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第003話 ラーメン屋にて

「周防くーん」

 翌週の練習後、突然山城さんから抱きかかえられた。

「わ!? あ、山城さん?」

「今日昼から予定ある?」

「いえ、特には……」

「じゃあ一緒に昼飯行かない?」

 というわけで、なぜか昼飯に俺はいま来ています。メンバーは俺、山城さん、オーボエのたぶん年下の男の子と、隠岐さん。大輔は予定があるからとさっさと帰ってしまった。帰ってほしくなかった……。

 そして来たのは近所のラーメン屋さん。どうやらこの団の男性陣の行きつけのお店らしく、山城さんが個室貸して~と軽く言うと店主さんは気前よく個室に上げてくれた。

 注文してからしばらくすると山城さんがお手洗いに行き、隠岐さんは電話が入ったので席を外した。残ったのは俺とオーボエの年下の男の子。

 目がクリクリッとしてて愛らしい顔つき。あんまり見すぎると失礼だけど、ちょっと目が離せなくなる。って俺、面食いすぎだろ……。

 俺は気づいたら男性に惹かれるようになっていた。いつ頃からかはわからないけれど、自覚したのは小学校4年生くらいの時だった。クラスの男子はあの子が可愛い、いや、こっちの子の方が可愛いとかいう話をしていたけれど、俺は一切興味がなかった。

 そんな時、例のソロコンテストで隠岐さんに出会った。その時以来、隠岐さんには会えなかったけれど隠岐さんのことが気になって気になって仕方がなかった。けれど隠岐さんも一般人だからネットで検索しても出てくることはなかった。ソロコンテストの成績を収めているサイトで名前がヒットするだけだった。

 いや、でも何か視線を感じる。この空間には俺とこの子しか残っていない。なのでその視線は彼からということになる。

「あの……何か?」

 恐る恐る聞いてみた。

「あ、ごめんなさい。俺、オーボエの駿河って言います!」

「駿河さん。俺は周防って言います」

「俺、高校生で18歳なんでタメでいいですよ!」

「あ、はい……」

 沈黙。気まずい。俺、こういうの苦手なんだよ。とりあえず水飲むか。

「あの」

 水を口に含んですぐだった。そしてとんでもない言葉が駿河くんから飛び出してきた。

「周防さんって隠岐さんのこと、好きですよね」

「ブフッ! げほ、げほげほごほ!」

 何言い出すんだこいつ! いや顔は知ってるけど話すの今日初めてなのに。

「あ、急にごめんなさい。でも周防さんを見てたら明らかにそうだよなーって」

 おしぼりの封を開けて口を拭く。ちょっとこぼれた水もそれで拭いた。

「明らかにそうだよなって……」

 疑心に満ちた視線を向けると駿河くんが明らかに困った表情になる。

「ごめんなさい。そういうつもりじゃなくって」

 そういうつもりってなんだよ。

「別に……。まぁ確かにソロコンでお世話になったし、優しい方なんで好きですよ」

「そうじゃなくて。周防さんの場合likeじゃなくてloveですよね」

 こいつ! 遠慮ってものを知らないのか……?

「何言ってるんですか」

 俺はてきとうにあしらおうとしたがクリクリの目が俺を射抜いてくる。やめろ、そんな濁りのない目で俺を見るな。

「目がそう言ってますよ」

 わかってるよ。俺はこういう時にすぐ視線が泳いでしまうから。でもそれを一発で見抜かれるのは本当に初めてだ。なんだよ、この子。

「ですよね?」

 そんなことなんで今日初めて話すヤツに言わなきゃなんないんだよ。

「だったら何なの?」

 あぁ、軽蔑する? 男が好きな男、キモいわ。みたいな感じか。俺らの代だとそういうのはドラマとか映画とかで結構普通になってきているかと思ったけど、やっぱり現実世界にいると嫌だよな。

 最悪。気分害した。帰ろうかな。

 立ち上がろうとしたのに気づいて彼が俺の右手を引っ張るようにして止めてきた。

「なんだよ」

「ごめんなさい。本当に。そういうつもりじゃなかったんです」

「そういうのいいから。なんなのお前。初対面でいきなり人の気持ちズカズカと踏みつけるようなこと言ってきてさ。いくらなんでも失礼だし不愉快だわ」

「ごめんなさい、あの」

「もう俺帰る」

「待って!」

 さっきより強い力で引っ張られる。睨みつけるように顔を見ると、あのクリクリの目が潤んでいた。

 なんだこいつ、本当に。どういうつもりなんだ。

「……。」

「何か」

 彼の目つきが変わった。嘘を言っていない目だ。

「何か、力になれることあれば……言ってください」

 は? 何、言ってんの……?

「あれ? どうした?」

 ハッとなって俺は駿河の手を払いのけるように放した。

「なに、手つなぐほど仲良くなったの?」

 隠岐さんだ。

「あ……」

「そうなんですよー!」

 困った顔をしていると駿河が笑顔でそう言い放った。

「ほら、今日初めて面と向かって話したんで。よろしくってことで!」

「いいねいいね。そういう風にどんどん仲良くなってくれると俺も嬉しいよ」

 隠岐さんが俺の右隣に座る。

「なに頼むか決めた?」

「いえ、まだ」

「遠慮すんなよ。今日は俺の奢りだから」

「やったぁ! マジっすか!」

「お前はちょっとは遠慮しろ、和希」

 和希……。駿河 和希か。名前と顔、覚えたからな。


「じゃあここで解散ってことで!」

 山城さんがニコニコ顔でそう言った。

「また来週な~」

「お疲れさまでした」

「失礼します!」

 そう言って店の前で別れる。山城さんは自転車、隠岐さんはバイクで。そして俺と駿河が――電車だ。

「周防さん」

「なに」

 冷たい返し方になった。

「……いえ、あの、さっきはすみませんでした」

 ふぅ、とため息が出る。よっぽど気になったんだ。意外と繊細なのか?

「いいよもう。別に……茶化されたわけではないし」

「ありがとうございます」

 無言で道を歩く。空気が重い。

 結局無言のまま駅に着いた。改札を通過する。

「じゃあ、また来週」

 そう言うと駿河は何とも言えない表情をしていた。

「本当に気にしてないから」

「はい……失礼します」

 エスカレータを上がっていく駿河はまだ、どことなく元気がなかった。


 やっぱりそうだった。周防さんは隠岐さんのことが好きなんだ。

 俺はあの視線の熱さを覚えている。なぜか。俺がかつて、いや、ついこの間まで同じような視線を向けられていたから。楽団ではない。学校で。

 最初は気のせいだと思っていたけれどやたら視線を感じるし、目が合うこともあった。けれども、目が合うとパッと視線を逸らされる。そんなことが何回もあった。だからこそ、すぐに気づいた。

 そしてつい、あれは2カ月前のことだった。バレンタインだった。面と向かって告白された。俺、今まで告白なんてされたこともなかったのに。男から告白されるなんて夢にも思わなかった。

 あの時と同じ目をしていたから、周防さんが。

 黙っておけばいいものを俺は黙っていられずに聞いてしまった。直球過ぎたけれど。怒らせたと思ったけれど、周防さんはもう気にしていないといった。

 周防さんはどうするんだろうか。隠岐さんにあの気持ち、伝えるんだろうか。それとも、ずっとあの気持ちを抱えたまま言わずに……。

 どっちに転んでも、周防さんには俺たちみたいなことにはなってほしくない。けれども、どうしても言えないことがあった。

 

 隠岐さん、彼女さんいますよ――。


 言うのは簡単だろうけれど、この言葉がどれほど周防さんにダメージを与えるのか未知数だった。言えない、言えるわけない。

「はぁ……」

 俯いてため息を漏らす。なんで俺、こんな会ったばっかりの人の気持ち抱えて悩んでるんだろ……。

 見上げるとこちらを心配そうに見ている周防さんが見えた。無理やり笑って会釈をする。なんだろう。会ったばかりなのに、俺たちみたいなことになってほしくないから、あの人を支えたいって思う。

 そう考えているうちに周防さんがいるホームに電車が滑り込んできてあの人が見えなくなった。

「ごめんなさい……」

 震える俺の声が電車の走行音に搔き消されていった。


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