29 『私』に会いに
「………あの、社長。」
「……。」
「少し込み入った話がしたいのですが…。」
一旦休憩ということで部屋から出た時点でファクトはシャプレーに時間を貰った。
そう言って、リフレッシュルームの角に来る。カメラは動いているが、アナログな場所だ。
「なんだ?」
アイスコーヒーを貰ったファクトはお互い立ったままシャプレーと向き合う。
「………。」
スピカも少し離れた場所におり、考えてみたら普通の状況で二人きりでこの距離を取るのは初めてで緊張する。タラゼドが中ボスなら、シャプレーはまさにボスのボスという感じだ。スーツを着ている分、ヤバい組織の完全にヤバい人である。なぜ化粧品会社や生活用品会社の総CEOなどしているのか。むしろギュクニー最後のボスである。けれど、静かなところがリゲルやタラゼドに似ているので、その一点でどうにか話しかけられる。
「…あの………」
「………」
少しの沈黙が生まれる。けれどファクトはきっぱりと聞いた。
「『生きている人』は誰ですか?」
「?」
「生きている人です。うずくまったまま……」
「……。」
いつもの如くポーカーフェイスだが、一瞬表情が揺らいだ気がした。
「……カストル総師長が言っていました。ストレッチャーに寝ていたユラス人のような方は亡くなった人だと…。」
「………」
「お母様ですよね?」
シャプレーは何も言わない。
「なら、生きている人は誰ですか?」
「…っ。」
シャプレーはやはり無言で、研究所が見渡せる窓に視線を移した。
「……人の意識内だから世界は混濁しています。
母親だという女性、ブラウンヘアの女性、くせ毛や巻き毛や…ストレートの女性。」
「………。」
「その中に『生きている女性』はいませんか?」
「……さあ。
死んだ人も生きている人もいるだろう。今挙げた一人は本当に私の母かもしれないが、それ以外は何の話なのかも分からない。そもそも焦点がぼけている。生きている人とは?」
「…SR社で……生きている人です。」
はっきりと伝える。生きている人がいるならその人に会いたい。
「…業務内容は言えない。」
シャプレーは冷静に返した。
「行きましょう。その人に会いに。その人が言ったんです。『見付けてほしい』と。」
「っ?」
言ったのはシリウスだが、そこは言わない。はぐらかされてもファクトは迫る。
「行きましょう!」
ファクトは強くシャプレーの手首を引いた。クラズ並みに手がごつい。
敵に攻撃を受ける以外に、こんなことをされたことのなかったシャプレーは驚くがビクともしないし、スピカもまだ動かない。シリウスはまだラボの方で他の職員と話していた。
「ファクト君?どこに?」
そこに東アジア佐藤長官やその部下もリフレッシュルームに入って来た。
「ちょっと帰ります!」
「もう?噂のファクト君が来てくれたので、もう少しお話でもしたいな……と。」
「長官!これから僕たちは女性に会いに行きます!」
「女性?」
「…っ。研究所の女性スタッフです。」
シャプレーが咄嗟に言葉で遮って間に入った。
「え?あ、そう?」
社長のそんな様子を初めて見た長官が驚いている。
「じゃあ行ってきます!」
と言って、二人は外に出た。
ガラス越しにシリウスがファクトを目で追う。
笑いかけられたようにも、不安そうにも見えた。
目が合ったがお互い何も反応をせずにそこで分かれた。
***
外に出てシャプレーは姿勢を正す。スピカだけが付いて来た。
「どこに行く気だ。」
「第3ラボです。」
「何をしに?」
「いるんですよね。誰か。」
「いるが、機密事項もあるし人はいろいろいる。今第3ラボには寝ている者はいない。誰に会うんだ。」
「………。」
ファクトはもう一度姿勢を正してシャプレーに向きあう。
「他にもラボがありますよね。離れた場所……。地下、荒野…。ストレッチャー、子供………」
「……。」
「寝たきり。ウェーブのブロンドヘア。ブラウンヘア。ストレート…。」
シャプレーはしばらく何も言わないが、ファクトはとにかく思いつくものをあげていく。
「黒板、兵士……ルバ………」
「その人は……もう死んでしまうかもしれない……。」
シャプレーは、ファクトの言葉をただ聞いている。
ファクトも『北斗』以外、もう死んだのか生きているのかは知らないけれど。
けれどいる。生きている人が。確実に。
「…はあ…。」
少し詰まった顔をして…シャプレーはため息をついた。
それから少し離れてどこかに連絡を始めた。
「………」
ファクトはそれを黙って眺める。
正直、見て来たことを並べただけだ。関係があるのかないのかは分からない。でも、何かの根幹に触れるかもしれないから。そしてシリウスが響ではなく自分に頼んだということ。もしかして……心理層だけの話ではないのかもしれない。
戻って来たシャプレーが仕方なさそうに聞く。
「なんでそんな訳の分からない世界を見ているんだ。だいたい何の話なんだ。」
「…チコの心理層に入ったからかも。」
「……。」
これならギュグニーの記憶にも、SR社の記憶にも当てはまる。嘘は言っていない。
もう少し考えてシャプレーは決めた。
「…………そうだな。
少しだけ風景を見に行こう。」
「風景?」
そして信じられないことに、秘密を約束させられSR社の車と飛行機で一気に国境を抜ける。乗り換えの時にパスポートを表示。
……は?
信じられないファクト。
社長専用の車にSR社所有の飛行機。速過ぎてというか、窓の外も見えないので風景など分からないが、おそらく西に進んでいる。
『プライベートジェットでも音速越えるの?音速どころじゃなくない?妄想チームに教えてあげたい………』という速度で見知らぬ空港に降りた。
何ここ?
そして恐ろしいことに、外の風景が見えない。何これ。空港?
西アジアを越えて山脈も超えたので、国は分からないがユラス地方に出ているはずだ。
デバイスの位置情報を確認すると、表示不能になっている。しかもよく見ると通話不可。ただ、ファクトに連絡を入れた者には、通話不可ではなくただの不在着信になりメッセージも残せるらしい。飛行機内でスピカにあれこれ聞いてはいたが、すべて自動で行われている。飛行機内で正道教の牧師に霊性のチェックまでさせられた。変な霊を持ち込めないという。
そこで待っていた職員たちに様々な書類記入や生体認証などさせられ、その奥に入って行く。
「他言無用だ。いいな。」
「…あ、ええ。」
母や父にも?今までサイコスの中だけで、実体的には進まなかったことなのに、突然様々な扉が開き戸惑ってしまう。
「ファクトの両親もここを知ってはいるが、連れて来たことは今は言わなくていい。」
一応飛行機の中で聴いてはいたが、顔に出ていたのかシャプレーは付け加えた。
「サダルは知っているが、チコはここの存在を知らない。」
「っ。」
え?自分ここに来てよかったの?踏み込み過ぎた?と、焦ってしまう。かなり深みまで来てしまった気がする。
「そこのコーナーで少し待っていてくれ。そこにあるデバイスは使っていい。外部人用で内線とうちの商品情報しか映らないがな。」
ある扉の前まで来ると、その重厚な扉の奥にシャプレーは入って行き、しばらくしてから戻って来た。
「ここに何があるのか分かるか?」
そう聞かれて困る。
??ここまで来て、外れたら帰されるとか?
「ちょっと待ってください…。」
これに関しては焦って墓穴を掘らないように、少し精神を集中して祈った。
心理層の奥の奥をイメージして。
――シリウス。正直自分でも行き当たりばったりだから、これでいいのかは分からないけれど、ここまで来たよ。合ってる?
そして、持ち込みチェックをされて許可された、ほぼ落書きのメモ書きノートを見て必死に思い出す。サイコスの情報が書いてあるが、字も絵も下手過ぎて警戒されなかったのか。それとも専門外か。
ゆっくり答えを言う。
「被験者の5人のうちの…1人?」
「………そうだな…。」
ファクトは息を飲む。
SR社で5人と挙げれば、まず強化ニューロス成功体の事だ。一般には公表されていない強化義体。初めから強い人間を造るために手を加えられた者たち。連合国では禁止されていることである。
「会いたいか?」
「…っ」
正直会ってはみたい。ずっと気になっていたのだ。心理層の女性たちが誰なのか。そこにいる女性がそうなのか。
けれど、会ってどうするのだろう。
『見付けてほしいの…。』
と、シリウスに言われただけで見付けどうするのか。こんなまだ20歳にもならないただの大学生にどうしろというのか。
世間にSR社が違法な人体実験をしていたと公表しろと?父や母の話だけではなくなってくるが胸が痛む。
シリウスはSR社の闇を暴こうとしたのか?
…違う。
それは違う気がする。それならいちいち自分を介する必要はない。そんな事チコも望まないだろうし、これだけ自身を律している人々が敢えてそれをしたのだ。何か理由があるのかもしれない。それに禁止項目と言いながら連合国そのものが関わっているだろう。
シリウスは『誰もそこに触れようとしないから』というようなことも言っていた。
「……正直手詰まりだったんだ…。」
目を逸らして、急にシャプレーが弱ったように言葉を漏らした。
「!………」
あまりに意外で、思わずその顔を眺めてしまう。
「だいぶ経ったからな。いつまで持つのかは分からない。」
そして扉を見る。
「行こう。最初に入る時にもう一度細かい認証が要る。」
ファクトは持っていたカバンやデバイスを全て入り口に置き、もう一度生体認証などを行った。
シャプレーもいくつかの照会をするとその自動扉が開いた。
その奥にも扉がある。
「……。」
胸が高鳴る。
サイコスでチコの、シェダルの中に入ってもうあれから2年?もっと?
誰だろう。
宇宙の人?
シェダルを抱いて黒板のところにいた人?
本当は『北斗』が生きている?
そして驚いたのは、開けて出てきた場所は地下かと思ったら、日の入る空間。
普通の高級層の病院というのか、別荘のようなキレイ部屋だった。ガラス張りの窓もある。よく見ると風景が見渡せるわけではない。おそらく地下階層の建物中にうまく日が通してあるのだろう。窓の外には樹々があるがずっと奥は壁だ。
シャプレーはどんどん歩いてく。
思った以上に広くいくつかの部屋があり、まだ行くのかなと思ったその奥で止まった。
「ここだ。」
もう一度シャプレーが照会をするとスーとまた扉が開く。
さらにその奥に歩いて行くと………
あった。
ストレッチャーというのか、介護ベッドが。
誰かが寝ている。
しばらくそのベッドの中を見ていたシャプレーがファクトに振り向いた。
「?!」
思わず緊張する。
鎌を掛けただけなのに、ここまで来てしまった。
「いいんですか?」
「ああ。会ってあげてくれ。」
「………」
ファクトはゆっくりベッドに近付いた。
●『私を見つけて』
『ZEROミッシングリンクⅥ』65 金色の涙
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