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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十八話 あなたが欲しくて

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38 あの子の誕生



その中で小さな転機が訪れる。


しばらく経ったある日、レグルスの妊娠が確定したのだ。

何となく体調がおかしい日があったのでもしやと思ったが、教育内容を再構築せねばならず頭をひねらせているうちに既にお腹の子は4か月過ぎていた。


どうやらレグルスは妊娠には強い方なのか、つわりもほぼなく教壇に立った。


レグルスもこの時ばかりは、少しの時間を他の妊婦たちと時間を共にすることを許された。数人妊婦や出産後の女性たちがいたのだ。ここは唯一、自分たち以外の女性と交流できる場でもあった。正直ケンカも多々あったが、もうだいぶその風景には慣れている。


レグルスたちとトレミーたちも最初はそうだったのだ。


妊産婦たちの部屋は中でいくつかに分かれ、多少の整備がある診療所があり出産もその奥でするらしい。それらスペースで少しの散歩もできた。ここで生まれた幾人かの赤ちゃんも教室に入れることを約束させている。生まれた子は完全にレグルスたちの教室に隔離するか、ここの集落の女性たちに人生を預けるか決めろと言われているのだ。


もちろん教室を選ぶが、どこからか噂を聞いた他の女性たちが自分の子供も教室に預けたいと言い出し、他の女や男たちとの間で揉めることもあったらしい。





どれくらいの日々が流れたのか、もう数えるのも難しい。

気を抜くと歳月が曖昧になる。


いくつか分かったことは、この集団は武器や技術の通過口でもあるということだった。しかも公ではない。


男たちはデバイスを使っているが女たちにはないので、誰が作ったのか万年カレンダーをきちんと変えていかないと日付も分からなくなる。紙のカレンダーはもう十数年前の物が転がっているだけだ。なので、許可を貰って女たちは部屋ごとにカレンダーを作った。

時々デバイスを持った女性も出入りしたが、監視下に置かれるか隔離。日付らい聞くことはできたが、接する人間を限定された。



レグルスは余った紙で自分用に作った小さなカレンダーに、赤いペンで丸を入れる。


「それは何だ?」

兵士に聞かれたことがある。

「少し体調が悪かった時です。もしもの時に医師に体調を伝えられるように。」


そう答えたが、本当はお腹が動いた時だった。ポコッという感じだ。お腹の子が蹴飛ばしているのか、回転でもしているのか。


誰もいない場所でクスっと笑う。

なかなかの暴れん坊なので、男の子かなと思う。こんなことしか、お腹の子にはなむけできることがなかった。


いつしか毎日のように動くようになると、カレンダーが全部赤丸になる。


それから少し記入内容を変える。ペンの書き始めが左横にある丸は、他の女性たちの子供が生まれた時だ。お腹の子の丸で埋め尽くされてたので、自分の子の丸はやめることにした。


なので今度は子供の名前をいろいろ考える。

けれど、きっとそれは夢で終わるだろう。


ここで生まれた子供たちの名を、母親たちが付けることは許されなかった。



大人ですら、全員新しい名前を付けられたのだ。


とくにジライフの元外交官一家たちは、元の名前だけでなく出生も家族のことも、過去の話もしてはいけない。何か暗号や願掛けになると困るので、自分たちで名前を付けることもできない。



レグルスはバーシ。

他の仲間たちもそれぞれ。毎度新しく決めても男たちが覚えられないので、去っていったり死んでいった者たちの名を回している。


まだ未成年だったタイラは、シャオ。

ロワイラルはバナスキーとなった。


子供たちは人数が多くどう管理したらいいのか分からないので、背丈順にこの地の数字を付けられた。大きな子は既にある中から自分で申請した名前でよかったが、小さい子の中には自分の名前が変わることを飲み込めない子がいた。


元の集落で、母親役になる女たちにたくさん呼ばれた本当の名前。

誰もそんな本当の名を、心の中から打ち消すことなんてできない。


その代わり自分に背の順の番号が付いたので、番号としてそれを使うようにと言えば、小さな子もふーんとどうにか納得した。折檻を受けないように、小さな子供たちがあまり騒がないようと大人たちは必死だった。




***




バーシことレグルスは、7カ月過ぎても妊娠中か分からないほどのお腹の大きさだった。なので、妊娠を知らない者も多くいた。



元いた集落のように埃臭く湿気っているけれど、それとも少し違う世界。

殺伐として、整然として、無機質な教室。


天井はもともと高いが、無機質さはこの空間が把握できなくなるほどの静けさを生み、実際よりも天が遥か高く感じる。

空も、底もないような永遠の空間。


今いる場所が地上なのか地下なのか、何階なのかも分からない。けれど日の光は入ってくる。

この建物に、階層は書かれていない。男たちだけが、何かの印で知っていた。



少し席を離した勉強机で静かに子供たちが黒板に向かっている。こんなに人がいるとは思えないほどの静けさ。時々泣き出す小さな子がいて、そういう子はすぐに誰かに連れていかれる。もう一つ下のクラスに戻されるのだ。周りは一見無反応だが、そんな泣き声すら生きていることが実感できて安心できるものだった。

会話の授業はあるが、交渉術という別枠だ。



変化は命だ。



教室の後ろと廊下には数人の兵。いつも銃を持ち数人タバコを吸っている。

めんどくさそうに時間を過ごしている者もいれば、女たちの声に耳を澄ませる者もいた。


響くのは女の声と、黒板のチョークの音だけ。チョークもいつの物なのか。ちょっちゅうパキッと折れていた。



「……水の分子はH₂O。水は不思議な存在です。

この中には様々な他の物質が溶け込むことができます。

透明に見えても水の中にはたくさんの物が混ざっているのです。」


海水の話がしたいがそれはできない。海水に含まれる分子は非常に多いので楽しい授業になるだろう。でも、子供たちが海に憧れたら困るからだ。


「無色透明で水に混ざることのできる分子は次のページです。」


以前なら「水の分子は?」と、質問することができた。「さあ、ではこのフラスコの中には何が混ざっているでしょう?」といろんな透明水を用意して、考えさせることもできた。貴重な塩砂糖も使わせてもらえたであろう。自分の好きなことを言ってもいいのだ。


でもここではできない。最低限出来ることは、「分からない人」「分かった人」と言う時に手を挙げさせることだけだ。



授業が終わると、もう使えなくなった黒板消しは放置され、成長した子たちがボロボロになった古着を濡らして板書を消していた。




***





『ボーティス!』




この場所に来て、心の中で、初めて叫んだその名。


宇宙が開くような音がする。

音のない音。


突き抜ける光。




私たちは、出発し、そしてまた戻って来る――






「うぎゃーー!!」


訪問医が訪れた医務室に赤ん坊の声が響いた。


「バーシさん。女の子ですね!」

「…女の子…。」

少し泣きそうで、少しホッとしたレグルスは、まず男の子でなかったことに驚いてボーとしてしまう。そして立ち上がろうと体を起こした。超音波が壊れていたので産まれるまで楽しみにしていたが、予想とは違って自分に呆れる。

「まだ終わりじゃないですよ。この後胎盤が出てきます。」

「…え、あ、はい。」





「バーシ!生まれたのか!」


バーシの出産に一目散に駆けてきたのは、ここの(おさ)の男だった。


最初に赤ん坊を触ろうとするが、シーキス老牧師に止められた。

「待って。最初に母親に。それから祝福を捧げます。バーシ、抱けるか?それとも触れるだけにするか?」

「抱けます……」

助産婦が赤ん坊を母親に渡し、天に感謝を捧げ、それから牧師が神の仲介となって感謝と歓迎の祈りを捧げた。初めての地上で子を天啓を持った母を通して、天に繋げる。


赤ん坊が生まれた最初ともう一度だけ、天の名で祝福を与えることが許されたのだ。そうでないと子供がこの地に足を降ろせないという、アジアラインの迷信を長が信じていたからだ。それは土着信仰だったがギュグニーではいつしか迷信扱いになっていた。


実際は、天から来た子をこの地上の荒地でも天に繋げるために、牧者を介在して天に祈っていたのだ。






ボーティス………


バーシであるレグルスは久々に思い出したその名前に胸が熱くなるが、頭の片隅に追いやった。生き残ることが先だ。ここの子供たちが生き残ることが。


「お前の夫は金髪だったのか?」

「…少しくすんだ黄色を帯びた亜麻色でした……。」


夫でも血縁でも医師でもない人がはじめに子供を抱いている。

しかも、また。あの時のように自分の家族や親族となった人、仲間を殺した人たち。その長。



「この子は色素がないのか?」

そう。初めに誰もが驚いたが、それほど髪の色が薄かった。

「まだ目も開いていないし、肌も色がはっきりわかりません。子供の頃はけっこう変わりますしね。調べてみないと何とも言えませんが、アルビノではないと思います。」

「健康なのか?」

「見る分には十分元気な赤ちゃんです。さあ、一度子供をこちらに。お母さんも休んだ方がいいです。」


この後、園児時期はここにいる女性たちに面倒を見てもらえる。言葉や表現不足で放置して育てると、健康な子にならないと分かっているからだ。



長の男は自分の子が生まれたかのように赤ん坊を見る。

「セシアにしよう……。この子の名前はセシアだ。いなくなった夫の代わりに、きちんと面倒を見てやるからな。」

みんな目を丸くする。

横にいたトレミーもまんまる目だ。何を言っているのか、この男は。

男は産婦や看護婦がたちが部屋から去るまで嬉しそうに眺めてる。そして、親友のトレミーがレグルスを休む小部屋に連れて行った。



名を変えたオキオルから来た女たちは男に呆れる。普通の世の中なら最も分娩室に入れてはいけない部類の人間、そもそも他人だ。病棟からもシャットアウトであろう。むしろ普通の社会で育っていたら、こんな行動は起こさない。しかし彼はここの(かしら)であった。


夫が死んだとも言っていないのに、レグルスはまるで未亡人扱いで自分は後夫だ。この中では夫が生きている可能性が一番高いのはレグルスである。それとも夫に逃げられた女だとでも思っているのか。引き離したのは自分たちなのに。


レグルスが気に入られていることは明らかだった。


他の出産で長が駆けつけた事なんて一度もなかったのだ。




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