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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第六十一章 時が紡ぎたいものは

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91 妹と姉


いつもご訪問ありがとうございます。3日間更新します。


●今回の話に出て来る、新しい人物は今回のみです。

昔の価値観が出てきますので、苦手な方はお避け下さい。





間接光の光る一室。

シャプレーが布団を胸の上まで下げ、そっとバナスキーの腕を出し、その際無言でその頬を撫でた。



「…………」

少し緊張しているテニアと同じくらい、この場の空気が張っていた。


バナスキーの右手は握ったまま固まらないように時々何か握らされている。


テニアは骨ばって引きつった手をゆっくり握った。湿度と栄養のためか皮膚は比較的柔らかいが、寝たきりの人、特有の張り。

「ロワイラル…お疲れ様…。よく戻ってきたな。」

瞳の方向も動かないその子に小さく言うと、周りが何とも言えない顔になる。戻って来ても、休まる人生ではなかったであろう。


「右手はそのままで?」

ある程度霊視で分かるが、どこまでニューロス化したのだろう。

「経過比較対象として残してあります。」

生身の体とニューロス化した体との比較のためか。あまり人道的な答えではなかったが、ここに来た時既に大怪我をして左腕は機械化していたことは聞いていた。


「ロワイラル、少しごめんな。」

そして、そっと眠るバナスキーの骨ばった頬に触れた。

背は高くなっても、男性の手に収まる頬。



シャプレーは近くの背もたれのある椅子に座った。


テニアにサイコメトリーができるかはまだ不明だが、人の命を感じる霊性の力はある。何か分かることはないか任せられたのだ。スピカが状況を見て少し前方に出た。もし心理層に関わるサイコスなら倒れる可能性がある。


少し触れるととくに大きな変化はないものの、いつも通り生命のある場所が温度センサーのようにモワッと見えた。義体の部分も霊が通っているのか、無機質ではない。

「……生命力は完全ではないが、大丈夫だろう。」

直ぐに消える感じではないが、健康体でもない。


けれど………まだ命は強く波打っている。まるでもっと生きたいというように。



「ロワイラル………」

面影のない顔になってしまったが、懐かしい髪色。


テニアはバイシーアを離れてからの彼女たちを知らない。もしかして自分の知らない期間は。ひどく過酷で辛いものだったかもしれない。

いや、同僚や家族を殺され拉致されたのだ。ギュグニーに来てからの全てが忘れたい記憶だったのだろう。でも、少しでも笑い合っていた当時をもう一度返してあげたかった。


テニアは気を取り直し、ニッカに預かったトレミーの骨を出した。

「ロワイラル。トレミーの骨だ。多分トレミーは、同じ場所で同じ頃に国境を渡ろうとしたんだ。」


頬に触れた手はそのままに、ロワイラルの視線の先にクリーム色の骨を見せる。



と、その時だ。



パリーン!とテニアの世界が割れる。




「?!」

空間が割れたのか。


サダルや職員たちが自分のを名を呼ぶのがその破片の先に見えた。


今いる研究所がガラスのように360度割れ、全て下に落ちていく。




そして、現われる新たな世界。

あの、バイシーアの集落。


そこでトランプ技を披露する自分と周りで盛り上がる人たち。


「っ?!」




それもまたパリーン!と割れ、世界が下に落ちる。

「?!」





「レグルス!」


レグルスだ。



正面から見ないと分からない、やさしい茶色の髪。



ルバを被ってはにかんだ、あの懐かしい顔。

あの頃、写真は残せなかった。撮影を持ち出さない送信しない、ギュグニーでの約束だ。


でも本当は少しだけサーバーに残してある。




それも割れ、サーと落ちていく。



次はギュグニーに入れなくなった時。

政権や情勢が変わり、レグルスたちのいた国には行けなくなった。


戸惑う行政や商行人たち。

そして自分。



その世界もパシーン!と割れて、落ちていく。






そしてまた現われる、知らない世界。






何か大きな建物の中。


古風な石造りと近代建築が併設されている。




「さあ、早く!」

「無理です!ご一緒して下さい!」



テニアの乳母であり、自身の養母だった人だ。

これはいつの記憶?


全く記憶にない。




そしてもう一人?




一人の女性がテニアの母に、布に包まれた大きな何かを渡そうとしていた。


「さあ、逃げなさいっ。」

「いやです!」

「これは命令です!」


母にそう言う女性は、凛とそこに立っていた。

「私で彼らは満足するでしょう。」

少し顔をしかめて、それでも母は強く言った。

「いえ、ここでお供します。いずれにしろ私一人では生きていけません。」

「………」

凛とした女性は切なく母を眺める。


「アルフェッカ様!」

「……さあ、早く。この近くにいては怪しまれます。あなただけでなく、バベッジの子もいるのです!」

女性の名はアルフェッカ。母である乳母はシェカと言った。



少し離れた方を見ると、運転の男性が頷く。

「シェカ様、もう時間がありません。速く乗って下さい。」

「シェカ。早く乗りなさい。東アジアの北方連合国家以外の正規ルートはだめです。」

行政の中心フォーマルハウトと、経済都市アンタレスだ。正規だと確実に生体を残すことになるが、この二つは安心だ。いろいろ知られても殺されはしないだろう。

「その2都市がダメなら。民間の裏ルートに乗りなさい。」

「できません!あなた様を置いて逃げるなど!」


「シェカ、ここで死ぬよりしばらく苦労をしなさい。

この道は、あなた一人で逃げるより苦渋を要します。おそらく死んでいく私より、苦労するでしょう。

生きることは、世の責任も伴います。


あなたはバベッジの、いえ、ユラスの母になるのです。」



「アルフェッカ様こそバベッジの母です!」

アルフェッカには政治を動かせる才能も力もあった。


「けれど、バベッジは血を流し過ぎました。その血に責任を持たなければなりません。」

「………」

シェカは涙を流して、主人アルフェッカを見上げる。

「何も大きなことはしなくていい。でも……道を繋げなさい。」


「ならば、アルフェッカ様、この子を………」

そう言ってシェカは、今度は自分のもう動かない息子が頭から顔まで包まれた()()()()をアルフェッカに託した。

「これが証拠となって、ボーティス様を狙う者は減るでしょう。」

「シェカ!」


アルフェッカはバベッジの子だが、遥か昔に族長から分家した一族で、古いしきたりを近代まで守っているバベッジにしては珍しい一族だった。


シェカはアルフェッカの異母姉で、一時同じ男性を有していた。

容姿と頭脳の優れた妹が見初められ、バベッジ族長一家に嫁いだのだ。シェカは束の間、そこに入った。


その頃、力次第で覇権を握れるギュグニーにアルフェッカの夫は陶酔していた。アジアにユラス、そして東方国とも接している要地。

まだ幼い長男シーも、その父親に完全に取り入れられていた。夫に権威があり過ぎて口出しができない。

なので妻であるアルフェッカは、次男なら長男よりも執着がなくなるだろうと、もう一人子を必要としたが、二人目がなかなか産まれない。そのため、妾の子として生まれた乳母役の姉が夜伽に入った。姉は子を産んでから遠縁の年老いた親族に嫁いだ後、夫に死なれる。妹の子として苦労して産んだ子供も少し前に亡くなってしまった。


しかし、乳母の妊娠期に、妹も二人目の嫡子が実る。

今シェカに連れて行かせようとしている子だ。



しかし、現在バベッジは混乱している。


アルフェッカは状況を見て自害する覚悟ができていた。

「アルフェッカ様。この子を!」

「シェカ!それはだめ!彼らに見付かったら遺体でも何をされるか分からない!この子も連れて行きなさい!」

「私がボーティス様を連れていく限り、私たちの安全を作って下さいませ。」

シェカの決意は固かった。アルシェッカが母子共に亡くなれば追手は減る。



「…シェカ…………」

アルフェッカにはたとえ亡くなった子であっても、誰かの子を盾にするなど無理であった。

自分の陰で生きてきたような姉だ。そんな姉に、その授かった小さな子にこれ以上何を強いるのか。


「この子はアルフェッカ様の子です。アルフェッカ様が最後に弔って下さいませ。」

シェカは自身の亡き子をアルフェッカに抱かせようとした。受け止めないが、シェカが腕を外すので、固まったおくるみを思わず抱きとめる。


「…ぅ…」

そこで初めてアルフェッカは乾いた目で泣いた。


「アルフェッカ様………。この子に祝福を。」

今度はシェカが強く願う。

「…………」

アルフェッカは涙を止めて立ち上がり、亡くなった子にもう一度天への祝福を祈り、シェカとまだ起きない自身の子に手を置き、全ての和平への祈り、それからバベッジの祝福と彼らの安全の祈りを捧げた。



そして二人は、心の中で呼び合う。

『アルフェッカ……』

『お姉様………』



しばらく抱き合って、アルフェッカはシェカを急かす。シェカは後のテニアとなるボーティスを抱き上げた。


「さあ、早く!」

「アルフェッカ様!!」

「さあ!」



そうして地下道に消えて行く、浮遊型の自動車カレンパークス。


アルフェッカは祈りを捧げ、その道を爆破し、直ぐそばまで来ている見知らぬ兵たちの足音を感じながら、子の亡骸を撫で続けた。






パキーーーンと割れる、次の世界。





「この子です!息子がいます!!」

母だ。乳母であった養母。シェカは名を変えヴェネレ人に多い響きのファディアと名乗った。息子はテニア・キーリバル。母は懸命にヴェネレへ渡ろうとしている。


正規難民の波には乗れなかったので闇ルートだ。


人々の物凄いの熱気とギラ付きと、疲れが同居している空間。

誰を撃とうとしているのか分からない、兵士たちが構えた銃。


しかし、ここは一人一人に食料や寝袋や毛布もあるし、水もある。ある程度統制は取れているのか、ひどく乱暴な兵はいない。年寄りや子持ちの親は優先されるため、必死に手を振った。そして、安全を要するものは別のルートに乗せられる。


ヴェネレとユラスは仲が悪いが、この時期のバッベジ族の混乱は、数千年の憎悪の壁を越えヴェネレの人道家たちを動かした。とくにヴェネレ内の先進的な移民企業人たちが奮起し、入国後はヴェネレの法に従うことを条件にヴェネレに可能な限りの人々を移した。


彼らには道義があった。かつて彼らも歴史の中で他民族に助けてもらったのだ。そのお返しだった。




乳母シェカに抱かれた自分。見覚えのない自分。




また何か爆音がして、全てがバリーンと弾ける。




バベッジの族長夫人が夫やその幹部と共に行方不明という、ささやかなほどにしか載っていないニュース記事を読み、シェカは力が抜ける。そしてしばらく祈った。

生死は分からない。




またガラスのように、全てが割れる。


長い時間のようで、一瞬で何もかもが切り替わっていく。




ヴェネレの地。


『母さん』と呼んだ乳母。


まだ若い母は一人では暮らしていけず、成り行きでその地の男と結婚した。母は身バレをした時のために、自身が抱えるその子をどこかの戦地で拾ってきた子だと夫に告げた。しかしその男は、どのみち連れ子はいらないと言い、子のいない田舎の親戚に養子に出すというので逃げてまた独り身になった。


誰がギュグニーに通じているのか、誰がアルフェッカとその乳母の顔を知っているのか。誰が世界を裏切ったバベッジ族長の子を狙っているのか分からない。まだ見破られていないが、誰かに預けるなどできなきなかった。


親子はなるべくバベッジを避け、大して発展もしていない荒野の街に住んだ。

そこは西社会に繋がる雇われの護衛になるものも多く、余所者の二人を静かに見守ってくれた。





パシーーーン!!



さらに世界は弾けていく。

もうそれが、永遠なのか、一瞬なのかも分からない。



そしてまたパリーン!と割れ、今度は全てが上に落ちていく。



そんな風景が幾重にも繰り返され………




全てが弾け、また弾ける。






ここは?


そうだ、ユラス荒野の研究所。シャプレーやサダルもいる。


やはり体がぐらつく。慣れない力。

「テニア氏!」

サダルが動く前に、スピカがサッと動きテニアを支えた。意識は完全に飛んではいないが、スピカはまだ虚ろなテニアをすぐそばに置いたソファーに座らせた。



終わることなく割れていく世界と………




重なる、ガガガガガガーーーーと横に回転していく世界。


シャプレーは霊世界を見る時の、視点をずらす感覚で二つの世界を合わせた。







今回出てきた姉妹の価値観は、現代では通じにくいものがありますが、昔の支配階級や大きな家のようなものだと思って下さい。また遥か昔の傍系でも聖典家系の祖に繋がる、バベッジの血を残したいという信念が彼らにあります。

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