17 結婚は誰とするの?
既に9月。
VEGAや南海青年、藤湾学生、ユラス軍にアーツと、これまでの経緯を理解するメンバーが一番大きい会議室に集められ、資料に目を通していた。河漢組もイユーニやマルシクなど選別されたリーダー格の者たちが幾人か来ている。
「イオニアは現場が押して遅れて来るそうです。」
「なんで、またイオニアとキファとタラゼドが揃っちゃうの?修羅場ちゃうの?リーオ呼ぶ?」
「お前らなんでそんな話で盛り上がれるんだ?頭おかしいんか?」
相変わらず下町ズがうるさい。
アンタレスとベガスにおいて、これまでで最も大きなイベントがあるのだ。
ベガス自治区域として、東アジア及びアンタレス行政、移民政策部、アンタレス正道教、ユラス軍で作ってきた特別自治区が、アンタレスの正式ないち行政、
『ベガス区』になる。
特別区、研究都市、制限区域であることは変わりないが、定住資格がある者は移民も特別アジア籍を持つこともできる。ただし、出生を明らかにするためと、国籍取得後の不正を防ぐため、特別な場合を除いて出身国の籍を捨てることはできない。また、連合国内なら第一第二国家までの設定をし、規定の範囲で同時にいくつかの住民権や永住権を持っていてもよい。連合加盟国は福祉関連も多くが連動している。
この時代は大きくは統一アジア、そして東、西アジアに分かれ、各地域の巨大都市はほとんど一国の首都機能を有する。その都市を中心に行政区が分かれ、アンタレスは経済や研究において全セイガ大陸で最大である。つまり、現世界最大の都市だ。
最南峰アジア国家に関しては、メンカルなどまだ統一アジアに入らない場合も多い。
「のろけ話はないんですか?」
「お前らここでそれを言うな。」
集まっている大房ズに尋問されているのは、最近ベガスの教会で結婚した疲れたタラゼドである。
「……ないんかって聞いてるだろ?!」
アーツの中に混ざってサルガスと今回の議題の最終確認をしていたチコがいきなり話に加わる。怒っているし、しかも聞きたいんかと下町ズはツッコみたい。
「?ないっすよ。」
「は?お前にとって響はそんなもんなのか?なんで疲れた顔してんだ?響に失礼だと思わんのか?」
「………。」
「言えっ!」
「……疲れるというか……女子力が高いというのか?……のろけという前に、まあ、疲れはする…。」
「はあ?」
まだ、手を握ったかどうかの関係だろうに既に疲れるとはなんなのだ。何も始まっていない。会議前に妄想チームがうるさいと思っていた下町ズたちまで、ちょっと聞きたくなる。
「ヤバくね。教会で祝福貰ったのまだこの前だろ?」
「………疲れるって…響さんが?どこが?」
「女子力?」
今日、参加しているジェイが思わず聞いてしまう。コミュ障ジェイをはじめとして、学校で女子友達がいなかったメンバーでさえ、響は比較的接するのが楽なタイプだ。アーツで出会わなかったら、完全に場違い畑違いの人なのに性格はあんなん。響に疲れるとは何なのだ。
ファイだけは「響さんめんどい女だもんね。分かる。」と言っている。
そこでタラゼドは一例をあげた。
「………行く度に違うお茶を出される……。」
「?!!」
「しかも茶葉から淹れた……」
「っ?!」
「マジ?」
「茶葉からって何?」
「チャバってお茶ッパだよね?!」
「蛍惑女子……怖い………」
呟くタラゼドに戦慄する大房民だが、それ以外の人には意味が分からない。茶葉からお茶を淹れてはいけないのか。
一般人のそんな気も知らず、これはヤバいっ、と大房民の誰もが思う。
大房でもお客様にお茶を出すくらいの心遣いはあるが、サーバーから出てくるコーヒーか、ペットボトルの水やジュース。それ以外なら気配りできる人ですら、作りおきのお茶であろう。よくてティーバッグ。そして、密封している容器で相手が男なら投げつける。
「はああ?あれだけお互い忙しいとか言っときながら、何回会ってんだっ?しかも家か??」
「チコさん、うるさいです。」
聞きたいクルバトがチコを止める。
「………お兄様込みだけど。」
力なくタラゼドが答えた。
「お兄様?」
「蛍惑にどう説明するかとか、話を詰めてるんです…。」
「………。」
ちょっとうらやましかったのに、あのお兄様とちょくちょく会っている事実に、やはり世界が違う人間との結婚は難しいと男子ズは思った。それに関してはアンタレス普通人も同意する。
そう、響と結婚するということは、あのお兄様が本当のお義兄様になるのだ。親族行事の度に顔を合わすのか。名家や経営者一家の親族とも会話しなくてはいけないのか。さらに、似た者的なお姉様もいるという。恐ろしい。
「蛍惑女子って、気遣いであふれていますね!」
楽しいラムダが楽しく発言する。
「アホかよっ!それに答えるスキルが下町ズにあるんか?」
「向こうが気遣ってくれるならいいじゃないですか?」
「お前な………一生一緒なのに、そんなこと言えるんか?」
「……てか、それって蛍惑女子って言うか、響さんだからじゃね?」
「…………。」
蛍惑シンシーを思い出しても、そうするとは思えない。シンシーはお金で解決しそうだ。
ちなみに大房女子の女子力は「このお店のチキン食べたいな~」「わー!おいしそうなの買ってきてくれたのね!机に出しとくね~」「ねえ、今寂しいの。家に来れる?」「たくさんキスしてあげる!」である。おまけに抱き着いてくれる。
「しかも、来た時も帰る時も玄関で出迎え見送りで……、健康まで聞いてくる……」
「へ?何、その女神?!」
大房女子はよっぽど惚れているか、久々の対面でなければそんなことはしない。リビングで「あ?来たの?」「バイバ~イ」と顔も見ない。
「マジ羨ましい。」
「マジ見たい。」
「響さんが自分待ってんだよ?」
自分ではなくタラゼドである。
「そんなん、響さんだって浮かれてる今だけだよ。医者だしね。職業病だよ。」
ファイのみ辛辣だ。
「あ?!もしかしてタラゼド、大房女子に囲まれ過ぎて、尽くされるのに慣れていないとか??」
兄を小間使いだと思っていそうな姉妹、従姉妹たちに囲まれ、バイト代もおいしいご飯やデザートに注ぎ込んだタラゼド。神様が憐れんでか、結婚相手は尽くす女性を貰えたのに逆に疲れるらしい。多分。
「というか、お茶を出して、飲んでね。みたいな響さんが家にいるってすごくない?」
「?!ホントだ!」
「疲れても俺は甘えたい!」
「お前黙れ。」
「あれこれ言おうが、仕事が終わって家に帰ったら響さんがいるって最高じゃん?響さんが自分の家に帰って来てもうれし過ぎる。」
普段はしない料理まで自分でして待っているであろう、と思うクルバト&それに同調するメンバーと、これ以上言うなという悔しい人たちの思いが交錯していた。
「…………」
チコは聞きながらムカついてくるが黙っておく。こいつらと同じレベルで話すわけにはいかない。しかも少し後ろで、カウスが「チコも似た者同士ですね」という顔で見ているので、いろいろ聞きたいが耐え抜く。ガイシャスやメレナも雑談には口を出さない。
そして、同じく少し離れた場所から黙っていたキファが遂に口を開いた。
「………。もう二度と恋愛なんてしないと思ったけれど………」
こいつも発言するのかと、みんなキファに注目した。
「タラゼドってさ………」
「……。」
「結婚1年くらいで『妹一連としてしか見れない…』とか言って、響さん放置しそう。」
「…………」
騒めいていた会議室の一番うるさかった一角が静まった。
「………」
さすがにこの発言に、話に加わっていなかった周囲も「は?」という顔で見てしまう。
「……俺、もう少し耐えます……。最初の男にはなれないけど………響さんの人生の紆余曲折まで受け入れて………
人生のネクストステージ…。ラストスパートは俺が…っ」
と、さらに尊大なことを言いそうになったところで後ろ首をガシっと引っ張られた。
「そこまでにしろ。これ以上は、響さんの尊厳に関わる…。」
キレる直前のサルガスであった。
「だって、あいつ。もうめんどくさがっているんですよっ。」
「キファが関与することじゃないだろ。」
「ええっ~、そんなん響先生かわいそうじゃないですか~!」
キファを追い出したいが、おそらく「ならもう河漢やめます」とか言って嬉々と会議室から出て行きそうなので、サルガスも耐える。
いつもの如く、リーダー会議にまで参加してしまった石籠をはじめとする第4弾が、大房民に引きまくりだ。
「タラゼド…。あいつ絶対に締める………」
チコもキファに同調して小声で怒っているので、アセンブルスも呆れていた。




