81 選民は落ち、名もなき者が浮き上がる
●リーブラ、タウ、タラゼド、ウヌクのイメージ画像ができました。
イラストデイズ↓
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ベガス南海端のユラス駐屯では、主に高官位やリーダー格メンバーが集まって現在の情報共有をしていた。
前回の総会議以来、唯一戦死者を出したゴンジュラス大陸ヘイビーナのために祈りを捧げる。詳細は既に共有していたため、ヘイビーナから一言時間が設けられ遺族の様子なども伝えられた。
次にサダル帰還後、初めてベガスに揃うメンバーたちが、バジリーズという陸軍三部隊大尉を中心にチコに挨拶をして進めていく。アーツのメンバーにはサダルは軍人ではないと言っているが、ユラスは軍事国家なので、正式には軍事総監でもある。ユラスはもともと部族や家門に伴う国ごとに軍を所有していたため、軍に関しては首相より族長の方が権限が大きい。とくに陸軍はそうで、族長直轄だ。よって議長夫人であるチコは軍最高官の夫人になる。しかも、チコ自身も以前は指揮官であった。
「…あー。堅苦しい定型の挨拶はいい。お前らは判子か。」
部隊ごとに一言あり議長不在時の非礼を詫びる挨拶をされるが、チコは話が進まないと断る。
「それに私は今は軍人じゃない。今は軍事会議だろ。違うところで詫びに来い。」
チコの復員はオリガン大陸に派遣されていた時のみの復帰であった。余計なことを話すなと言われているので簡潔に終わらす。ただ、族長を上に立てる道理は間違っていない。
本人はサダルに従ってきたが、一族が古典保守でサダルにもチコにも歯向かった家門の青年幹部サイザスは申し訳なさそうだ。
「しかしチコ様……。そのために失われた仲間もいます……。」
「いい。今回は時間がないから。サイザス、お前はいいからユラスに戻った時に兄貴を謝らせに来させろ。全部が終わったらな。」
サイザスという青年の歳の離れた兄に、チコは議長邸から身ごと追い出されたことがある。しかも腕を掴まれ外に投げ出された。非礼中の非礼だ。彼の兄はサダルには謝ったらしいが、チコとしては本当は顔も見たくない。
「………」
サイザスはなんとも言えない顔をしている。
「……あ、サイザス。あの兄貴には会いたくないのか?兄弟げんかでもしてるのか?私が相談に乗ろうか?」
「…え?」
サイザスだけでなく、みんな「は?」という顔になる。議長夫人が相談に乗る?仲裁のため?個人で?それとも家門的な話で?チコとはかなり離れた管轄の家門で、その間に様々なクッション役もいるはずである。
「でも時間がないし……後で藤湾に行かないといけないんだ。あいつらバカだから、放っておくと何をやらかすか分からない。あとで私から紹介しようか?」
現在藤湾学校群に、アーツ第4弾に入っている大房のナンパ男の一番うるさい奴らがいるのだ。見に行かねばなるまい。
「………」
サイザスもハッキリ顔には出さないが「はい?」というのがにじみ出ている。
チコはサイザスが、兄から紹介された女性との面会を断ったと別で聞いていたのだ。構いたがりの婚活オバちゃんチコをサイザスはまだ知らない。ベガス陣営やマイラたちが白い目で見ている。全然懲りていない。
そこでパイラルが制した。
「チコ様。チコ様は南海でゲストの接客をお願いします。どこにも行かなくて大丈夫です。彼らにはナシュパーたちが付いているので心配ありません。」
「………。」
はあ?という嫌そうな顔で今度はチコがパイラルを見た。前回で面倒な行事は終わりの約束だろ?という顔だ。
「チコ様、威厳のある顔で相槌だけしてふんぞり返っていてください。今回は婚活の時間もありません。」
カウスが小声でチコに呟くので、思いっきりにらんでやる。が、痛くもかゆくもないのでカウスは冷静な顔をしている。そのさらにムカつく態度を見て、ふんぞり返るが、威厳というより不貞腐れに近い顔をしていた。フラジーアはオリガン大陸でのチコと違い過ぎて呆気に取られていた。
「バジリーズ三部大尉進めて下さい。」
とガイシャスが入って打ち合わせに移った。
現在ユラス軍は各国の軍事補佐などをしている。
今ベガスに集まっているのは、その中でもVEGAのように連合国認定組織の中で動いていたり、人道支援計画に関わる所属の部隊たちだ。
ユラス軍が世界に受け入れられている理由は、聖典旧教新教から来る正道教受け入れ者であることが最も大きい。
ユラスは、地理的にも全ての文化の中央で西からの『絶対性』『神の下の平等、慈愛、敬天』。そして、東からの『徳目、八徳、克己』などを持ち合わせている数少ない民族だった。
かつて世界の仲裁はイーストリューシア主体の仕事であったが、彼らは神の徳信の言葉を放棄し、淫乱と金と麻薬に浸り、平等と献身を見失い、議事堂や学校の教壇から神を追いやった。その時から支柱となる運勢を失っていく。
平等が『世界の均衡』でもあることも見失い、違う意味に置き換え、自己の位置からの自由主張世界が広がる。平等は人への敬愛、慈悲や献身、利他心がなければ成り立たないと彼らは忘れてしまった。
この世では、平等は中道を包括しなければ意味がない。
過去多くの『選民』たちが自分たちを誇り、他者を治める者とだけ考え、自身も常に変わらなければならず、他者に支えられている者であるという事に気が付かなかった。
選民であれ他者の力が必要であり、選民でなくとも全ては平等なのだ。むしろ上に立つ者は埃を被り身を低くしなければならないと書かれている文字を見失い、その名と知恵だけを誇りとした。
ユラスは選民ではないが、リベラルが蔓延する世界でそれを選ぶこともできたのに、己を見失わず、全てを全力で支えた。
そう思えば、全ての人類と民族が時代の選択によっては選民になる可能性を秘めていると言える。猶予期間に役目が果たせなければ、運気は移っていくのだ。世界の流動と時間と共に次の人間へと。
もちろんそれは、人が選ぶものではないが。
そして、ユラス民族を二分する決定を下したサダルによって、軍事の主力がユラス東勢力のセイガ大陸に移行された。現在はサウスリューシア、東アジア、ユラスが並んで世界最強軍とされ、全手が連合国に属する。サダルがいなければユラスはセイガ大陸中央で脅威のままの分離勢力のままであっただろう。そこで世界は三点を得た。
そして、サダルはもう1つ重要な決定をユラスに下していた。
どんなにユラスが力を付けようとも、聖典の中心は現在東アジアにあると。自分たちが頂点に立つのではなく、アジアの隣人でありパートナーであり補佐であると。
これは、聖典歴史が分からない者には不明確な話であったが、国には全て歴史と霊性に決定つけられた位置がある。どんなにユラスが高い位置に来ようと、血と霊の結晶をまだアジアは失っていなかったからだ。
奢れば滅ぶ。たとえ東アジアが愚かで、彼らを凌駕する力があろうとも。
また、ナオス族新鋭に従った主力陣営がオミクロン族である。彼らは初期、ナオス族サダルの人間性に反発さえしていたが、族長系列が不足であれど彼を認め最終的にカストルの助言に従った形となる。
今回来た、オリガン組のフラジーアもオミクロン族で、初期はサダル迎合に反対していた。
当時、カストルがサダルに出した指示は明確であった。
『とにかくオミクロンを確実に勝ち取れ。』と。
彼らは最も強く、聖典を身の内で知り、そして東洋の徳目も習慣も持つ唯一の民族だと。
『彼らとナオス族が一つにならなければユラス内戦は継続し、世界が数世紀後退する。サダル、これは君の族長、そしてユラス教神職としての使命だ。』
とまで言った。実際は既にオミクロンは連合国寄りになっていて、オミクロンの精神にナオスを持って行った形になる。
会議室には人が溢れ、立ち見も多くいた。
ベガス、西アジアのテレスコピィ、ユラス各所、オリガン大陸、サウスリューシアなど各所の部隊が報告内容を確認し、状況を把握再展開していく。
「……それから、各大陸の大聖堂に全部『印』が入りました。」
ガイシャスが地図を展開していき、各自手元で詳細を見ていた。
『大聖堂』とは宗教関係なく誰もが祈りを共有できる場だ。それが世界中に分布された。
そこでは貞操を守り、他者を尊重し徳目や道徳規範に準じていれば、拒まれることはない。連合国と宗教総師を務めている正道教によって運営され、各宗教教派の印が入っている。警備は各大陸ごとに連合加盟国の軍で賄われている。
各大陸にこのような聖殿が建設され、最低8か所で世界を繋ぐのだ。どの大陸にも最低1か所で点ができ、2か所以上で面が張れ、3か所以上で空間ができ、4か所以上で次元を超える。
東アジアの最大行政都市フォーマルハウトを起点として、
1か所で礎石が。
2か所目でパートナーが生まれ、
3か所できた時点で世界のドアが一部開かれる。
4か所で不動の釘が打たれ、
5か所目で安定ができる。
6か所でプラスに転じ、
7か所目で内側から既存数以上の力が現れるようになる。
そして、8か所目で世界の運気が変わっていく。
これが自由圏の一つの結界になる。
象徴的な話だが、世界が自由圏死守のためにそれだけ努力したという事と、多くの人間が賛同したという証だ。最終的には都市ごとに結界を作るのだ。
一大陸で現在大聖堂が2つあるのは東アジアだけだ。フォーマルハウトと、アンタレス市のベガス。ベガスの大聖堂はアンタレス市中央区の一般教会より小さいが、ベガス区全体が天啓に則り大志の中で動いている。その区域全体が聖堂の役割をするのだ。
聖堂を作るという事は、唯物観の人間には一見無駄なことに思えるであろう。
だが、どこかの国に軍事施設が一つできればその分強力な前線確保と勢力増大になる、というのと同じである。一点の土地を抑えれば覇権が握れるのだ。多くの国、宗教、文化が共栄している証である聖殿の運気、その存在においてレッドラインから守られているのだ。
宗教が大きな建築物を作るのは、神の実体の確立のためだ。天への帰依と、天の関与できる霊性圏の拡大につながる。
本来、宇宙の全てが神の体なのだから。
場合によってはそれだけでその地が戦争回避できる場合もある。社会的、物質的にも文化財や避難所となり、ある程度理性の働く相手なら、その近辺を回避する。なお、その効力は聖殿管理側の誠実さも求められる。
過去、自由世界は身内同士の分裂と強すぎるナショナリズムのために、西アジアとユラスに聖堂を建設することができなかった。
何百年もの杭を打たれるような堅苦しさから逃げたかった多くの魂は、解放されたく寄り心を求める。
結果、リベラルは水のように保守に圧迫され疲弊した人々の心に沁みこみ、世界に浸透したのだ。今度は自由という仮面をかぶった全体主義を先進地域に振りまいて。
ナショナリズムもリベラルも均衡を保てない。けれど、一目見ただけでは全体主義に見えないリベラルは、自由圏よりも自由の反動を活かし、世界への振り子が保守や中道より大きくなってしまった。
度を越せば、宇宙と地球を構成する気流は、選民さえもその歴史の表から挿げ替える。
そのため、その間にレッドラインの通過口にしたいアジアラインができたのだ。
アジアラインはギュグニーや北方にとっては侵略の入り口で、連合国にとっては自由死守の防波堤になる。
セイガ大陸の上下独裁政権が、まとまり切れない国家と国家の間に入って大陸の中央を二つに割ったのだ。全て赤い糸になればアジアもユラスも手にできただろうが、アジアラインの組紐の中の数本はそれに耐えた。
過去の人間がそうしてきた世界を、この時代の人間たちが少しずつ変えていくしかない。保守が自堕落だったことも大きかったのだ。
赤くなりながらも、アジアラインはそれでもまだ血の通った精神を捨てきれない、最後の砦だ。
サダル政権になって、サダルはユラス中心国家の首都ダーオに、各者の融和を図るユラス大聖堂を建造する。ユラス教が他教を受け入れた最大の証だ。そして西アジアには西側最大都市テレスコピィがあるが、彼らは独裁政権に内外共に近過ぎたため、ひっそりと蛍惑にその証が建つ。
蛍惑には大きな建物はないが、公立霊園として寺子屋や寺院が点々とあり、歴史文化財保護区でもあった。蛍惑には山の麓に火葬場や共同墓地でもある霊苑が広がる。そこは蛍惑経済地域に隠れて保守の亡命の通過点とされた。響のおじい様の別荘もその付近だ。
聖殿などは見える現実世界だけでなく霊性の世界の流れも変えていく。実際はどんなものを建てても、よくも悪くも霊世界は動いていき、建てたものや置いたものは、その内容通りに世界の運勢の流れを変えていく。
今、自由圏に、その八角が揃ったのだ。




