41 不協和音
※残虐な描写、不快になる言葉が多く含まれています。苦手な方はお気を付けください。
同じ毎日。同じ日々。
繰り返される日常。
あたらな学習内容の考案を50個出しても通るのは1つか2つだけ。
それでも、ここは教壇。
どこから入手したのか新しいコンピューターシステムの基礎知識も教えられることになった。もともとシステム関係だったシャオことタイラはコンピューターシステムで飛び級していたので、多くを任された。
その頃には、ジーワイとロワースは外部の女性たちの所にも出向くことを許され、素質のある子を探し出していた。
以前、産婦人科を訪れた女性指導者から数人の子供も預かった。教室に来ても命の保障はできないと言ってあったが、それでもいいという。そこでみな感じる。もしかして外の情勢にも何かあるのかもしれないと。
そうしてここに来た一人が、ジグレイトと呼ばれる少年であった。
レグルスたちの授業は祈りだ。
この地で天啓は教えられないけれど、一言一言に生命を織り込む。
この知識は、いつかあなたたちに新しい活路を切り開く。
この閉ざされた空間の中にも――
同時に、追い込んだ崖をさらに崩していくもう一つの世界。
「あの二人でなければ、総監に誰をさし出すんだ?」
「この地域に女なんていくらでもいるのに……」
「頭が良く、勘のいい女がいいらしい。」
「お高く留まっている女たちか。」
「あの女たちは、信仰者なのに他人を犠牲にするの?」
「安全地帯で高みの見物をするなんて。」
誰がそう言ったのか分からない。
そう言ったのかも、本当は違うのかももう分からない。
でも、どこからか聴こえる声。
少しずつ、あらゆる場所に不協和音が響き始める。
初めはただのヒビ。
それから水滴の滴るだけの割れ目。
誰かが誰かをうらやみ、自分の手元を寂しく思う。
こんなに仲間がいるはずなのに、自分の中で空回りをしてそれを解消できない。
身内が身内を疑う。
そして他の場所でも水漏れが始まる。
滲んでくる水に汚水も入って来た。
またどこかで砲弾の音がして、
男たちの中でも、心が揺れる。
新たに導入されたニューロスよりさらに上が現れる。あっという間に。
「あんなにも投資をしたのに?!」
「まだこの前だろ?」
「向こうの型落ちの方が遥かに高性能だった!」
「責任を取ってくれ!」
「また交渉だ。技術は日進月歩だからな。」
どこかの世界で声がするけれど、バーシに聴こえるのは霊の騒めきだけ。
ない窓を見つめるレグルスのところに、長の男が表れた。
最近頻繁に来る。スキンヘッドの後ろに刺青の東洋の龍が入り、歳はおそらく一回り以上上だ。腕は少々太くそこにも龍が上がって、指先はススなのかいつも黒くなっている。バーシという名のレグルスは彼が来るといつも少し縮こまってしまう。
「バーシ。君ならいいんだ…。」
「………」
レグルスはそっと首を横に振る。
「違う、本当は君がいいんだ。」
それでも首を横に振る。
「私に後継者がいないから、私の首さえとればここを掌握できると思っている奴らが多い……」
亡くなった子が数人いるらしいが、男はこれまでの女性の間に成長した子供がいなかった。
「…………」
「君がダメだというから、他の人間でいいと言っているのにそれもだめなのか?来た人間には自由をやる。教え子に自由をあげたいだろ?」
「ダメです!」
「なら寡婦でいい。お前の集落から来た女がいいんだ!」
「だめです……」
「既婚者がダメならバナスキーを出せ。シャオは今忙しい。ここには16で子供を産んでいる者はたくさんいる。それでもだめなら、あと数年で成人だ。それまで待つ。」
「それも……だめです…。」
あの子たちの世界はここじゃない。
「……バーシ。私の元に来てくれるなら、どんな願いも叶えてやる。
バーシ………」
男はそれ以上何も言わない。
ただ、壁まで追い詰めたバーシの手をすくい上げ、その怯える右手に口づけをした。
「………」
バーシを呼びに来たジュリは、半分開いたドアから部屋の隅で寄り合っている二人を見る。
「ジュリ。あっちも好き勝手してんだ。俺とどうだ?」
「おいおい、抜け駆けすんな。」
「…あんたたち、そんなこと言ってる暇があるなら、いい加減自分たちのお頭があんなことをするのをやめさせな!女なんかいくらでもいるじゃないか。」
小さい声ながらもきつく言うが、男たちは知らん顔だ。
それからしばらくしてだった。
「気持ち悪い………」
と言ったバーシが妊娠していたのは。
***
「なんてことだ……」
このコミュニティーの他の地域を出入りしていたシーキス牧師は、戻って来て頭を抱えた。
正道教で結婚は最も神聖なものの一つだ。
お腹の中で子供が正常に成長していく一つ一つの過程を通して、両親の愛を感じ心身霊共に安心した場所を得て、元気な子が生まれてくる準備でもあり、人間の成長過程で必要な通過儀礼だった。
敬虔な家庭の娘だったら、心待ちにし、生涯守っていきたかったものであろう。
しかも二人は仲が良かった。
シーキス牧師と長は何か話し合っていた。揉めていることもあるようだった。
まだ伏せられているので皆が知っているわけではないが、何も言わなくても、バーシの子が誰だかみんな知っている。
「………」
ただ、何があったのか聞かれても、バーシは初めは何も言わなかった。
それから関係者の中で話しが込み入ってくると、
「問題はありません。私が望んだことです。」
と、静かに言うだけだった。
長の男がバーシをいい部屋に移そうと言っても、バーシはこれまでの自室に留まった。医師は部屋に派遣され、もう産婦人科に行くこともない。ただ、運動は必要なので、関係者しか通らない廊下をずっと往復している姿は見かけた。
何か必要な検査があっても部屋に機器が運ばれた。
それでもバーシは教壇に立つ。
お腹が目立つまで妊娠のことは伏せられていたが、だんだん噂も広がって来る。
バーシの部屋に行く方向に、ここでは見ないような豪華な果物などが運ばれるのを見た仲間たちもいた。
「あんたさ、いい加減、目ぇ覚ましなよ。」
仲間に言われても、ジュリことトレミーは無視をする。
「なんか素晴らしい理由はあるのかもしれないよ?でもさ、結局バーシはそういうことじゃん。ジュリがここに来て必死に子守と教師してんのにさ。」
「知ってる?あの男。」
「………。」
「あんたの事、懇意にしてる男。シシナイだっけ?」
「今度はバーシに迫ってんの。」
「…?」
ジュリは思わず顔を上げた。
「すごいよね。妊娠してるのにさ。」
「あの男の子なんじゃないかっても言われてる…。」
他の女もボソッと話す。
「ジュリ、あんたのためを思ってるの。もう好きに生きな。」
「………。」
ジュリは動揺を収めて、机に向かった。
それからこんな出来事も起こる。
シシナイと言われたその男がここに現れなくなったのだ。長と揉めて。
彼は雇われ兵だったので半分は自由の身だ。
ここをやめたのか殺されたのかは分からない。ただ、言い合いをしていたというウワサだけは広がっている。
たくさんの疑惑が渦まく。
お互い毎日会っても諍いがあるのに、半分隔離されているバーシのことはもっと分からない。
バーシもだんだんふさぎ込むようになり、あの明るい笑顔を見せなくなった。
仲間のショーイが込み入って話をしても、バーシは虚ろだ。
ショーイが産婦人科に通えるように頼んでもバーシ自身が拒んだ。
その一人憂いているような態度が癇に障って、女たちの中に亀裂が入る。それにオキオルから来た女たちは忙しすぎた。バーシだけでなく、女子供を何十人も抱え、あれこれ言ってくる男たちとの仲介もしている。外部から来る子供や女たちにも気を配らなければならなかった。彼らは一般的な教育をされていないことも多く、混乱が混乱を呼ぶ。
オキオルから来た女に手を出してはいけない。
誰かが破った禁忌が、
小さなヒビからしみ出した水が、コミュニティーを崩していく。
***
そして……
人々は、バーシの子が産まれてからもっと分からなくなった。
その子は黒味を帯びたグレーヘアをしていたからだ。
そして、レグルス似なのか今のところここにいる男の誰にも似ていない。
シーキス牧師は、変な憶測が広がらないように長の子だと説明したが、ほとんどの人は疑っていた。
バーシに尋ねても「総監の子です」としか言わない。
本当に長の子なのか?とみんなが疑った理由は、長自身がその子をかわいがらなかったからだ。どこが似ているかも分からない子。ただショックを受けるように見て、他の子と一緒にするようにとそれ以上何もしなかった。
抱くことも、触れることも。
バーシは今回、3週間休んですぐに教壇に立った。
セシアの時と同じように、授乳は半年で打ち切られる。どちらにせよ、その頃には乳は止まっていた。
バーシはどんどん痩せていく。
女たちの願いで一旦大部屋の端に移すが、バーシが来たのを快く思わない者も多くいた。
ある日決定的なことが起こる。
バーシが告発されたのだ。
誰かに。




