77 この後ファイは生存できるのか
「ファクトーーー!!」
なぜか窓から侵入するムギ。
「ファクト、サッサと来い!!…なんでこんなところで油売ってんだ?」
いろんな人に羽交い絞めにされているファクトを見て、げっ、なんだ?という顔をする。
「…あれ?」
しかも人が多いのは知っていたが、自分が注目を浴びているのでビビてしまう。
「……あ、えっと、あの。」
固まっているユリを見て、以前会ったヒノたちとも目が合い蟹目高校時代のお友達だと気が付いた。
「……」
「…あ、こんにちは…」
ムギの勢いがなくなる。
「…こんにちは……。」
周り数人が挨拶をし、ファクトの幼馴染リウも思わず反応した。
「ムギちゃん!」
「はい……こんにちは。」
そこにさらに乱入してくるいつもの人たち。
「ムギー!!廊下から行きなよ!!」
タウの妹ソラとラムダである。ユリとヒノに気が付いてソラのテンションが上がる。
「あー!ユリちゃん、ヒノちゃん!」
「ソラちゃん!」
女にもモテるカッコいい系ソラとぽっちゃりヒノが抱き合った。
「ソラ、何でなかなか会わないの??!」
ヒナが大騒ぎだ。
「ごめんねー。私、途上地域開発の交渉教育まで進んでて、校舎も分野もちょっと違うんだよね…」
ここでは言わないが、ソラも将来的に戦争跡地や情勢の難しい地域に行くつもりだ。なので、特殊メンタル関係や簡単な医療、看護も学び護身術も本格的に習っている。
「………」
すっかり解放されたファクトは、座り込んで他の男子と共にその様子を見ていた。
「こんにちはー。」
周りに挨拶をしたラムダは、そっとファクトに伝える。
「ちゃんと連絡見てよ。今、VEGAの他大陸組が来たって。」
「…え?」
「……サウスリューシアのマイラさんたちや、オリガンのユラス軍も。」
「ええ!ホント??マイラさん?オリガンはなんで?しかもユラスって、彼ら今回のイベントには参加しないんじゃ……」
オリガン大陸は危険すぎて、VEGAではなくユラス軍そのものがメインで入った地域だ。その時チコも軍に復帰している。ユラスはアンタレス市のイベントを混雑混乱させないために、ユラスからは参加しないという話だったはずだ。
「ベガス構築事業に関わってるからだよ。来ないのはユラスの内政関係。バベッジや族長、議長関連だよ。」
「ほ~。そうなんか。」
ファクトはひょいっと立ち上がって、それは行かねばとサっと窓に向かう。ガチ軍隊が来るのだ。見ない訳にはいかない。
「ファクト?」
「じゃっ。仕事してくる!」
そう言って窓から飛び降り去ってしまう。
「ファクト?!」
「ファクト!!」
ビビる周囲に、怒るムギ。
「あいつ……」
とつぶやいて、ムギも窓からどこかに行ってしまった。
「あーー!もう、廊下から行きなさい!!」
そう言ってソラも、女子たちに挨拶をしながら騒がしい廊下をラムダと駆けて行った。
「………」
騒がしくて何も言えなかったユリは、同じくまた会話ができなかったムギを見送るリウと共に、呆然と窓を見ていた。
***
「チコ様!!」
「ララズ!」
南海広場のエアポートロータリーでは、サウスリューシア大陸組女子がチコに抱き着いていた。サイコスターのガジェたちも敬礼をする。
先に駐屯で挨拶を済ませた大陸組は久々のベガスメンバーとも顔を合わせた。
「今回シロイもマイラも来ないし、少し寂しいな。」
チコがぼやくと、ガジェが否定する。
「マイラ来てますけど?」
「え?」
よく見るとマイラがリーダー格のメンバーと話し込んでいる。ゼオナスやサルガスや鼓、タウなどはイベントに駆り出されていたので、シグマやライブラなどが来ていた。
え?え?という感じで困っているチコと目が合うと、クスリともせず近寄りもせずその場所から礼だけした。
「え?なんで?あいつチコ様への挨拶があれでいいとでも思ってるの?」
チコの妹分ララズが思わず言ってしまうが、チコはその理由を知っている。むしろ知っているので今回は派遣されないと思っていた。
「いい。ララズ、大丈夫だ…。」
何せ、やらかしたのはチコだ。
マイラは来ないって聞いていたのに…と思うが後ろからカウスが説明してくれる。
「シロイ様が軍の方の育成に入るので、マイラがサウスリューシア青年組の総リーダーになります。なので今回は本部集合メンバーと縁を作っておくために絶対参加になりました。」
「はあ?聞いてないぞ??」
「前もって言っておくと、あれこれ考えてマイラに余計な世話を焼きそうなので、黙っておけとの厳命を受けまして。」
「…くそ……アセンの奴……」
「違います。メイジス様からです。」
「………」
チコは、最高に嫌そうな顔をする。メイジスはサダルの最側近で、正直チコも苦手である。
「今後も構わないようにとのことです。」
「………。」
「あ、チコさーん!」
そこに来たのは陽烏やファイ、やじ馬のクルバト書記官。そして、陽烏が引っ張ってきたリギルであった。リギルは絶対に行きたくないと抵抗したが、本物の軍用機や軍人さんが間近で見られるよとファイが勧め「リギルさんも一緒に行くんですか?」と、ムギが言ってしまったので、素直に頷いてここまで来てしまう。ただ、ムギはどこかに行ってしまった。
「リギルー!」
こんな大勢の場に自ら足を運んだリギルにチコは感動しかない。
「どうしたんだ、リギル!リギルも今回接客とかするか?案内所や給水センターでもいいぞ!」
給水センターは、ほしい人に水を配ったり塩分補修の飴やラムネをあげるだけである。あげるだけだが、時々ガッツリ貰っていくどころか何度も貰いに来て、袋いっぱいのラムネを自慢するおじさんや子供もいるので、彼らを制するために多少のコミュニケーション力はいる。それは他のメンバーに任せればいいのだが、ここぞとリギルに入ってもらいたい。
「え?ぜ、ぜったい、絶対いやです。」
秒も経たずにおどおど断る。
「え?なんで?私も手伝うか?」
ぐいぐい突っ込んでくるチコ。なぜ華のユラス重役とこんな時にそんなことをしなければいけないのだと、リギルは完全に引いてしまう。小学校の頃、リギル君からは受け取りたくない、クラスで人気のあの子から受け取りたいと、共同作品のただの紙の造花すら受けとって貰えなかった憎むべき過去を思い出す。最悪な記憶だ。
「あとで行こう!午後の空き時間に連絡するから、絶対にその時間に南海A2かB2の給水所に来い!」
「…い……です…。」
絶対予定が詰まっている人なのに、何を言っているのかとドン引きである。
「リギル!水渡すだけだろ?10人に渡したら解放してやる!」
「いやです!!」
チコに思いっきり逆らうリギルに周りがビビる。リギル、全てを振り切って叫ぶ。思わず。
「おいチコ、なんで学生をいじめているんだ?」
人が増えてきたと思ったら、そこに現れたのは見たこともない大柄の軍人たちだった。アーツメンバーが見渡すとサラサや東アジアの職員も来て挨拶をしている。
「フラジーア……」
チコがそちらを見ると、ユラスで初めて見るユラス軍であろう人々がかなり驚いた顔でその様子を見ていた。
「………」
その場の空気が静まり、目を合わせたユラス軍人数名が、フラジーアと呼ばれた男たちに礼をした。
それにさらに驚くアーツ。
「え?何?マジでマジで、これ以上ニューキャラいらないんだけど…」
と、シグマは呟くが、チコも急に大人しくなりシグマたちを自分たちの方に呼んだ。
「シグマ、レンドル、バギス!彼らはオリガン大陸派遣組だ。ライブラも来い!」
「え?!」
姿勢を正すアーツABチームたち。他にもVEGAや南海青年チームも呼ばれる。
「よろしくお願いします!」
アーツベガス第4弾が終わった時点で、何人かはオリガン大陸関係に行くことになる。ユラス軍は人事の可能性もあるが、これから何かの折には関わるかもしれない軍メンバーであった。お互い挨拶をし合うが、オリガン大陸組にビビる皆さん。女性が少ないどころかここには一人もおらず、全体的にガタイが良すぎる。連合加盟国軍のはずなのに、河漢マフィアよりヤバそうな風貌をしていた。こいつらが世界を支配する勢いである。
「チコ……」
しかもフラジーアは議長夫人をチコ呼び。
「…なんだ?」
「随分楽しそうだな……」
「そんなことはない。」
チコが真顔になって姿勢を正し身を引き締めているので、ええ?と引いているアーツメンバー。何、このチコさん。先のリギルにちょっかいを出していた時と随分違う。
「え?こっちではいつもこうですよ?まだいい方です。」
「カウス!貴様、黙っとけ!」
「……」
どうしていいのか分からないオリガン大陸組と、最初の帰国組がベガスに来た時を思い出すアーツ。なんだか懐かしいこの感じ。チコの砕け具合にサウスリューシア組も最初呆気に取られていたのだ。
「チコさん、もしかしてあんなに長いことオリガンを遠征して、その間猫被ってたんじゃないでしょうね?」
シグマが顔を近付けてこっそり聞いてしまう。
そう、チコは元々は大房のオバちゃんでも婚活おばちゃんでもなく、孤高の存在であったのだ。美女かは知らないが、それはそれは神秘的だったそうな。
「どうでもいいだろ。」
「してたんですね。」
オリガン大陸は生死のかかっている場であったし、馴れあわず威厳を保つようにときつく言われていたため寡黙を貫いていた。今更オリガン組の前で砕けるのも嫌だし、構いたいメンバーはいるしで悩んでしまう。
「最後まで猫被る気ですか?この期間貫けます?」
「うるさい。これが素だ!カウス、シグマを連れて行け!」
「それは私の仕事ではありません。」
「ああ゛??」
「なんだかこっちでは楽しくやっているようだな。」
そこに分け入るようにフラジーアが入った。
「………。」
チコは真顔に戻る。
「サダルとはどうなんだ?離婚はいつなんだ?ゴンジャラスの方も呼んでいたみたいだがウチに来るか?」
「?!」
これにはチコだけでなく、オリガン組以外全部がビビる。
「は?チコさんがんばるんじゃないんですか?!!」
シグマは目の前の奥さんに思わず問い詰めてしまった。
「え?あ、がんばるぞ。」
「あ?頑張る?離婚するんじゃなかったのか?」
フラジーアは疑問を呈す。
「…へ?しないけど?」
「え?なんでそこで話しが止まってるの?」
陽烏はちょっと許せないが、オリガン組は現状況を知らない。一応二人は、こっちでは夫婦がんばるで落ち着いているのである。一応。
「そんなん、チコ様が必要最小限の会話しかしなかったからじゃないですか。」
「カウス!必要な話だろ?補佐だろ?お前が説明しとけよ!!」
あくまで言葉を引き締めて命令する。
「え?私は護衛ですけど。ただの護衛です。」
「何が護衛だ!遠征中は補佐だよっ。そもそも補佐だろ?」
「自分で説明して下さいよ。」
と、完全に言い合いになっている二人に、ファイは遂に許せなくなった。
「ちょっと!だから私が言ったじゃん!」
「は?」
「勝手に減刑せずに罰ゲームしっかりこなしなさいって!」
折角夫婦仲良しアピールの機会を設けたのに、全然活かさなかったのだ。
「シェアト大でしただろ??!」
「あんなんユラス人は道端でも挨拶でも普通にしてんのに!」
「はは~。ファイさん、バカなんですか?ユラス人は夫婦か近しい仲でもなければ、挨拶のキスなんてしませんよ?しても口を付けない形式だけのフェイクです。何ならハグもフェイクです。」
カウス、説明する。
「だったら何でSNSにも載せまくられたのに全然伝わってないの!!」
オリガン組はそんなものを見ている余裕も、見て話題にする性分もなかったのだ。
「おい、チコ。これは何なんだ?」
と、ユラス人から見たら小学生にも見えるファイに責められているチコにフラジーアは問う。
が、答えたのはファイ。
「あのねっ!議長夫婦はめっちゃ熱々ですので邪魔しないでくれます?なんなの?!既婚者に!
非常識もいいとこじゃないですか?!!しかも人前で!ゲスい!」
「……」
静まってしまった周囲。ユラスには陸軍と海兵隊だけで200以上の部隊があるが、オリガンはとくに見た目がヤバい。ファイの頭など一捻りであろう。
怖いもの知らずのファイであったが、この後生き残れるかは謎であった。
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