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第二話 謎は全て解けた

 昼休み。空き教室にやって来た僕は、黒板の前に立って目の前の二人を見た。椅子に座っている火野朝日と氷室月子に、事件の経緯を説明するためだ。


「ことの発端は、バレンタインの日――」


 僕の下駄箱に毒物が仕掛けられた。そして、それを食べてしまった僕は、腹痛と下痢に三日間も苦しんだ。ダメ押しのように、毒物に添えられたギャル語の怪文書で煽り散らされた。


 登校時にコンビニでコピーを取っていた怪文書を渡すと、二人はそれを読み始める。しばらくして、まず口を開いたのは火野だった。


「災難だったなぁ、広井」


 火野はそう言って大胸筋をピクリと震わせる。

 こいつの鍛えた肉体は学生服程度では隠せない。


「オレたちにこれを打ち明けたってことは、犯人探しを手伝ってほしいということでいいか?」

「あぁ、そうだ。どうか僕を助けて欲しい」

「犯人に心当たりはあるのか?」

「実は、ある。その件も含めて、頭の中の情報を整理するのにちょっと付き合ってほしいんだ」


 僕はそう言って、黒板にチョークを走らせる。


 容疑者。

 火野朝日、可能性:低。


「オレも容疑者なのか?」

「あぁ。といっても本当に疑ってるわけじゃないが。手紙には僕の小説から引用した単語が使われていたからな」


 (ガイア)に背きし闇の騎士(ダークナイト)

 僕がWebに投稿している小説だ。


「つまり、犯人は僕の小説を知ってる人物だ」

「それならクラス全員容疑者じゃないか?」

「は?」


 え、ちょっと待て。

 クラス全員……クラス全員と言ったか、今。


「僕は小説のことを火野にしか打ち明けてないが」

「あぁ。だからオレがクラス全員に教えたんだよ」

「は?」

「だって広井、嘆いてたろ。小説を書いても全然読まれないって。だからオレがみんなに宣伝しておいたんだ。クソ面白いから全員読めって。あれだろ、将来はアニメ化まで視野に入れてる超大作なんだろ。オレ、マジで応援してんだぜ」

「あ……ああ……」


 待て待て待て待て。え、じゃあ何か。授業中にめっちゃ考えたオリジナルの呪文詠唱とか、主人公がヒロインとちょっといい感じのアレになるシーンとかも、クラスのみんなに全部読まれてるわけ? え、ちょっと待って。思考が追いつかないんだが。


 あと闇の騎士(ダークナイト)氷の眠り姫(アイス・プリンセス)のモデルは、僕自身と氷室月子なワケなんだが……僕は縋るような気持ちで、月子に視線を向ける。


「月子も、僕の小説を読んだ、のか?」

「……朝チュンさいこう」

「あ、あああああぁぁぁぁぁ」


 そ、それは最新話のセリフ。

 きっちり読んでるじゃないか。


 終わった。青春やら初恋やらなんやかんや、色々なものがマルっとまとめて終了のお知らせだ。

 そうして慟哭を上げる僕を前に、火野は悪びれた様子を一切見せることなく堂々と大胸筋を見せつけてくる。


「今でも読み続けてんのはオレと氷室だけだが」

「……朝チュンさいこう」

「でも大丈夫だ、広井。元気出せよ。この作品は来るぜ。オレとしては、アニメ化したら絶対面白い作品だと思うんだよ。映像的にカッコいいだろ。マジでめっちゃ応援してるからな!」


 善意! あまりにも眩しい太陽のような善意を向けられてしまったら、作者としては何も言えない! っていうか……え、何この地味なダメージ。今回の事件と全く関係ないところで心が折れそうんだんだが。あ、そういえば。小説を更新すると必ずPVが2伸びるのって、もしかしなくても火野と月子なのか。完全に内輪じゃないか。うぅ。


「よ、予想外の落とし穴があったが、それはいい。落ち着こう。つまり小説の単語が使われてるって観点だと、クラス全員に可能性がある。火野の容疑は薄まったな」

「まぁ、実際オレじゃねーしな」


 僕はがっくりと項垂れながら、黒板に向かう。

 とにかく頭を切り替えよう。


 氷室月子、可能性:低。


「私……可能性、低?」

「もちろんだ。そもそも月子が僕に害意を持っているとは思っていないが……何よりこんな長文の手紙、月子には書けないだろう。学級日誌すら免除されてるくらいなのに」


 氷室月子は、日直の義務である学級日誌を提出できなくて、担任に「納期を一週間伸ばして」と交渉したことがある。その結果、クラス全員の意見が一致して、彼女だけ学級日誌を免除されることになった――という伝説を持つ女なのだ。当然、ギャル語長文で煽ってくる手紙など書けるわけがない。


 僕がそう説明すると、月子は不満げな目をした。


「……がんばれば書けるし」

「じゃあちょっとギャル語で話してみて」

「まかせろ」


 月子はふぅと息を吐くと、いつもの無表情を全く崩すことなく右手をチョキの形にし、頬のところに持ってきた。


「………………うち、不器用じゃけん」

「もう一声」

「うち………………あんたがしゅきじゃけん」

「もういい、わかった。もういいから」

「えっへん」


 それはギャル語というか岡山弁では。

 それなのに月子はなぜか得意げな雰囲気で、僕のもとにてくてく歩いてくると頭をズイと差し出してくる。いつものように撫でてあげれば、満足そうにふふんと鼻息を漏らした。くそ、ギャル語は全然できてなかったのに、可愛さだけで勝利をもぎ取りやがったな。僕のハートを盗みやがって。


 そうしてしばらく頭を撫でていると、火野が呆れたような声を出す。


「いちゃいちゃするのは構わんけど、事件は?」

「あ、ああ。すまん。えっと、他の容疑者は――」


 朽木六花、可能性:中。


「毒物と言ったら朽木だからな。証拠はないが前科があるから、念のため容疑者に入れている」

「…………六花は優しい」

「優しさと黒魔術に相関関係はない」


 次。

 小泉美鳥、重要参考人。


「小泉はなぜか、僕が手紙を受け取ったことを知っている様子だったんだ。文芸部のエースなら、ああいう手紙を作るのだって簡単にできるだろう。それに、彼女は何かを隠している」

「…………美鳥は優しい」

「優しさと文章技術に相関関係はない」


 この二人は、事件に何かしらの関与をしている可能性があると僕は思っている。犯人そのものなのかというのは分からないが……例えば犯人が「広井に毒を盛りたいんだけど」などと朽木に相談してブツを入手した可能性だってあると思うのだ。


 そして。

 金田風音、容疑者筆頭。


「風音は……一番怪しいと思っている人物だ。バレンタインにもらったお菓子がマドレーヌだということを、僕はずっと隠していた。それなのにあいつは、なぜかそれを知っていた」


 マドレーヌは食べたの? という質問。

 あれは明らかに、僕がバレンタインの日にマドレーヌを貰ったのだと知っている者の発言だった。僕の中で、風音犯人説はかなり濃厚になっている。ほぼ確信していると言っていい。


「……風音は優しい」

「僕にはいつも辛辣だぞ」


 僕が月子とそう話していると。

 火野は突然、椅子からガバッと立ち上がる。


「広井。謎は全て解けたぜ。これまでの話を聞いて、オレの中で全てが繋がった」

「本当か、火野」

「あぁ。真実はいつも筋肉が教えてくれる。放課後に容疑者を集めてくれ。オレが見せてやるぜ、本当の推理ショーというものを」

「不安しかねぇ」


 推理内容を教えてくれと言っても、火野は「それはお楽しみ」としか言わないので、僕はとてもモヤモヤしながら放課後までの時間を過ごすことになったのだった。


  ◆


 放課後、1年B組の教室には今回の件の容疑者が勢揃いしていた。


 火野朝日と氷室月子には昼に相談済み。

 残る三人――金田風音、朽木六花、小泉美鳥。僕は三人にギャル語煽りの怪文書を手渡しながら、事件のあらましを説明していく。彼女らは椅子に座っているのだが、その中でただ一人……。


 文芸部の小泉美鳥が、何やら挙動不審になった。


「小泉?」

「わ、わたくしが何か」

「ずいぶんと落ち着かない様子だが」

「わたくしは何も! 何も知りませんの」

「まぁいい。話は後で聞かせてもらおう」


 僕はそう言って、火野にバトンタッチする。


 さて、聞かせてもらおうじゃないか。

 自信満々に言ってた「本当の推理」とやらを。


 僕が部屋の隅に下がると、火野はのっしのっしとみんなの前に進み出て、制服がはち切れんばかりのマッスルアピールを行った。そのくだりは推理に必要なのだろうか。


「さて、ここからはオレの時間だ。すべての謎はこのオレが解き明かす……じっちゃんの筋肉に懸けてな」


 そう言って白い歯を見せる火野に、僕と月子はとりあえず拍手を送った。基本的には明るい火野だが、あんまり雑に対応するとたまに落ち込むので、ノリノリな時はとことん持ち上げた方が何かと上手くいくのである。


「さて。オレがこの真実にたどり着いたのは……一つの仮定を置いたからだ」


 そう言って、火野は大胸筋を強調する。


「金田風音」

「何?」

「お前、実は広井のことが好きだろう」

「は?」


 火野が突然そんなことを言い出したので、その場の全員がポカーンと口を開けて固まってしまった。いや……自分で言うのもなんだが、僕は風音に好かれていない自信があるぞ。これは鈍感さや謙遜なんかではなく、純粋に客観的な事実としてだ。


 だが、火野の口撃は止まらない。


「そもそも、おかしいんだ」

「何がよ」

「幼い頃から何年も一緒にいて、広井を好きにならないとかありえないだろう。こんな良い男はなかなかいないぞ。オレは中学三年間、友達の一人も作れなかったダメ筋肉だったが、高校に入って広井と出会った時から全てが変わったんだ。オレがどんなに変なことを言っても変な行動をしても、すべてを優しく受け止めてくれる広い心を持っていて、いつだってオレに安心感を与えてくれる。こんな奴に出会ったのは人生で初めてだ。なんだかんだと人間関係が広がり、今では他のクラスメイトとも普通に話ができるようになった。残念ながらオレには同性愛者の素質は全然これっぽっちもないが、できることなら広井と一緒に筋肉を鍛えながら夜通し語り明かしたいと思ってしまっているくらいだ。それと――」

「待って待って。怖い。目がいっちゃってる」


 ちょっと待て、ヤバいぞ。

 火野ってこんな闇が深い感じだったの。え。


「なぁ、広井が好きなんだろ? 素直になれよ」

「ありえないでしょ」

「なぜだ」

「こいつ小学生の頃、寝てる私の顔にクサい靴下をのせて人生最悪の寝覚めを経験させてくれたから。木の棒の先っちょに犬のウンコをぶっ刺して追いかけ回されたし。私の好きなウサギちゃんのキーホルダーにこっそり眉毛を描き足しやがったし。他にも色々。理由なんて腐るほどあるわよ」


 え、記憶にないんだが。似たようなことをやられた記憶はあるが、僕がやった記憶はないぞ。まぁたぶん脳みそが都合よく忘れてるだけだろうけど。


「とにかく! オレの推理はだな!」

「人の話を聞きなさいよ」

「金田風音は大好きな広井のために、手作りのマドレーヌと素敵なラブレターを用意した。だが、だがしかし、そこに人の恋路を邪魔する二人が現れた!」


 ご、強引に行ったなぁ。


 火野は残る二人……朽木六花と小泉美鳥を見る。

 そして、白い歯をキラリと輝かせた。


「朽木六花。お前も広井が好きなんだろ?」

「我はイケメンが好きなんじゃが」

「小泉美鳥。広井に恋しちゃったんだよな?」

「わたくし、広井さんの文章センスはちょっと」


 ちょっと待ってくれないだろうか。

 なんで僕は今、好きでもなんでもない女子に立て続けにフラれてるんだ。あまりに酷い仕打ちだ……しまいには泣くぞ。


「そうして広井に思いを寄せる二人は、金田が用意したプレゼントを差し替えたのさ。朽木はマドレーヌを毒入りのものに。小泉はラブレターを怪文書に」

「なんで我がそんな面倒なことを」

「わたくしもしませんわ。濡れ衣です」


 だろうね。火野の推理……推理なのかこれ?

 まぁとにかく火野の話は、前提から破綻しているのだ。この三人の様子を見ても、彼女らは僕なんかに欠片ほどの好意も寄せていないと明らかだろうに。勘弁してほしい。僕は泣きそうだよ。


 とりあえず火野の暴走を止めないと。

 僕がそう考え、一歩踏み出した時だった。


 金田風音はすっと椅子から立ち上がると、僕の方へと視線を向けてくる。何だ。まだ何か言いたいことがあるのか。小学生の頃のことは謝らないからな。お互い様だし。


「大地。とりあえずあんたに聞きたいんだけどさ」

「ん? あぁ」

「もし仮に火野の言う通り、あたしら三人があんたに好意を寄せていたとしたら、あんたどうすんの」


 風音の問いを受け、僕は考えてみる。

 風音が僕を好きだったら? いや、僕は既に風音を女として見れない段階まで来てしまっている。答えはノーだ。朽木が僕を好きだったら? いやいや、黒魔術の実験台にされるのはマジ勘弁だ。もちろんノー。小泉が僕を好きだったら? うーん、腹黒そうな女性はあんまり好みじゃないからな。すごい毒吐くし。絶対にノーである。


「申し訳ないが、誰とも付き合えないな」

「ふーん。他に好きな人がいるの?」

「それは。えっと。それはだな」

「ほら。誰が好きなのか、この場でちゃんと宣言しないと、事態は拗れる一方だよ。男ならシャキッと背筋を伸ばす。こんな風に巻き込まれたんだ。あんたが誰を好きなのか白状するまで、あたしらも引き下がらないから」


 風音の言葉に、全員の視線が僕に集まる。


「はい。好きな人の名前はー?」


 え、なんで。どうして。なぜ僕はこんな場で、こんな形で強制告白させられることになってるんだ。何がどうしてこうなったんだ。ちょっと待ってくれよ。


「おや、大地くんは恥ずかしいのかなぁ? もたもたしてると、大地くんの恥ずかしい過去があたしの口から漏れ出ちゃうかもしれないよー? はい、じゃあ名前の最初の一文字だけ言ってみようか」


 汚ねえ。それは禁じ手だろう。


「最初はー?」

「……………………ひ」

「ひ? その次はー?」

「ひむ……あああぁぁぁ、もう。全部分かってやってんだろ。風音はなんで昔からそうなんだよ。何もかも雑で強引でさ。もう……お察しの通りだよ、僕は」


 なんだこれ。

 めちゃくちゃ不本意な告白なんだけど。


「僕が好きなのは、氷室月子だ!」


 僕が勢いでそう口にすると、教室がしんと静まる。

 沈黙が……沈黙が痛い。


 すると、コツコツ。背後から足音が聞こえてきて、僕は恐る恐る振り返った。そこにいた彼女はいつもの無表情で、首にはヘッドフォンをかけたまま、すっと右手を上げている。


「はい。私からも一つ言わせてほしい」

「それは……」

「謎は全て解けた」


 氷室月子はそう言うと、深く溜息をつく。


「この事件の犯人は――」


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