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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十七話 アンドロイドも結局は女

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33 蟻地獄



ジリジリ熱い南メンカルの空港で、ある人物は青年と待ち合わせていた。

青年もその男性を見つけると、ホッとしたように手を振る。


「アリオトく~ん。君に先に会っちゃったらユラスの怖い人たちに怒られそうなんだけど~。」

「お久しぶりです。テニアさん。」

「アリオト君が一緒にいれば、ユラスに叱られなさそう!ずっと一緒にいてね!あの議長側近のメイジスってめっちゃ怖いもん。サイコパスでしょ、彼。

娘の方の側近、アセンブラ君だっけ?彼も怖いけど彼の方まだいい!」

と、会った早々しょうもない駄々をこねるのは、テニア・キーリバルこと『ボーティス・ジアライト』。


南メンカル西方の都市で二人は個室のあるレストランに入る。

テニアはチコの実の父、アリオトはニッカの兄でアジアライン共同体まとめ役の一人だ。




「元気でした?向こうではどうでしたか?」

「……。」

「仕事は言えませんか?」

「いや。普通に傭兵していた分は言える。解放後の仕事ができる奴は何人か見付けたけど、あっちの国はあっちの国で混乱してるから逆に来いと言われた。」

「ははは…」

解放とは独裁国家群キュグニーの事だ。


解放後に……まだするのかも分からないが、いずれにせよ人が抑圧されている国家はいつか弾ける。そうすればそれを放置した近隣国も被害を受けるだろう。



それに、これは実勢だけの話でなく世界の運気や霊性の話にも繋がる。



たくさん人が死に、たくさん圧迫され、たくさん怨んだ国の人々は、死んでからもその思いが残る。

そのまま土地に縛り付けられる者は近付いた者を引き込み、動けるようになった霊は国境を越えて苦しみの全てを晴らそうとする。


それは、自分たちの血と肉で楽をしている者やその血を流させた者へ憎しみ、もしくは理解されたくて同国、同郷、血縁関係、怨みのある者の周りにも流れていく。閉じ込められた国家だからと言って、そのままのわけがないのだ。



世界は関連のないものとは直接繋がらない。


とにかく何か一点、繋がりがあるものにすがっていくのだ。それがいつか、数百年、数千年かけて世界に広がる。人か、環境の器がいっぱいになるまで。



本来、最初は「アダムとエバ」「アベルとカイン」のように小さな一点で解決するべきだったことが失敗し、曖昧なまま時は過ぎ、子供が増え分かれて解決できないまま拡大していく。けれど拡大した分、人が増え土地も広がり猶予はできる。


神が始めの失敗を直ぐに罰せず様子を尋ねたように、事が拡大するまでには挽回できる多くの猶予期間があるのだ。


光にすら速度と時間があるように。


ただ人はその猶予期間をうまく使えず、数千年も持て余してしまった。そして猶予期間の多かった者たちは惰性と怠惰に流れ、いつしか精神の鋭敏さも失う。


だから『時』は、その中でも意思を捨てない者を見つけ出す。


過去に積んだものと、精神性や物質の恵沢。この天秤が都市や国レベルで振り子を変えた時………世界のパワーバランスが変わっていくのだ。





「テニアさん、これです。」

軽く食事をしながら一通りの会話が終わると、アリオトは妹ニッカから預かった小さな宝石箱を出した。

中には骨が入っている。


「……。」

テニアは何とも言えない顔でその箱を眺めた。

「どこかで鑑識に出したか?」

「…いえ。どうぞ、開けて触って下さい。」

「……」

テニアは珍しく緊張してアリオトと箱の中を交互に見た。


そして何か結界を張ると、しばらくじっと集中した。アリオトはあまり霊性の強い方ではないが一部の感知能力はある。テニアから鮮やかなピンクと紫の光が出ているのが分かり、はっと息を飲んだ。


テニアはそっとその骨の欠片を触る。


「っ?!」

一瞬、アリオトはバチっと弾かれたように感じるが、気のせいだったのか。テニアは何でもない顔でその小さな石のような骨を手のひらに置いた。


「………」

しばらく何も言わずに集中している。


「……トレミーか?」

そしてやっと口を開いた。

自分ではなく、誰かに語り掛けるテニアをアリオトは見守る。


「トレミー?君はトレミーなのか?」


その時また何か、パチンと弾けた。

「はっ!ダメだ……」

テニアは急にだるそうに椅子に姿勢を崩した。


「知り合いの女性かもしれないが、まだギュグニーは運気の塞がりや霊の壁が厚いんだ。霊通もあまりできない…。」

「…はあ、そうなんですね。…でもなぜその女性と分かったんですか?」

「…時々漏れるものはあるからな……。『伝い』になるものがあれば、ある程度は開く。…例えば血縁や親族とか、お世話になったとか。主従関係だったとか、郷土が同じとか、職場が同じだったとかでも…。だからといって全部繋がったりはしないが、特別な一点があればな…。」

「特別な一点?」

「例えば俺とアリオト君だったら、アジアライン解放とか。強く願っていたり意識していたりすることだ。意識下でも、無意識下でも。先祖間でもいい。」


「多分トレミーだとは思うんだが……。一瞬、髪の毛が見えたんだ…。」



あの、くすんだ色の、艶やかに弾むグレーブロンド。



アリオトはそこで気が付く。

「……獣道の前で骨になっていた…。」

「ん?」

「てことは…、その人は獣道を抜けられなかったってことですよね?」

国境の手前で死んでしまったので、そこで骨になったのか。

「……。」


「それとも四肢を失っても越えてきたのか……」


けれど、整備されていない環境で生きてきた二人には分かる。

これは四肢の骨ではない。おそらく胴部か頭だ。

肩や足の踵骨や船上骨周辺かもしれないが、薄目でサラッと面になっている。


「………。」

二人は何とも言えない顔でため息をついた。


「なんで妹さんはこの石みたいなのが骨だって分かったんだ?」

「石だと思ったって言ってましたけど?」

「あれ?そうだっけ?」

「……。」

「その骨を見た時…妹さんが国境越えを手伝ってくれたように思えたんだけど……」

そう、そんな気がした。


何か二人の記憶が混乱する。いや、妹と細かな話はしたことはない。

けれど何かが混乱する。


けれど骨を持ち出したのなら、女性は脱出に失敗したということか?この状態ならニッカが見た時から骨であっただろう。石と間違えたくらいだ。



…………。

違う……。何か違和感がある。


脱出をしたのか、既に死んでいたのか。



「何だろな……。

今となっては、弔いなのか安全を願ってなのか分からないけど…、トレミーのために少し祈ろう。多分…トレミーだとは思う。」

二人静かに、きっと亡くなったであろう彼女と国境を越えられなかった者たちのために祈る。


南メンカルの、青空と暑苦しい喧騒の少しだけ高級なその店。静かに冷房が効いた部屋に、今だけの小さな聖堂ができる。ただの傭兵やボディーガードではないのか。

テニアから強い気を感じる。


アリオトはテニアがバベッジ族長の血統だとはまだ知らない。けれど、テニアの世界にピンクと紫の不思議な帯を見出していた。



――祈りは無形の言霊だ。




***




広大なユラス東方の荒野。



「………」

ファクトからの、『ギュグニーから来た人ですか?』という質問にシャプレーが固まる。


ストレッチャー………今はベッドで眠るその人は誰なのか。


「なぜそれを?」

「チコやシェダルもギュグニーから来たからです。」

テニアおじさんもギュグニーを行き来していた。


「ギュグニーから来た人間にそういう素質があるのですか?」

兵士や強化ニューロス化の事だ。はっきりとは言われていないが、彼女は強化ニューロスの被験体であろう。

「…なぜそう思う?」

シェダルがギュグニーから来たとは誰も言っていないはずだ。ファクトはDPの中で見たのか。


「全然まともな教育のなされていないだろう国なのに、やたらみんな頭がいいですよね。なんというか、根の部分が。」

チコもシェダルも途中教育から、一般の有名大学のレベルをクリアしている。そして、勉学に秀でているということ以上に精神面が強い。あんないい加減で不安定な国の端っこで育ったであろうに。

情緒や状況や物事を組み取る柔軟性や理解性が高いのだ。ただ人がいいとかではない。意志が強いとかいうだけでもない。それ以上の何かがある。でなければ、一国の国家予算にもなるお金を一人に投入しないだろう。


「ギュグニーはもともと聖典信仰アジアのメッカだからな。」

「……。」

歴史で少しは知っている。まだギュグニーと言われる前だ。




アジアやユラスで彼らの聖典信仰や霊性勘が迫害されていた時代、国に居場所を失くした修道者たちは少し山脈寄りになるがそれでも盆地があり広い荒野がいくつかあるその地に影を潜めた。彼らは聖典における神的社会主義を訴えていたが、多くの人々はそれを他の主義と区別できなかったし、資本家たちも資産流出を拒んだ。


神が求めていたのは、初期旧約信徒のように全てを分かち合う世界だ。

たとえ何もない中でも。



彼らは苦難な生活と時の中にいつしか全てを忘れ、耐え抜いた自分を称え、自身を崇高な者、神を待つ者と考えた。神の意図の根本が分からなくとも、懸命に生きていたのは、自分たち篤実な信仰者だけではなかったのに。


神の願いは、聖職者だけに求められたものではなかったのだ。



なぜなら全ての人間は本来みな、『聖人』なのだ。

誰一人、例外なく。



真に堅実な者は現在の資本主義の行く道が、思想や発言が自由なだけで、物質的には独裁主義と変わりがないため、変えていかなければお互いに未来がないと訴えていた。

彼らの言い分は非常に高度だが、それを実践する者もそれを形にできる者もいなかった。

なぜなら世界大戦後にやっと手に入れ、200年近く恵沢を受けたこの文明社会のぬるま湯は、少しお湯を変えたい気分にはなるが、かといって容器全体を水から変えるには誰もが億劫だった。ちょうどいいお湯は出たくないし、底辺でなければ悪くはないし。底辺は底辺で希望もなく疲れ切って諦めていたからだ。


もう、この時代自体も老年期に入り、みな凝り固まって発想を変えることも嫌だった。





そして、理想郷の建設を求めてギュグニー来た者は一つ失敗をした。


先住民も信仰的で非常に希望のある地だったが、ここは世界の根幹を揺るがすことのできる都市ではなかったということだ。一部都市以外文明が未開で自然が厳しく、右往左往するうちに既に北方の勢力が入り込み始めていたのだ。


その上、圧迫に耐えられず、世界を変えたい願いを持つ者は先進地域から全部が引き下がってしまった。そこで内部分裂が起こり、さらに基盤が弱くなる。つまりもともと持っていた強力な先進地域への基盤を、全て放棄してしまったのだ。


ここで何か訴えても所詮、(はじ)き者の集まり。

この地に一つの理想国家を作ることもできただろうが、それには時代が遅すぎた。数千、数百年前ならイーストリューシアが、神が議事堂に立つ世界一の国家を作ったように理想を叶える基盤を作れたのかもしれない。


けれど、彼らの時代は既にもう地球全土で巨大国家が出来上がっていたのだ。どこにも隙は無かった。

彼らは、この時代を動かすのに必要である現実的な『力』を手放してしまったのだ。



光が集まる場所にカラスも集まるように、その内部に潜んでいた悪意が目を覚ます。



物事が思い通りにならない小さな怨み。


その怨みはあなたの中で、思ってもいないほどに拡張する。

知らず知らずの間に。



「蟻地獄だな。」

「蟻地獄?」

シャプレーの答えにファクトは顔を上げた。




●アリオトとニッカの骨の話

『ZEROミッシングリンクⅤ』70 女の骨

https://ncode.syosetu.com/n1436hs/71


●トレミーは妻の親友

『ZEROミッシングリンクⅤ』81 有刺鉄線の中の幸せ

https://ncode.syosetu.com/n1436hs/82



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