67 受け入れるしか
昨日、重要な話があるから席を外してほしいと、呼ばれたのに帰らされたファイはそのお詫びにファクトに高いケーキセットを奢らせていた。
「機嫌直してよ。」
「やだよ。」
別に怒ってはいないが、取り敢えず言っておく。ファイの隣ではムギがちびちびアイスココアを飲んでいた。
「ねえファクト、あのおじさん何なの?」
「おじさん?」
「チコさんにそっくりな人!」
「そっくり?」
「あの人チコさんのお父さんなんでしょ??」
「へ?」
そんな事ファイのいる前で言ったっけ?とあたふたしてしまう。ムギに目を合わすと、ムギも少し動揺しているがココアを盾にして何も言わない。
「なら太郎君のお父さんなの?」
「タロウ?犬?それはない。」
「バカなの?響さんにベッタリだった太郎だよ!」
「……」
「チコさんと太郎は兄弟でしょ?」
「………」
状況が飲みこめないが、どうにか飲み込む。
「っ!!もしかして知ってる??」
思わず辺りを見回し、ファイに「しー」とこれ以上話さないように遮った。
「何で知ってんの?」
もうごまかすことすらしない。しても意味がなさそうだ。
「え?知ってるよ。ウヌクも知ってんじゃん。」
ぶっっと今度はムギがココアを吹くので、ファイがおしぼりを渡し背中をさすってあげた。
チコとシェダルは兄弟。
なぜファイが知っているのか。
「だって、そっくりだし。」
「そう?」
確かにチコと口元や輪郭は似ているが、一発で姉弟と繋がるほどでもない、多分。そもそも太郎くんはいつもストールを巻いて口元を隠している。
「…あああ!そうか!!」
「何?」
そういえばそんな姿も似ている。シェダルはテニアおじさんに!
……でもそれは顔を隠している服装のことで、雰囲気の話である。親子でなくとも、2人とも手足はそれなりに長く、服に隠れるほどの筋肉質なので間違えはするかもしれない。考えながらファクトはまた座った。
「ファイ……もう隠さず言うけどなんで分かったの?」
「だからそっくりだし。まずチコさんと太郎。それからチコさんとさっきのおじさん!」
「………」
「太郎とおじさんは最初はピンとこなかったけど、なんか分かるよ。同じ空気をまとってる感じがする。あのバカそうなところ!」
「!」
ムギもファクトも分かった。
「同じ空気?」
「きっと奥さん、きれいな人でしょ。なんだかキレイ。安心する……。」
それはテニアの妻で、シェダルの母という事でもある。雰囲気がキレイという事だ。
「………」
ファクトはなんだか泣けてくる。心理層で出会った『宇宙の人』は優しい人だった。それがシェダルにも表れているのか。
ウヌクとファイは勘もよく鋭いところがある。霊で察知したのだ。
アーツに来てから大房民も平均的な霊性が上がっている。ジェイのように一気に開花した者は少ないが、一見鮮やかで豊かに見える世界を捨てて、国際機関や軍も取り入れているような訓練もしれきたのだ。もう数年経っているメンバーもいるので、たくさんのことが変わっているのだろう。
「……でもファイ。それみんなに言っちゃだめだよ。」
「なんでさ。」
言うつもりはないが。
「命狙われるよ。」
「ふがっ!」
今度はファイがコーヒーを吹き出すので、ムギが背中を擦ってあげた。
「ちょっ、ファクト!何それ!!」
「ユラス議長クラス並みに機密案件だから。」
「っ!!ぎゃー!!やめて!!!」
ユラス族長、またその一族は多くが虐殺にあったり暗殺されている。ワズンやアセンブルスクラスの人間でも死ぬらしいので、自分は瞬殺であろう。ラムダ的に言えばメインキャラが死ぬ時は見開き1ページ以上らしいが、おそらくモブとして群衆シーン1コマか、忘れた頃の語りで『暗殺された』のセリフ1つで終わるモブ、下町ズ。切ない。
小さくも叫ぶファイ。
そして気が付く。本当はラムダも知っているし、カウス長男テーミンも知っているのだ。あの二人も守らねば。
勘違いが暴走してチコに変なことを言わないように、ファクトは父親が違うことだけは伝えておいた。
***
眩しい月夜の風。
ファクトが一人で涼みたいと、久々の南海広場の投光器に向かうと既にそこには先客がいた。
「あれ?おじさんユラスに行かないの?」
「鳩、そんなに俺をユラスに行かせたいのか。お前も同行だからな。」
テニアだ。足場に座り込んで風景を見ていた。
「ご遠慮します。おじさんバイクで?手で登ってきたの?」
「バイクは下に。普通に登ってきた。」
「すごいね!ここ40メートルくらいあるよ?梯子でも辛いのに。」
おじさんのすることではない。
「……鳩はなんでここに来たんだ。」
「時々涼みたくなるんだ。アンタレスを見ながら。」
「ふーん。」
バイクから降りておじさんの隣に座る。
「いつユラスに行くんですか。バベッジ族に会いに?」
「まあ、ダーオのユラス側と話を詰めてからだな。」
「チコの父親って公表するんですか。」
「今のところ世間にはしない。」
「そうですか……」
崩した姿勢のおじさんの横で、体操座りでギュッと身を引き締める。
「………あの。」
と声を掛けると、ん?という感じでファクトを見た。意を決してファクトは聞いてみた。
「シェダルやその親や……レグルスさんのことどう思ってるんですか。」
「…相手はともかく……シェダルは仕方ないだろ。」
「………」
なんとも言えない思いに言葉が出ないが、テニアは煌びやかな中央区の方を穏やかに眺めていた。
そんな光景もあったような、なかったような。
「知ったのは霊性で?サイコスで?」
「普通に聞いたんだよ。最後に会った時に。言っただろ?最後に会った時にって。」
「?」
「レグルスから。」
「!」
「シェダルの名前は?」
「ジルモ関係を調べていたときに、秘密裏に子供いると聞いたんだ。レグルスの子……と思わなくもなかったが、当時現場を知らなかったからな。」
「……シェダルはそのままの名前だったんだね。」
「おじさん、嫌な思いはないの?」
「…まあ思うことがないでもないが、もうしょうがないだろ。過去は変えられないし。」
「…………」
宇宙の人がどんな扱いを受けていたか知っているのだろうかと考える。シェダルの名前まで知っていたのなら、きっとある程度は知っているのかもしれない。
「それに………レグルスが許して、チコが許したんだ。どうしようもない。」
アンタレスの風が吹く。少し涼しくなった秋風。
「チコ?」
「受け入れているんだろ?見た感じ。」
「…おじさん…」
ここから見える真っ暗なビル群の屋上で、攻撃を仕掛けられても弟に反撃しなかったチコ。
胸が痛いほどに疼く。
どうしようもない気分を、秋風が流してくれた。




