25 土地の刻印と、そして次の時代に
だいぶ修正したので、昨日投稿した話を再投稿しました。読んだ方、ごめんなさい。
また、過去の小説に行がごっそり抜けているものがあり、そこも修正しています。以前のPCの入力設定が普段使い慣れないものだったため、おかしいところがまだたくさんあるかもしれません。すみません。徐々に直していきます。
『君たち。私の成果を見たか』
と、ユラスからラムダのデバイスにメールが入っている。
『今日もご隠居まっしぐらだったウチの姫をお天道様の下に担ぎ出したのは私』
ファイからこんなドヤ顔メールだ。
「…あいつ……。」
「いまいちだって返信しとけ。」
「貸せ。俺がする。」
「星1つにもならんと書け。」
「明日にはユラスの砂漠で干物にされている……と。」
ユラスには砂漠も岩場もある。
現在、ファイはユラスの迎賓館や議長邸の裏側の超重厚な準備アンド控室にて、破格の待遇で付人をしていた。
「ちょっとチコさん!もう少し顔出しして下さいよ!せっかく美しく仕上げたのに!!」
「は?うるさい。」
女性の従者と戻ってきたチコは今度は四族長族間の食事会になる。
「あんたのコスプレ知識が役立つとはね…」
一人じゃイヤだ、ころされる!と泣くのでリーブラも付いて来ていた。
「特殊メイクだってば!」
ファイは特殊メイクだけでなく、演舞や舞台用の王冠や武器、小物などを作る専門学校に行っていた。アーツに来るときに休学してそのままやめてしまったので、卒業はしていないがいろいろできる。
『あなたのその図々しさで、チコ様をどうにか社交界デビューさせて下さい』
と、ガイシャスだけでなくカーフ母のカイファーにも頭を下げられたのだ。
このまま期待を裏切ったらアジアラインの山脈に捨てられると恐れたファイは、ユラスに行くまでの飛行の間にどうにか知恵を縛って、女性らしいふるまいに慣れていないならいっそうの事かっこよくしてしまえと提案。
保守や年配者に悪目立ちさせたくないユラス側の思いもあったが、前衛的女性ではなくユラスの兵士として恥ずかしくない出で立ちなら受け入れられるのでは、と話してみたのだ。
そして、衣装室の宝庫から鳥の髪飾りをファイが選び、専門の職人がその指示に従って髪を結った。
宝庫にある物にはそれぞれ意味があったが、指示された場所のものなら何を選んでもいいと言われ、ファイなりにエリスのマネもして祈り、慎重に選んだ。
ユラス人も含めて、ナオス族族長の衣裳部屋に一般人が入るのは初めてだという。リーブラと息を飲んだ。
そこで目に入ったのは宝石をつけないない金や銀細工。
たくさんの鳥が舞う髪飾りだ。
頭の後ろから付ける物。
どこに飛ぼうとしているのだろう。
ユラス大陸は広大なため伝統衣装も様々。チコたちはアンタレスではよく北方の伝統の騎士服を着ているので、それ寄りにすれば問題ないだろうと衣装もそのように着せる。
チコもそれなら抵抗が少ない……
………わけがなく、ルバを被っていればいいと言い切ってケンカもし、ファイとリーブラで「きちんと役目を果たして、また遠征行きの切符を得るんだよ!取引すんの!」「大丈夫!1回インパクト付けとけば、後は話が一人歩きするから!」「リギルがユラス議長夫人見参!とか勝手に流してくれる!」「リギルの動画に仕事させる!」と、言いたいだけ言って推し進めたのであった。
なお今、リギルは動画を更新していない。シャウラに優しく叱られて休憩中である。
「今度はマスコミに晒すわけじゃないですから、もう少ししおらしく行きましょうね。」
そしてチコはルバを掛けてはいるものの、その日の晩餐は黒を基調にしたマーメイドラインにオーバースカートを被せた洋装で初めて参加したのであった。
「今度は前髪降ろします?」
「何でもいいよ。」
「チコ様に聞いていません。」
「………。」
カイファーは他の助手たちに聴いているのだ。
「はあ…。動画とか写真とか本当に嫌だ……。」
「何言ってんですか。チコさんキレイだからいいじゃないですか。」
「自分と格好が浮いている感じがする……。似合ってるのか分からないし……」
写真自体が嫌いだ。
「大丈夫です!動かないで。」
「……。」
イヤリングを選ぶファイをジ―と睨む。
「よし!立ってください。」
しぶしぶ立つ。
「こっち、もう少し押さえます?」
カイファーたちがドレスの具合を調整している。
「…はぁ……。」
「やめて下さい。辛気臭い。」
「チコさん、笑顔!」
リーブラがかわいく言うと、チコは不器用に笑う。
そして、がんばっている妻を見ても何でもない顔をしたサダルにエスコートされて、護衛と共に会場に向かって行った。
なお、おおむね好評だったという。
「……と言うわけでね、チコさんは私のおかげで遠征行きの切符を勝ち取ったの。分かる?」
チコは今、晩餐に出ておりファイとリーブラは控室でフルコースを食べていた。
『ふざけんな、ファイ。お前調子に乗るなよ。』
「覚えてる?ザルニアス家のお兄さんいたじゃん?」
ジョアの事であろう。
「廊下で口をあんぐりさせて見てた。ふふふ…。惚れてる、惚れてる。」
『だから何が言いたい。』
なお、晩餐のシーンは行政の専門カメラマンだけが入り、一般には公開されていない。ファイも会場の中までは知らないのだ。
後でいくつかの集合写真だけ公開されるらしい。
「このお肉めっちゃおいしい。牛?」
デバイスでアンタレスと話しながら食べていると、リーブラが横で聞く。
「マトンって言ってたじゃん。羊だよ。すごくおいしい。極上。ユラスって、丸焼きや削いだり骨付き肉かじるイメージしかなかったけれど、これはアンタレス倉鍵女子も天暈女子も唸る。うますぎ。」
『お前ムカつくな…。生きて帰って来られると思うなよ。』
『お土産肉にして。』
『ユラスからは持って来れねーよ。』
『ファイ~。チコさん綺麗だったよ~!』
ラムダだけがまっとうな感想を言っていた。
***
昨日、お昼の慌ただしいレセプションの中ユラスに飛び込んだ、ファイとリーブラ。
夫と別居しラベガスのこじんまりとしたマンションに住んで、アクセサリー1つ付けない普段のチコとは全く格式の違う世界に来てしまった。
本来チコの生きる場所はこういう所なのだ。
一度議長邸付近を出てしまうと、一般人とサダルたちは全然違う場所の人間だと実感する。議長邸付近には一般車両は近付くこともできない。彼らと気軽に話しているベガスでの距離感はそれほど特殊だということだ。
それに正直、ユラスの式典は雰囲気があまりに怖く、ファイは近付きたいとも思わなかった。一見柄の悪い客が行き来するアストロアーツの元接客バイトらしく、リーブラはこういうことには度胸があり、会場観てみたいねと言っていたが、画面越しで十分である。とにかく男性が多く雰囲気が重くて怖い。西洋とも東洋とも違う重み。
この中をチコは生きてきたのかと、考えてみるだけでゲッソリする。
全日程が終わってから、議長邸近くの高級ホテルのセミスイートに泊まらせてもらい、次の朝は時間が勿体ないとホテル内を堪能するために早めに起きた。重厚で、でも西洋とは違う装飾。そして質素だが素材のいい朝食を堪能してから、ユラスの女性が案内をしてくれ周辺の観光をさせてもらう。
ユラスは東アジアと違って荒れた平地が多い。
乾いた地。乾いた風。
ユラス教元聖堂の上階に上がり、首都シェアトの街を見渡す。
「平地感が凄いね。そこはベガスに似てるかも。」
首都にしては高層建築が少ない。
「教会みたいなのも多いね。」
付き添いの女性が説明してくれる。
「昔の聖堂は、男性しか入れなかったんです。」
「へー。」
不思議な感じだ。今は御前に失礼な格好でなければ、女性の出入りも自由。きれいなモザイク張りの壁も、幾何学のステンドグラスも写真に撮らせてもらえる。
「サダル議長が正道教に改宗された時に、女性にも聖堂を解放したんです。反発もすごかったけれど、聖典からきちんと引いて時代の変わり目を説明されて、神の前には夫婦、家族で礼を捧げ、女性も家の奥から出て牧者にならなければならないと言われて。」
ナオス国家は世界一とまでは言わないが強い男尊女卑社会であった。ただ、昔から高等教育までは全ての人に習わせているし、女性も相当強い。
オミクロンは早くから女性にも門出を開いていたため、オミクロンと協力したサダルに若者や女性たちが賛同したのも不思議ではない。
意外かもしれないが、そもそも宗教は人間の主義や文化など多くの分野で、世界的に最も先に自由が開花した分野だ。まだ専制時代の西洋内で旧教と新教が共存していたのだ。先進時代に入ってもここまで保守だったユラスは珍しい。
「サダル議長はたくさんの建物を破棄しましたが、いくつかの学習院や聖堂は守り抜いて、この建物もその一つです。ここは他の地域の細工も入っていて珍しい物です。内戦中も両者に掛け合ってお願いしたそうで。この一帯はそれで戦火を免れています。横の病院も……。」
ユラスでは、教会の近くに保健院や病院、学校を一緒に作るという。
祭司たちは大学教育まで受けているものが多く、彼らが神学や歴史、地理、公民だけでなく古代語から共通語や数学、物理も教える。そしてユラスは正道教と同じで、基本誰もが祭司を目指し誰もが牧者だ。追従だけでなく、いつが自分が指導側に回ることを目指す。
しばしそれは男性だけの世界であったが、サダルは女性にもその道を開いた。他の先進国の諸宗教より数代100年以上遅れた女性の解放であったが、ユラスの女性たちは既にその時代を準備して待っていたのだ。
首都再建の際は、軍費以外では教育に最もお金を投資したという。子供たちの三食は学校の食堂で食べさせ、家族が来てもよかった。インフラは、荒れ続けたユラスが、もう少し先進性を学び直して進めていくという事で、緩和な復帰になった。しばらくの間は住居地よりも教会と学校の建設、再建に尽力した。兵役の間も礼拝と学習をさせている。
「………。」
ユラスの風に当たってファイは不思議な気持ちになる。
ドシッとした石やコンクリートの建物。
自分の何倍も大きな石の街道。
広場を歩くと紛争の名残を伝える慰霊碑がいくつかある。
ユラスだけでなく、自由のために戦った連合国兵士や民間人の慰霊も込められているという。
モアの話だと、この首都から離れた近隣の地方都市でサダルメリクの母は連れていた子供と死亡している。
今は何もなく平和な都市に見えるけれど………こんな広大な街々をどうしたらコントロールできるのだろう。
どうしたらこんな中で小さな親子が生きてこれたのだろう。
何よりも、なぜこんな広大な街々が戦火になったのだ。
カウスの妻エルライが、チコに訴えるほど苦労した理由が分かる。
戦火の間は誰も平和を想像できなかったのかもしれない。
………それでも天を見る者は、真っ暗なその世界にすら、
見えない未来を託したのか。
きっと、たくさん、たくさん死んだのだろう。
ファイが生まれて大房で何気なく暮らしていた幼い頃から。
先出た聖堂の奥の方から、何か経文を読む声が聴こえてくる。
今は教会は他の場所に移り観光に開放している聖堂だが、ユラス教の人々がその中でもいつもお祈りをしているという。
『……なんでそんなものが欲しいんですか?ファンですか?』
頼まれものをされて、そうサダルに聞いたことがある。
『お供え物だよ。』
無表情なのに優しく言ったような気がして今それが身に沁みる。
「ううぅ……」
なんだろう。涙が出る。私には何も見えないのに、何も関係がないのに胸が苦しい………。
「ファイ?」
「…うう……」
「ファイさん?」
公園のあちこちで鳩や、見知らぬ鳥が舞ったり戻ってきたりしている。
でも朝の聖堂から子供たちの集団が忙しなく出てくると、バーと一斉に公園から飛び立った。
ファイはそこにうずくまってしばらく泣いた。
●プロポーズしたザルニアスのお兄さん。
『ZEROミッシングリンクⅢ』61 プロポーズらしきもの
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