87 巫女さんこんにちは
「裏切り者ムギ!」
顔を上げると、子分を引き連れていそうなほどゴッツイ顔のくせに、サルガスの後を付いていくヴァーゴがいた。周りには他の大房民もいる。
「あれ?ヴァーゴ南海じゃないの?整備屋は?」
「もう少し後で入る。」
「あっそ。じゃ、これ飲んで。」
失敗したカプチーノを渡すと、大房民がうるさい。
「裏切り者!」
「誰がそんな杯を受けるか!」
常若カフェに協力するなどありえない。
ムギはうるさいお兄さんたちに物申す。
「は?だから何が?新人に嫉妬?」
「貴様、今まで世話をしてやった俺らを裏切るのか。」
同じアーツなのになぜ敵対心を持つのかと呆れる。
「ほっといて。もったいないから飲んでよ。いい豆使ってるの!」
「大量の出汁や塩が入っていそうだ。」
「まずい一択。」
ローも一言言ってしまう。なにせ体にいいからと、カフェオレに酢を入れていた前科がある。
「美味しいですっ!」
確かにもったいないし雰囲気イケメンが監修はしていただろうし、カプチーノに罪はないのでひとまず貰っておく。
「アイスがいいから半分にして氷入れて。」
「うるさいな。」
それでもムギは受け取ってアイスにしてくれる。
「ムギ、いらんアレンジするなよ。」
「ほんとうるさい!」
「常若のお兄さん、この子生意気じゃないですか?干支一回り越える俺にこの態度だよ。タメ口!」
常若男子に言いつけておく。
「そんなことないよ。ねえ、ムギちゃん。」
笑って言ってくれるので、勝ち誇った顔をした。
「…ほんとムギ、かわいくないな……」
「ヴァーゴ先輩、そんなこと言わないであげて下さいよ。」
「うお!お前らなぜ俺の名を知っている!」
「アーツの先輩じゃないですか!」
顔で人を殺すメンバーの筆頭であり、そもそも大房にいた時から恐ろしいと有名だったので近隣地域みな知っていた。
「すみません。注文いいですか?」
そこにお客さんが入ってきた。Tシャツやシャツ、ジーンズなどのラフな格好をした、褐色肌の男子一軍。メンカルの方かなーと思いながら、注文は常若お兄さんたちが取っているが、匂いに違和感なのか慣れた感じを覚え、顔を上げたムギが驚いた。
「…え?あ……」
「しー」
と、笑ってその人は人差し指を口に当てる。
「巫女さんこんにちは。」
「………」
北メンカル第三王子でガーナイト議長、タイイーであった。
「っ!」
「こんにちは。巫女さんですよね。」
「え、あっ、はい!」
「メンカルのためにありがとうございます。応援しています。」
タイイーや一同はメンカル式の立礼をする。
「あ、あ…はい…。」
アーツの何人かもタイイーが来た式典にいたはずだが、そもそもゲストが多かったし、あの時は凝った衣装に身を包んでいて雰囲気が全然違い正体に気が付いていない。ただ、ムギには分かった。火薬や油、電気の焦げたの匂いがする。乾いたユラスとも違う、湿気った密林の火薬の匂い。周りは案内役以外護衛だ。
そして、しょーもない感知能力を付けてしまったアーツ。第4弾クラスはまだ分からないようだがローも匂いで、他のメンバーも彼らの体つきと雰囲気で一般人ではないと気が付いた。ここには霊の匂いも含まれる。
「『巫女さん』?」
常若カフェお兄さんが不思議そうに聞いた。
「故郷で村の巫女をしていたんです。それで、彼らの地元でもお祈りを披露して…。」
「あ、そうなんだ。」
「きちんとお礼をしたくて。お時間いいですか?」
タイイーが爽やかに聴いてくる。
常若お兄さんはいきなり来た男性陣に大丈夫かな…という顔をするが、大丈夫だとローが答えた。護衛のうち2人が以前の式典のVIP側にいた人間と気が付いたからだ。
「俺たちの見える範囲なら。」
「え…いいの?」
ローがOKを出すが、常若お兄さんの心配が止まらない。
いずれにせよ、今ベガスには関係者車両も含め数十万の監視カメラがあり、トイレや更衣室、キッズルームなど全ての入り口に設置してある。トイレは個室以外洗面場も、各倉庫内も映されている。トイレが近かったり病気のある人は疑われたりプライベートが晒され困るだろうが、犯罪が起こるよりはよい。
覆面のアンドロイドや公安軍人、ドローンやビーなどのミニロボも巡回している。この期間は動員客が多く霊性検査は大きく張った結界しかないため、非常に異質、もしくはよっぽど悪意の強い者しか感知できないため仕方ない。
その分警備も多く、国際特殊地域となり入国出国並みの認証が必要で、来場者には前もって様々な通達がされており、犯罪を起こした時の刑罰も大きい。
「できました。」
「ありがとう!」
4人分のコーヒー受け取って支払いをしようとするが、ムギが止めた。
「私が払います!」
「いえ、お礼がしたいし、ベガスの一助になれたらと思うから……」
「いいです!一助に関しては私のお金からでも同じです。」
と、先に指を動かして、ピッと清算してしまう。ドリンクが全員分ないのは、護衛がみんなトイレに行きたくならないようにだ。半分アイスコーヒー、半分カフェオレである。
「高校生に奢られたのは初めてです。」
タイイーは笑う。
「そうですか?私、中学生の時から奢らされていますよ。」
ジャンケンで負けると時々ファクトに奢らされていた。
「なら、パンを買おう。適当に詰めて。」
そういうと、お友達風な護衛の人間がどんどんパンを選んでいくので、カフェお兄さんが焦って詰める。
「それも払います!」
「巫女さん、だめですよ。」
そう言ってプリペイドカードでサッと払った。彼らは生体認証を残したくないので、プリペイドなんだとローはすぐに察理解する。常若お兄さんも彼らの履いている靴やバングルで何か悟ったようだが、ここには軍人もたくさんいるのでそんなものかと思うしかなかった。正確にはプリペイドでもある程度の情報が割れるが、販売店では分からない。
2袋詰めた内の1つはお土産とヴァーゴに渡され、もう1つを持って歩き出した。
「巫女さん、行きましょう。」
「あ、ムギとお呼びください。」
心配そうな常若お兄さんたちを他所に、ムギはヒョコヒョコ行ってしまう。
「…誰か付いて行った方が……」
「大丈夫。」
お兄さんは心配するが、ローは止める。少し離れた所にいるユラス兵にサインを出しても、指を開いて手を振るだけだったからだ。安全のサインだ。
「なんで奴には敬語なんだ!」
ヴァーゴは許せない。
***
晴天のベガス。
タイイーは広場の噴水まで来て、すぐそばのベンチをムギに譲った。この辺は常若カフェからも見える位置だ。タイイーは向こうのカフェテリアで寛いでいるヴァーゴたちに、ここにいますと手を振る。
「議長がお座りください!」
「いいよ。今はただの見物客だから。」
「でも…、隣り座ります?…というか座って下さい。申し訳なくて座れません……」
「…なら私も。」
人一人分ぐらい距離をおいて腰掛けると、カフェオレを渡された。
「………」
ムギはもしかして、自分が『朱』だと知ってここに来たのではないかと気が気でない。何を話せばいいのだ。情勢の話ならともかく結婚話は困る。もちろんそれも戦略上の結婚話ではあるが、それにしたってどうすればいいのだ。でもそんな事があれば、まずエリスか誰かが知らせてくれるはずだ。
しかしタイイーは、アクィラェの巫女に個人としてお礼をした。
「向かい合わせでなくてすみません。」
「はい、いいです。周りから見ればこの方が自然ですし。」
護衛たちは、近くに座ったり立っていたりそれぞれだ。
「ムギさんは食事に招待しても全然来て下さらないから、折角この機会に普通に会えないかなと。」
「ごめんなさい……」
前に見た時はもっと歳に見えたが、こうしてみるとやはりイオニアやタウたちとそんなに変わらないと分かる。北メンカルにしては珍しく混血なのか、肌は濃い色なのに南方だけでなく複雑な顔立ちをしているように思えた。
「…緊張してる?申し訳ない。」
「…いえ、そんなラフな格好をしているのは初めて見たので……」
「はは、何もない時は私も普通だよ。」
写真や映像では民族衣装や王族の正装か、テロリストというか反政府軍というかそういう格好しか見たことがない。というか、まさに反政府反王族軍なのだが。以前、自分たちをテロリスト扱いしたファクトに怒ったことを思い出し、ムギはちょっと心痛い。
それからタイイーは、北メンカルとその分派タイイー率いるガーナイトの当たり障りのない近況を報告してくれた。
ユラス軍が入り、現在ガーナイトは生活も安定しているという。アジアの技術も入れて、森をどうしたら人が働いて住める土地にできるか地質調査もしている。
ムギも現地学生や教授、派遣員の報告でいろいろ知ってはいるが、現地住民たちのメッセージを見せてくれた。「巫女様、学校が再開されました!」「リンちゃんお元気かい?」というメッセージと共に、あれから改善された生活の様子が写っている。みんな巫女が意識を回復するまで、朝夕と祈ってくれていたらしい。
「よかった!」
感謝で胸が熱い。
「イェッド政権はけっこう怒っているけど、ギュグニーの後ろ盾が直ぐには得にくくなったから、歯止めにはなる。」
イェッド政権は北メンカルの国軍だ。タイイーの父と兄のほぼ独裁政権。
「……そうですか…。」
「……本当はこれだけではいけないと思っているんだけどね。」
「…?」
「君のことは報告でしか知らなかったし、実際会ったのは巫女の時だけだ。」
「?」
ムギは知らないが、ベガスの首相クラスの式典だけでなく、実は北メンカルでのガーナイトの条約締結式典でタイイーの方は会っている。既に仮死状態だったムギに。
「君が命を掛けてくれたんだ。それ以上の何かをお返ししないと、私たちも落ち着かない。」




