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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十七話 アンドロイドも結局は女

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34 全ての合間で過去を見る



「蟻地獄」


自分がどこに消えるのかも、自分がもう歩けなくなっていることにも気が付かない流砂のような渦の中。



物事が思い通りにならない小さな怨み。


理想を叶えられない上部。完璧を求めすぎて誰かの小さな隙やミス、人間性を許せない。そのむず痒さゆえに、苛立ちゆえに、怨みゆえに、自分こそが至高と思う。

欲望や欲情もついてくる。


彼らもまた、信仰の真の意味を忘れてしまった。



たくさんの律法や教理で埋め尽くされようとも、

自由時代に至ってまで最後に残った要点は、『愛』と『赦し』であったのに。




そして、試されるように、納得できない感情が湧く。その小さな憤りや欲を北方国家が煽ったのだ。


それに、彼らは非常に優秀な高位聖職者たちや学識のある者、それに従った者たちだった。

だからこそ狙われたのだ。その芽を一番最初に叩きつぶすように。




「…ギュグニーは優秀な人間を集めては潰す、蟻地獄のような場所になってしまったんだ……」

「………」


蟻地獄…。

シャプレーに言われてファクトは思う。

「アーツベガスも、大房民に『蟻地獄ベガス』って言われます。」

「…………」

蟻地獄のせいで、壮大な話が一気に大房レベルに戻ってしまったファクト周辺であった。




「ギュグニーは引き寄せるんだ。人の中の不満の一点を突いて…」


大房民に蟻地獄と称されている話を無視して、シャプレーは話を進めた。

「……。」

ベガスが蟻地獄と言われる所以(ゆえん)をきっとこの社長は理解できないだろう。響さんがかわいいというだけで、数人の男がホイホイついてくるのだ。世界が違い過ぎる。


そして一息して、答えを言った。

「…そうだな、正解だ。バナスキーはギュグニーから来ている。」

「…バナスキーさんって言うんですか?」

「…ああ。」


「……けれど、バナスキーは過去の記憶がないんだ。」

「…っ?」

シャプレーがそんなことまで話してくれるので少し戸惑う。

「ギュグニーにいたという記憶はある。でもその前がない。正確には記憶があるのは15、6歳かららしい。」

そんな、不安定な人間を被験者に選んだのか。少し不思議だ。


「実際、脳の一部が欠落している。」

「…?肉体的に?」

「ああ。事故か意図的にかは分からないが、連合国に入った時にはすでに手術が済ませてあった。」

シャプレーは窓の外を眺めたまま話す。もともと怪我をしていたのか、既に何かの被験者だったから使われたのか。


「彼女は血縁ではない兄弟と一緒にここに来た。向こうの生活で疑似家族を作らされ、数人で組にさせられていたんだ。」

なんだそれは。恐ろしい。ベガスで、子供たちが「みんな家族ー!」と言っているのとはわけが違う。

「…いいんですか。そんなこと話して…。」

いろいろ知りたかったのに、逆に不安になってくる。


「もうバナスキーはいつまで持つか分からない…。」

「………」

その言葉はファクトでも分かる。寝たきりのままで、もういつ死んでもおかしくない…ということだろう。


「彼女はチコと同じ、北西部からの最初のギュグニー脱出者だ。」

「?!」


一瞬空間が止まる。


「……なら、チコの子供の頃のことも、もしかしてチコの母親のことも知っているんですか?」

もし一緒に脱出したなら、同じ所にいたのか。それともどこかで迎合したのか。チコは最初の時点で素性が不明であったが、チコの面倒を見て共に脱出したお姉さんが存在していたことと、チコを引き取った国の公的機関の証言が残っていたため、後でいつの脱出者かが明らかになっている。


そう、獣道を通しただろう人間以外の、記録に残る限りの最初の脱走者だ。



運のいいことに最初の脱出者たちを保護したのは、左傾国家だったが比較的中立の傭兵集団だったのだ。ギュグニー周辺もまだ国境付近が整備されておらず、ユラスも揺らいで無法地帯だった頃だ。


「ギュグニーを脱出した時点で、軍の話だとチコはまだ3歳ほどだ。チコには記憶がないらしいが、バナスキーは脱走の頃のことを覚えている。バナスキーの記憶では、チコはたくさんいた子供の中一人だろうと。脱出の時は灰で髪色を落とされていたが、明るいブロンドヘアの子がいて目立っていたらしい。」

ギュグニーはヴェネレやユラス、アジアとの混血も多く、濃く深い髪色が多かったそうだ。子供たちはお互いの名前も歳も知らなかった。知っていても呼び合ってはいけなかった。

「……。」

今度はファクトが息を飲む。



「ギュグニー生まれ?拉致された人とかでは?」

テニアの奥さんがジライフで拉致された外交官だったなら……その一人では?と思う。そうでなくても拉致された人は多い。外交官だとしたら、他にもそのクラスの人間に同じ身の上があったかもしれないのだ。いくらギュグニーでも、連合国行政管理下の中に入り、命を犯してまで誰でも彼でも人を拉致するわけではないだろう。意味があれば生かされていたはずだ。


「分からない。複雑な混血なんだ。そして……初めから顔を少し整形していた。」

「…っ。」

ショックだ。ギュグニーで整形したのか。まだ未成年だっただろう。かなりショックな話なのに、シャプレーは独裁国家では珍しくないことだという。逃げるにしても、騙すにしても顔を変えさせられる者は多い。国家機関やSR社でも身元が分からない……ファクトの考える範囲はおそらく初めから網羅しているだろうが、一応言ってみる。


「オキオル共和国の『外交官拉致事件』……知ってると思いますが、それでは?」

テニアの妻がそうだったとシャプレーは知っているのだろうか。なんとなく聞いてみる。むしろ自分が知りたい。そこに繋げたいのだ。その事件のことを、SR社はどう捉えているのだろうか。


「オキオルに派遣された外交官の故郷のジライフが、保守的な国で連合国の中でも生体情報を義務付けたのが遅くて、記録が残っていない。ジライフも移民が多かった国だから混血も多いしな。」

「…そうなんですね。じゃあ、バナスキーさんの記憶が辿れないと……」

記憶を辿ることができたとしても、目覚めて語ることはもうないだろうが。



「バナスキーは勉強をしていたと言っていた。」


勉強?


「ただ、勉強していたと。」

「?」

どこかで聞いた話だ。いや、どこかで見た話。



「ただ黒板に向かって。」


?!

ファクトは知っている。その風景を。

何かの核心に近付く。



「そして彼女は……教えていた側だ。」


教えていた側?!

まさか……と思う。


これは自分がDP層で見てきたもの。



自分と響だけが、そしてもしかして、シェダルも知っているかもしれない、

あの黒板。



ニューロス被験者の少なくとも三人。

チコと、シェダル。そしてこのバナスキーという少し年齢層の高い女性は同じ場所から来たのだ。


「社長、もう一度バナスキーさんに会えませんか?!」




***




そうして、訪れた彼女の部屋。


見たことのない付き添いの博士らしい人間が、二人同行していた。


ブラウンヘアの女性は眼球を動かすこともなく静かに横たわっている。

時々、床ずれ防止のために体の向きが変えられ、ジーと音がしながらベッド内のロボットが動いていた。音はワザと付けてある。


「バナスキーさん。」

一度上を向かせ、少しベッドの上半身をあげた。声を掛けながらファクトは昨日とは違って見えるその周囲に気が付いた。初めての時は、顔を確認することしか頭になかったのだ。


女性に考慮して香油が焚いてあるし、いくつか化粧品も置いてあった。よく見ると、その化粧品は使ってある。



ファクトは知りたい。

もう答えることのない彼女から、昔の話を。


ストレートのブラウンヘアなら初めテニアの奥さんかと思った。テニアは奥さんはブラウンヘアだと言っていた。そしてアジア顔だと。

でも彼女は奥深い西洋系の顔をしている。そして、寝たきりでいたため一見年齢が分かりにくく、チコの母親と言うほどの歳かは定かではない。若くも老けても見える。


「おじさん………」


テニアおじさんはどこにいるのだろう。

「電話は……できませんよね?」

「すまいないな。ここでは難しい。誰に?響史か?」

「響さんは今ちょっと……。他の知り合いにサイコスのことを聞きたくて……」

誰とは言いにくい。


「いいです。でも、……少し触れてもいいですか?バナスキーさんの手に。」

「……。ああ。」

少し考えてからシャプレーは答えた。


ファストは少し緊張する。


現在いくつかの義体は外したり簡易化してあるが、布団中でそれは見えない。バナスキーの四肢は右腕のみ肉身のまま残してあり、それをそっと布団から出してもらう。肉が落ちて関節がごつごつする、寝たきりの人独特の手にゆっくり触れた。

息を吸って吐き、そして声を掛ける。


「あの、バナスキーさん。こんにちは。聴こえていますか?」

「………」

3人はじっとこちらの様子を見ている。

シャプレーの話だと、脳も萎縮しているので意思が介在しているのかしていないのかも分からないと言う。既に条件反射すらない。寝たきりになる前から言葉も話せず、計算もできなくなっていた。



ファクトは集中する。


初めは体の反応があるか。

それもないと分かると、今度はその霊性に。


そしてファクトは気が付いた。


心理層でない。

霊性が何か反応している。


鮮やかなピンク………そして紫の光。


っ?!

チコ?テニアおじさん?




「あの、バナスキーさん。先生だったんですか?覚えてます?」

「…?」

ベッドの女性にいろいろ話しかけるファクトを、シャプレーと同行の2人は不思議そうに見る。

「黒板に何を書いてたんですか?三角関数?」


「あんな小さな子に、三角関数は難しくないですか?時々頭のいい子もいるかもしれないけど、だいたいみんなそうやって勉強嫌いになっちゃうよ?」


「バナスキーさんは、あのルバを被っていた人?」


ルバ?

シャプレーはファクトの声を聞きながら、何のことだと考える。最近頭からルバを被っていると言えば、公式の場に出るチコが思い浮かぶ。


けれどファクトはどんどん話す。

「なら、あの赤ちゃんを抱いていた人は誰ですか?あの人はバナスキー先生じゃないの?」

グレーブロンドの、シェダルを抱いて教室の後ろで座っていたあの人。

「?」

シャプレーたちは、ファクトが誰かの意識内の記憶を辿った経験を知らないので、話が呑み込めないでいた。



「宇宙の人、知ってる?バナスキーさんじゃないよね?

俺の事、呼んだ?」


今、機械に仰向けにされているバナスキーは何の反応もしない。


ファクトが突如バッと振り向くので三人は驚く。

「社長。心理層に入れますか?」

「ここで?」

「そうです。社長と関りのある人ですよね。」

少なくとも同じ被験体。体の中に『北斗』、もしくは『シリウス』も入っているはずだ。そのつながりでどうにかならないのか。


「俺も入れるけど、俺の場合どこに行くか分からないし、バナスキーさんの中に入れるのか分かりません。」

博士たちが驚いている。

「……何のことだ?」

DPサイコスターの話は知っていても、深みまでは聞いていないのか。


「………。」

シャプレーに戸惑いの顔が見えた。


「……行けるのか?」

「分かりません…。でも、もし心理層に現れたうちの誰かなら……」


チコたちと同じ場所にいた人ならば、辿れるのかもしれない。



シャプレーはこの大きな部屋のソファーに座り、ファクトもその向かいに座る。

「社長?」

博士たちが不安そうに見つめていた。

「大丈夫だ。第3ラボで何度か試している。先生たちはそちらのサイドにいてくれ。」


呼ぶと、外からスピカが部屋に入って来た。

「スピカ、私かファクトに何かあったら支えてくれ。」

「はい。博士たちもそちらに。」

「あ、ああ。」



シャプレーは少し腹式呼吸をして、瞑想をする。

それからファクトの中で何か空間が歪んだ。


そして来る。



あの、ガガガガガガーーーーーーーーという世界が横に回転していく感覚。



やはり見える。それこそまさに、ここのような荒野が。


そして世界がまた反転する。

ガガガガガガーーーーーーーっと世界が回り…


ファクトは知らない場所にいた。



あの、バナスキーを初めて見た時のように、

「知らない世界」に。




●黒板に向かう先生と

『ZEROミッシングリンクⅣ』6 あの日の黒板

https://ncode.syosetu.com/n0646ho/7


●シェダルを抱いていた人

探し中


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