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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十九章 すり合わせ

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55 怨みの塔



仕方なく、執務応接室に一旦全員が留まることになった。


「ではテニア様、向こうの個室の方でお話をしましょう。」

「え~!!鳩が目を覚まさないし唸ってるのに??!君ら鬼なの?」

「以前の経験からほぼ大丈夫だそうです。」

「絶対なんてないって、あの子が言ってただろ?君の上官も心配してるよー?」

「はい、そうですね。チコ様も行きますよ。」

こんな場面を初めて見たチコは響やファクトから目を離さないが、アセンブルスは容赦ない。


いやだー!と言いながらテニアは、アリオトと東アジアやユラス関係者とドアの向こうに消えて行った。

「…何あのおじさん……。」

ファイが呆れている。


「……大丈夫かな…。なんでこんなことに………」

DPサイコスターの事を何も知らないニッカはどこに注視したらいいのか分からない。

「大丈夫だよ。どうにかなるよ。」

ムギはそう言うが、そもそもいつの間にサンスウスで会ったテニアがファクトとここまで仲良くなったのか知りたい。なぜ石に向かったファクトが響と倒れてしまったのか。なぜここに軍隊が出てくるのか。




***




響の広大なビルド。


そこには見たことがないのに懐かしく感じる山と草原が広がる。


「響さん……」

「子狐さん、なあに?」

「………。」

小さな狼を前にして楽しそうな響をファクトは冷めた目で見た。


「響さん。あの人、テニアおじさんが言ってたトレミーだよ。俺がジュリって言ってた人。

宇宙の人の親友だったんだ。

思うんだけどさ。トレミーは人生のマイナスの時の記憶や思いに囚われている。」

「……うん。」

きっとその痛みはファクトには知ることはできないだろうし、知ってはいけない事でもある。幼い頃からの搾取という、本来なら誰も経験してはいけない人類の罪科の中に苦しんだ子供たち。


「でもさ………。今、霊性の実体………

実体そのものは国境にいるんじゃないかな……。」

実体そのもの、幽霊の事だ。

「国境?………ギュグニーの?」

「分からない。少なくとも西南からの最後の国境越えがあった時期までは……」


ファクトはできる限りの資料を調べていた。ニッカが国境を越えた時期に西南から一般人の脱出がなくなっている。そもそもあの場所は警備もいて、普通の人間が越えられるような場所ではなかったのだ。


何か力が働いていた可能性がある。ニッカが何をかしたことで状況が変わったのかもしれない。




「響さん、一度戻ろう!ニッカに聞きたいことがある。」

子狼のファクトが飛び跳ねた。


「……で、響さん。普通に目覚めたい時どうするの?」

そういえば、いつも無理やり心理層から這い出たり誰かに出してもらっていた感覚なので、戻り方が分からない。

「夢から覚めた時みたいに起き上がってみれば?」

「起きたくて起きるとかできるの?」

「今は補助の沈香が焚いてある。そこに向かえばいい。」

「じんこう?」

「お香だよ。お寺の匂い。」

「なるほど。既にその匂いがしている。」

とは言いつつも、夢から覚めたい、起きた!と夢の中で思って起きたためしがない。



よく分からなくて目をつむって少し静まると、いつか街中で歩いた渓谷通りの青い感覚がする。アンタレスの街の中なのに、その木陰は温度が低いのだ。


ゆっくり目を開けると、川に沿った緑の道があった。

知らない間に目の前の響がいない。





「響さん?」


そして自分は人の姿になって川沿いを歩いている。





「きょう?私はその人じゃないよ。」


驚いて前を見ると、少し先に日傘をさした女性がいた。シリウスが時々着ているような白いエンパイアドレス。でも、傘で顔がはっきり見えない。

アップにしているのか、髪の色も見えない。けれど短くはない。それは分かる。


「ちょうどいいわ。あなたが伝えてくれる?」

「………?」

女性がにっこり笑った。


「………誰に?」

「あの人に。」


「子供がほしいの。」

「へ?」


「子供がほしいの。」

「子供?」

んん?ほしいほしくないでやり取りするものでもない。

しかもその話。また嫌な予感がする。


カストルとワズンの間だけだったのに、ここ最近SR社の研究中核やユラス、ベガスでも自分は年上女性と懇意にしたいどころか一気に飛んで子供がほしいヤバい人になりつつある。

「は?何?またそれ?」


「あの人の線上にしばらくの統治が生まれるから。」

「??一から説明がほしいのですが。」

「彼が誠実である限り、その先数世代、飼われた狼の飼い主は彼が担う。それは安泰の証。」


「狼?彼?彼って誰?

俺じゃないって、みんなに説明しないと、僕が変態扱いだからはっきり言って下さい。」

「…………」

「だいたい狼って、イエイヌと違って人に飼われないから。」



しかし、その女性は突如光っていつのまにか全てが白く姿を変えた。




「私は白色矮星(はくしょくわいせい)

もうすっかり歳をとって、それでも人類と共に歩き………


そして………真っ暗闇の中であなたたちと新しい生命の息吹を待つ――」




消えそうになるのでファクトは咄嗟に留めた。


「なんで俺に言うの??!」

光の女性はファクトに振り向く。


「もっと有効的な人に言ったら?シャプレーとか、エリスさんとか、サダルとか……。チコとか響さんとかいるじゃん!」

女性は不思議そうな顔でファクトに答えた。自分だけに言うからこんなことになるのである。

「あなたがちょうどいいもの。それに、どんなに位置があっても、条件がそろわなければ全てがすれ違っていく………。」

「条件?」


「小さな麦星が全てを繋げたように。」


……ファクトは少し戸惑ったが、積み重ねてきた全てを照らし合わし、その意味が分かった。カストルにさえ全ては出来なかったのだ。そう、みんなできることも役目も違う。

アジアラインの最初と最後を繋いだのは、政治家でも経済人でも学者でも宗教人でもなく、見知らぬ山裾の小さな少女だった。彼女だからできたのだ。地位もなく身軽で、一見何も見えていないようで心も立場も多角的で、ダストを通過できるほど小さな彼女だったから。


それは歴史書に残ることもない、過ぎ去っていく出来事。



けれどファクトは自覚している。自分は大きな使命感もなかったし、彼女のようにはできないだろう。


けれど、こうも知っている。

大なり小なり全ての人には役目がある。

なぜなら全ての人は歴史を切り抜け、流動する世界が必死に残してきた命の紐の先端なのだ。

例え自覚がなくとも。



全ての世界には、一点たりとも孤立したものはない。


全ては過去と繋がり、そして未来に広がっていく。

本来なら………広がっていくのだ。



「……でも大きいことはできないし、父さんや母さんみたいな才能もなかったよ…。」


「……それは彼らに望まれたことで、あなたにはそんなことは望んでいない。同じ世界を見て、赤が見える人もいれば、青が見える人も緑が見える人もいる。見える人と動く人も違う。」

「それって結局、人は分かり合えないってことじゃない?こんがらがっちゃってさ。」


「そんな屁理屈は望んでいない。今は人の役目の話をしている。」

取り敢えずツッコんでみたら叱られた。


いつの間にかその人は青い狼になって、声も低い男性の声になっていた。



「あー、はいはい。サッカーやバスケをするにしてもオフェンスもディフェンスも相手チームも審判もいるしね。そういう事ね。そんで、ちょっとすごいのやルーキーっぽいのがいないとおもしろくないからスポンサー付かないし。スポンサーはどんなにお金があっても、コートには立てないし。」

「『はい』は一度でいい。」

「あ、『はい』!ごめんなさい。」


そんな事を言っていると、青い狼は厳しい冬の雪山を掛けていて、月の夜に消えて行った。




「…………」


狼を見送り月明かりに照らされる。

紫で、あまりに美しくて、あまりに有機的な月夜。


一人でこれを見ているのは惜しいと思った。




急に寂しくなって人恋しくなると………


人のような狼が目の前にいる。

戻ってきた狼なのか、それとも違う狼なのか。黒の混ざったグレーブロンドのような青い狼が、子狼になったファクトの首を掴んで走っていく。


子狼を掴もうとする、全ての悪意から逃れるように。



その咥えられた首と揺れに安心していると、懐かしい緑の苔が広がり本瓦の屋根が見える。

少し香る香の中、怒られても板の間を走る二人の子供。


追いかけるお庫裡(くり)さんの声。


叱られながらも今日の夕飯は何かなと、もう楽しみだ。月水金以外は肉料理も出るのだ。成長期の子供たちもいるので、精進料理を減らしてくれた。



時々来ている、あきれ顔の二人の友達のゲジゲジ眉毛。


三人いて、なんだかしっくりくる。




そして、ファクトはいつの間にか知らないソファーに身を沈めていた。




***




綺麗な少し高い天井が見える。


「……ファクト?大丈夫?」

優しい声は響の声だ。


「おい、間抜けな顔してんぞ。」

ムギのしょうもなさそうな声。

「はっ!」

ガバっと身を起こし周りを見渡すと数人が自分を囲んでいた。


「ごめんね、ファクト。多分意識の中にすごく強い霊性を持った人間か、サイコスターがいたみたい。油断しちゃった。」

「……ああ…っ?うんん!大丈夫!」

少しボーとしたまま状況を整理した。


「間抜けな顔のままで大丈夫か?生きてるか?イってないか?憑りつかれてないだろうな。豹変するなよ。」

こいつは大丈夫なのかとムギがうるさい。

「ひどい……。トリップはしてないっす。」

明後日の国に行くトリップはしていない。


「とにかく子供!」

急にファクトが声をあげる。

「子供?」

「子供がほしいって、最近そればっかりで!」


「はあ??!!!」

一同固まっている。

「おわっ!あ、そうじゃないっ。」

ドン引きしているムギに響にニッカに、その他の皆様。


「ダーーーーっ!だから違う!!!俺じゃない!!!」

「ええぇ…」

女性陣が凄く嫌そうな顔をし、男性陣も変な顔で見てしまっている。

「違う!女の人!女の人がいつもそう言ってるの!」


「いつも??欲求不満なのか?」

「ファクト君と?」

「結婚が先だし、取り敢えず今の大学卒業してからでいいんじゃないか?」

ユラスの人までそう言ってくる。

「いつもって、何と言うか………。でも俺じゃないです!」

「………。」

みんな信じてくれない。

「俺じゃない!『あの人』!」

「あの人?」

「誰?」


「…………知らん。誰だろ?………『あの人』って言ってた。」

ファクトは首をかしげた。

「ものすごく怨みを残した霊か、意識下の思念かもしれない………」

響は深く考える。

「………それとも、波長が合って付きまとっているか………。」


「あ!それから国境!ニッカ、国境前後のことは記憶がぼけてるんだよね?」

ファクトは少し話を変えた。

「え…。うん。」

「年齢のせいじゃないよね?」

国境を出たのはそこまで幼い年ではない。

「……どうだろう…。」


「みんな記憶があやふやなんだろ?

国境にすごい怨霊が固まっていたか………強力なサイコスが働いていたとか?」


ものすごい執念を持った霊は、時々空間を捻じ曲げるような現象を起こしたり、周囲にいる人間に幻覚作用を起こしたり、霊性のない人間にもその力を高めたりする。大量の虐待、虐殺のあった現場もそうだ。そういう場は鎮魂などしないと、何十年も荒地になったり同じような事件が起こりやすく人を寄せ付けない地になりやすい。一人の結果でも大変なのに、その行きどころのなさが地域や国家レベルで集まる場もあるのだ。


「怨霊か………

………これが正に……サイコス?!」



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