51 一瞬のハレム
ファクトは久々に連絡が取れたテニアに泣きそうな思いになる。
「おじさん!どこですか?!」
『どこも何も……今アンタレスだけど?』
「へ?」
『助けてくれ。アジア入りした途端に拘束されて、なんか知らないおっさんがいっぱいいる場所にいる。おっさんクサいの嫌なんだけど。』
「………。」
一緒に拘束も何も、既に拘束されていた。しかも自分もおっさんなのに、おっさんに失礼なことを言っている。
「もしかして、もうユラスに強制送還ですか?ユラス軍いる?」
『そんなわけないだろ?アリオト君と一緒にいるけど多分東アジアみたいな人に捕まった。』
「アリオトさん?」
「?!」
全部は聴こえないがニッカも驚く。自分の兄の名だ。
ファクトはおじさんと話しを続ける。
「え?アンタレスのどこですか?空港?」
『ベガスにいるけど?』
「は?」
『なんかアジアの怖い人たちに拘束されて、ここに連れてこられた。ベガスっつてた。鳩もベガスだろ?』
アジアの怖い人とは東アジア軍か公安か……。なぜもうベガスに。
『鳩~、会いたいよ~。』
「僕は今会いたくないっす。もっと頼りある別のお知り合いに連絡してあげて下さい。」
『え~!俺、人見知りでアジアに知り合いなんていないし、一人で尋問とか嫌なんだけど?』
「だから僕は関係ありません!アリオトさんいるし。」
ベガスに娘がいるのに何を言っているのだと思うが、周りが周りなのでそこは黙っておく。それも既にベガスって、ユラス送還確定ではないか。
「………。」
聴こえにくいがなんとなく会話を聞いているムギが、何そのヤバいおっさん………みたいに白い目で見ていた。実はムギも知る、自身の護衛だったテニアである。ムギはまだ、テニアがチコの父ということを知らない。
その時、
「会いたい………」
と、願うようにつぶやいたのはニッカだった。
「………ニッカ?」
あの石がずっとあった自分の胸をギュッと押さえる。
「ファクト、もしかしてその人って石の持ち主を知る人かも。会いたい。
兄さんといるならそうなのかもしれない………」
そしてその次に言葉を切ったのは、アンドロイドシリウスであった。
「行きたいです…。」
「っ?」
「ファクト……
………もしかして……その人は…………」
切ない顔でシリウスはファクトを見た。
「会いたい…。私もその人に会いたい……っ。」
「………シリウス?」
「シリウス、もう行く時間です。」
SR社のスタッフが困ってしまった。
「行きたい、会いたいんです!」
「次のスケジュールは他社とのイベントです。穴にはできません。」
「シリウス……お姉さん困ってるよ。またスケジュール調整してもらいなよ。」
「………でもっ」
テニアはいつ来るのか分からない。
ムギや響も何事かと必死なシリウスを見ていた。ファクトはこっそりと提案する。
『他の義体で………。花子さんとか。』
『この体で行きたいんです!』
シリウスも引かない。
「シリウス、……次の仕事に行きましょう。」
ドアをノックして別のSR社スタッフも出てきた。
「ファクト………」
スタッフ同士で話し合うものの、シリウスはやはりスケジュールを抜けることはできない。SR社に内密にしなければならない事柄。代理体でテニアに会いに行くことも無理であろう。
「ファクト!」
そこにまた現るのは、ガッとドアを開けたチコ。
「あれ?チコ?なんでここにいるって分かるの?」
「GPS!」
「え?ひどっ!」
本当は霊性で感知してここに来たのだ。現在訳の分からない霊性が、会話ごとチコにダダ洩れである。チコは全体を見渡し、シリウスに嫌そうな顔を向けた。シリウスがコクっと礼をするが、チコは無視をする。
「ファクトも一緒に行くぞ。」
「?どこに?」
「………」
チコは耳打ちする。
『テニア・キーリバルが来ただろ?』
『はは~。今まさにその話をしていました!』
「チコ、ニッカも一緒にいい?」
「ニッカ?」
ファクトがチコに聞くとニッカはチコを見て力強くうなずいた。チコはニッカをそんなには知らないが、ギュグニークラスの危険国家からの亡命者ということには、データと背負っている霊性で気が付いていた。ただそういう人物は少なくないので、その中の一人という括りであった。
特別なことと言えば、アジアライン共同体の青年リーダー、ザイタオス・アリオトの義妹だということだ。
今度はファクトが耳打ちする。
『チコ。ニッカ、ギュグニーから来たんだ……。もしかしてテニアおじさんのギュグニーの知り合いと関連してるかもしれない。』
『?!』
驚くチコと、廊下で聴いていたアセンブルス。
「チコ?」
ムギは訝し気に、響は心配そうに見る。
「チコ、何があったの?」
「響はムギと行ってくれ。」
「でも……」
「状況は整理してから話す。今日のところは帰ってもいい。明日仕事もあるだろ。」
「…………。」
心配気な響を、チコはソッと片手で抱きしめた。
と、その場は解散しドアを開けて出て行こうとすると、あまり使わない方の南海広場スペースなのに、たまたま通りがかったアーツメンバーに出会ってしまう。
「…ファクト。何してんの?」
「あれ?シグマ?」
「は!響先生!!」
「?!」
キファもいるのでビビる響。
「みんなどうしたの?」
「イベントの荷物運んでる。現物確認して運ぶものだから俺たちで取りに来た。」
「先生、俺偉いっすよね?機械に頼らず自分で運んでるんです!」
「え……そうだね……。」
響がキファに引いている。それに機械に頼らずと言っているが、ぜひとも機械に頼ってほしい。
「ファクト~!手伝ってよ~!」
ラムダもいるが、ラムダの手伝ってよ~に含まれる意図は、陽キャの中にいる時は一緒にいてよ~というメッセージが含まれている。ジリやアギスたちもいるが、何かの時に勝手に盾になるファクトが一番楽なのだ。
そしてラムダ、そんな救世主に余計なことを言ってしまう。
「あれ?ファクト以外みんな女性だね。ハーレム?」
おもしろい状況に気付いた!と、楽しそうだ。
「?!」
一斉にみんなの目線がミーティングルームに向く。
「…。」
目が点になるファクト。
「…は!」
ここでやっとファクトは言葉の意味に気が付く。
「ああ?ラムダアホなの?!」
「え?だって……」
ムギに響、ニッカにシリウス。SR社の社員二人も女性。チコにガイシャス、そのお付き………
アセンブルスが控えてはいるが、全員女性である。
さらにシグマも余計なことを言ってしまう。
「あ、ホントだ。若干名、目で人を殺せそうな旦那がいるのに勇気あるな!」
ついでに鬱陶しいのはキファ。
「…え?響さんとか許せないんだけど。密室で何してんの?お前極刑?」
「皆さん、どういう思考回路をしているんですか!!」
女性の方々、とくに目上のユラス軍の方々を見てファクトは違います!と首を振る。冗談が通じない人たちだったら困る。
チコの左右大臣に、ストーカーシリウス。アーツでは既に女性に含まれていないオバちゃん……王子チコに、男子傾国のガイシャスと地雷しかいないのに。SR社スタッフとニッカ以外は全員倒すべき敵キャラでありボスである。倒したとしてもハーレムどころか尻に敷かれるだろう。いや、法で徹底的に訴えられるに違いない。それ以前に、指示一つでいつもの如く合法的に闇に葬られるであろう。
なんとも言えない顔で見ている、ガイシャスや女性兵、SR社社員の皆様。
「違います!あの人たちちょっとおかしいんです!僕は彼女いない歴年齢です!スキル0です!」
シグマたちはアホなので言われても放っておけばいいのに、ファクトはこれまで勘違いされてきた経緯からしなくていい言い訳と弁解をするのでみんな変な顔で見ている。
そして、そんなファクトにラムダがとどめを刺す。
「スキル0だから、そういう妄想が楽しいんだよ。」
「ラムダ!そんな小説。漫画やアニメ化しても現実にはならんだろ!ラムダも敵だとは思わなかった!」
「一瞬でも現実化してるからすごいなーと思って!」
と、シリウスに手を振る。こういう時だけ陽キャを突き抜ける積極性を、陽キャの前ですら発揮する無敵ラムダなのである。
「明日、さらし首だな。」
「なんだかんだ言って、まださらし首1号がいないからな…。遂に明日………」
「アソコがなくなっているかもしれない。」
「どのユラス軍人に磔にされるのか…」
「温厚フェクダさんが実は一番怖いかもしれない。」
シグマたちが好き勝手言っている。
そこで爆弾発言を追加するのはシリウス。
「まあ、ファクト!浮気はだめですよ!」
「?」
「デートは私とだけにして下さい!」
「は?」
「彼女いない歴年齢って……。ファクトは付き合っている人以外ともデートするんですか?」
「デートなんかしたことないっ。」
「ひどい!私と何度もしてるのに!」
「………。」
今度はチコが「??」になり、ムギが軽蔑のまなざしで見ている。SR社スタッフも1人は心星子息ファクトのことを知らないのか、シリウスと何かあったのかと青ざめている。
「ただの散歩だって!!」
「あ、そうですね。あのアンドロイドとも散歩ですものね!私以外と茂みで倒れていたからって何かあったわけではないのすね!」
「??!」
シリウスがさらに変なことを言い出す。
「篠崎さんですか?彼女、特別な関係だって言ってましたよ?やっぱり篠崎さんの思い違いでしたのね。」
「はあ??違う!!」
「よかった!」
「シリウス!」
思わず怒ってしまうと、シリウスは遠くを見つめるように笑った。
「ファクト。あの人によろしくね!」
もう時間ですと女性スタッフに言われ、シリウスは手を振ってこの場を去って行った。
「ファクト!アンドロイドとそういう距離で関わるな!あと『あのアンドロイド』ってなんだ!」
「違うって!」
怒るチコに言い訳をする。
「結婚までは絶対に貞操を守れ!」
「なんでそんな話にっ」
カストルの星見は女性難のことなのか。高校までは女友達も少ししかいなかったのにひどすぎるとファクトはちょっと泣きたい。ラムダ、絶対に〆ると決意する。
「……チコ様、行きましょう。」
端で見ていたアセンブルスが止めるので、しょうがなくチコはため息を吐いた。
「ファクト、分かってるだろ。行くぞ。ファクトも連れて来いと言われている。」
「………。」
テニアの事だろう。
「ニッカも行こう。」
チコがニッカの方を向くと、ニッカも胸に思いを込めて頷いた。




