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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第六十一章 時が紡ぎたいものは

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93 千夜一夜






埃とカビの臭いの通路の奥………


二脚の折りたたみ椅子には誰も座っていない。



少し急かした、張り詰めた空気。

ここではショーイと呼ばれるロワースは、背の重そうな荷物を急いで、でも慎重に降ろした。

少し息切れしている。


「レグルス………あの子を逃がすから。」

何?……という感じで起き上がるレグルスは、床に敷かれた布団にくるまっていた。


「……レグルス?私はバーシ………だよ。」

ロワースの声を頭のどこかで聞きながら、その名は言わないでと思う。バイシーアの集落に捨ててきた名なのに、呼ばないでと。


「それにあの子?あの子って?」

「シェダルだよ。」

「シェダル…?」

「………レグルス、あなたの息子…」

「?!」


シェダルの名も曖昧なレグルスの手をロワースは強く握る。

「レグルス………」

「ここを出てはだめ。だめ……そんなことをしたら…。みんな懲罰を受ける……」

「レグルス。今なの。今、門が開いてる……」

「門?」



シェダルが一歳と少し、遂にこの要塞の門が開いたのだ。


それはこの要塞だけでなく、このソソシアという地方都市全てに起こった反乱であった。

今、(おさ)の男はいない。


「そう…なら早く逃げて……」

レグルスには分かる。自分はもう立ち上がれないであろう。このエリアのエレベーターは全て壊れ寂れているし、階段も長い。自分はもうどこにも行けない。この少し固まってしまった体を背負って運べる者もおそらくいない。負荷をサポートするメカニックもない。


このアジトにまだ多くの兵士がいるので、それをかい(くぐ)っておそらくいるだろう味方の男手や外部メカニックを連れてくるわけにはいかない。安全圏までレグルスを運ぶのも今は無理であった。


「……レグルス、聞いて。」

ロワースは自分が積んで来た荷物から、大きなおくるみを出した。


まるで赤ちゃんのよう。抱っこがしたい。こんなに自分の胸が、肩が、ごつごつしていなければ添い寝ができるのに………と薄っすら思う。



しかし、ロワースが広げたおくるみの中から出てきたのは、死んで間もないような本当の赤子だった。まだ霊線は繋がっているのか霊が漂っているのに、身体に生命の脈動を感じない。


「!?」

レグルスは思わずビクッと動く。


「ロワース?!」

「……レグルス、この子はあなたの子じゃない。今、外は混乱している。

それに、今あなたを上までは連れて行けない…。」


もっと言えば、連れて行ってもここから逃がすことはできない。街で起こっているテロで地下の独房どころでないため監視は緩んでいたが、堂々と事を起こすことができるほどではない。階段上には今も監視もいる。そのかわりに新しいリネンに紛れてこの子を運んできたのだ。



ロワースは淡々と話すが、レグルスはそれどころではなかった。


誰の子で、なぜここに亡骸が?

「…どうして……?」


「この子をシェダルの代わりにして、兵士が来たら重篤だったから最後の哀れみで母親の元に連れてきてもらえたと言うんだよ。」

「っ?」

懸命に体を起こし、レグルスは震える。


「できない……。そんなことできない…。この子は誰?この子の母親は?」

ロワースはレグルスの背にクッションを入れ、体を少し起こしてあげた。

「母親は、元々ここの街にいて、あなたと同じ診療所で出産したリバイだよ。…かわいそうに、子供が亡くなってしまった。」

レグルスと少し話したことのある女性幹部だ。

「…そんなこと!」

「大丈夫。リバイが言ったの。この子はシェダルに髪の色も似せて少し灰を付けている。肌色も同じ。総監や兵士たちもシェダル自身をよく見ていない。このまま、ここで亡くなったことにすればシェダルは追われない。」

「?!」


ロワースは生きている子に触れるように、赤子の顔をそっと撫でた。


「だめっ…。この子をちゃんと弔ってあげないと……」

レグルスは震えが止まらず、枯れた目から涙が出てきて力を振り縛って身を引いた。


この子にはこの子の命と霊と、それに繋がった身体がある。そんなことはできない。自分は霊を知る身だ。母親だって、ずっと抱いていたいはずだ。


「レグルス、この反乱で遅くとも明日の早朝には北方国に行っていた彼らが帰ってくる。もう時間がない。これはリバイの願いでもあるから。それにこの子を抱えて上まで上がれない。」

「…………。」

震えるレグルスの細い腕の前にその亡骸を静かに置く。


「レグルス……祈ってあげて。」

「………」

「カラも……シーキス牧師もいなくなってしまった……。

どのみち、今、牧師の役目ができるのはレグルスだよ。」

そんなことはない。ロワースやジーワイ、ラージオだってできる。既に昇天の祝福はしてあるのか。


でも…もう………


「この子の名前は?」

「サン・ニハル。」

「ニハル…」


レグルスは、少しの水でロワースに手を洗ってもらい、そっと右手を掲げ、ハニルのために静かに祈る。

そして最後にまたその子の額に水を付けた。



何も答えないレグルスの周りで、ロワースは亡骸が痛まないよう少し子供を離れた場所に置き、いつも通りレグルスの介助をし、リネンや食べ物の支度をする。そして腐りにくいように少しだけ加工した遺体の周りに、弔うようにシェダルの使っていた服やお皿、カップを置いた。そうはいっても、ここでは誰の物なんて決まりはなかったが。


電気をきちんと確認し、床が温かいか確認する。

「レグルス、時々動いてね。床ずれができないように。」

外の国になら床ずれ防止のためのベッドや機械もあるのにと悲しく思うが、全ての気力を失わないためには自身の意思で動いた方がいいだろう。


そして周りを整えると、静かに言った。

「総監が戻って来たら交渉に入るから……。レグルス、それまで耐えて……。」


この街が大きく変わっている。

今までのようにはいかないだろう。変化をチャンスに変えるには今しかなかった。




今、総監や幹部に存在を注目されている者で、脱出を予定している人間は、娘ロワイラルと同い歳のタイラ。なお、バナスキーことロワイラルは、既に街の襲撃に巻き込まれ既に死亡という事になっている。


成人はトレミーのみ。他の勢力から同行する大人はいる。


そして、レグルスの子供セシアとシェダル。



最初にこの要塞の一部に砲撃がある。この地の者ではない現在味方に付いた外部勢力を侵略させ混乱を呼び、裏切り、拉致や死亡、重傷などとして何人か逃がす。ただ、その勢力も取引上の味方なのでどこで寝返るか分からない。そしてそれは、ロワースたちの関与する話ではなく、別口で既に動いていたことだ。


その主勢力を要塞の中にいる者たちは知らない。

仲間なのかも知らない。ただ、そういう情報が確定していると聞き知っただけだ。



加減も重要だった。


長の男、ジルモ・オビナーがその後どう動くかも分からないし、反乱勢力の本当の敵はジルモでなく国だ。この国と、もう1つの国と言える巨大勢力の首都でも、ここより大きな反乱が同時にある。こんな大きな機会は二度となかった。それは次立つ政権が用意されていたからだ。複雑に捻じれた側近たちの裏切りである。ギュグニーの難しいところは、確立した国という体制がなく、全てがほぼ未完成な国というところだ。


彼らはアメーバのように形を変えていく。



少し孤立したソソシアは、外部の交流口という事もあり他よりは安定し、また違う影響を受ける。ジルモは国に完全に属していない中間勢力のため、ジルモそのものが弱ってしまってもマイナスにしかならないし、残った者たちの安全にも関わる。反乱勢力が、子供たちに手を出さないとは限らない。


少なくとも、ジルモはオキオルからの外交官に属した人間に手出しはしなかった。


レグルス以外は。




勢力図が変わったらどうなるかは分からない。

国やジルモの怒りもどこに向くか分からないが、レグルスとリーダーたちはここにいる。






これまでもそれからも、


結婚できる者は、ポイントにいる男たちに嫁いでいった。


彼らが女たちを奪っていったように、今度は女たちがその懐に入る。

誠意を失わず。



けれど蛇のように狡猾に。





把握しきれないほどの大小の勢力を抱えながらも、国を保つ八岐大蛇、ギュグニー。



あらゆる場所に小さな灯が灯る。

それは外に知られてはならない内緒話。



千夜一夜、話し合われた未来への会合。



何十、何百にも張り巡らせる未来への想定。


確定と不確定。

恐怖ともがき。

死と隣り合った生。




もう忘れそうで、でも懐かしい西洋の国家や、煌びやかなヴェネレやアジアの摩天楼。

そこは貧しくとも、スラムがあろうと、好きに笑い合い、時に怒り、歩く自由があった。


外の人間たちは知らないだろう。


まともに火も灯せない山奥で、毎日こんなふうに必死に火打石を打ち、草や家の壁すら、自身の衣すら薪にするように、必死に一日一日を過ごしている人間がいる事を。




知ってはいる。

自分たちも知っていた。そのためにオキオルに来たのだから。


でも、それはニュースや資料、円卓の向こう側の話であった。



ここは絶望とか、かわいそうとか、最悪とか、そんな名がつく場所だ。




けれど、未来という希望の言葉を使う。


ここを歩く女たちは。




これは自分だけの未来ではなく、数十年後百年後に開花するかもしれない、



次に繋ぐ天からの贈り物だから――





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