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ZEROミッシングリンクⅦ【7】女たちが刻んだ大陸の紋様 ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第六十章 僕の一歩はこれだけだけど

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68 斜め懸垂を越えられるか



もうすぐ、アンタレス市とベガスのメインイベント。


そんな慌ただしい状況の中、ローとランスアの弟で、引きこもりやや脱出のリギルが人生最大の勇気でエリスの事務所のドアを叩いた。


エリスから話し掛けられたらどうにか会話になるが、自分から話したことはない。しかも事務所に出向いてまで。昨日、その娘陽烏(ようう)に午前中は正道教会の事務所にいると確認したのだ。この忙しい中、アポなしなので断られるかもと思いつつ、それはそれでどうにかなるかとここまで来た。


陽烏に事務所までの経路を確認し、何度も脳内シュミレーションをした。


他の事を考えたり、通路で誰かに挨拶をしたら決心が揺るぎそうで下だけ見てここまで直行。

一気に事務所のインターホンを鳴らした。


「はい。」

マイクを通さず直接出てきたのは女性。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あの…。」

「はい、どうされました?」

「……」

どうしていいのか分からず、それ以降沈黙。

「何かご相談でも?誰かお呼びします?」

「…エ、エ、エ…リスさん…」

「エリス総長ですね。お待ちください。」

事務所入り口のカフェテーブルにサッと通してくれた。


忙しそうに人が出入りしている。もう無理かなと、帰ろうにも動けずこの場で硬直しているとエリスがやって来た。

「リギル。久々だな。向こうの部屋に行こう。」

「え?あ、え?は、は…い。」

忙しいからと叱られると思っていたので、少し気が抜ける。



執務室のさらに奥の小部屋で向かい合って座り、先の女性にお茶とお菓子を出された。


「まず祈ろう。」

しばらくエリスが何か祈ってくれる。自分から出向いたのに、この後祈りが終わったら、何を話していいのか分からなく怖くて仕方がない。


リギルを歓迎する全ての祈りが終わり、エリスが顔を上げると沈黙が訪れる。けれど、にっこり笑っているのでどうにか救われた。


「最近はどうだ?みんなとうまくやっているか。」

「………あ、はい。あ、……普通です。」

「時々陽烏が、リギルのことを話しているぞ。」

「え?へ?……はい。へ?」

それは意外だ。

「リギル君と同じチームだったとか、リギル君がSNSを教えてくれたとか。」

「はあ。」

けれど、リギルは席に座っているだけで全く意見も言わず作業もしない日がある。第4弾リーダーナシュパーにデバイスを取り上げられて最初こそ殺意が湧いたが、今は腑抜けだ。


エリスは他にも他愛もない話をする。



けれど、リギルは聞きたかった。教授や講師たちの普段の講義の話は正直荷が重い。結局自分は負け犬だと思う。

この歳で頭も薄い、背も低い、垂れた顔。


「……陽烏さんは嫌がってませんか。俺の事。」

「………いや。別に?」

「…………。」

まあ、知り合いぐらいならいいのだろう。

「だいたい女性には嫌われていますから。見た目がひどいから近寄られるのも嫌だって…小学生の頃から言われていました…」

「……そうか?」

エリスさんには分かるまい。エリスの容姿は普通に地に足の行いたようなしっかりとした中年だが、若々しく強い性格が相まって他者に引けを取らないものに見える。


「そんなに気にするな。いろいろある。」

「でも、俺みたいなのが娘の周りをウロチョロしてたらいやでしょ。」

「………考えたこともないな…。むしろ他の大房民の方が嫌だな。」

自分も大房民なのに、存在にも値しないのかと思ってしまう。


「あの…………神様の愛は誰にも同じように、最大に注がれているって話したじゃないですか。」

「…ん?そうだな。」

かつての講義の話だ。神論で、園児にも語る理論前の最も基本的な話をした。



「…俺は…、兄たちの半分も、アーツにいる人たちの半分もあるとは思えません…。」

「………」

エリスは一瞬考える。リギルはおそらく根の部分の頭はいい。なら容姿の話か。


「………容姿も…………体力も……全部………」

「…………」


「アーツとあんまり比べるな。あいつら自称底辺大房民でも、スポーツのトレーサーやダンサーとか、体が資本のプロレベルの者も多いからな。」

そうなのだ。奴らはなんだかんだいって、その道のプロなのだ。しかも一部は世界のトップクラス。比べてはいけない。


「………でも、兄たちがああなので……なんで自分だけって思うんです…。」

「……。」

エリス、さすがにその悩みは分かる。陽キャの中の陽キャのようなローに、声を掛けなくても女性が寄って来て面倒を見てくれるランスア。しかもローは河漢含め350人を超える全アーツで、身軽さと足の速さのトップ3に立つ。顔も女子にも男子にも好かれるあっさり系。次男は兄と違う意味でバカだが、なんだかんだ世の中をスルスル颯爽と生きている。


そして、その弟はどういうことなのだ。服や髪形を変えたくらいではどうにもならない。



リギルは落ち込む。

アーツ全てを見ても、自分が劣っている気がする。引きこもりを脱して、日の当たる場所に来ても結局身を隠したくなる。ネットで兄の話をすると愚痴でも信じてもらえず、架空の陽キャ自慢かと言われ、自称陰キャにも嫌われる。小学校の頃「ランスアの弟がいる!キャー!」とクラスまで見に来てから、がっかりして顔をしかめた女子たちが思い出された。



「……それで……もっと納得できなかったことがあるんですが、霊体はこの世に生まれた姿と同じって話です。本来の姿だって。」

霊性学で習うが、肉体と霊性の形は同じらしいのだ。

「………ああ。そうだな。」

「……それひどくないですか?」

「まあ、整形してても生まれたままの姿になるからな。イヤな者もいるだろう。」


「…そうでなくて、自分は自分になりたくないです……。

整形でどうにかなるのはまだいいですよ。この世だけでも。」

「…………」

「整形しても無理です………」

「…整形も辛いと思うが?」



「この後、10年20年生きたらどう転ぶか分からないぞ。それに、乗り越えるしかない。霊は消えないし、死ねば元の姿に戻るからな。でも、それも人としての峠だ。」

「…………自分のフォロワーには50代60代でずっと引きこもっている人もたくさんいるし、明日も見えない人もたくさんいます……。」

「………」

「自分は、この先長く生きていける気もしないし、生きたくもありません…。自分の部屋でなら強気だったけれど………ここに来てもっとそう思いました。」

エリスは、静かにそれを聞く。

「でも霊性もこの姿なら、生きるも死ぬも真っ暗闇です………」

生きたくも死にたくも、霊になりたくもない。



斜め懸垂も数回しかできない。背丈も足の長さも腰の位置も全く違う横を通り過ぎる男子たち。リギルには足が地面につかない椅子でも、彼らは余ってジャマそうに組んでいる。

「…そうか。でも、最初は斜め懸垂自体を怖がっていたそうだが、今はできるんだろ?一歩進んだじゃないか。

それにもう一度舞台に立てただろ。彼らと同じ人生の舞台に。

泣きながらでも、踏ん張ったからだよ。」


そうなのだ。それにリギルはあまり気が付いていないが、大房の小学校で会った面々と、今、出会う人々は精神的層が違ってきている。批判や世の中を茶化すことに惹かれて来るネットとも違う。

これまでと違う、感性や次元の話をしている。まずエリスがそうだ。




目の前のお菓子など何にも手を付けないリギルに、エリスはお茶を進めた。


「第1弾のセオ分かるか?」

「はあ、知っています。」

一体どういう経由でヤンキーと陽キャの聖地、大房アストロアースに関わったのか分からないほどのコミュ症男子である。彼は会話以前に、物の道理自体を理解していないことも多い。大房にはそういう人間が多いが、性格や雰囲気でカバーすることすらできない。

「セオなんて最初の頃、私やチコを呪っていたぞ。呪いの人形って初めて見たよ。ティッシュで作ったてるてる坊主だったが。筋トレやらせやがって、と不貞腐れして部屋のベッドから出てこない日もあった。」

「………そうなんですね…。」

「………そうだな。なぜカウスでなく私なのかと思ったよ。筋トレを提案したのはカウスとチコなのに。

でも………セオも残っている。」

「…………」

ここにいると、無料でおいしいご飯を食べられるからであろうか。母がまともな料理をくれる家でなかったので、それ故に残ったのかもしれない。後は時々かわいい女子がいる、見るだけでいいという不純な動機。会いたくもない陽キャは視界どころか世界から削除。かえって微妙な位置で鬱陶しい妄想チームには、最初は近付きもしなかったのだ。


今は他のメンバーとゲームぐらいはするようになった。

「…セオに聞いてみないと分からないが、そういうこともあるんだよ。」



いつものリギルなら話が乗ってくると口が回るのに、黙ってしまった。



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