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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第六十一章 時が紡ぎたいものは

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92 サラマンダーの這う廊下



パリーーーンと砕けた場所に現る、次の世界。




少し肌寒い、でも晴天の空。



優しい太陽に、くすんだブロンドを輝かせたトレミーは、周りに誰もいないことを確認しこっそり聞く。

「ねえ、レグルス。レグルスのいた国はどんなところだったの?」


「うーん。」

故郷の話をするべきか、オキオルの話をするべきか。レグルスは少し考えて故国ジライフの話を出す。


「冬は少し寒いけれど……夏は暑くて……ここでは考えられないくらい汗だくになる日もあるし。秋は栗や(とち)の実でお菓子を作って………おいしかったな…。おばあちゃんが作ってくれたよ。」

「…ふーん。ここでは作れないの?」

ここでも栗や栃の実は採れるし食すがお菓子までは作らない。

「時々砂糖も入るし……頑張れば似た物はできるかな…。でも、レシピを教わってないから…」



トレミーはそう話すレグルスの顔をそっと眺める。優しそうな顔で、冬に備えて干し物の作業をしている。そんなレグルスの顔が好きだった。



「レグルス………」

少し切ないトレミーの声。


「帰りたいでしょ。」

「?!」

思わずトレミーを見る。

「こんな場所に来て……辛いよね。家事で一日潰れちゃうのに勉強もしてさ。」


少し位の高い人間を相手にできたトレミーも以前は下っぱ。ご飯も洗濯も掃除も自分でしなければならず、まともな部屋もベッドもなく、泣き叫ぶ赤子たちを毎日世話しなければならないその苦労が分かる。


「んー。でもここに来る前も家事は自分でしていたし。まあ、人は何十人も人はいなかったけど。でもその分、分業もできるし、大根とかこんなふうに食べるんだって知ったし。」

立ち上がって、整えた大根の葉を干していく。レグルスの故郷では、大根は漬物や干し物など輸入の加工食しかなかった。


「故郷でも株はあったな…。ここで食べるほど大きな物じゃないけれど。こんな土地でも大きく育つんだなってびっくりしてる。」

株の葉も全部干し、()は大きな桶に入れ毛布で巻いて冬を越す。株も大根も凍らなければ寒さが続く終わりまでもった。正直この地面はあれこれゴミや得体のしれない物が捨ててあり、いろいろ焼いた灰も散らかる土で食べ物を育てるには怖かったが、育つものは何でも食糧にした方がいい。



トレミーはしんみり空を見た。


「…けれど……、ここは命の保証もない………」

病気にかかれば兵士たちはどこかの病院に行っていたが、ここは訪問医しか来ないため、場合によってはコロッと死んでしまう。どこかのまともな国から来たレグルスたちには信じられない場所だろう。ただ、兵士の家族たちもいるため薬は調達できる環境だ。レグルスからしたらいつの物か分からない怖い薬もあるが、海外から入った物は、知った国や会社の製品なら期限が分からなくとも下手な薬よりまだよかった。



「トレミー。世界はね、もうボロボロでしょ。

この世界に正しさを見付けようとしている人は多いけれど、今の世界にも人間にも正しさはないんだよ。


だから根本的に、今の人間たちに平和な世界は作れない。」


「?」

「私の故郷は一見平和だけれど、その人たちにだって無理。平和になったらなったで放っておけば、今度はどこかで国や国民が腐敗してそれがまた広がっていく……」


「………。」

それは分かる。トレミーは腐りきった世界をたくさん見てきた。バイシーアの集落に落ち着かなければ、もっとひどい目にあっていただろう。ここはまだまともだ。


「多くの人は本当に純粋な平和を知らないから。信条も指針もないもの。何度も何度も迷うだけ。」

「……?」

トレミーは、兵士が戦わなくてもいい国から来たのに?と言いたい。それはとても平和に思えた。



「天はね。ひっくり返すの。」

「ひっくり返す?」


「この世界に平和はないから、この世界にない世界を作る。だから、今あるものを全部ひっくり返す。血筋も、常識も、信心も、国も、人も、心も、根底から。」

淡々と語るレグルスの言葉を、トレミーは飲み込めない。



「今あるものは、全て消え去る。核と髄以外。」



「箱舟の洪水もそう。」

「…?ハコブネ?船のこと?」

「そう。そこには人と生き物だけでなく、天の指針が入っていた……。

命と羅針盤が。でも、人は今ある物に目を奪われて、その先を見ることはできなかったから…みんな死んでしまった。」

「…?」


「だからね、私たちは今の自分が()()()()()()()()を必ず通過する。心が受け入れられなくて、壊れてしまいそうなほどにありえないことを。」


この世の常識よりももっと大きな物を受け入れるために。


「…………。」

「私はこれがその一つだと思う。まあ、仕事に来た時点で何かあるだろうって覚悟はしていたけどね。」

なにせ、オキオルとはいえ周辺国家が戦争をしている国だ。この集落の女子供はほとんど知らないが、外交官たちはこのバイシーアの男たちに家族や同僚を殺されて拉致されたのだ。ただ、そういう経緯の者がギュグニーにはいくらでもいるが。


きっと天を怨んでもいいことだろう。

でも、ただ信仰だけでここまで来たのではなく、適応して生きるしかないという人間的な生命力があったのも確かだ。




トレミーは聞く。自分を知りたい。自分の全てを。

「私にもあるかな?そういうの。」

「…………」

それにはレグルスも笑うしかない。いや、笑っていいのか。トレミーの人生の方が、不条理の連続であっただろう。レグルスが何を言えるのか。なので象徴的な話を続ける。


「敵が味方がとかだけでなく………自分の観念や今まで生きてきた全てを打ち消してひっくり返す様な………そんな全てを通過しないといけないんだよ。誰もが。」



誰一人、(たが)うことなく。


自分の生きてきた常識を、世界を、根底からひっくり返す道を通過する。



「今までの人生が上手くいかなかったり、世界がこんな風で何に正しさを見出すの、って思わない?」

「ははは、レグルスも大胆なこと言うね。」

国に報告されたら極刑になるかもしれないことだ。


「でも、その先で人は真理にたどり着く。」

レグルスは腰をかけ言葉を繋げた。

「今までの自分の中に、本当の正解はないもの。ただ一つの軸以外。」

「そう?軸ってよく分かんないけど。」

「あれ?反抗しないんだね。こういう話を私の故郷ですると怒る人もいるよ?自分を否定されるだから。」

「だって、今更自分の中に正解なんてないし。この世界に正解なんてないでしょ?それは分かってる。」

「……そうだね……」

レグルスも空を見てまた柔らかく笑う。


ギュグニーでは少しの道義と、自分の中の正義で生きていくしかないのだ。骨の髄まで、最後までこの世界の毒に侵されたくなかったら。


「でもね、それから人は次の段階に行けるよ。みっとこない自分の全部を受け入れて、全てを捨ててからにして………」

少し空を見上げるレグルスの顔に、今、新しく吹いた風が当たる。



「……天は何も否定しない。」


私の醜さも、小ささも、苦しみも…………


「否定したり受け入れたり忙しんだね。もうホント、よく分からないよ。」

「ははは!」




そう、だからトレミーは、自分の中の信義や正義さえ信じられないくなる日が来るとは考えてもいなかった。


自分で決め、ここまで生きてきたその信念がひっくり返るなど。


こんな環境だから仕方がないだとか、これ以上の正義はこの場所では貫けなかったとか、そんなことさえ思えなくなるほどに。





パキン!


と、全てが崩れていく。




女たちの笑い声が聞こえる。



それはどんな円卓のなのだろう。



喜び?


悲しみ?

蔑み?

嫉妬?


憎しみ?


嘆きの声?




………………




どんどん視界が割れて、どんどん世界が変わる。





「レグルス、祈って。不安でたまらない。」

トレミーがこっそりそう言うと、レグルスは静かに笑う。時々そんな気持ちになるのだ。不安で不安でたまらなかったり、違う世界に行きたくなったり。


トレミーの両手を取って、優しい祈りを唱える。

辛いことがあると、額も寄せ合って、深く祈った。


ギュッとつないだ手、お互い荒れた肌に、温かい体温。

大好きな時間。




ピキーーーーーーーーーーン!



と、またヒビが世界を覆い、崩れ落ち現れた場所には、あのアナログな廊下が続く…………



カビ臭いような、でも乾いたような………

サラマンダーの這う通路。


あの部屋。





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