表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第六十章 僕の一歩はこれだけだけど

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/95

79 英雄は一人でもなく、華やかでもない



「ポラリスは何と言っている?」

バナスキーに変化があった件をサダルがシャプレーに静かに問う。


「いつもの感じだ。」

「いつもの?」

詳しく答えたのは他の職員。

「『え~、そうなの?!よかったね~!!絶対ただの生理現象じゃないよー!』の後にさらに超ハイテンションでした。」

医学的な事も霊性的な事も何も言わなかったらしい。

「ただ、その反応が今目覚めていてその深層の意志なのか、しっかりしていた頃の心理系サイコロジーが反映されただけなのかは分からないから、そこはくみ取ってあげたいと言っていました。」

「……なるほどな。」



あの後シャプレーも心理層に入る試みをしてみたが、バナスキーの中に入ることも見ることもできなかった。サダルは次元を移動できる力があるのに、()の世界を垣間見ることはできない。


ここにいる博士や職員たちは世界でトップ中のトップだ。

組織も設備も資金も共同組織も世界最高峰に並ぶ。そんな顔ぶれがここで毎日数百人働いているのに何も起こらず、なぜ今になってと思う。


博士たちがいくら理系頭と言えど、人の心に全くのバカではない。人間を扱う以上必要な能力でもある。とくに軍中枢やSR社クラスだと、ただ頭がいいだけでは採用されないし、メンターやカウンセリングできる人間も大勢いる。複数の高度技能か知能を持ち、さらに仕事に差し支えのない精神性を持つハイプレイシアやソーライズ、もしくは精神性に揺らぎがあってもよっぽどの特殊能力を有しているかだ。


強い自己心を捨てられない者、すぐ感情的になる者、惚れ癖があるもの、精神性が保てない者は研究に関わることはできても中核に来ることはない。


とくにニューロスパイロットは膨大な予算が掛かったり、世界の動向に関わる。とくに個人の感情で揺れ動く人間は、才能があっても採用できない。男女関係に簡単に溺れる者も内部を乱したり感情で人を傷付けることが多く論外だ。このような者は中核になることができず、研究や実戦の捨て駒にされることが多い。

自惚れの強い者も多く、一見理性的に見えても話を聞かなくなるのだ。



そうなっても連合国はまだ人として尊重してもらえるが、独裁国家圏では心身ともに本当に捨て駒にされる。下手に賢いと力付きでのし上がってくる恐れがあるため、権力者はいつでも潰せるよう注視を怠らない。直下の部下ですら敵だ。



強化ニューロスの終結にバナスキーが選ばれたのはそのためもあった。


既に体の数か所を欠損、及び数度のニューロス化に耐えた実績。身体能力とあらゆる耐性も優れ、強力ではないがいくつかのサイコスを確認できた。


バナスキーよりも高い能力を持つ者はたくさんいた。


けれど……世を知らず、感情の起伏がないように見える彼女は、非常に理知に富み、そして優しかった。ただ優しいだけではない。


世界的貧困の解決、異文化主義に対する解決。失敗した人本社会主義と資本主義への対応。またはその見解において高度な考えと言語化能力を持っていた。




東アジア側から、バナスキーへの質問。


ここに来たばかりの被験者候補は、まず何もしない状態で試験。それから1日好きな学習をさせまた試験をする。例えば、自分が正道教スタッフとしてある国家に派遣され、その地域で問題が起こったとする。


質問はその時々で何が来るか分からない。


『正道教のA国現地人牧師が横領をしていたんですよ?なぜ告発しないのです。』


バナスキーは静かに答えた。

『上に報告はするし、本人に警告もし改善も訴えます。けれど、告発はまだしません。』

『なぜ?身内の不祥事が表に出るのが嫌で?』


『A国だけでなくこの周辺国はまだ女性の人権すらままならない地域です。身内びいきや公私のお金の境も曖昧で、これから指導していくしかありません。彼らのしたことを良しとはしませんが、まだ身内同士や女性子供へ暴力殺人すらの不問で、生贄さえ存在する場所です。そう思えば、根底にその文化意識が残っていようと、その中で彼らはまだまともです。


それ以上にこの時点で重要なのは、それでも彼らが自由国家を作ろうとしているところです。暴力、暴行、殺人はいけないのだとコミュニティー全体が目覚めただけでも大きな分岐点なのです。優先順位があるし、まずはその一点を評価します。習慣だったことを一気に問い詰めても彼らは理解できません。先進国家も規模や前進具合が違うだけで同じでしょう。

今、彼らを潰したらC国軍に肩入れするA国内の勢力を強めることになります。彼らの狙いは内部分裂でC国D国の侵略組織、先進国からの人本思想の侵入経路を作ることです。それを防がなければなりません。』

『………』

試験官たちは黙る。


内容のレベルはとにかく、分かりやすく多少組織に関わる者なら説得できる言葉選びだ。




実際これはよくある光景だ。


「今の世の中に、完璧に善で完璧に整備された国も組織もない。自由国家でさえも。人間一個人もそうです。内部にも様々な人間や考えの者がいる。組織運営をしていれば、一度は自分たちにも事業対象にも、関係組織にも絶望するでしょう。」


バナスキーは全て見てきた。

記憶の片隅の、遠いどこかで。


「それでもその中で人を選び、要点さえ外しておらず、一つでもいいところがあればそれを誘導しながらどうにか切れそうな糸を繋いでいくしかありません。」


だから全てにおいて、三歩進んで二歩下がるというのはこの時代までの真理である。そもそも有能な人間は安全で安定した企業などに行ってしまう。だが自分たちには、カウントダウンされる使命がある。有限の時間の中の戦線で負ければおしまいだ。

優秀な人材でなく、よりマイナスが少ない者、どうにか一歩でも事を進められる人材で歩いていくしかない。


「10のプラスがあっても1のプラスで全てダメになることもあるし、10のマイナスがあっても1のプラスが優先されることもあることを皆に知ってもらうしかありません。」



聖典の歴史もそうである。

聖典の英雄や賢者たちでさえそうであった。完璧な形で進むのではない。マイナスから進むのだ。どの立場も。


神の戦法もそれしかなかった。神もそうするしかないのだ。神の与えた限りない自由の中で、人は自由の中でその歴史を選んできたのだ。


最初の選択を失敗したからといって、体が成長してもその都度、親が手取り足取り手を出しているのは、当たり前の人の道理にも外れる。


自分たちでそういう世界を選択してきたのだから。今の私たちは継ぎはぎだらけだ。



でも、それで親をただ働かせて衣をまた買ってもらい新しくするのではなく、与えられた中で一つ一つを紡ぎ直しながら、その成り立ちを学び直して性質を知り、自分で解いていかなくてはならない。

でなければ何を与えても最初の繰り返しだ。


「自分がマイナス10の者だと認識し、謙虚に進める人材は宝です。」


人は目先のキラキラ光る金や甘く魅惑的な肢体に、よだれを垂らして駆けていくような精神性の持ち主であってはならない。かといって欲がないのでもいけない。向上心や自立心、利他心は必要だ。


本来は全ての万物の上に立つ者だったのだから。



「どんなに懸命に仕事をしても、何も実らず打ち砕かれることもあるでしょう。


それでも、腐った世界の中にも人の尊厳を見出し、それを回復させようとする精神の持ち主を求めて私たちは働きます。5年、10年…50年かかるのかは分かりません。でも、積んでいけば、いつかどこかでその芽は開きます。土壌が整い条件が揃った時に、積んだように結果が出ます。


これは確信です。」


そういう人々を見てきたのだから。ずっと、子供の時から。




「………。」

試験官は何の反応もしないが、それぞれ思う要点を書き込んでいく。バナスキーは少しだけ窓を見た。



世界の和平構築は突然勇者や英雄が現れて、敵を倒し華々しく平和を作っていくのではない。


誰もがもがき、自分に問い、まるで不条理な、まるで進展しない嫌になる世界でも見捨てず、自身が何かを断ち、何かを受け入れ、一歩一歩泥の中を進む様な道を進んでいくしかないのだ。



その時に大きな目的を見失って身内同士でつぶし合い、本当に打破すべき世界を見失い、

全て真っ赤にしてしまう。



普段の生活の中で、全く気が付かないうちに。


その世界を理解できる者でなければならない。小さな解決は個々が持っているが、大きな責任はより大きな立場に立った人間に託されているのだから。


「………。」

試験官たちはそれからアバウトに人を選び、討論する試験に移っていった。




その時点で既存知識があるとバナスキーは、過去の先進地域からの拉致リストの候補にあげられていたが、はっきりオキオル駐在外交官の事件に結び付けられなかったのは、霊性が塞がっていた事と彼女たちの出身国が連合国の核でない元人本国家だったからだ。



そう、外交官家族たちの出身国は西洋圏のジライフ。

彼女たちはジライフのオキオル駐在外交官である。


ジライフは前時代世界大戦が終わっても初頭は人本主義国家であった。

その場合、自由化しても少なくとも一、二代は人本社会主義の影響を強く受け文化生活が大幅にマイナスからスタートすることが多く、元為政者の横やりも多い。たくさんの家族友人が殺されただけでなく、身内同士でも時に殺し合い人を疑いながら生きてきたため疑心と怨み、自我の放棄が数代に渡って残る。なのでジライフは近代まで発展が遅れており先進国に見えても経済も扱いも厳密には後進国であった。

オキオル外交官虐殺事件は、事件としては大きく一部関係者で注目を浴びても、世界的な規模で起こる様々な件に比べればそこまででもあったのだ。



為政者、研究者、宗教人全ての納得の上でバナスキーは高度被験体に選ばれ、持ちこたえた一人であった。


始めから多大な期待をかけられていたチコやシャプレーと違い、結果ニューロス被験体の一人になっていた。



「………」

シャプレーは無言でバナスキーを見つめる。


たった一滴、スーと流した涙。

それが喜びでも、必死さでも、悲しみでもいい。


感情があってほしいと思った。







あの後、シャプレーが試してみたサイコスで、全く何も起きなかったわけではない。




永遠のドアが見える。

永遠の階段が見える。

永遠のエレベーターが見える。




サイコスに入ろうと集中すると、目の前に見たことのない、でもどこか懐かしい家のドアがある。


3メートルほど進んでドアを開けると、さらに3メートルほど先に室内の木目のドアがあった。


そこを空けるとまたドア。

そしてまたドア。




誰かが待っているようで、待っていてほしくて、ドアを開けると今度は3メートルほど先になだらかに上がる階段。



また階段が上下に続く。時々エスカレーターやエレベーターも挟まるが、延々に広場も部屋も見えない。


時々その3メートルの隙間に何か見いだせそうで、横を向きたいのに横を向けない。声が聞こえるようで何も聞こえない。




永遠の階段と、永遠のドア。



いつの間にかカビとシミくさい、なのに乾いて埃臭い通路になり、そこだけ20メートルほど進むと、一部サビた何のシステムもないのに、やけに厳重な鉄のドアがある。周りには皿やトレーごと残飯が散乱し、壊れた機材や布団などがいくつか捨てるように置いてあり、折りたたみ椅子が2脚あった。



けれど、人も生命の音もしない。ドアもひどくお粗末でひどく重そうで、そのくせひどく頑丈だ。


その先が見たかった。そこに行きたかった。




けれど、その扉を開けようとドアノブを手にしたその時………



ハッと目が覚める。




そこに見えたのは、起こしたリクライニングシートに座る自分と、数メートル先に研究所の自室のただのドアだった。


まさかまだドアが?と思い慌てて立ち上がり開けてみるも、

広がるのは小さなダイニングキッチン。


「社長?」

スピカが不安気に覗き込む。

「……大丈夫だ。」

不安顔でも本質無機質なスピカにすらホッとし、窓から見える岩の間の荒野をのぞき込んでため息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ