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ZEROミッシングリンクⅦ【7】女たちが刻んだ大陸の紋様 ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十八話 あなたが欲しくて

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39 小さく無限な空間



ジークアたちのいた集落から来た女たちは何かが違った。

多くの人は、彼女たちがどこから来たのかすら知らず、元の集落でも幹部と作戦に出た者たちしか知らなかった。



新しく来たコミュニティーは規模も大きかったのか、想像以上にいろんな人間が出入りする。皆が産婦人科と呼んでいる一角には、いるだけで身が引き締まるカリスマ性のある女性も時々出入りしていた。女性兵や指導者か。



けれどオキオルから来た女性たちは、またそれとは違った目を引く空気があった。


とくに柔らかい顔付きで明るいレグルスは、少し話すだけでその場が楽しい雰囲気になる。唯一少しの自由があるこの産婦人科は、孤立させられたレグルスにとって幸せな場所だった。


ただ、女性が自分たちとは別の女性たちと接するときは、銃を構えた男たちも同行し自由に会話はできなかった。違う団体同士の発言や会話は全て記録に残される。同盟や連携を組ませないためだ。とくに、これまで何かの組織に属していたり、会社や教育現場も含めてまとめ役をしていた者たちはしっかり見張られていた。頭の良さは求められても、自立心は不要であった。



「おい。」


「?」

その頃まだ妊婦だったレグルスに、端で監視していた1人の男性兵が声を掛けた。

「お前だ。」

「…?私?」

男が何か差し出す。

「…そうだ。ほしいか?」

「……?」

男が手に持ってフラフラさせていたのは、四角い透明な水色の樹脂製の飾りが付いたヘアゴム。


「!」

そんなキラキラしたものを身に付けるタイプでもないし、そんなものにときめく心もなくなってしまったと思っていたのに、バーシことレグルスの顔がほころぶ。妊娠中のホルモンのせいだろうか。それとも本当はそんなかわいい物が好きだったのか。


それは世界中のどんな宝石よりも輝いて見えた。


女の子たちに見せてあげたらきっと喜ぶ。ここには、何かのキャラクターを持ち込むことはできない。外からのファッションブランドのロゴが付いた物もだめだ。余分な憧れや傾向の対象を作ることを過剰に恐れているからだ。けれど、これは何も付いていない。


「……。」

少し深めに被ったルバの中にぱあっと輝くような表情が表れ、その兵士は「お!」と反応し、少しの間見惚れた。なんだと気になって近付いた他の兵士も、久々に見るような懐かしい、ほっとするような女性の笑顔に驚いていた。


そして彼らは笑った。屈託もなく。


「………」

けれどバーシはすぐに現実に戻る。前の集落だったらこの髪飾りを着けたいという子に順番に着けさせてあげただろう。実際、女たちが子供の髪を結ってあげると、周りの兵士たちは写真や動画を撮ってくれ、自分や友達の姿を見た子供たちは照れたり笑ったりしてよく盛り上がっていた。


懐かしい。まだ1年も経っていないのに、遥か数世代前のことのようだ。



でも、ここでは危険だ。何か火種になるか分からない。

たった一つの髪飾りのビーズが、命と繋がってしまうことがあるのだ。


「……きれいですね…。」

それだけ言ってレグルスはさらに深くルバを被り顔を隠した。



レグルスは知らなかった。


そんな小さなことが外部でいつしか噂になっているとは。




***




その間にもたくさんのことがあった。


どうにか仲間たちと情報を共有すると、ここは一枚岩ではなく、様々な組織がある隠された都市らしかった。ここの長はその中でもどこにも属さず、ある意味どこにも通じていた。それを知ったのは産婦人科で出会った他の娼婦たちのウワサだ。


娼館も数や規模が違う。

トレミーともう1人で支えていた宿屋がいくつかあるだけの、前の集落とはわけが違った。


そしてレグルスたちの教室から抜け出す女たちも出てきた。


教室は生活から勉強まで全てが監視され、私語もほとんど許されない。この建物の一角が全ての世界だ。外の風景さえ見えない。ここがどんな街なのかも郊外なのかも分からない。


いつも誰かが見張っていて、生きる場所があまりにも制限されていた。元いた国、ジライフのビルのテナントに入ったリハビリセンターほどの産婦人科が一番自由と思えるほどに。

こんな所で勉強をしているより、商売女の方がはるかに自由に見えたのだ。少し歳をとった者は規則ある生活に身を任せた方が楽だったが、若さやエネルギーのある者たちは耐えられなかった。


なので、元の商売に戻る者たちも出てきたのだ。



最初に動き出したのは以前の集落でも商売女のままだった者たちだが、それに誘われるように数人が教室の枠を飛び出た。


「やめなよっ。」

女性の洗面室。元締めの一人だったトレミーは仲間を止めるが、誰も言うことを聞かない。


「バーシは一人部屋を与えられてるって聞いたけど?」

「そんな楽しいものじゃないよ。ほとんど独房と一緒だ。」

「まさか。あんたバージに洗脳されてんの?」

「ここから出た姉さんたちの消息を誰も知らないのにっ…」

「はっ?誰がこんなところに戻ってくると?」

声がだんだんヒートしてくると、外から壁にノックがあり男たちに問い詰められる。


廊下に出ると、かつて宿屋で同士だった女が男にすがる。

「ねえ、ここを出た姉さんたちがいるんでしょ?」

男は「ああ、その話か」というような顔をする。


そして一緒にいた、今はジュリと名を変えたトレミーにも「お前もか?」という顔をした。


「いえ…私はここに残ります…。」

「あんたも来たら?」

仲間が煽るように言うと、ジュリは顔を横に振る。

そんなジュリを見て、仲間は勝ち誇ったような顔をした。負け犬だと。あんな真面目くさった女たちに乗せられ、いつ終わるかも分からないこんな生活に負けるのかと、バーシたちの名も出して煽った。


しかし兵士は、こんな生活でもなお美しさを失わないトレミーを見て残念そうに言う。

「おい。お前なら俺が囲ってやろうか?」

「?!」

出て行くと言った仲間が、指名が掛かるトレミーに嫌味で噛みつく。

「…っ。あんたも来たら?こいつ、元いたところで一番人気だったんだよ。多分すごくいいんじゃない?」

「…お前も商売女なのか?」

怯えるトレミーを庇ったのは、外交官のジーワイだった。今はシャシャと名を変え、ラージオと共にレグルスの次のリーダーに立っている。レグルスが孤立しているので事実上現在のリーダーだ。


「ジュリ、怯えた顔なんて似合わないのに。何の演技?」

「やめなさい。ジュリは教師です。ここに残ります。」

女をいさめ、強い顔で兵士に訴えると、案外すんなり兵士は引いた。

「だとよ。取り敢えずお前たちだけ準備しろ。夜7時までにだ。」

荷物なんてないからもっと早く出て行きたいと思うが仕方ない。女たちはフンッと突っぱねて去って行った。


兵士は思う。

どうせここの時間は永遠のように長い。これからもっと根をあげる者もいるだろう。




「ジュリ。大丈夫?」

「うん…。」

「もしかして行きたいの…?」

ここよりも不自由なのは強制労働施設や監獄ぐらいだろう。

「ううん…。」

ジュリは弱々しく否定する。


外交官たちは分かっていた。トレミーはおそらく霊性が鋭いのだろう。少し機敏なところがあるから、敬虔な信仰家庭でもあったレグルスに惹かれたのだ。聖典を身で理解している。


そして女の元締めをしていただけあって、地頭は良く外のウワサもたくさん知っている。今回出て行ったのは前の集落しか知らない者たちだ。女性が少なかったので大事にされたし、トレミーたちは個々の貢ぎ物まで回収したりはしなかった。



出て行く彼女たちの運命は誰にも分らない。

きっと皆引き離されて各々どこかに連れていかれる。


ここよりも自由になるのかもしれないし、そうならないのかもしれない。


少なくともここにいれば体は売らなくていいし、最低限の食事もあり、ダニはいても大量にシラミが湧かないほどの清潔さは保てる。


ないのは自由だけだ。






そして頭を悩ますことが他にも出てきた。


脱出に子供を誘う者も出てきたのだ。子供と言っても今はほぼ成人に近い者が何人かいる。とくに前の集落で教室に入らなかった者とその子供の数名が出て行った。


ジーワイたちはただ無事を、幸せを祈ることしかできなかった。




***




それから、レグルスの姉カラの夫、ジークアたちがなぜオキオルを襲撃したのかも分かってきた。


彼らはどんなに優秀でもギュグニーで生まれ、ギュグニーで育った者たちだった。

正確に世の中を把握しているわけではない。


そんな中で、当時のリーダーが外部からギュグニーに来た知性派のメンバーを殺してしまった。殺されたメンバーは、オキオル共和国は中央アジアの中立中道だから絶対に手を出してはいけないと伝えたが、リーダーはよく間に入ってちょこまか動くオキオルが邪魔で仕方なかった。位置的にも北とヴェネレとユラスの狭間。


そうしてオキオルの正確な立ち位置が曲げられ、そのリーダーの主観で伝えられてしまったのだ。


結局それは、歴史に残る近年の非道事件として名を残した。




***




レグルスは産後の養生期間が終わり3か月もすると、なぜか顔も隠すように言われる。


まだ月1で産婦人科にも通わなくてはいけないのに、産婦人科への出入りも禁止された。

授乳以外子供にも会わせてもらえなくなった。


「……?」


なぜ?



他の妊婦たちも気になるが、この時はまだ理由が分からなかった。






バーシは部屋にいた。


閉じ込められるように、

ずっと、ずっと……


産婦人科には、他の集団からまだ大人になり切っていない子も来ていた。不安そうにしていたので話しかけると、ホッとしていた姿をバーシは思い出す。

「姉さん、姉さん」と自分を呼んでくれたあの子は元気だろうか。


それに妊娠中毒で寝ていた年上の妊婦は無事だろうか。


悲しいことにそこには堕胎に来る人もたくさんいた。

なんて事のない顔でいる者も、泣いている者も、闇医者にかかって動けなくなってしまった者もいる。自分の身に起こっていることを理解していない者もいた。


バーシはいつも布を深く被っているので少し年増の母親と思われることもあり、頼まれて付き添いや慰め役もよくした。出産中手を繋いでいるだけでいいと言われ、妊婦なのに一緒に手術台に立ったこともある。



バーシは思いをはせる。


個室では何も分からないから、この古くて堅固な建物の、壁を伝って全てを見ようとする。

壁を伝うトカゲのように。



どの子もみんな、元気だろうか。泣いていないだろうか。







孤独な部屋。またカレンダーに丸を打つ日が始まった。


授乳した時。

誰かが出産した日。



半年ほどで母乳も打ち切られ搾乳もできなくなる。レグルスは少しずつ絞って個室にある古びたトイレに流すしかなかった。



今後はどんなことで丸を打とうかと考えながら。





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