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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第六十章 僕の一歩はこれだけだけど

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71 天が見ているものは?





ベガス構築初期。


当時ベガスに最も反対したのは、トップでも下位でもない。ある程度地位のあるアンタレス中央行政と身内である正道教の一部、そして巨大な新教系組織であった。とくに病院や医薬系、学校関連など古くからのインフラは新教系が握っている場合も多い。経済も。



その時のベガス総長代理チコ・ミルク・ディーパは、居場所を失くし距離もあるユラスより、ここアンタレスで冷遇を受けていた。ユラスの実質的政権奪取事業だと。


けれどチコは、人間の人権や自由認識に反比例して拡大する貧富の差によって崩れ去った、前時代資本主義の危うさをこのアンタレスにも感じていた。

それどころか、ここはその最集結だ。


そのために、移民の中でも東洋の土台があり、高等教育を受け、ここで地域や権力争いに囚われない、知識層で混血児が多いユラス新世代たちがアジアのパートナーに選ばれたのだ。新世代は戦争に明け暮れた前世代ほどの血気はない。


そして東アジアは、信仰的で個々の力は最上位であり世界最強軍の一つであるオミクロンを最初に掴んだ。彼らを流入移民に掴んだことがどれほど重要で世界のターニングポイントになるのか。


しかし、報道は世間には伝えずユラス教侵略と(めい)したのだ。


いずれにせよアンタレスの人口はいつか中間層や富裕層が、それ以外の層より歴然と少なくなる。



資本主義の崩壊だ。



前時代にも、都市がスラム化した地域はいくつかあったし、その後もそのまま荒れていることが多い。まず河漢がそうだ。


それに、既に人類全体が平均的で豊かな暮らしを情報として知っていて、個々人が権力に服従したがる時代でもない。誰もが安定した生活に憧れ、視界も満足させる豊かな生活がしたい。何よりも精神の自由。


そう、誰もが。



まだ様々な思惑が混合しているが、ある意味、人類の精神が一段階上がった時代である。支配や不均衡ではなく、人類の本来の形に向かうべきに。


できるはずなのだ。本来は。

神は世界をそう作ったのだから。


生産性と開発発展、休息、余暇。

世界にそのための十分な資源を創ったのだから。



VEGAは移民から、一定以上の精神性や生活意識のある層を作っていくことが仕事ととなった。有志が集まってできたばかりのベガス正道教の提案だったが、教育そのものは個人救済や育成などの戦後処理をしてきたVEGAユラスが、現場や自治が育つまで担当するというものだった。

二者は利害一致したのだ。



しかし敵こそ愛すべき新教もそれ受け入れなかったばかりか、マスコミは面白おかしく叩き市民もそれに乗った。


世間は、見える、見せられるがままの世界を真に受けたのだ。


遥か西や東の遠い国には、愚かな戦争や言い争いをやめろといい、自分たちは隣人をただ批判する。マスクの掛かったデバイス漉しに。




あの頃、エリスは正直どいつもこいつも滅びろ…と思っていた。とにかく話が通じないのだ。話すらまともに聞かない。スラム河漢の方が大きくなろうとしているどころか、そう遠くない未来に自分たちも廃墟のベガスや河漢に飲み込まれるなるかもしれないのに、既にそんな現実が真横にあるのに危機を自分のものと思っていない。隣国が飲まれれば、自分たちも滅ぶのに。


けれど、協力者も指導者も教師も必要だったし、周辺の理解も必要だった。

自分たちだけの理想では意味がない。


そして、自分もそうだったから、彼らが理解できず邪険にする思考性も分かる。理論ではない。感情なのだ。どうしようもなく頭に血が上るのだ。



自分たちやユラス教トップの妻が顔を出すと、ある新教教会は顔をしかめた。ひと悶着した上、

「あなた方は本当の愛を知らない。」

と、新教の牧師に言われてエリスは遂に言い返した。

「そんな愛などくそくらえだっ。お前たちこそ昇天した時に天国の門をくぐれるか楽しみだな。」と。


「何てこと!主の愛をそんな汚い言葉で!!」

牧師婦人が塩をまいてエリスたちを追い出す。ここはアジアだが、新教教会で塩とかおかしいのかと思う。何が異教だ。お前たちの行事も生活も半分以上は異教から来ているのに、と言ってやりたい。


「自分たちの行為の方が下劣だろ。こんなもの神学どころか子供の日曜説教にも及ばない!!」

と言い放ちいくつかの教会を出入り禁止になったこともある。門前で異教だと追い出されたのだ。こういうことはまだ旧教の方が寛容の場合が多い。


「少々逆らった者を出入り禁止にするほど神の愛は小さいのか、お前こそ聖典を読め。読解力ゼロか?」と罵ると、彼らの信徒たちは唖然としていた。自分の言っていることも分からない者は、他教徒よりバカだと思っていた。



でも、何を言われてもチコはふんふんと聞いていた。追い出されても「うちのエリスがすみません。また来ます」と。


ある日チコは、仕事先で戦争責任はお前だと言われ、ユラス出身のどこかのオヤジに右の頬を打たれた。それでも顔色一つ変えない異邦人の議長夫人に苛立ち、怒りの収まらないオヤジに本当に左の頬も差し出したのだ。

「お前はユラスから去れ!」

と言われ、少し歯を食いしばったがパシ!と音がする。その部分は肉身だ。


「大丈夫か?!」

チコに聞いても表情一つ動かさない。

「大丈夫だ。彼、軽い半身麻痺だったのかな。手が震えていたし、痛くなかった。」

「痛くないとかいう問題じゃないっ。尊厳も含めた問題だ。」

痛くないわけがない。


心が。感覚が。


しかしチコは軽く言う。

「大丈夫だが?」


「…………」

すごいという以上にヤバいと思った。こんな女性と一緒に仕事ができるのか?エリスは世の中を知って、ひねくれた思想をしているので、そういうのが好きなのか?と思ったほどだった。



けれど答えは違った。


「別に崇高な思想じゃない。……誰にも()()()()()越えて行かなければいけない道があるから………、このくらいのことなら、その人のしたことはその人のしたことで気にしない。」

「………ん?よく分からないが?」


「もちろん仕事は進めたいからな。実質的な成果があるか考慮はするが、小さくとも大きくとも最後に何を越えられるかの責任は、本人しかできないから。ベガス構築はある程度基盤を作らないと、また流れていく。今、その流れに乗れる者だけと共にするしかない。


あの男にはあの男の乗り越えるものがあって……それを越えたかどうかは、その後の人生がどうなるかは彼次第だ。私は関与できない。」


年下の外国大使がいきなり牧師に説教をしだすので面食らった。正直言っていることがよく分からないので、取り敢えず慰めておく。

「…あんなに邪険に扱われて嫌にならないか?」

「……よくはないな…。胸がじくじくすることもある。でもしょうがない。」

「精神に悪いぞ。」


「……それに人間良心があるからな。人を叩いて何とも思わない者もいれば、良心の呵責で後日謝ってきたり、無言で手伝いに来てくれることもある。私への結果はそれだけでいい。

行動の結果は、最後はその人自身に掛かってくるものだ。私も手助けできない。」


無表情で淀みなく淡々と語っていく。


「…………」

何となく分かった。


人生の転換の話をしているのだ。たった一つの、転機点。



ベガス構築の話ではあるがそれだけでもない。先叩いた彼一人にとっての未来を。そして、チコ自身が行くべき道の。


チコは前を向く。

「いつも世界を変られると思って動いている訳じゃない。天が注視している変化は『私自身のみ』だ。」


「……」

エリスはそう言ったチコの顔を思わず眺めた。



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