1/3
第001話 想起
「失礼します。先生、いまいいですか?」
俺は採点の手を止めて顔を上げる。
「どうした?」
「どうしてもわからない用語があって……」
「見せてみて」
生徒が楽譜を手に職員室に入ってくる。
「ここです。聞いたことなくて」
「あぁ、Appassionatoか……これは……」
そう呟くと同時に窓からふと懐かしい匂いが入ってきた。そうか、もうそんな季節か。
「先生?」
「あ、ごめんごめん。これはな……」
「ありがとうございました!」
「あ、そうだ。合奏は4時からって伝えておいて。採点終わったら行くから」
「はい!」
生徒は大きな声で返事をして扉を閉めて出て行った。静かになった職員室。ふぅ、とため息を漏らす。
あれからもう5年も経つ。あの時入ろうかどうしようか迷った楽団で俺は今、あの人の帰りを待ちながら今も奏者として活動を続けている。
「どうしてるのかな……」
懐かしさと切なさでちょっと胸が苦しくなる。本当に、どうしているんだろう。
フワッと風に乗って窓のすぐそばにある桜の木から、花びらが舞ってきた。
「奏太さん……」
5年前。俺は――。