1 美しきバベッジの実
※この物語は
『ZEROミッシングリンクⅥ』の続きになり、Ⅶに続きます。
小説の流れはⅠ~Ⅶの順です。作者ページからお入りください。
この物語はたくさんの人物が出てきますが、会話上名前が出て来るだけでストーリーにはあまり関わらない人物も多いです。物語の根幹に関わる人物は第一部分の人物紹介に●で記載されています。
『ZEROミッシングリンクⅤ』に特に誤字が多かったので多数修正しました。文の順序や書き方など変わりましたが内容は変わっていません。
「はい?離婚?」
「あ、はい。そうです。その可能性はいつかと…。」
北西のバベッジ族国家ロージアスで、バベッジ族長兄弟の息子に言われたチコの護衛兵フェクダは首をかしげる。
「離婚?」
もう一回聴いてしまう。
「まだ解禁でない話題なんですか?」
「解禁?」
「ザルニアスが動き出しているし、ライマー家も待っていると聞いたので…。」
「………。」
意味が分かるフェクダ。議長夫婦はいつ正式に離婚するのかという話であろう。身内ではしない方向で収まっていたが、ユラス元貴族の血族は世界に分布している。まだ知らない者も多いらしい。
シェアト大での頬へのキスと違って、最後のキスをアーツの身内でしてしまったせいか、口にしたあのキスは全然世の中に広がっていない。残念ながらファイの夫婦仲良し活動は、世界の端までは実を結ばなかったようである。人前で7秒もしたのに。
この日は戻ってこないテニアにしびれを切らし、現バベッジ族長に『ジアライト・バベッジ』が生き残っていたこと、そしてその子供がいたことも報告に来たのだ。現バベッジ族長はチコの祖父の弟系が受け継いでいる。
長兄家系はチコの祖父、その長男共にギュグニーに寝返ったからだ。
本人たちは大応接室で話し合いを続けているが、本人たちに離婚話は言いにくい。かといって最側近のメイジスやアセンブルスでは本人たちと近過ぎる。それで、別室で立っていた護衛のフェクダに聞いたのであろう。フェクダもツーカーの仲だが。
「それで私の甥がね。チコ・ミクル総監に惚れこんでいてね。26歳なんです。」
チコの曽祖父孫が楽しそうに言う。
「姉さん女房じゃないですか?」
「4、5歳しか違わないでしょう。」
「それに近親じゃないですか。」
「妻の妹の子なので血縁はないよ。どう?」
と、甥の写真まで見せてきた。
「………。」
東洋系が入っているのか。まあ、写真写りは悪くはない男だ。別の位置から別のナオス軍兵も不安気にこの会話を聞いていた。
「一度いなくなった族長直系長男家が台頭したら現バベッジもいやでしょうから、チコ様はもし独り身になられても再婚はしないそうです。とくにユラスとは縁を切るそうです。」
「またまた~。」
叔父さんは楽しそうだ。バベッジは身勝手で不愛想だと聞いていたのに、テニア祖父弟の三男は明るい性格らしい。そう言えばチコの父もそうであった。あの、捕まらない見付からない困った人である。
「……サダル議長に惚れ直したから離婚はされないというのが、今一番の確定ルートです。」
「っ!確定なのに一番二番があるの?!」
「…………。」
「それに先の会議で、夫婦なのに目も合わせないとみんな驚きまくっていましたよ?」
「照れ屋なんです。二人とも。」
「え?!照れ屋と隠すのが上手いですね!あまりにお二人ともサバサバしていて気が付きませんでした。でも、ウチの甥っ子もめちゃくちゃいい子ですから、見たら惚れてしまいますよ?」
「……そうですね。見てからご本人が決めるでしょう。」
と言っておく。
「叔父様!」
そこに今先、写真で見た顔の青年が入って来た。北西の顔立ちにしては甘さもある顔をしているし、他にも数人の若者たちが出て来て礼をする。
「おお!!アルジル!噂をすれば!」
彼は叔父に簡単にハグをした。
と、同時に別のドアから、ユラス議長夫婦側とバベッジ族長夫婦側が一旦話を区切り外に出てきたので、全員立ち上がる。
「大祖父さま!」
「アルジルも来ていたのか。ユラス議長御夫妻だ。ご挨拶を。サダル議長、我々の息子世代、孫たちや……その友人たちだ。」
バベッジ族長が紹介すると、新しくその場に来た全員がチコと議長夫婦の前に膝を付いて最敬礼をする。サダルはナオス族族長であり全ユラス議長だ。
「歓迎を心から感謝し、また私からも多くの祝福を送りたい。」
民族衣装で身を固めたサダルも礼を返してから、一人一人と両手を結び合った。
同じくルバで頭から身を包んだチコも、その後に彼らと握手をした。
「光栄です!」
「お待ちしておりました!」
と、手をギュッと返されるも、チコは自分の手が本物でなくて申し訳なく思う。けれど霊性はそこにも通っているとチコはもう一度誇りを立たせた。
バベッジはこれまでもオミクロンほどはナオスと関わらず、チコが大変だった時も遠巻きに見ていた。話の中でも歴史の中でも気難しかったり、個人主義者が多いと聞く。バベッジ族はどれだけ身勝手で気難しいのかと思っていたら、親族もやや多くまとまりもありチコは驚いてしまう。まさか自分たちのためにここまで人が集まって来るとは。誰も関心がないかもっと政治的なやり取りになるかと思っていた。
大叔父たち一家だが、皆血縁と思うと不思議だ。
孤高の女性番長が、仲良し一家になってしまったとカウスは眺める。
「神秘性、ゼロになりましたね。」
「………。」
一応カウスを睨んでおく。まだ彼らの本意は分からないのだ。それに、夕刻からは近親だけでなくお堅い層の集いにも顔を出す。
一度サダルと族長のみで、極秘でジアライト・バベッジが戻ってきたという話をダーオの首都でしたことはある。
それは下手をすると二政権が立ってしまうことを意味していた。本人にその気がなくとも、勝手に持ち上げる人間もいるかもしれない。微妙な話なので今回の顔合わせも慎重にするはずだったのに、大人数になってしまった。
「おお!バベッジの母よ!」
そこに車椅子に乗って付き人と現るのはヨボヨボなおばあさん。
族長もその妻も、迷うことなく自分たちよりそのおばあさんの立場を立てると、おばあさんはバカでも見るように言った。
「何が母だ。いつもホームに閉じ込めておくくせに調子のいい……。」
ダーオ側は初めての面会なので、おばあさんの言うことが冗談なのか本当なのかボケているか分からず、どういう顔をしていいのか困ってしまう。
「チコ様。」
その雰囲気を変えるように、にっこりと現族長夫人が笑って言った。
「私?」
「チコ様の曽祖父のお母様でございます。」
「!」
「高祖母様?!」
驚くチコ。さすがにメイジスやアセンブルスも驚いている。
「…おばあ様……。」
サダルと共に最敬礼をしてから、その車椅子の前に来てチコは小さくかがんだ。
「…本当ですか……?」
「顔を見せてくれ。」
歳を取っているが、きちんと話せる。
「まさか、孫の孫にまで会えるとはね………。」
この言葉は年齢的なことだけでない。内戦でたくさんのバベッジが亡命し、命を失い、また裏切ったからだ。
顔に触ろうとするので、チコが顔を寄せる。
すると、大ばあさんは「少しいいかい?」と、そっとチコが被ったルバを外した。
「?!」
大ばあさんだけでなく周囲が驚く。
艶のある髪と、人形のようにきれいな顔が現れたからだ。
西洋人とも違う平たい目元だが、はっきりとした顔つき。
ユラスで完全なプラチナブロンド系の髪を持つのは、薄褐色肌の南西系のナオス民族だけ。マイラやレサト、陽烏の母の民族たちだ。それ以外の多くの髪はダーク系やブラウンカラーだ。
ユラスとも違う、輝くイエローブロンド。その上チコは目も青緑と紫で綺麗な顔立ちをしていた。
「…………。」
驚いている周囲と、大ばあさん。
「…まあ!ジーニオにそっくりだわ!」
泣きそうな顔をしている。
「…ジーニオ?」
「…ああ、ジーニオは私の嫁であなたの曽祖母よ。」
「おばあ様…。」
バベッジ族長夫人が大ばあさんの肩を支える。嫁は西洋国から来た金髪の女性で、まだ若かったが暗殺に巻き込まれ幼い子供を残してこの世から去ってしまった。大ばあさんが指を向けた方にある肖像画を見てみると、家族と共ににそんな女性が描かれていた。父テニアは祖母似だったのだろう。大きな目に厚い二重。絵の中の女性の目は紫ではないが、きれいな青緑をしている。
けれど普通こんなふうに白人の血が飛んで子孫二代に渡って出るだろうか。まるで、自分はここにいるのだと示すように。
それはユラス人の中に突然東洋人が生まれるサダルの『バイラ』のようでもあった。
即席染めだが何度か髪色を変えているので、おそらく本当の地色ではないのだけど…とチコは思うが、だいたい根元と同じ元の色に戻してはある。恥ずかしくてルバの端をギュッと握る。それにバベッジの中では目立つ色なので、自己を主張しているのだと思われたら困る。こちらは父テニア共にバベッジに戻る気はないとは伝えているが。
「まあまあ!恥ずかしがらないで。」
「さあ、二人ともおいで。親なる神に祈りを捧げましょう。五代を渡って出会えた全てを天に捧げて。」
サダルも呼ばれたので、二人は大ばあさんから祝福の祈りを貰った。
そこで、一息ついて大声を出したのはバベッジ族長。
「思った以上に愛らしい方ですなあ!」
「?」
また目を丸くするサダル一行のダーオ側。
え?誰が、と思わず見渡してしまう。
今回付き添いで来たカーフ母のカイファーのこと?
女性護衛のガイシャス?…質素な装いのマーベック?
それともバベッジ側にいる、少し後ろで見ている孫や曽孫たち?
「旦那様、チコ様の手を掴んでいてください。」
「?」
鬱陶しいカウスが後ろ横からサダルに小さな声でアドバイスする。
「チコ様、狙われていますよ。妻は普通の女性じゃないから相手にされないと高をくくっていてはいけません。」
「は?」
向こうにもサイコスターや霊性使いがいるかもしれないので言葉に気を付けてはいるが、完全にチコが狙われている。二派閥立てられるのが嫌だから、取り込んでしまえばいいという魂胆か。
………というのもあるが、バベッジは民族自体が少数で結婚も遅い。混血も多く系図は分かっても、血はだんだん薄くなっている。チコもかなりの混血だが、ここで直系血統を入れれば正当性が増すというところだろうか。しかも、チコはユラス軍のダーオから帰って来たバベッジの子供たちからの評価が非常に高かった。
あれだけチコを邪険にしていたザルニアス家の新世代が、サダル派についたのはチコの働きだとも聞いている。
サダルは身体管理のいるチコを誰が引き取るのかと思うが、バベッジならSR社の伝手もあるのかもしれない。それともそこから東アジアに入って行く気か。
チコはまたルバを深く被る。
「せっかく美しいのにもったいない…。」
「きれいな方ね…。」
「あのルバは外した方がいいのに…。」
「結構な宝石をつけても負けない顔だと思うけど。」
北西ユラスとは違う美を供えたチコ。
カイファーやガイシャスは、もっと美しさを引き出してあげられるのに、と内心ちょっと悔しい。何せ、こういう着こなしにしてくださいと言っても、言うことを聞かない議長夫人なのだ。
「………」
チコは自分のことを言われていると分かっていないのか、賑やかな風景を見てただニコニコしている。
女性たち同士で笑い合うと、これだけ家族も揃ったしお茶も準備したという済すんでから、明日、子供も含む親族と挨拶をしましょうとまで言われてしまった。それは危険である。チコは子供にすぐ懐柔される。
サダルは、カウスがせっついてうるさいので、場所を移動する際にルバから出るチコの手をギュッと握った。
●キスを7秒近くしたのに
『ZEROミッシングリンクⅥ』28 マルシクVSサダル …サダルVSチコ?
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