19 あなたでもいい
今までと違う行動をする。
正直今、善行悪行がどっちという分かりやすい状況ではないが、敵の大将の一人が人前でリギルの名前を出してきたのだ。本人が分かっていない分たちが悪い。この聴衆の中で。自分を晒し物にしようとでもいうのか。断罪か。
でも、何かのやり直しをするために同じこと、似た状況が起こるのだ。
「………」
そして、考えて遂に言ってしまう。
「………チコ顧問。私はあなたが嫌いです。」
「え?」
虚を突かれた顔をするチコ。
「……あ、もしもの話だ。嫌いな人間にそんなこと言われてごめんな。でも、ほっとけなくて。」
「…………。」
晒したかったようではないが、そういう話ではない。結果、屈辱的。
自分を知らない聴衆たちは、チコにそんなことを言われるとか相手がどんなハイスペックな人物だと期待していそうだ。顔や様子を見てがっかりされるか、だから「誰とでも結婚できるの例」に出されるのだろうと納得するであろう。
リギルは頭にきている詳細をもっと言いたいが、言葉が出てこない。でも、ここですぐに憤慨しないのが今の精いっぱいの前回との転換だ。
なにせ、反発心しか湧かないリギルを他所に、ラムダたちなど歴史の族長に見初められた、自分すごいとテレ隠すこともなく喜んでいる。ああいう精神も必要なのであろう。
一方、シグマは他には聴こえていないと思ってチコの近くで話しかけた。
「誰と結婚してもいいんですか?」
「ああ、誰でもいいぞ。」
「……チコさんって、本当に使命で結婚するんですね…。」
「それ以外に何があるんだ。こんな世の中で。天啓があればそこに従う。」
「…………」
旦那が憐れだ。
しかし、この人も同じことを言う。
「私もだが?」
「えっ?!」
と、聴こえていないと思ったのに、さらに話を加えたのは、少し離れた席にいる夫サダルメリクであった。
シグマはビビって、そちらの方を見る。これでは「二人の間に情はないけれど役目があるから結婚はした」と言っているようなものだ。
「あ?は?はい…っ!すみませんっ。」
仕方なしにチコも言う。
「どうせ結婚なんて自分で選んだところでうまくいくとも思えないしな。お互いそうだろ。」
「………真理ですね…。」
チコの言葉に納得しているのは、この前離婚したゼオナスである。ここまで結婚が思い通りにならないとは思わなかったのだ。せめて子供を抱いて散歩ぐらいには行けると思っていたが、嫌いになったわけでもないのに妻に苦労だけさせて慰謝料を払って終わってしまった。
シグマはどうしていいのか分からない。
「あ、はいっ。そうっすねっ!自分もそうです。今となっては自分に何の自信もないです!」
「自分もないぞ。」
そこに応えるのは、サダルメリク本人。
「?!」
サダルが答えるのでさらにビビる。サダルでもそういうことを言うのか。ただサダルの場合、相手の生死を守れるかまでが自信のなさである。結局たくさん死んで、まさに屍の上を歩いている人だ。
シグマとしてはそこまで考えないが、自分の思いと力では結婚できるかすら分からない。選んでいる間に、女性側の選ぶ対象からも外れておひとり様を全うしそうだ。元気があるうちはいいけれど、アンタレスあるある。この監視世界でも孤独死。行政の監視は大まかな生活や生体、生存確認をしているだけなのに、管理世界から逃げたいと妄言を言い出しアナログ部屋で孤独に死ぬ人はそれなりに多い。
「ラムダでもいいぞ。」
「へ?僕?」
チコかと思ったら、サダルの言葉だ。突然意味の分からないことを言うサダルにラムダは構える。
「リギルでも……」
「え??」
リギルはまたヘッドクラスの人物に名前を覚えられていると驚くが、サダルは目の前にいる妄想チームの名をを次々上げる。深い意図はない。近くにいる妄想チームを列挙しているだけだ。
「…リゲルでもいいし、ジリでもアギスでもジェイでもいい。」
「ムフぁっ?」
ジリが吹き出し、ジェイはイヤな顔をする。
「え?何がでしょうか?」
「君たちが女として、あの時カストルから任命されたのが君たちなら……別に結婚相手はそれでも構わなかった。」
「……はい??」
「へ?」
しーんとしてしまうその周囲。
ちなみにリゲルは、クルバト書記官のノートに顔だけで人を殺せるマークが付いている。穏やかで無口だが、世捨て人ジャミナイ並みに厳つい顔をしているので女になっても厳ついであろう………が、そんなのはサダルにが関係ないらしい。
「我々は、結婚を天に捧げている。」
女になっても問題は釣り合うかだと思うんですけど………と言いたいが、サダルは続ける。
「別にユラスの女性の誰でもよかったんだ。そこに天の意図があるならば。」
あの往復ビンタでも??ソライカだっけ?と初期メンバーは感動した。そういえば、チコもソライカの面倒をみたいと似たようなことを言っていたが。
「あの!ユラス議長に見初めてもらったのは嬉しいんですが、思いっきり釣り合っていません!」
見初めてはいないと思うが、ラムダが挙手までして発言する。地位どころか性格も趣味も生き方も合うものなど何もないだろう。
「僕でもいいですか?」
勇気を出してクルバト書記官も聞いてみる。
「天命ならな。」
「性格が全く合わなかったら?」
「天は最終的にそういうふうには結び合わせないし、自分も融和できる努力はする。」
「………。」
「釣り合っているかいないかは目では見えない。天に与えられた結婚は、家系全体からその家系的位置。国や民族の歴史、罪科、孝徳。過不足。
その全てでバランスを取っていくんだ。
自分を捨てた分だけ、一気に天道が開けていく。」
サダルが上から下に手を切った。
みんな、「あっ」と反応する。エリスや講師たちもよく天を切る。
過去の何がか、新しいもののために両断される意味があると知ったのは最近だ。霊性が高い者にはそれが見える。
「自身の執着をなくした場所に、神は、天に繋がる要素は入り込んでいくんだ。自分でいっぱいの場所には、他人だけでなく神も入り込めない。」
「……」
「もし合わないと思っても、何か絡まっている一点が解ければ、一気に道が開ける。ただ、絡まりがどれほど複雑かは目視で見えないがな……。」
ユラス人は何の反応もしていない。そういう覚悟でその意味を知っているのだろう。
「………。」
みんなしーんとした。
陽烏もそれを見つめ、ムギもまだ夜ご飯を頬張りながらサダルの切った天と地を見た。
「………」
ムギは少し止まって見ていたが、一息ついてバナナミルクを飲みだす。
「正道教の人間なら分かるか?今は旧教新教も分かるだろ。
『最初の男女』が誤ったことの全てを取り戻していくんだ。
男と女。親子、兄弟という家族関係………。」
最初の男女がさみしさや欲に溺れ神の言葉から逃げ、全てを他人のせいにして、そして人類最初の兄弟が殺人を犯した。自分を分かって慰めてほしくて。自分の藻掻きを自分なりに解決しようとして。
人の霊が入った最初の二人の男女と、その子供たちが諍いを起こしたのだ。
男女はお互いの咎を貶し合い、父母は子を愛しきれず、子は親を不信し憎み、兄弟は片方が嫉妬し、片方はそれを包括できず、最終的に二人はお互いを疎ましく思った。
旧約の歴史でそれは4千年ほどだが実際は違う。
何万代も人はそうして、時に寄り添い、時に怒りを表し、時に相手を犯し生きてきた。
自己中心と、天義を問う神の心の狭間で。
その積み重ねの霊線を過去に誰かがほどいてきながら………
その総決算で今、千年王国が始まったこの時に、
一気に全てを解いていくのだ。
この時代を理解できない者は、今度こそ淘汰されていく。正論も。自分たちは穏健という考えも関係ない。人間の眼鏡ではそれは見えない。
「………。」
静まったままのところに、今度はファイがかわいくも図々しく手を挙げた。
「はーい!」
「あの議長。じゃあ私でも対象になりますか!」
「何のだ?」
「結婚です!」
結婚の話をしているのに、何を言う。
いやそうな顔をするサダル。
「…………。」
「え?天命でも?」
「…………。」
さらに少し考えている。
「3週間断食をして祈り尋ね、3回して自分の中にそれでも行け!という答えが返って来たら……努力はしよう………と思う…。」
「え???ちょっと私は何で??!!」
今まで即答なのになんなのか。
「……。」
周りのユラス兵たちも顔には出さないが無言で驚いている。
妄想チームの誰でもいいのに、ファイの場合は苦しんで自身の極限まで荒行をした末にさらに問い出して見出さないといけないらしい。口先だけでもいいと言いたくないっぽい。
「ひどい!意地悪過ぎる!!」
せっかくチコに焼きもちを焼かせようとしたのに、神が厳命しても悩むとは。ここまで嫌がるとは、この試練を全うしたら一気に世界線を変えられそうである。
「……黙れ。考えたくない。」
「ひどいー!」
「………。」
考えてみれば、ファイは今となっては響やロディアの大親友。なのに議長にさえ嫌がられるこの子は誰なのか。ユラス兵が悩んでいる。
「そういえば………こんなに近くにいるのに、何でファイは婚活オバさんにも婚活おじさんにも見初められないんだ………」
クルバト、ファイの位置がよく分からない。距離的にはものすごく射程範囲だと思うのに、ファイと………よく考えればラムダも婚活において全くの射程外である。もう成人なのに、意識下の光学迷彩でも装着しているのか。
「エリス総長が到着しました!」
そこにベガス現総長が到着した。
全員が起立し、連合国国旗に忠誠を表し、エリスの祈りで全てが始まる。
「全員着席してくれ。」
今回は普通の会議室なので、壇や舞台などない。
「まず大事な報告がある…。」
そう言ってエリスが周囲を見渡すと、アーツ側でお互い45度離れた場所に座っているサダルチコを見付け不服そうな顔をした。
「………サダル議長とチコはなぜそれぞれ座っているんだ…。」
「………。」
とくに答えない二人。
「…まあいい。今日は二人に関して大事な報告がある。」
「………。」
全体が静まった。




