14 太郎君がテーミン・シュルタンを泣かす
「………」
太郎くんとテミン。出会った理由はなんなのか。
「太郎君が命を粗末にしようとするから…。」
「………。」
呟くテミンに太郎君は「あ?」という顔をするが、いちいち訂正しない。また太郎が街中で不穏なことをしたのかと、ファクトは恐ろしくなる。
「お父さんはこの事知ってるの?」
「お父さん?四支誠でものづくり仲間のお兄ちゃんができた!とは言ったよ。お母さんに。響先生の知り合いだって。」
「………」
太郎君と何を作るのだ。
ファクトは思う。毎回護衛のファイナーやバイルガルもいるし、報告義務があるのでシェダルの行動をSR社や東アジアは把握しているだろう。ユラスやベガス側は?ベガスは中央区以上にカメラだらけなので知っているかもしれない。
監視はされれど、全てにおいてシェダルはここで特殊な位置を与えられている。本人に反抗の意思がないと認められ、戦場にいた延長としてたくさんのことが許されているが、あの日たまたま観光客として会ったウヌクと関わらなかったら大房民たちとも縁はなかっただろう。
でも、これはいいのか悪いのか。
こっそりユラスの誰かに報告した方がいいのか。もし東アジア側が知っていて黙っていたと思われたら亀裂ができないか。
それに今のシェダルは何もしなくても、シェダル自身がアンタレスでギュグニーの襲撃にあっている。
テミンはああ見えても、オミクロン族長分家『シュルタン家』の長男。優秀であった族長次男カウス父のジオスを、長男ジル・オミクロンが独立させた家門の三世。カウスの正式名は『カウス・シュルタン・オミクロン』である。母はユラス系のアジア人だ。
カウス父であるテミンの祖父ジオスは戦死。おじ二人も子供を残さず死んでしまった中で生まれた、アジアとシュルタン・オミクロンの一番星、テーミン・シュルタン。
何かあってからでは困る。
「………テミン。太郎君とはさ、距離を置いた方がいいよ?」
そっと伝えるファクトにテミンが顔をあげた。ちなみに、太郎君はそんな内緒話が聴こえていてもドヤ顔である。自分と距離を置けと言われているのに気にした様子もない。テミンはショックだ。
「距離を置く?距離?離れるってこと?」
「そう。」
「なんで?」
「………。太郎はさ……ちょっといろいろあってお休みしてたんだ。だからさ、いつまたお別れが来るか分からないし…。」
「やっぱり死んじゃうの?!」
「あ、死にはしないんだけど……次どこに行くか…。」
「天国?!!」
いつ死んでもよさそうな顔をしているが。
「俺が天国に行くわけねーだろ。」
ボソッと本人が答える。地獄がこんにちはだ。
「なんで?じゃあ何でファクト兄ちゃんは仲良くするの?」
「まあ、お互い大人だから……。」
「なんで子供はダメなの?」
危険人物だからとは言えない。
そして、一人で肉をひたすら食べている太郎君に向き、泣きそうな顔で訴える。
「太郎君は僕とお別れしてもいいの??イヤでしょ?」
「別に。」
「!!?」
テミンは太郎君の衝撃の一言に固まってしまう。ファクトとラムダも唖然とする。
「…」
「テミン?大丈夫…?」
「…テミン?」
ラムダとファクトで呼んでも放心状態だ。
「…太郎…」
ファクトは思い違いをしていた。テミンが泣きそうなのに何ともない顔で見ている。太郎は普通の人と思考自体が違うのだ。普通になってきたように見えても、発想の底から既に要注意人物なのである。社会生活におけるもともとの思考のベースがない。まだ全然、世の、人の常を理解していなかったのだ。
「…ファクトもなんでいきなりそんな事………。そういうのはカウスさんとか、一旦サラサさんとかを通して……。」
ラムダが言うように、話すにしてももう少し気を回すべきであった。
「うう…。うぅ……」
泣き出したテミンは立ち上がって店を出て行く。
「ラムダ。精算しておくからテミン見てて。美術教室に連れて行って誰もいなかったらウヌクか誰か呼ぶか、タクシーで南海に連れて行ってあげて。」
「分かった。」
ラムダは外で待っている護衛に礼をして、泣きながら歩いていってしまうテミンを慌てて追いかけた。
二人が去ったお店でファクトは呆れた顔で、呆れた太郎君と向き合った。
「どうやって説明したらいいのか分からないんだけどさ……。」
「………」
自分はまだ、子供を扱うにおいて教員として未熟だが、シェダルはもっと扱いが難しいことが分かった。
一応ファクトは、平和でない場所や特殊な環境で育った子供への対処の仕方は学んでいるが、座学実習と現実はやはり違う。全てがケースバイケースだ。洞察力だけでなく経験を重ねることが重要になる。仕事の経験だけでなく人生経験も物を言うのだ。本来シェダルはプロ中のプロが対応する事案であろう。
大人と子供も違うし、正直シェダルの持っている社会的世界観が分からない。
心理層で出会うシェダルは現実社会を歩いていたわけではないので、そこで見たシェダルとアンタレスを生きるシェダルは乖離しているのかもしれない。
「……響さんのこと大事にしていたみたいに…、テミンも響さんの大切な小さな弟であり友達だからさ、お別れしていいみたいな寂しいこと言わないであげてよ。」
「……」
寂しいという感情を理解しているのか。そもそも太郎君は響への扱いすらひどかったのだ。引きずったり頭を揺すったり。よくよく考えれば。
「……麒麟ともお別れしてるだろ。もう会ってないぞ。」
「……。」
なんだこの性格と、ファクトは思ってしまう。だからストーカーにもならないし、感情をため込んだり脳内が沸騰して相手に危害を加える大変な人にもならないのか、とそこは理解する。案外淡泊、さっぱりだ。
「あ、いや。まあそうなんだけどさ。テミンは太郎君が大事なんだよ。太郎に幸せになってほしいから。」
「………。」
男女関係と普遍的な人間関係の違いを話したいが、ドツボにハマりそうだ。ファクトは雄弁ではないし状況がいろいろややこしい。
なので、もう話を180度変えることにした。




