それは起きた!
この作品は、「ザ・エンド、先手必勝」の姉妹編です。
普段なにかと眼を酷使されている方は、眼を閉じリラックスされ音声でお楽しみ頂くと一味違うかと拝察します。約10分です。
それは起きた!グルフ
1、相変わらず
広大な宇宙の遥か彼方、様々な生命が栄える、とある星のお伽噺です。
そのなかの抜群に知能が発達した生物種がひとつ。その名はアイ。アイは科学技術を高度に発達させ、暮らしぶりは極めて豊かで便利だったが、個々のアイが集まって作ったグルフという名称の集団が数千あり、群雄割拠し、エゴイズムと疑心暗鬼による利害対立は遥か昔から相変わらずで、至る所に争いの火種は絶えなかった。
グルフはそれぞれ、より強力な兵器の開発を競っていたが、核兵器を凌駕する新兵器は出来なかった。「核による核の抑止理論」が一世を風靡していた。自前で核兵器を保有することが身を守る唯一の手段という思い込みだ。発達した科学と止めどなく繰り返される情報漏洩により核兵器とその他の関連情報は拡散し、一定の技術力を持つグルフなら核兵器を製造・保有できた。
星じゅうのグルフが集まった協議体のユナイテッド グルフ(United Gulfs、略してUG)は、グルフの核保有願望を抑止することはもとより、調整することもできず、時間の経過とともに保有グルフは増加の一途をたどった。大グルフから小グルフまでも核兵器を保有する状況が生まれた。それにより破滅への予感はリアルな恐怖を醸成していた。
グルフ生来の属性の顕著なエゴイズムは遺憾ともし難く、UGは、核兵器保有を規制することはとても無理との判断により見切りをつけた。そこで次善の策として、核兵器の先制攻撃を星じゅうのグルフ間に平等に禁止する条約を提案することになった。この条約は「核兵器先制攻撃禁止条約」(Nuclear Weapons First Strike Ban Treaty、略してNFST)と呼ばれた。その遵守を明確に義務化し、履行状態をUGが厳格に常時監視することにより、グルフのエゴイズムによる全体破滅的な戦争の勃発を抑止する効果の実効性を少しでも高めようという発想だ。やがて、このアイデアはUG総会で可決されて実現することとなった。当初は、何が何でも独自路線を堅持すると声高に叫び、頑固に批准に反対するグルフもいくつかあったが、核兵器が一斉に使用されたら星全体が壊滅状態になるという現実認識は共有されるにつれて、数年後にはすべてのグルフがNFSTを批准するに至った。
2、批准の効果
NFSTに基づき、核の状況を常に監視するためのWアラームという監視システムがUGの科学技術部門により開発された。
批准したグルフにはWアラームの設置とUGの専門部門による監視システムの定期監査、そして必要な場合の特別監査が義務付けられた。もし、Wアラームを無効にする等の変更を加え、核の先制的な使用を企てていることが明白な場合はNFST違反となり、それに対する罰則も設けられた。その罰則の内容は簡単に言えば「星の全体的な壊滅を防止するため、その核はUGにより即座に破棄される。違反者は罰に服しそれを受容しなければならない。」というものだった。
このシステムが完成してから10年以上が経過すると、NFSTは厳格に遵守されることを認める者も現れる。核の先制攻撃を受ける可能性は極めて低くなったとの確信も一部には広まり、核の高額な維持管理コストの削減を目的に核所有を廃棄するグルフも徐々に出始めた。
3、それは起きた
ある時、独裁的な政権のグルフの一つが、自分の隣のグルフに自分の思い通りにならない政権が発足したことに不満を抱き、両グルフの境界線付近で演習を実施しながら、宣戦布告もなくそのまま隣グルフ領に攻め込んでいった。
隣グルフ内はひどく荒廃させられ、難民は数百万、死者は数万に達した。この戦争は他のグルフ領域への不法侵入とみなされたので、多くのグルフが隣グルフを支援した。一方で、利害関係から侵入グルフとの友好関係を維持したいグルフもあり、それらは侵入戦争への表向きの支援は控えた。侵入から一年もたたないうちに、通常兵器による戦争は膠着状態になり、侵入された隣グルフでは兵士以外の死者は数十万、兵士の死者は双方ともに十数万を超えた。それでも独裁的な政権は内外に向けて、その数を1パーセント以下に捏造して発表することで自グルフの優勢を誇示しようとした。
4、核兵器の発動
戦争はいつまでも収まることはなく、両グルフの被害は増大し続け、星の経済は混乱に陥っていた。独裁的な政権による情報統制と侵入グルフ内における弾圧を頼みにしての沈黙と服従の強制にも、軋みと限界がみられ始めた。
独裁的な政権は、戦争による勝利を得る為には核による先制攻撃により、星の規模で早急に反対勢力を打倒して沈黙させるのが最速の手段であるとの結論に達していた。実のところ独裁政権はこの事態を早くから想定していて、その科学部門ではWアラームシステムを密かに解析し、UGに悟られずに無効化できるとする自信満々の奇襲攻撃プログラムを開発していた。今回、早速これを活用して戦局を一気に有利に展開する好機と判断した。
侵入グルフのスタッフたちは自信たっぷりに言った。
「我々はグルフの中のグルフ、最優秀な選ばれたグルフなのです。古来より優秀な兵法書によると、先手こそ必勝の定石と申します。これには騙し討ちで狡いなどというような子供の戯言は通用しません。隙のある甘い大人はつまりは間抜けであり、敗者になる運命です。自分や仲間達ともども滅亡するのは、自己責任というもので自然の摂理なのであります。
同様に間抜けなUGの担当が泡を食って我らの核を破壊に来た頃には、すべての反対勢力は、その破壊するはずだった核によって何の反撃も出来ずに星から殲滅済になっています。
ウワッハ、ミーハッハー (笑) 敬礼!」
と胸を張った。
それを聞いた侵入グルフのリーダーは華麗な四つの瞳をカッと見開き、ギラギラと虹色に輝かせ、筋骨隆々とした六本の手足をブルッブルルと震わせ、長く赤い二枚舌をペロロンぺと伸縮し、青いヨダレをヌルッと垂らしながらニヤッと薄笑いを浮かべた。
そして、
「そのとおりだヨネー、フツーに戦争の結果は、大人の自己責任だよネー、しかし、完璧でなければ反撃をうけるネー。その対応はできてるかネー?」
と、問うたものだ。
スタッフ達はしたり顔になり即座に、「誠に御意、優秀な兵法書によると、兵は拙速を好む、とか申します。熟慮が過ぎて好機を逃すは愚の骨頂かと。何事も多少の誤差は生じるものです。我らは選ばれし者、特別頑丈で安全安心なスーパー♨付きシェルターをご用意しました。その時、シェルターのない者は許容誤差のうち、自己責任ですなー。」などと平然と答えたものだ。
リーダーはその説明に満足し、奇声をあげて「よしよしそれでよし、直ぐにイケッー、イケー、キャッホーミーハ!」
と、全身を紅潮させ優越感溢れる物知り顔をしながら、愉快そうに攻撃の即時実行を指示した。
かくして、核による先制攻撃は実行されることとなった。侵入グルフの敵対勢力は、このNFST違反などものともしない獰猛な不意打ち攻撃により、反撃するいとまもなくアッという間に撃破され、宇宙から綺麗さっぱりと消滅するであろうことになった。
5、核兵器先制攻撃罰則規定の適用
その星のあらゆる報道機関は臨時ニュースを流した。ところが、その内容は侵入グルフ内で原因不明の激しい崩壊が生じており、大混乱になっているというものだった。当初、状況や原因がよくわからないので、これを、大地震や火山の大爆発、あるいは未知の自然現象や侵入グルフの敵対グルフによる一斉奇襲攻撃があったらしいと伝えたメディアもあった。
間もなくUGから次のような公式発表があった。
「UGとしてはNFSTの運用開始に際して、いざとなると先手必勝とか、勝てば官軍とかの自分勝手な理屈をつけて、条約違反の核先制攻撃を企てるグルフが必ず出てくる、という前提をおいた。
核の使用を命じたものは頑丈なシェルターに保護されて生存し、その他の多くの者は大規模な壊滅に至るという馬鹿げた不平等は見過ごせない。これを黙認せず未然に防ぐため、もし何処かの核保有グルフが必勝狙いの先制攻撃を行おうと、Wアラームに何らかの変更を加えた場合は、条約違反に該当して処罰規定の適用が必要になる。非常事態であり緊急避難としての即時の対応が求められる。
このことから、その後実際に核先制攻撃指示を発したならば、そのグルフの核を全て即座に自動的に破壊するプログラムXを瞬時に生成することのできる監視プログラムWを開発し、Wアラームに事前にインストールしておくにはどうするかという課題を設定してそのアルゴリズムを様々に検討した。
その結果、現時点での最適解を発見、それに基づいてプログラムWをUGの科学技術部門により開発・製造し、全てのWアラームにインストールした。プログラムXは平常時には存在せず、事前にプログラムWを解析して検出・改ざんしようとしても現時点では手をつけることはもとより見ることすらできないようになっている。」
こうしてUGのIT技術の成果が功を奏し、侵入グルフ保有の核はNFSTに定められた罰則プロトコルに従って速やかに完全に星からデリートされたのだった。
おかげで、その星には暫くの間、平和な時代が続いたそうです。
めでたし、めでたし。
その後、侵入グルフの当事者が大人の責任をどうしたかは、読者のご想像にお任せします。
〈終り〉
(注記)この作品は、「ザ・エンド、先手必勝」の姉妹編です。