49 私を見出して
月夜の南海広場のエクステリア。
ここは南海でも人工光が最も多い場所だ。競技場の周りはまだ明るいが、街路樹のある少し陰った場所。
シェダルからのサイコスの件を、東アジアの人間を通して聞いた響がファクトに迫った。
「『宇宙の人』が分かったって!?」
「多分、俺の予想で合ってると思う。」
「……誰?」
「……。」
「ギュグニーの人でしょ?」
獄中だったらタイナオスもあり得る。サダルが捕虜になっていた国だ。それとも意識の複合体か。
「…………」
ファクトは言っていいものか悩む。けれど、響はそれを見付けるであろう。どのみちどこかで。
「ギュグニーだよ。宇宙の人は………チコのお母さんだ…。」
「…………」
今度は響が黙ってしまう。
「……チコの?」
「宇宙の人に混じって見えていた茶色い髪の人も多分、その人。」
「?!どうしてそんなことが分かったの?何か見たの?」
そう。見てきて予想が立ったこともある。けれど、チコが父テニアから聞いたと言っていた。奥さんは茶色の髪のアジア系の顔だと。チコがあまり彫りが深くないのもそのせいかもしれない。
ファクトはメモを見ながら、ユラス地域のラボに行ったことと、実体のバナスキーに会ったことを除いて覚えていることをだいたい話していく。
「地下に監禁されたんだ。その時見た最後は、まだ弱ってるだけだった……。宇宙の人が生きているのかも分からないけど…。」
シェダルが生まれた後なら25、6年前であろう。あの後、地下は解放されたのか。記憶の序列は正しいのか。けれど、ニッカがそこにいたということは、何かの意識が混合していたことになる。まだニッカは産まれてさえいないのだから。
「…………」
けれど、もっと以前に見たルバの中にうずくまった細い腕が真実なら、あのまま生きているという可能性は少ないのかもしれない。ほぼ皮と骨だった。それが「現実の記録」でなく、意識層の中で作り出された誰かの想像であることを祈るだけだ。
「……そんな感じで、誰視線かは全部分からなかったんだけど。」
自分の視点も行き来するので余計に分からない。
「………そんなところで自分を保っていられるって、ファクト、もう完璧なDPサイコスターだね。」
「ホント?でも、深層じゃなくて表面層かもよ?」
全てが深層にあるわけではない。
「深層じゃなくても、こんな多数の痛烈な意識層の中で自分を保ってるってすごいことだよ?DP(深層)とは言っているけれど、心理層の細かい調整ができることもある意味ディープな力だから。」
虐殺や監禁があったような場所だ。そこで自我を保てることの方が強烈な話だ。
困っているファクトを見て、響はため息をついた。現実で見る世界以上に、本人たちの精神世界は分離壊滅している。
………。
ファクトは思う。
誰かが守ってくれているのではないかと。
響のサイコスの中で、自分が安定するのと同じように。
それから一点、何かの繋がりにおいてそこに道ができるのだ。
まず、チコという一点。それからシェダル。
そして、彼らと兄弟になった……
宇宙の人が二人の母親で、
教師だったならなんとなく理解ができる。
「……誰かの視点でも、自分は第三者的な観点になることを心がけていたからかな…。」
一体化してしまったら飲み込まれていただろう。
「真っ向からその人物と同調していたらダメだったかもしれない。」
自身の力なのか、誰かの助けなのか。もしかして他に安定した意識が働いていたのかもしれない。響から学んだ、意識の次元や視点のレイヤーをすぐに変えるという技も身に付いている。
「ファクト、私入ってみようか?」
「?」
「ファクトの辿ってきた心理層。」
強い視線で響は語る。
「えっ、今はダメだよ。
響さんも大事な時期だし。チコがバベッジの族長血統って分かっただろ?もしかしたらすごく重い場所に行くかもしれない。」
「……。」
先少し聞いたのだが、響の父と母が少し延長してベガスに残り、家族関係の再構築をしていた。響も気持ちが揺れている。
高い位置にいた人間ほど、権威による押さえつけや戦争を繰り返してきた歴史やを背負っている。もしギュグニーにも本格的に繋がってきたら、あまりに多くの怨みを抱えて支えきれないかもしれない。
「……そうだね…。」
「せめてエリスさんか誰かの援助がないと。」
「けどね、気になるの。見付けてって言ったんだよね……。」
「シリウスがだけどね。」
「え?そうなの?」
響は呆れた顔をする。アンドロイドが?なぜ?
けれど緊急だったら……
「でも、もし宇宙の人が生きていたら……と思うと………」
生存していたら、今しか救えないのかもしれない。
「何か分かってもどっちにしてもギュグニーには入れないよ。」
ファクトの言葉はその通りだ。身軽なテニアですら入れないのだ。ただ、正式に入れることがあってもギュグニー各国の気まぐれだが。いずれにせよ、国家規模の実働世界は響の分野ではないので人に頼る必要はある。
「一応そのことはシャプレーにも話してある。」
「………SR社でも動けないのならどうしようもないのかもね。」
それにしても思う、自分たちはなぜそれを追い求めているのだろうか。
「…………」
「ファクト?」
響と二人で考え込んでいたら、物陰から女性の声がした。
「…っ」
振り向くと、白く流れるような足首丈のエンパイヤドレスを着たシリウスがいた。
「………シリウス…。」
「やっぱり、ファクト!響さんも!」
「………」
やっぱりとか白々しい。分かってきたくせにと思いファクトはジトッとシリウスを眺めた。
「こんにちは。」
「あ、こんにちは。」
響にも挨拶をすると、シリウスは次に真っ直ぐにファクトを見つめた。
「見付けてきてくれたの………?」
「…?!」
まるで起こったことを知っていたかのように言うシリウスにファクトは警戒を強めた。まあ、SR社での話ではある。
「シリウス、宇宙の人のこと?それとも、眠っていた女性のこと?」
眠っていた女性?ストレッチャーの?響はその話は分からないが、何か関りがあるのだろうと構えて聞く。
「シリウスに霊性を感じるのは、シリウスにたくさんの霊性が入っているから?」
「………?」
何のこと?という感じでシリウスは顔をかしげた。
ファクトは一つ結論を出している。
シリウスがアンドロイドなのに不可思議な何かを感じて気持ち悪かったこと。正体不明の何か。
それは、シリウスの中に実在の女性が内在しているからだ。
霊性が入っている。そしてそれがシステムと連動している。
しかも一人ではない。
「……私は私だよ?」
「今更いいよ。そんな風にごまかさなくても。しかも、ただ憑りついているとかじゃない。」
そうだとしたら、ただの憑依とかホラーとかである。ただの幽霊。
世の中的に言えば、霊の入ったただの人形だ。でも違う。
「そこから生まれた、意識体?
その女性たちを統合しようとする一人格?
それとも本人?」
ファクトはどんどん尋ねる。
北斗、
チコ、
バナスキー…
宇宙の人も?
ギュグニーを出たのだろうか?
「………」
シリウスは何も答えない。
「ファクト………」
響が心配そうだ。
「ギュグニーは霊が塞がっている。
だから、持ち出した物や脱出した人との続柄において何か見出だそうとした…。違う?」
「ファクト………。私は私……。」
「いつだってそう言っている…」
暫くお互い話さない。ファクトはシリウスに無言で答えを求める。
「………」
「私にも分からないの…。私を見出して………」
夜に溶け込む黒髪と………月夜に輝く白肌とドレスが美しい。
人形にも…人間にも………霊にも見える、失いそうな境界。
けれどそれはアンドロイド。
「…シリウス。レグルス・カーマインはどこに?」
「レグルス?」
「オキオル駐在ジライフ外交官の夫婦の娘。知ってるんだろ。」
「さあ、その人は誰も知らない。……もうだいぶ昔にデバイスさえ届かないところに行ってしまったのだから………。
どこにも彼女のデータがないの。他人のデータを探ってもいない。」
シリウスは空を見ながら月に身をかかげた。
「……シリウスの中には?」
「?!」
情報の基みたいなアンドロイドなのにドキッとしている。
「無い。データはどこにもない。」
「データじゃない。思念とか、意識とか、霊性とか……」
「私は、データ上のことしか知らない。彼女の最後のデータは、ギュグニーのバイアースの集落からソソシアに消えたことだけ……。」
バイアースはカラたちのいた集落だ。まだファクトは街の名を知らないが、ソソシアはチコが生まれた場所。あの教室のある都市の名だった。
「シリウス!彼女を知ってるの?」
「知らない……。データがないからあらゆる推測しかできない。
地球上のデータのどこにもない………」
突然機械みたいなことを言い出す。機械だけれど。
「だから辿ってきたんだ。」
やっとファクトは分かった。
「?!」
何かを仲介したり介在すればどこにでも行ける。
宇宙の果てに、裏側に、最初に行くのは霊だ。
シリウスも響も息を飲んだ。
●得体のしれないシリウス
『ZEROミッシングリンクⅠ』3話 シリウスと出会う
https://ncode.syosetu.com/n1641he/4/
●宇宙に行くのは霊の体
『ZEROミッシングリンクⅢ』42 宇宙に初めに行くのは肉体ではない
https://ncode.syosetu.com/n4761hk/43




