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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十六章 世界は飛び交う、君の胸で

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21 誰もが聖典歴史のループの中にいる



「………。」


皆エリスの憤慨も分かる。


アーツも初期は大房でかなり馬鹿にされていた。奉仕活動に目覚めたいい子ちゃんだとか、ベガス教に洗脳されたとか、エコテロリストとか、あの肉食狂のような大房でベジタリアンとかビーガンとかパーマンとか、ユラスの地下組織やギュグニーに送られるとか言いたい放題言われていた。


ただ、やたら世間体を気にし、やたら自分の存在主張をする大房祖父母親世代と違って、今の下町ズたちは何か言われても「うるせーな」「黙っとけ」「テメーもクソだろ?」くらいの言い返しができるのでそこまでダメージは受けていない。少なくとも気の強い者たちは。


大房民はある意味プライドがないので、同じく大房民である相手の心変わりも早い。

ベガスの方が儲かると聞くと、散々バカにしていたのに「仕事紹介して」と言ってくる。地味ベガスだったのに、ちょっとかわいい子がいると「遊びに行くから紹介して」とか、首を締めたくなるようなことまで言ってきた。


それに大房民には自分の利を越えるプライドなどないのだ。意味のないプライドは持っているが、もともとそんなデカいプライドなどない。何せ大房民だから。




だがきっと、死者も出て、たくさんの人間が翻弄されたベガス構築で、世界の前線死守で、エリスやチコたちは想像もつかないほどの思いを通過してきたのだろう。


けれど指導者であり、牧師である限り『品行正方』はこちらに求められる。


不躾なことをしてきたのはどこかの牧師だったとしても、ベガスが大きな理念を掲げている限り、大人にならなければならないのはこちら側だ。



散々反対してきたのに頭を下げるわけでもなく、来て当たり前のように顔を出した者もいた。南海正道教教会を見学し、自分の席はここか?と執務席を指して言う、とんでもない元正道教牧師までいたのだ。

あいつらをどん底に貶めてやりたい。地獄に押し込めてやりたいくらいの気持ちだが、信仰者はそれではいけないので耐える。せっかく時勢時勢の世間によく思われる道を、復讐しない道を選ばずにここに残ったのだ。



エリスは様々なことを思い出し、それを全て聖典の中に落とし込む。


限界のある人の心の器ではできない。

その憤りを乗り越えられるのは、神の意図と道、無限の愛を知った心だけだ。



我々は誰もが、聖典歴史のループを歩んでいる。


どこかの時代の、どこかの誰か。


自分は英雄か、それに仕える役職だと思っている者が多いが、だいたいは時代に流される民衆であり大衆だ。憎しみで弟を打った者であり、気に入らないからと女子供を追い出した女であり、あの日、天を嘲笑った者であり、見栄えや飲食のために天啓や国を売った者だ。



それでも時代はここまでやり直しをしてきた。


憎しみながらも弟を認めたのか、例えそこに不信しかなくても精を尽くしたものがあるのか、他者ではなく自身が見誤ったと考えたか、一見闇に見える物の中に、涙の底に何があるのか見付けに行ったのか。



今、その『心の底の底に秘めている思い』が、蔑みか、怒りか、怨みか、憎しみか、

それとも……………




エリスの中で聖典旧約のたくさんの『王の詩』がこだまする。


『天は呼んでも答えない末の子を、いつも、いつまでも待つだろう。

あなたは私のいとし子なのだから。』


『兄よ。あなたは寝台を汚したが、どれほどの時が経ったのだ。

4千年の痛みはいつかそれを洗い流すだろう。あなたが主の涙と居場所に気が付くならば。』



いま起こっていることを神の思いの観点で読み取り、神の歴史を顧みる。




『朝から働いた労働者と、最後に来て同じように1コイン貰った労働者。それに不満をあげた朝から働いた者たち』

仕事に例えると理不尽だが、神の国の存在を知り、意図を理解して来てくれるなら、本来誰もがかけがえのない実である。


コンピューターを開発した人間が、後世の者がそれをより楽に使うからと憤るであろうか。憤るのはただ時代を時のまま受けてきて、更なる新しい世代に自分の成果を奪われている、追われていると思った者たちだけだ。本来の先駆者なる者は、自分の開発したもので、労苦したもので、人々が幸福を享受しているのなら、かつて想像した未来が広がっているとうれしく思うことだろう。



神は全ての人間が自分の身許に戻ってくるのを望んでいる。


人間の帰依、復活は、宇宙の価値に勝るのだから。




……と自分をいさめにいさめたのが、昨日のエリス。



なお、エリスの笑顔に潜む、攻撃色を察知するサーチ能力の上がったのは下町ズ。

「……昨日、ブチ切れていたのはそれか。」

「よく分からんが、昨日は完全に青筋が立っていた。」

昨日現れた客を相手にしてから、エリスはアーツとVEGAスタッフしかいない環境では苛立ちを隠すこともなかった。よっぽど頭に来た相手だったのだろう。


けれど天を国を、世界を見る者は、目の前で起こる一つだけを見ているわけにはいかない。現れる相手が今世界をどの方向に向かわせている立場の者か、見極める力がいるのだ。牧師として個々の人間に対応するだけでなく、世界の方向性と一致していかなくてはいけない。


簡単にまた裏切るものもいるだろうし、場合によっては内部からの反発もあるだろう。

一度手のひら返しをした者をどこまで受け入れるかは考えものだが、霊性でその意図を探るくらいの賢さは必要だ。何を目的にここに来たのか。自分の位置や地位を作ろうと来た者は、もちろんこの会議の椅子にも座れない。人間の目でなく、天敬において。



『その心のあり処によっては、許せるどころかありがたい話ではあるんだけどな……。』

かつて自分たちを軽んじた相手だが、大きな教会の指導者もいる。

『…そうだな…。9割は許せる。が、1割ほどどうにかしてしまいたい奴らがいる………』

『分かるけど………耐えましょう………。』

と、昨日エリスはクリス牧師と苦々しく話していた。




エリスはもう一度みんなを見る。

「あとで東アジアから説明があるが、警備体制、宿泊施設関連の変更がいくつかある。式典以外の内覧希望もあり、アンタレス自体この期間一気に旅行客が増える。

ベガスと河漢、ベガス構築に関するイベント以外は東アジアが受け持つが、市全体、アンタレス近郊の警備も大厳重になる。一応このイベントの前後2週間は特殊警備態勢であることを理解してくれ。」

「………。」

一旦改変された全体把握図が送られ、みんな見入っている。行政や軍関係はもちろん、ここでの説明前に中心のメンバーは事前情報を得て体勢を変えていた。



しかし、何が変わったのか分からないのはこの人。


「人数と範囲が増えた以外、何がどう変わったのか分からない…。」

大房ギャル、リーブラがつぶやく。


「リーブラはマートの方きっちり回してくれたらいいよ。」

「そうだね。SR社のお膝元だから、ここでシリウスを利用して化粧品めっちゃ売りたい。」

実はリーブラ、限定商品やお得セットをもう交渉している。

「コンビニもめっちゃ儲かりそうだね。」

「まあね。臨時店も設けるって。」

ラムダが嬉しそうにジェイに言うが、正直この時期にバイトはしたくない。ジェイは忙しすぎるのが嫌だし、ラムダもバイトより実はいろんな会場を見てみたい。店は自動である程度回せるが、客が多過ぎると仕入れなど臨機応変に対応する部分も必要で、やはり人間の力もいるのだ。


今回の式典はその場で条約は結ばず、あらかじめ結ばれたものの周知、公表会となる。連合国側がガーナイトと、ギュグニーがバックに控える勢力の条約を防いだ時のにの前にならないよう、時期を知らせず全ては執務室にて済ます。




エリスは話を次に移す。


「そして………チコの系統バベッジ族元族長は断絶だと思っていたが、長兄寄りの血筋が残っていたことになる。」

「………。」


ユラスは数千年の血統社会だ。


「既にバベッジには祖父の兄弟家系が後を継いでいる。…そのため、族長に二重権力が立たないように、チコのバベッジ族族長権力放棄宣言。及び、サダルメリクが存命の間、全ユラス議長の座は確立した地位としてサダル氏に残すことにする。」


「へ?」

なぜか一番驚いているのは当人のチコ。

地位返上をすれば、議長夫人の座も降り身軽になるのかと思っていたら、ユラス民族議長は温存されるという。

「……聞いていなかったのか?前回のユラス議会で話したはずだが…。」

サダルが呆れるが、側近メイジスがチコを庇った。

「マイミーナ家もいたのでご理解ください………。」

「………。」

それを聞くとサダルは黙るしかなかった。


マイミーナ家はサダル不在時にとくにチコを責めた家門の一つだ。ジョアのザルニアス家は若い人材も多く、チコを信頼していたジンズやメレナもいたのでまだ気持ちが救われるが、マイミーナ家はとにかくひどかったのだ。マイミーナ家に囲まれた時、チコは立っていられないほどの動悸を起こし医務室に運ばれた。伝心の能力が混乱してしまい、運ばれてからも壁の向こう側の文句が次々聴こえる痛みを過ごした。


よって、前回のユラスの会議で久々にマイミーナ家と顔を合わせたチコはほとんど上の空であった。




「………?」

話を聞いていたリーブラ、全く分からなくなる。


権力を立てないために、議長職という権力を確立する?


つまり………バベッジ族は祖父世代に長兄一家が全て失われたので、傍系の親族がこれまでその役を変わってきた。チコはナオス族に入ったのでその権限は捨てる。その父ボーティスも新しい妻を迎える気はない。

けれど、サダルとチコ両者、またはそれぞれを担ぎ上げようとする力も出てくるだろう。そして、今一番若年層の指示を得ているのも、他国との距離が近いのもサダルだ。なので、一旦二人に一つの権力は温存させるのだ。ユラス民族全議長は連合国に属する明確な指針を示している。



初めて聞いたクルバトが手を挙げる。

「それだと、ベガス構築とは関係なく、この混乱時に不要にユラスから人が訪れませんか?」

ベガスとも関連があるが、それ自体はユラス人内の問題だ。


「そのために今週中にユラスはユラスでこのための発表を行い、人は分散させる。」

「なるほど。」

「アジアも、この時期にその理由でユラス貴賓に押し掛けられても困るしな。」


「へ??」

またユラスで何かお披露目をするのかと、チコは思考が止まってしまう。近くの席から「これはダメかも」と、ガイシャスはチコの方をうかがって考え込んでいる。完全に動揺している。

ドレスを着るのではなくドレスに着させられて、また浮いたような足でレセプションに参加しなければならないのかと、チコが絶望的な顔をしていた。



平和な時代の議長夫人を務めるには全く向いていないチコであった。




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