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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十八話 あなたが欲しくて

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37 長い、ルバの中で



新しいコミュニティーは規模を把握することすら不可能に思えた。


なぜなら、レグルスたちの生活範囲は限られてしまったからだ。

ここが、国家規模なのか分裂組織なのかも分からない。その中核なのかも、そうでないのかも。



「………」

泣くことすら無謀に思われ、多くの場合誰もが押し黙っていた。



外交員たちの部屋は全員別々にされ、決まった時間に兵を間に挟んでしかミーティングもできない。レグルスは完全に個室になった。


彼女たちは、子供や女性たちの貞操を守るという、こんな水商売の世界でありえない約束をまた取りつけて、元からいた女たちのやっかみを受けているという。娼婦たちたちだけでない。ここには女性兵や女性幹部もいるらしく、ひどくねたまれているらしい。

けれど、レグルスは噂になるのが良いのか悪いのか何も分からない。そんな女たちに会える場所に行くこともなく反応が分からなかったからだ。


それに、時々、勉強を習いに彼女たちの元に自ら訪れる女性もいた。始終監視付きでレグルスは対応させてもらえなかったが、みんなでできる限りのことはした。




様々な約束が取り付けられたのは、レグルスたちだけの力ではない。

この集団の(おさ)が非常に信心深かったからだ。


彼らは基本宗教を嫌悪する。なぜなら、自分たちの思想こそが崇高。

それ以外は毒だ。宗教はとくに毒薬。自我のある自己形成と自由の入り口だからだ。


けれど、迷信や占いはやたらに信じた。


以前、この付近の建物を占領すれば莫大な富が授かると言われ、実際ここはたくさんの外貨の通過口になった。そのため、レグルスたち新しい住民を新たな運気と思ってくれたのだ。



アジア系の牧師たちは多くが星見や、先祖追いができる。シーキス牧師は混血だがアジアの血も強いし、元はアジア教会の所属だ。人物の星見はできなくても、霊視はできる。そして、風からその地の情勢を感知する能力を持っていた。風が運ぶ記憶の断片を知れるのだ。そのため、シーキス牧師もその長から大きな信頼を受けてしまう。


周囲もこの状況を放置した。

もともと正道教は中立のため各地でパイプ役として重宝されていたし、昔の旧教新教のように誰もが関わる、ゆりかごから墓場までの心の拠り所だった。なので好きにさせたし、中には牧師に相談に来る者もいた。人のどこかで、何かに寄り縋りたいときに、己を抱擁してくれる教えは無意識下で救いになっていたのかもしれない。

実際、正道教の牧師や宣教師たちがいる場所は気運が良く、冷遇したり不遇にさせた場合には勢力図が負に代わることが多かったのだ。


「我々が時の役目を担っているからだよ。だから天が、運勢が味方してくれる。それだけの違いだ。」

と、シーキス牧師は言った。



ただ、話していいことは決まっているし、基本決まったセリフ以外は答えてはいけなかった。


(おさ)以外には。




***




どれほど時が経ったのか。




静かに入出すると、その女性は黒板の前に立った。


頭から全身を覆うように布を被り、もう誰も彼女の顔も髪の色も覚えていない。


いや、覚えていてもそれは言ってはいけなかった。彼女はどこかに消えたのだ。そういうことになっている。その女はそれでも気丈に教鞭を振るって数学の授業を始めた。


そこにある教科書やノート、鉛筆たちはかつて……誰かが商業に乗せて外部国家から運んできたものであった。そのノートを運んできた彼を思い出しつつも、レグルスはその名を口にはしない。



元いた場所のリーダーの一人、カラの夫ジークアは、実はそれなりに名の知れた男だった。

ギュグニー一国の元幹部で非常に強かったらしい。その男たちが作った集落は、物質的には恵まれていなくても高度な規律の中で動いていたのだ。現在ギュグニーに4つある中心国家の首都よりも、こんな荒野と山里の集落の方が人を引き付ける何かがあったのだ。


そして、男たちはやはりジライフから来た女たちを欲しがった。


彼女たちは、カラのように誰が見ても美しい、目を引くというタイプの美人ではなかったし背丈も体型も普通だ。でも、彼女たちは誰よりも高貴で美しく見えた。

子供だったロワースの娘ロワイラルはしっとりとした少し儚げな美人に成長し、もう一人のタイラはすらっと背が高くクールな感じが目を引く。


それから、彼女たちから教育を受けた女たちも注目を浴びていた。



レグルスはあまり誰かと話せない中でも、どうにか彼女と子供たちを守ろうと考えた。


ここの長の信仰深さを利用して、不貞をした時の運気の傾きを教える。まず既婚者に手を出してはいけない。それから子供の貞操を守らなければならない。でなければ、ここで得た勢いを一気に失うと。それは遠回しの脅しであったが、宗教論では当たり前の事実だ。


不貞をし、性を犯せば、この時代は前時代前よりもっと早く気運を失う。


そう言いながらレグルスもシーキス牧師も、こんな娼館で今更何を自分たちは語っているのかと笑えもし、自分に呆れもしたがそれでも真実味を帯びて話した。




実際、この建物の霊性の扉は開いたのだ。



人は()()()()()で新しい運勢を背負う。



この地で宗教論は語れないが、この組織の者は不貞や性を犯すことは運気を失うことだと知ったのだ。


そこには運勢の責任が伴うようになる。


二百、三百年よりもっと前の時代に妾も側室も駄目だと言っても無理であった。病気、争い、飢餓、天災。何かあったらあっけなく血も民族も途絶えてしまう。けれど今はもうそんな時代ではない。

自分たちは妾や愛人をいくら作ってもいい数百年前の人間ではないと知ってしまったのだ。


時代が『本来の神の形』に戻っていく、時の流れを知ってしまった。


もうその、最終段階の時代、「千年王国」の時代に生きているのだ。本来なら。



(おさ)はポイントポイントで呑み込みが早く、自分がこの地位を得るうえで、様々な死線や不義のギリギリを越えてきたことを知っている。今回の襲撃で、改宗したたくさんの女や兵士たちも殺してしまった。そんな正道教の女性たちを殺し拉致したことも恐ろしく、せめて最低限のことはしようと約束したのだ。



長はうまくレグルスたちの話に乗ってくれた。

信じたのだ。


過剰なほどに。



たくさんの身内の殺傷を繰り返し、裏切り裏切られ、やっと得たトップと安住の砦。

ここを失いたくない。


それはもう妄信的に、物欲や性欲を上回る勢いで信じた。

自分たちが追い込んだ、殺した霊に今度は自分が追い込まれ、そこから逃げきるように。





ここでは、宗教論や神論、一般思想はもちろん、社会や歴史、地理も教えてはいけない。

一部変更した啓蒙思想はよいが、その近似論や対比論を教えてもいけない。思想や世界には広がりがあることを教えてはいけない。


彼女たちの心の拠りどころであった聖典も燃やされた。




――




『レグルス。ジークアは今、聖典も読んでるの。まだ新約の最初の章だけどね。』



姉、カラの落ち着いた声がどこかに響く。

ジークアもこの声が好きだった。



上の姉の声を聞いたらジークアたちは驚いただろう。長女の方が少し低く、姉二人の声はとても似ていたから。


『でも、読むのか嫌なんだって。』

聞きたい?と姉が笑う。


『「右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい」って、書いてあるから頭にくるんだって。』

ハハハとレグルスも笑う。姉が笑うのは久しぶりでうれしい。

『「愛しなさい、赦しなさい」って、殺されたいのか?って怒ってた!「与えなさい。この小さな胸が痛むほどに」のところは、騙されて終わりだろ?せめて交渉しろってっさ。』


『「過ちはあなた方の中にある」って……、

あんまりいろいろ言ったら頭を抱えてしまったの。』


突然……カラはどこか遠くを憧憬する。忘れられないオキオルの襲撃。

両親や姉だけではない。両親が守らなければならなかった同僚たちも死んでいった。


『私って意地悪かな…。』


『………。』

レグルスは仕方なく笑う以上のことができなくなった。


けれど笑う。

おそらくジークアはその意味が分かっていただろう。


遠回しにカラが聖典の句説から、自分をわざと責めていることも。

その聖句の本質的な意味も。



最後にカラはジークアを責めない。


聖典はいつも、自分に向けられたものだから。




***




この建物にも、部屋の外にも、そして中にも………銃を持った兵士たちがいつも待機している。



どうにか説得して、子供たちは日光浴や運動が必要だと建物の外で運動をすることを許された。



稀にだが彼らは発砲することもあった。それは、本当に稀であった。なぜかと言えば、ここにはこの部隊の一味と女子供しかいない。仲間内の喧嘩くらいしか争いはなかったし、起こっていることは伏せられていた。



レグルスとその女たちは、囲われるように身も隠された。


地味な色の長い布を頭から被せられ、男たちの目から距離を置くようにされる。その布は、いつかの昔に様々なところから拉致されたり殺された女たちの遺品であった。ユラスのルバや、その他の伝統衣装、既製品の大判のストール。ルバは日除けや寒さ除けに現代でも頭から被って使う人がいて、前の集落で様々な巻き方を教えてもらっていたのですぐに馴染む。



小さな少女たちも同じように頭を覆わせた。

けれど、レグルスたちもそれには安心した。誰もが美しく、ここの誰にも晒したくなかったからだ。


ギュグニーを出るまでは。



まだ未成年だったロワイラルたちも地味なルバを被っていつも身を伏せた。




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