47 ごめん…って言える?
「あ?はい?」
ホテルのフレンチレストランで唖然とした顔をしている響の祖父、父、母の三人。
「え?君はボディーガードじゃなくって?」
「お父様、失礼です!お相手の六連タラゼドさんです!」
「初めまして。響さんにお世話になっております。六連タラゼドと申します。」
「…っ??」
タラゼドを示しているのに、あっちこっち見渡すお父様。
何せタラゼド。カウスより高い194センチの身長に横もある。少し長髪でオールバック。三白眼で既に人を殺してそうだ。
これではまるで、お父様が若い頃にやり込んだ格闘ゲームの悪役である。敵役としてはかっこいいので使いこなせるまで必死だったが、現実の身内にする想定は一切なかった。
「どこの組で?」
お父様、警察のお世話にはなりたくない。職場にまで迷惑を掛けてしまう。
「組?ウチのリグァンは主に沖田組です。今まではそこまで大きくなかったし、リノベーションだけなのでので自分たちでやっていましたが。」
リグァンは現在会社規模より大きな仕事も手掛けているため、大手沖田建設やユラス、ヴェネレの会社とも協力している。組とは建設業界の仲間内のようなものだ。現代は組とは言わないが、愛称っぽく使うことはある。
「お父様!」
響が怒る。
娘はなんでこんなマフィアな男を連れてきたのだ……と、どちらかと言うと一般的には厳つい顔のおじい様とお父様ですらビビっている。響の祖父、父もあまり穏やかな顔はしていない。お兄様ですら、インテリ系マフィアだ。お母様は比較的普通だが、きれいで強そうな人ではある。
お兄様の拍から、響は事情があって時々護衛がいると聞いたので、みんなすっかり彼は護衛だと思っていたのだ。なぜ護衛が娘の真横にいるのだ?と不思議ではあったが。前情報はあっても婿になる人とは思うまい。
大学講師もやめ倉鍵総合病院も断り、響は一体何がしたいんだ。いつもいつも逃げ回って!と叱りつけるつもりで来たのに、連れてきた男が怖すぎる。予防線を張ったのか。まさかボディーガードと思っていた男と恋仲になっていたとは。恐ろしくて声が掛けられない。
けれど、響に促されて三人はどうにか挨拶をした。
「お父様、お母様。こちら私の名刺と手土産です。」
タラゼドが紙の名刺を渡す。
「…あ。……ありがとう。」
叱るつもりだったのに、素直に受け取るお父様。なぜって、怖い。
「ウチの母を呼べなくてすみません。」
「いや、私たちがまず自分たちだけで挨拶をしたいと言ったのだから。」
ベガスは今日の昼に国連や国家クラスのVIPを迎えていた。まだ滞在している重鎮もいるので出入りが制限されている。それに、タラゼド家には知らせていない。あの妹集団が大騒ぎするだろうしミツファ家側の事情がまだ確定していないので、母にはミツファ家との挨拶が終わってから話しに行こうと思っていた。妹たちには響の医師試験が終わってから知らせるつもりだ。
そして、妹たちが盛り上がる前にレストランで会食だけしてそれを披露宴とし、大きな式をしなくていいようにサッサと結婚生活を始めてしまおうとタラゼドは思っている。響もそれでいいとな。
「………。」
ヤクザみたいな響の祖父が、マフィアどころか傭兵集団の幹部みたいなタラゼドに完全に引いて変な空気が生まれていた。マフィアというか、ユラス軍なんじゃないか?もしくはユラスに対峙して…オリガン大陸を無双していそうだ。
「おじい様。タラゼドさん、ステキでしょ?」
「そうだな……。」
山根の奴、こんな男だと聞いてないぞ!とおじいさんは別荘の管理人、山根のおじさんを心の中で責める。響から別荘に来た人だとは聞いていたが、山根のおじさんはただの運転手だと思っていたのか。「君が息子になるのか~」と言いながら、爽やかイケメンとちょっと照れながら挨拶をするつもりだったのに、爽やかはどこにいるのか。
「すごく優しいんです!」
こんなノロケ、両親の前で言うのは普段は絶対無理な響だが、場が緊張しているので思わず言ってしまった。ただ両親の顔は見ていない。
「えっと…蛍惑往き来の運転手さんでしたか…」
「運転手というか、タラゼドさんもお友達です!運転してくれただけです!」
「そうか。…孫が旅に出てしまう前に、蛍惑に来てくれてありがとう……。」
「いえ。こちらこそお世話になりました。」
「………。」
あの時、とにかく旅に出たかったのは響の黒歴史だ。
ニコニコ笑っている響が、親の目から見てもかわいい。他人だったらそのままかわいく思えたが、反抗している娘だから憎たらしい。
「響!」
「…。」
母が言うと、響の表情が固まった。
「結婚を勝手にするなんて娘のする事?…。せめて連絡だけでもくれたらよかったのに……」
母が少し突っ掛かる嫌な言い方をする。
「……私が決めたことは何でも反対するのに?」
「なに?その言い方……。」
「私はもう十分大人だよ?」
「あなたはいい選択ができないでしょ?今でもフラフラしてるのに?」
一気に雰囲気が悪くなる。
「おいっ。」
さすがにお父様が止めに入った。ここは外だし、他人もいるのだ。
「………ミツファさん…。あの………」
お義母さんと言ったら怒りそうなので、タラゼドは名字で呼んだ。
「………だから会いたくなかったのに…。」
響は下を向いてしまった。母には何を言っても無駄であろう。多分泣きそうなのをこらえている。
「……響さんはしっかりしています。人の命も助けているし………、たくさんの人に頼られています。」
タラゼドが庇った。
「………。」
「だからみんな……響さんに戻ってきてほしくて蛍惑まで迎えに行ったんです。他のメンバーも行きたがっていました。」
若干、ただ響に会いたいだけのメンバーもいるが。
「……何?みんな響を庇うんだね…。」
誰の声かと思いきや発言主、いきなりのお母様の言葉に、一同「はい?」と顔を上げる。
「?」
「………私だって必死だったのに……」
へ?となってしまう、タラゼド。そんなセリフ、子供に言うか?
「士野!」
父が制するが聞かない。士野は母の名前だ。
「……私だって一生懸命だったのに、全然響は言うことを聞いてくれなくて…。お義父様だって私を責めたのに………」
「…士野ちゃん?」
「響のことばかりかわいがって、響だって私の言うことは聞かなくて!」
何を言い出すのかとみんな戸惑う。
「…っ?」
どうしていいのか分からない。娘に怒っているのか、嫉妬しているのか。
「私は…私はずっと必死で!」
「…っ……」
「子供が好き勝手すると、私が悪いって責められて………」
お父様の顔が青くなる。多少愚痴は言っただろうが、妻も言葉はキツイ。お父様も散々言われている。しかし、他人の前でいきなり場を繕うことができなくなるほど、いろいろ追い詰められていたとは思わなかったのだ。
「私の手からすり抜けて、逃げに逃げて!」
そしてお母様が、うわあああぁぁああ、と泣き出してしまった。
みんな唖然とする中、タラゼドが慌てて響のショールを差し出すと、それをお父様がお母様を少し隠すようにかけてあげる。そして、肩を擦った。
「士野ちゃん……。」
おじい様も困っている。
60代の大人が人前でみっともなく泣いていた。
そしてもう一人、遅れてきた人物が個室の入り口で一見何でもないような顔で驚愕していた。
「………」
眼鏡の男、響のお兄様だった。
***
「タラゼド君、本当にすまん!」
外のベンチでタラゼドに謝るお兄様。料理は可能な分はテイクアウトにしてもらった。
お母様はあの後、泣き止むことができなかった。店員には下がってもらい、しばらく様子を見て場を変えた。
「なんというか、みっともなくて……」
「え?全然いいですよ。そういうこともありますよ。」
なにせ、感情むき出しの大房民。今更である。
「はあ………」
と、項垂れるお兄様。
響の母も、その義母からのプレッシャーに十数年必死に耐えてきたのだ。
義母は非常に厳しい人で敷居の跨ぎ方一つ、座り方ひとつ、隙を許さない女性であった。響の母も大きな家の出だったが、どちらかと言えば実業家家系でもう少しオープンな家だ。
母は結婚してから自分のことで手いっぱいで、子供を思いやる気持ちも失っていた。けれど、実家と全然違う環境で理想とできることの天秤が揺れ続ける。お母様なりに大きな家でバランスを取ろうと必死だったのだ。
そして、言うことを聞かなかった娘も最後は自分に報告ぐらいしてくれるだろうと思ったのに、勝手に教会の式を挙げてしまった。電話も招待もなく。
そして母の言うことを聞かず、あれだけ自分のスタイルを貫いていたのに髪まで切って、母親が着ろと言っても絶対に着なかったタイプのワンピースまで着ている。他人の言うことは聞くのに、母の言うことは聞かないのか。母には全部がいっぱいいっぱいだった。
響はなんとなくイオニア家庭の件を思い出した。
あの時は他所の家の話だと思っていたけれど、どこの家庭にもそんな問題はあるのかもしれない。
でも、響は響で苦しい子供時代だったのだ。
響は、両親からの塾に行きなさいという一言にも答えることができず、家庭教師もこんな気もそぞろな子は見れませんと匙を投げた。多角形の面積を求めているのに、出題の図形の色がキレイですとか、ここの辺の長さが好きです…とか言っている。何をするにも、的外れでみんなよりテンポが遅い。先生に科目ではなく情緒や発達の先生をお願いして下さいと言われた時は、世界が真っ暗になった気分であった。
AIで個人授業も無理。すぐウトウトするか、違うところに行ってしまう。
子供の頃は言われたことをしようとしても、響の中では全部があたふたして足の着地点もなかった。
そうして、おじい様の別荘のある山によく逃げたのだ。
響はまだブスッと黙っている。
「お兄様だって私には謝らないのに……」
「は?」
自分には謝らないのに、タラゼドには頭まで下げて、この前は土下座までしていた。
「私の事、ノロい、鈍いってたくさん言った。そんな事サッサとしろよって…。」
「……響だって私には謝らないだろ?」
「何を謝るの?」
お互い少し感情的になる。
「……私は、響の分まで塾にも行って経営の勉強をさせられて……。はっきり言って、塾など1つでよかった。同時に4つ5つも行かされたからな。大学も好きな所に行きたかった……。」
いい思い出がない。結果、大学で程よく適当で気の合う嫁に会えてよかったが。
「……俺だっておじい様たちと旅行に行きたかった……。」
祖母や祖父関係の知り合いの旅行は、途中から母が嫌がり行けなかったのだ。母には面倒な客でも、小遣いやお菓子もくれ、甘えさせて悪戯さえしなければ怒ることもなく、香道会や商工会、経済クラブの集まりは子供にとっては楽しいおじいちゃんたちのいる場だった。母も実家の家業でそれらの会には縁もあったし顔も知られていたが、きっと疲れてしまっていたのだろう。
「………。」
「お兄様……。」
「………」
響が見ると、お兄様は疲れ切っている。
「お兄様………ごめんなさい…。」
ん?と響を見る、お兄様にタラゼド。
「ごめんなさい!」
「え?何が?」
言わせたのに、お兄様は思わず言ってしまう。
「……ごめんね……」
言葉を続ける響に、お兄様はキョトンとしている。
「お兄様やお姉様に……悪かったなって………」
兄や姉は、何でもやってのけるそういう生き方が合う人間なんだと思っていた。
「いや……別に何も…。まあ、今となっては……」
「でも、ずっと家族で子供の時はずっと同じ家にいたし……。きっと、私も謝らなきゃいけないことはいっぱいあったよ…。」
「………」
お兄様が今までになく変な顔をしている。
「響……。」
「ん?」
「ごめん……」
「…ごめんな……。」
「何が?」
いきなり謝る兄に、今度は響がお兄様に聞く。
「いろいろ……。」
そう言って、お兄様は少しだけ響の頭を撫で、片腕で頭を抱いた。
母のことはどうなったのか明日まで分からないだろうが、三人はお兄様のアパートで持ち帰りにして貰った食事をしてその日は解散した。
●イオニア親子
『ZEROミッシングリンクⅡ』68 息子との再会
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●イオニアの母
『ZEROミッシングリンクⅡ』95 貼り付けられる目と鼻と口
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