8 惰性で生きる大房民
閑話です。
「いやだー!!やめる!!」
「は?アホなのか?」
「アホとかあなたは俺の心をどこまで蹂躙するんですか???」
事務局の一角で大騒ぎをしているのはキファとチコ。
「何すか?イオニアはやめさせてもらえたのに俺はダメって!俺のこと好きなのは分かりますが、俺はもうここでは働けません!!」
「今までもフルタイムで働いてないだろ。」
「仕事は人3倍こなしていました!その振り替え休日&フリータイムっす!!」
「黙れ。」
「ひでー!!」
キファはムカつきすぎて頭を抱える。
「好きな人と同じ職場でどうやって働くんですか??フラれたのに?帰ります!!大房に!!」
「…同じじゃないし、響ももう時々しか来ないだろ?試験もあるし。今までもフラれていたのに何を言うんだ。」
「うう…。奴の顔を見ながらミーティングとか耐えられない……。
…チコさんは何ですか?『傾国防止マニュアル』を忘れたんすか?初心に戻って下さい。アーツで昼ドラが起こってもいいんすか?」
チコは寝たきりの時、見たくもない映画やドラマをファクトに無理やり見せられたので昼ドラはなんとなく分かる。一応平和エンド物にしてくれたがドロドロだ。
「みんなが、『何が起こってもキファとはない』と断言していたが?」
「は?どこのどいつが???」
みんなである。
「とにかく黙れ!私も我慢しているのに!!」
「そんなん知りません!!」
キファがうるさいので、パーテーション越しでも事務局に筒抜け状態。
戻って来た一部メンバーや、報告に来ていた石籠たちも呆れている。
そして遂にキファはテーブルに伏せて顔をあげない。
「………。」
さすがにチコも少しかわいそうになって来た。
「…キファ、正職員にもならない。かといって他の仕事もフルでしない。子供の面倒など見てくれるのは助かるが、全部中途半端だろ?ここで一つくらいになにかしら責任をもって最後まで果たしてみたらどうだ?」
「……いやだ…大房に帰る……。」
「もう自宅はないだろ?」
「誰か知り合いの所に行くからいい……。」
「そうすると、また人の世話になって生活も仕事も中途半端になる。…それにせっかくここまで霊性をきれいに解いたのだから、変な友達や女の所には行くなよ…。」
「……。」
霊性の話はよく分からないがキファにも今までと違うのは分かる。
「それにな、母親がキファを探している。」
「っ?!」
キファはガバっと顔をあげた。
「親?」
「そうだ。」
「ハハ親?」
チコはコクンと頷く。
「実はここにも一度来ていてな。犯罪者ではないが、一応南海には接近禁止にしてある。以前サラサとソアで対応して、警察も入った。」
「………」
キファが信じられない顔をしている。
「あの『物質』が?ここに?」
そのセリフに石籠の方が驚いた。
「…っ?」
はい?という顔でほざくキファに、今『親』のことを『物質』と言ったのか?と、戦慄する石籠たち。『人』のことをそんな風にとらえる観念すら石籠たちにはなかった。普通は無いであろう。
しかし、キファにとって母親は宇宙人、宇宙空間物質より分かり合えない謎の物体であった。理解できない数式の方がまだ心に沁みる。キファ母は、チコにビンタをかましたファクトの母ミザルが普通人に見えるくらい、何でもないことでヒスや騒動を起こす不可解カオスな物体である。
タラゼドと比べてどっちがいいか言われたら困るが、2人溺れていたら間違いなく仕方なくではあるがタラゼドを助けるであろう。なにせ、時々目の前にいてもキファの視界からシャットダウンされてしまうのだ。助けようがない。
「…どうする?ここなら保護してあげられるし、何かあっても河漢の一般人侵入不可地域に移ればいい。」
「……。」
そこで石籠とキファの目が合った。
「あれ?石籠センパイ…?いたんですね。
……俺どうしたらいいですか?」
「俺が知るかよ!」
「…なぜそんなに急に怒ってるんですか?」
ケンカばかりしていたのに、なぜかチコに対するより敬語を使っている。
「………お前……人を『物質』って……」
今日も中央区一般市民は大房民に引きまくっていた。
「……石籠センパイ…。大丈夫です!俺はもう先輩の味方です。貞操を守ってステキな女性にゴールインしてください!」
キファがいきなり爽やかに答える。
「は?!」
「ここまで貫いたなら、清い体をキープしてください!ファイト!センパイ!」
「はあ??」
と、石籠が赤くなったところでチコに「黙ってろ」と叱られた。母親の話を振られてキファは既にカオスになっている。
「…チコさん…。ひどいです……。」
「お前みたいなのが敵を生むんだ。」
「……。」
それを横で聞いていたのは、講義を聞きにここに来ていたこの男。
天然金髪という設定だったのに、今は赤髪のフード男もたまたま事務局に来ていた。講義ついでにサラサに必要事項を話して帰ろうと思ったら、サラサは既にいなかったので端でこの様子を見ていた。
「お前、水色!」
キファを指す。
「…は?何すか?」
「あーだこーだ言ってないで、チコ先生が言うんだからフルで仕事しろよ。ここでの生活は楽で便利なんだろ?チコ先生困らせんなよ。」
「……。」
正論だがこの男には言われたくない。誰もがそう思う。
そう、ローの弟ランスアである。
「は?!」
しかしランスアはみんなに顔出しするつもりはなかったのであろう。注目されたと気が付いてハッと慌ててフードを被った。
「ランスア?なんでお前が?」
そして、さらに登場。
キファが騒いでいるからと呼ばれて来たのは、Aチームで一番キファと基準が近かったローであった。キファはスピード型、ローの方がパワー系で重さもあったがお互い似ていて初期トレーニングはよく組まされていたので、ローはサルガスに止めて来いと言われたのだ。ただ、この二人、別に仲は良くはない。
ローと一緒に来たファクトも驚く。
「えっと…、ローの兄ちゃんじゃない?」
そう言ったのが聞こえて、ランスアは兄を見た。
「は!お兄ちゃん!」
「…え?」
ローはキファでなく、そう声をあげた弟ランスアの方に反応してしまう。兄さんどころか『お兄ちゃん』なんて呼ばれたことがない。『あいつ』とか『ロー』である。よくて兄貴だ。というか、もう大人になってから接触した記憶すらないのだ。
「チコちゃん!もう少し水色君に協力してあげたかったけれど、僕の大切なお兄さんが来たから行くね。バイバイ!水色君もチコ先生を困らせないようにね!」
と、楽しそうにローを引っ張った。
「お兄ちゃん!行こ!」
ランスアは兄の肩を組んでローを連れて行こうとする。
「は??どこに??」
弟とほぼ会話がないローが戸惑っていた。一体何を話すのだ。
「みなさんバイバ~イ!」
そうやって出口に向かいながら、兄より背の高いランスアはローを縮込めて言う。
「お兄ちゃん……。僕お金が必要なんだ…。」
「…?」
「職場で失敗して50万必要で…。払わないと警察に突き出すって……。」
「…え?就職したの?」
そんな事があるのか。
「…うん。でも、初の職場でミスして…。せっかく社会復帰しようって頑張ってたのに…。」
「…。」
というところで、ランスアは後ろから引っ張られ、ガツッと壁に押しつけられる。
「ハガっ」
「ランスア…。お前はクソか?」
チコであった。
「兄にオレオレ詐欺か?」
「…え、丁寧に『僕』って言ったんだけど……。」
兄弟の会話は聴こえなかったがあらゆることを察する皆さん。
「チコちゃん違うんです!僕、本当は限定カラーリーオがほしいんで7万円でいいんです!ただ、ソフトやオプションも買うともう少し必要で…15万くらい?あ、ちょっと入用も含めて30万?」
「え?リーオ?!俺が貸す?教えようか?
ウワっ」
リーオ好きのファクトが思わず言ってしまうが、リゲルに無言で制される。
「僕…ゲームとかほとんどしなかったけど、今ちょっとハマっちゃって…。」
ほぼ一日家にいるので暇なのだろう。
「そんなものデバイスでしろ。無料のがいくらでもあるだろ。」
チコは冷たい。
「いや。働けよ。」
他人などどうでもいいキファも言ってしまう。
石籠は大房民はどこまでバカなんだと、もう信じられない顔をしていた。しかもこの兄弟、これまでほぼ顔も合わせていなかったらしく、それなのに久々の会話がこれとは。
「チコちゃんなんで??今日は弟にタカってないよ?お兄ちゃんに甘えただけなのに!!」
「はあ?これ以上家でダラダラゲームをする気か??」
「リーオ買えば家でトレーニングもできるのに?」
「そうだよチコ!シャキッとゲームができるよ!毎日の目標も組んでくれる!お勧めは『ダンシングボクシング!!』体力が付いた分、家庭菜園が拡大できてめっちゃ楽しい!ぅウウッ」
ファクトが口出しするがやはりリゲルに止められる。
「ランスア、お前はアーツや南海に関わる全てにタカるな。取り敢えず働け。この辺、人が回してる飲食店も多いだろ。ベガスは少し働いてもそれなりの金が出る。」
「え?チコちゃん…。俺働くの?声を掛けた女の子が寄って来てトラブルになって出禁とか食らうもん。」
「声を掛けなきゃいいだろ?」
「ええ?コミュニケーションなしでどうやって働くの?」
「皿洗いでもしとけ。洗濯畳めるならそれくらいできるだろ?デカイ食堂なら会話もほぼ無い。」
「そんなん全部オートだよ…。」
「洗濯物だってオートで出来るだろ??言い訳していないで働け!!そのタカる口で何でもできるだろ!」
「…え…。働くの怖い…。」
「………。」
我が兄ながら何も言えないロー。関わりたくない。
「…はあ。」
深くため息をついたチコは向き直ってランスアに言った。
「分かった。取り敢えず5万やるから大人しく帰れ。とにかく兄弟にタカるな。」
「新品のリーオは買えないけどチコちゃんありがとう!リーオは今度買ってね!」
「チコ様、お待ちください。」
うれしそうなランスアに対し、少し後方で控えていたアセンブルスがはじめて言葉を発しチコを止めた。
「絶対に入金してはいけません。」