文では卑屈でない方が良い

□単語の選び方を少し工夫してみるのも良い

 ※彼の好みを把握している、ということが

 控えめに伝わるとさらに素敵かと

□他の女性の名前は出さない方が良い


「小泉からの指摘は真っ当なものに見えるが。別に……おかしな部分はないんじゃないか?」

「はい。まさか……これがこんなことに」

「えっと、実際の怪文書は……」


拝啓

 (ガイア)に背きし闇の騎士(ダークナイト)


 ねぇ、だいじょーぶ? 体調だいじょーぶ? 闇の騎士(ダークナイト)様なら闇の魔闘気(ダークオーラ)があるから大丈夫かなーって思うけどね、マジウケるw

 ウチゎ氷の眠り姫(アイス・プリンセス)、アイプリって呼んでね☆ ぶっちゃけ魔界の手紙(イビル・メッセージ)だっけ? そーゆーのチョット下手っぴなんですけどぉ、なんか直接ゆってもちゃんと伝わんなそーだしぃ、アイプリ的にはこっちのがいいかなって思うから、ゆいたいことだけガチでゆわしてもらうけどぉw

 ウチゎ超ひねくれてるしぃ、っていうか私ってそもそもアイプリだしぃ? 闇魂の盟友(ダークソウルメイト)だっけ? そーゆーのイミフだからマジウケるんですけどぉ、闇の騎士(ダークナイト)様ってば大地の魂(ガイア・ソウル)持ってんじゃん? だからアイプリも氷魂の盟友(アイスソウルメイト)がいるんだっけ? そーゆーのマジウケるwww

 そーそー、バレンタインおめでと♡ 闇の騎士(ダークナイト)様にウチの暗黒物質(ダークマター)送りたくてマジめっちゃ考えたしぃ? マドレーヌ、ガチでしゅきしゅきなんでしょwww ウチのしゅきしゅきも一杯入れといたからwww

 ねーねー期待しちゃった? 期待しちゃった? そんなワケないじゃんねw つまりね、アイプリ的にはききたいわけ。闇の騎士(ダークナイト)様はウチの彼ピになりたいのぉ?


 1年B組 氷の眠り姫(アイス・プリンセス)より

敬具


――ばかやろう。


 一体何をどうやったらこんな手紙になるんだ。

 僕が月子にジト目を向けると、彼女は夕日が差し込む窓から外を眺めて黄昏れていた。とても絵になる光景だが、そうじゃない。今じゃない。お前には現在、とても重大な説明責任があるのだということを忘れるな。


「……月子」

「一晩で直した。徹夜だった」

「だからって」

「今風の言葉にした」

「お前……」

「大地の小説から単語を引っ張ってきた」

「それは」

「いっぱいいっぱい頑張った」


 月子は頭をグイッと突き出してくる。

 僕はつい反射的に撫でてしまったのだが。


「よし。許された」

「何も許してないからな」

「え。まだ何か要求するの? えっちめ」

「なんで僕の方が悪いみたいになってんだよ!」


 僕がそう叫ぶと、みんながドッと笑う。待て待て、ここは笑う場面なのか。コントじゃないんだ。拍手をするな。火野はなんで訳知り顔で頷いてるんだ。朽木は全く悪びれてないけど、腹を下したのはお前のせいだからな。お前だけは許さんぞ。


 なんだか疲れ果てた僕は、無言で椅子に座る。すると月子は僕の真横に椅子を置いて、ピトッとくっつくように腰掛けた。いやまぁ、これはこれで悪くはないんだが。

 こんな風にして、バレンタインに僕の下駄箱へ毒物が仕掛けられた件は、なんだかぬるっと「解決」ということになったのであった。


  ◆


 高校生カップルの放課後デートと言えば、何を思い浮かべるだろうか。僕も初めてのことなので、火野にも相談しながら色々と考えていたのだが。


 僕は今、集音マイクを持って、スーパーにいる。


 なぜだ。隣にいる月子に視線を送れば、彼女はコテンと首を傾ける。可愛い……いや、そうではなくて。なぜ僕らは、スーパーの各売り場で流れている音楽を収集しているんだ。下手に会話をすると雑音が入るから、とにかく無言のまま作業を進めているが……少なくともこれは、放課後デートと呼べるものではないだろう。なんだこれ。


 目的の音源をゲット出来たからか、月子はずいぶんと満足げな表情を浮かべている。


「大地。ありがとう」

「別にいいけど……集めた音はどうするの?」

「加工して聞けるようにする。これ」


 月子はそう言って、いつも首にかけている無線のヘッドフォンを僕に差し出してきた。少しドキドキしながらそれを装着すると、彼女はスマホを操作して音楽を流し始めた。


『♪お肉と言ったらカルビだろう? 今夜の夕飯カルビだろう? 可憐な君には牛カルビ、クールな君には豚カルビ。なぁお姫様、髪にカルビが付いてるぜ? スタミナばっちり味満点、カルビ、カルビ、カルカルビ〜♪』


 お……お肉コーナーで流れてる音楽だ、コレ。

 でも髪にカルビが付いてるわけないだろ馬鹿。


 そんなことを思いながら月子にヘッドフォンを返すと、彼女はコクコクと頷いて首に戻した。それは一体どういう意味の頷きなんだ。


「私はこういうのを毎日聴いてる」

「え、なんで」

「聞いてると全てがどうでもよくなる」

「メンタル大丈夫?」


 月子はうんうんと深く頷いてるけど……そういえば、こうして音源収集に来たきっかけは、月子の趣味を尋ねたのがきっかけだったな。なるほど。ずっとヘッドフォンを着けてるなぁとは思ってたけど、まさかこんなのを聴いてるとは思わなかった。まぁ、趣味は人それぞれか。


「彼氏に秘密を開示した。一歩前進」

「何がどう前進したのかは要議論だな」

「そう? 恋愛って難しい。全部が初めてだから本当に何も分からない。またみんなに色々アドバイスしてもらおうかな」

「……黒魔術だけはやめてくれ」


 そんな感じで、一連の事件の犯人であった少々変わった女の子は、今では僕の彼女になっている。今後は平穏な日々が待っている……だけなら良いんだけど。


 果たしてどうなることやら。

 残念ながら、未来を予測することは誰にも出来ないのだから。


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