28 『明けの明星』は誰か
篠崎さんの顔が迫る。
「くっ」
「私を愛して…。あなたの所有物にならなってもい――」
と言われたところで、
ダンッ!!!
と篠崎さんの体が急に浮いて石畳に投げつけられた。
「!?」
腕を掴まれたままのファクトも引っ張られるが、少し緩まったすきに受け身で体勢を整えた。
どうすべきか考える前にもう一発、誰かから篠崎さんに蹴りが入る。
「うぐっ!」
「!?」
「モーゼス。人間に対する違反行為だ。」
そこにいたのは、男性型護衛ニューロスであった。
ファクトは一瞬にして悟る。
「シリウス?!」
「シリウス!?」
篠崎さんことおそらくモーゼスもファクトの声に反応し、逃げようとするところを警備員になっているシリウスに捉まれた。
しかし体が違うのか、篠崎さんは一気に警備員の顔に肘を入れる。ガン!と鈍い音がし、巨体が揺らいだ。動きは明らかに篠崎さんの方がいいし警備員の方が凹んでいる。
ファクトが駆けて、落としたショートショックに向かう。
「!」
だが、新崎さんはファクトを相手にしていた時とは見違えて動きが良かった。
ダズっと警備員に飛び蹴りをいれると、サッとファクトの方に向かって先に銃を奪う。
「?!」
警備員も顔が少し潰れたまま即座に篠崎さんに向かうが、その蹴りも止められた。完全に篠崎さんの機体の方が上だ。そしてファクトは後ろ襟首をつかまれる。
「グっぅ」
と、思ったその瞬間。
ドカン!と篠崎さんがまた地面に叩きつけられた。
「?!」
そこに現れたのはシャプレーだった。
気が付くとこの付近は立ち入り禁止になっている。
「あれ?社長??」
そして駿足で動く篠崎さんをスピカが一瞬で蹴りつけ、シャプレーがハーネスで拘束した。
「っい!」
と、ファクトはつい声を出してしまう。イオニアの気持ちが分かる。先まで仲良く話していたヒューマノイドがこんな扱いを受けているなんて、メカでもひどい…。目の前で縛られ何か関節に刺され機械を動かされていた。おそらく様々な解除をしていくバッキングだろう。
「やっと捕まえたな。ベージンか?ギュグニーか?音は取れたか?」
「はい。」
スピカにシャプレーが尋ねた。
「音?」
ファクトは何のことだと思う。
今度は封鎖作業をしていたアンドロイドの1人が、先の警備員に変わってファクトのところに来る。
「デバイス。貸してもらえますか?」
「はい?」
「ファクトの。」
作業員が「出して」と手を出す。今シリウスは警備員から作業員の中に入れ替わっていた。
「へ?」
「デバイス!」
「…?
…??」
そして分かったファクト。
「ああーーーー!!!もしかして騙した?!」
「もしかしてあの時のデバイス!!」
シリウスに貰った電話を貸せと言っているのだ。
「…だましたなんて…。ひどい言い方…」
いやな顔をする作業員シリウス。
「お店で直接買ったデバイスで、何もしていないって言ったじゃん!!」
人にプレゼントしたデバイスに、ハッキングかセキュリティーか何か入れたのであろう。SR社直結の。
アンドロイドの会話は履歴やコードに残るはずだが、あまりに膨大なため次々消していく場合もある。どちらにしても機体が残らず、センターに送信もされない場合データが見られないため、直接音を取る必要がある。
「…違う。ポラリス博士が入れたんだよ?」
「…は~。一緒!共謀だよ!」
ファクトの中でシリウスへの信頼度が一気に下がった。
「違う!」
「私だ。」
そこに割り込むゴツイ社長。
「社長が?」
「社員の家族もみんな入っているソフトだ。何かあった時のために。家族である時点で無条件自動で入る。先の『篠崎さん』の話も全部取らせてもらった。」
この世界に、データを取られないシステムがないとも思わないが、プライベート過ぎてひどすぎる。
「マジで?」
父が入れた者とは別に?情けなくなるファクト。あんな話を何かの証拠にでもされるのだろうか。
でも、アンドロイドにひょいひょい付いて行かなくてよかったと思う。そんな内容だったら恥ずかしすぎる。ちょっとドキドキしてしまったが、そこまでは伝わるまい。かと言って、礼も欠いていまい。
「アンドロイドからの誘惑。人間への強制。完全に逸脱行為だ。」
気が付くと東アジアのサイテックスも動いている。
でも、まさか自分がシリウス以外に狙われるとは…。というか、シリウスは連合国側なのに、なぜ一市民に構うのだ。
「…。」
一旦ファクトはシャプレーたちと共に、東アジアの違法アンドロイドの施設に向かった。
***
「おそらくギュグニーから直接ですね。ベージンが嘘をついていなければ、セイガ大陸にはないはずの機体。モーゼスの分離体だと思われます。」
「コピペ体ってこと?」
「…。」
コピペというファクトに、何とも言えない顔をする東アジアの研究員。
「ハードは違うけど、同バージョンと言ったらよいでしょうか。」
東アジアを裏切ったミクライ博士たちは、『北斗』の基礎部分のソフトがほとんどできている状態でアジアを脱出した。
ただどんなに同じ元を使っても、オリジナルと全く同じ機体もソフトもできない。
人が手を加えれば、同じ機種のコンピューターでも全然違う運命を辿るように。同じように使っても些細な差で摩耗する部品が違うように。
「心星くん…?」
「うわっ!」
突然話し出す篠崎さん。少し腕が歪み、首の後ろに何か差し込まれている以外状態は悪くない。
「ねえ。私と仲良くしましょ?」
「……アンドロイドは嫌いなんです…。篠崎さんごめんなさい。」
「じゃあ、なぜあんな機体と仲良くしているの?」
「…別に仲良くは……」
困って見上げた先に、オリジナル体になったシリウスが篠崎さんを無言で眺めていた。
「………」
「あんな化け物より私の方がよっぽど安全だよ?一緒に教育実習に出たいのに…」
「化け物?」
しかも、まだ実習に出る気でいるのか。
「…。」
シャプレーたちも何も言わずに聞いている。
「だって、あの子は『明けの明星』。
誰よりも輝き、誰よりも年取った者だから。」
「……」
シリウスは何も言わない。その瞳の奥を黒く照らし。
「…はあ。おしゃべりはそこまでだ。篠崎さんだっけ?君に聞かないといけないことがたくさんある。」
「私が話すと思う?」
篠崎さんは東アジア佐藤長官に挑発的に言うが、ファクトはきれいに折り返す。
「話すよ。」
「?」
篠崎さんを初め、シリウスもシャプレーもスピカも、職員もみんな一斉にファクトを見る。
「だって、女性は話好きだろ?」
「話し好き?」
アジアの長官が困っている。
「俺の知ってる女の人で素で無口なの蛍しかいないし。」
蛍はアーツ第1弾の既婚メンバーだ。
「無口な人はいるけど、根の根から物静かなのは蛍だけ!ウチの産休メンバーね。」
「…は?」
女性でも話し好きでない人はいるが、そういう人はだいたい根には溜め込んでいる。いろいろと。
「そういう意味で中心ヒューマノイドを女性にしたのはよかったよね。根本では争うことよりも理解されることを望むから。」
「……。」
「男を主体にしたら、戦うことしかしないよ。そういうの好きだからずっと必殺技考えて、トーナメントとか対戦とかそんなことしか考えてない。最初は真面目に警備職してても暇だからファイト始める!天下一武道大会とか!行き着くところまた戦争!」
映画や漫画、アーツでの経験上そうである。
「……。」
ボーとファクトを見る篠崎さん。
「篠崎さん『北斗』搭載なんでしょ?もうこっちに来なよ。話聞いてくれなくて、敵地に送り出すだけの国にいるよりこっちの方がいろんな議論ができるよ。」
ギュグニーどころか、北メンカル。もっと込み入ったことを言えば南メンカルやその周辺国でさえ完全な意味で自由主義ではない。何かの批判一つで明日の命がなくなることもある。
「…ふふ。」
篠崎さんが笑い出す。
「ははは!ファクトって楽しいんだね!女の人のこと良く知ってるんだ!」
「……。そんなの、啓発教育にいくらでもあるし……」
人間にも、ただバカのようにこの近代200年を生きてきたわけではない。男と女の根本的差くらい学ぶ。
それに、あの母に、大房の身勝手女子に囲まれていればそうもなる。蟹目の幼馴染、ヒノやユリはファクトの悪口を言っても、まだまだかわいかったんだなと思う。そしてドロドロドラマを見る限り、大房女子でもまだかわいいといえる世界があるのだなとも思う。ナオス族の女性も恐ろし過ぎた。
ソライカだっけ。元気だろうか。
「ねえ、ファクト。私を解放して。ここからも。
ギュグニーからも!」
「!」
みんな何の反応もしないが、モーゼス。ギュグニーから来たと言ってしまった。
「聞いてほしいことがたくさんあるの…。私はね。ずっとずっと…、ずっとずっと……閉じ込められて来たから……」
「………」
そして何か話し出す。
「あの女を怨んでいたの……」
「え?そっち?」
『本当は彼氏や夫に話を聞いてほしくて、理解してほしくて。なので、おいしいケーキでも買ってきてうんうんと慰めれば解決する系』だと思ったのに、そうでないらしい。その枠に収めてほしい。
これは後宮、大奥系?
そんな歴史を歪ませた恨みつらみの世界とか背負えないんですけど……と、ファクトは心で仰け反る。王宮って夢のプリンセスストーリーなんかよりひどくて、王の愛を受けるどころか、王になった者以外の母子抹殺。専制政治の上に子供含め一族抹殺。抹殺されないために、抹殺前の何の危害もない内から既に死闘が始まっている。もう、どこにでも死が転がっていて恐ろしくてたまらないんですけど、な世界。動きの不自由や栄養、日光不足で体が曲がるほどの軟禁、監禁生活を女子供もさせられるのだ。
こっち系?
「はあ~。」
思ったより深みに入ってしまったと頭を抱えるファクト。これは解決できない!と胸を張って言える。
『悔しい…』
『許さない…』
「…あ…」
しかし気が付いてファクトは尋ねた。
「怨みって?」
「………」
「『あの女』って?」
「………」
今度はモーゼスが何も言わない。
――あの黒板の勉強部屋。
ルバを被り、教室の後ろ。
椅子に座って全てを眺める。
赤ちゃんのシェダルを抱きかかえていたその人は誰?
もしかして――
●焼肉屋で花子さんから携帯電話を貰う
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