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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十六章 世界は飛び交う、君の胸で

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13 太郎君と猪散策



「シリウス。会場の方が準備できました。」


カフェの一角にSR社社員の声が聞こえると、自分たち以外の周囲も騒めく。シリウスがいたのかと数人が振り向き、拍手が起こったり手を振ったりしていた。


その一角に、ポーとシリウスを見ているラムダくらいの眼鏡を掛けた学生もいる。



「皆さん、また今度。」

「シリウス!また!」

シリウスは残ったメンバーに挨拶をすると、周りにも手を振った。

その際、シリウスはその学生にもにっこり笑う。


「近くにいたなら、声を掛けたらよかったのに。ファクトがいたの知ってたでしょ?」

「………。」

ゲジゲジ眉毛の学生は少し曇った顔をする。ファクトの幼馴染、ラス・ラティックスであった。


「同じ会場だよね?一緒に入る?」

「…………」

ラスは動かない。

シリウスはもう一度微笑むと、スタッフと音楽レセプションのあるホールに向かって行った。



「……おい、ラス。シリウスと個人的に面識があるのか?」

「オリジナル体だろ?!」

ラスの周りで友人らしき面々が驚いている。

「…何度か授業が重なって、覚えてもらってるみたい…。」

「えー?!そんな事あるのか?俺もいくつか参加してるけど授業外で声を掛けてもらったことないってないぞ。一緒に入らせてもらえばよかったのに!」

「いやだよ。無駄に注目を浴びるだろ。」

中身も一般人でしかないのに、有識者たちの中で目立ちたくない。こういう時はファクトの気持ちが分かる。




ケンカ別れのままのラスとファクト。


ユラス人支配のベガスにあれだけ反対したのに、ニューロス研究も既にベガスを通らずには先端を行くことができなくなってしまった。少し前のベガスは超保守、好戦的で一神教のユラス支配地と敬遠された移民移住地であった。


なのに今や、ベガスは建設、大型リンベーション、インフラ整備ラッシュ。メカニック業界の最大の市場であり、研究都市であり実験場でもあった。


一般人には知られていないが、強化ニューロスの被験体が最も多いのもユラス人オミクロン族血統、もしくはオミクロン軍関係だ。彼らは正統派聖典信仰保守の清教徒と言われている。

多くのアジア人はユラス教原理派と勘違いしているが、彼らは凝り固まった保守ではなく、前進的自由民主主義、旧新教的社会主義の絶対的な担い手であった。



清教徒。だからこそ時代の移り変わりとともに柔軟に他教を受け入れたのだ。


彼らは歴史の最後に宗教は()()に吸収されることをよく知っている。



聖典の本当の目的を知っているので、彼らは聖典への歴史的信仰がある限り、力を手に入れても絶対的に自由圏を裏切らない。それを東アジアもよく知っていた。


たとえ優秀でも虚ろぐアジア人とは違うのだ。



そして、サイコスが最も啓発されているのはナオス族系列。

彼らは内戦さえなければ、近代財界にももっと進出で来たであろうと言われている。しかし、一般人から財閥系まで戦後復興に財産を投げ出してしまった。そして、改宗したサダル派は、自分たちの戦争以外にも自由圏死守のために国が揺らぐほどの財産や人員を投入した。それは国益でもあったが、聖典の理想社会を作るという信仰ゆえでもあった。


自分の子でなくとも、道で拾った子にも教育を受けさせるユラスの社会感覚。誰かが誰かの犠牲で生きる世界を終わらせ、同時に誰もが誰かのために何かを捧げることのできる世界を作る。

そうして、内戦中もアジアにすがってでも学校や聖堂、教会を閉じなかったユラス人。


本来は旧教新教の仕事であり、正道教の仕事であった全てを彼らは理解していた。こんな人員たちが次の世界をリードしないわけがない。



彼らが聖典に見ている理想社会が、天使舞うお花畑や雲に浮かぶ夢の国、とにかく何かを支配した空想科学世界だと思っていたアジア人たちは遅れを取ったのだ。ユラスを内戦ばかりしているいつまでも古い原理派と思い込み。


前時代からリベラル傾向に移り、生きる指針を失った個々が何億と増えていった東アジアは、未だ世界経済の中心地域ではあるが、実際は空洞化している。


何が?

人口だけではない。

目的と感性と、気力。人々の生きる意味が。



東アジアがどんなに天才、秀才を育てようと、生命のエネルギーに溢れた西、中央アジア全体の底上げには敵わなくなってきていたのだ。時代の波や自然の驚異を乗り越えようとする力も弱まっていた。


礼式形式化、平均化、卓上化してしまった東アジア人よりも、今、セイガ大陸西側はずっとパワーがあり大きく注目されている。



人間に見放された神は、東からまた西側にその声を聞ける者を探して移動し始める。


戦争と貧困でボロボロになって、

それでも神を尋ね求める一人を、群れを探して。



人類の円卓は、ニューロスたちさえも、今、羅針盤の向きを変えようとしている――






そんなカフェ内。


「テミンに連れていかれた太郎君って誰?学生?」

ファクトやシリウスたちが去り、場が落ち着いたところでソラがソイドに尋ねた。


「……知らない。ファクトの知り合い?ウヌクが面倒見てる人だって、ラムダが言ってたけど…。」

「え?ヤバいウヌクが面倒を?ただでさえヤバい奴が面倒見なきゃいけない系?だって、大人でしょ?」

「ファクトも面倒見てる感じだよね。」

「何それ。ヤバっ。」

なぜ成人の面倒など見るのか。またおかしい系か。

「………。」

うわーという顔で、ソイドたちも見送るしかなかった。


そして、しょうがなく残った面子で、アルや数人いる子供たちが飲み終わるまで待つのであった。




***




一方、テミンに会館外の通りまで連れ出された太郎とファクトは、先入店したレストランにてテミンの言葉を待つ。


「…………。」


『ジビエのビストロ』の店内で、猪を前にして声をなくすテミン。


そして、やっと絞り出す。

「……これは猪だけど、猪じゃない…。」


「『ボタン』って猪で合ってるよ?」

と、シェフがカウンターから宥める。

「……。」


「これが、牡丹。こっちが紅葉。で、こっちが桜。」

「……」

ビストロというので、一応肉のグリルを注文したファクトはフムフム聞いている。おいしそうだ。


「紅葉が鹿か…。鹿もあってよかったな。」

花札の鹿を思い出し太郎君は言うが、テミン的にはちっともうれしくない。

「………違う……。生きてない………。ここには猪がいるって聞いたのに!」

「?!」

店長、さすがに憐れな顔で見る。完全に行く店を間違っていた。


ファクトは桜も聞いてみる。見たことのある肉なのでなんとなく予想はつくが……

「店長。サクラってなんですか?」

「馬だよ。」

「馬?!え?馬?………。」

乗馬を始めたので切ないファクト。

が、馬肉は小さい頃から好きなので、思わず食べてしまう。

「うう…。でもおいしい…。」


「僕は生きている猪の写真を撮りたかったのに!」

「動物園にでも行って来たら?いるよ。時長なら近所の山にもいるってレーウが言ってたよ。」

ラムダが宥めるがそうではない。

「違う!太郎君と行きたいんだ!」

「……それは無理だね…。」

ファクトはすまなそうに言った。太郎君は何かと要注意人物なので行動制限をされているのだ。


そう言って太郎君を見ると、太郎くんは「なんで臭くないんだ?」とぼやいて肉を食べていた。

「ちゃんと下処理をすると臭みはなくなるよ。季節や食べている物にもよるし。畜産かとかも関わって来るんだ。」

「………。」

失礼な太郎君は、答えてくれている店長に何も言わずにずっと食べている。無表情でもパクパク食べる姿を見て店長は満足そうだ。

「臭みって何?」

臭みのある肉など見たことのない都会っ子ラムダは、今ひとつ獣臭というのが分からない。

「お前に食べさせてやりたいな。正直胃の中全て吐く。よくて口から吐き出す。」

「………。」

ラムダは、正体不明の太郎君を嫌いだと思ってしまう。


仕方なくテミンも肉を頬張った。

「おいしい…」

ファクトは力なく言うテミンの頭をポンポンと撫でてあげた。


「こいつらと行けばいいだろ?」

太郎君はファクトとラムダを指した。

「僕は太郎君と行きたい!」

「…………」

「太郎君と行くって決めてた!」

そこは小学生。融通が利かないのだが心の内はそれだけではない。太郎君が死んでしまいそうなので、つまらなそうに生きている上にフラれてしまった彼に、この世界の楽しさを教えてあげたかったのだ。


「俺は決めてないけど。」

「動物の模様おもしろいのに…。白に黒か、黒に白か分からなくなってくるシマウマとか…。シマシマ模様の起点や軸はどこから始まるんだと思う?骨に対して?筋肉に対して?経路に対して?

シマウマやキリンとか模様に気合い入れ過ぎて見ているとカオスになってくる動物もいれば、鹿はやる気があるのかないのか分かんない斑点でおもしろいし………」

「模様?模様があるのか?」

「あるよ。ゼブラ模様とか虎模様とか知らないの?パンダって毛を剃ると模様がないの、すごくない?」

「………。」

模様の話をし始めた二人の会話を聞きながら、ここで『キリン』とか言わないでほしい………とファクトは願う。『模様』もやめてほしい。もう響しか思い浮かばない。



「そいういえば、響さんの研究室に鹿の角あったよ!」

ラムダが楽しそうだ。鹿が自ら振り落としていった鹿の角らしい。

「角?」

「鹿の角!輪切りにしてあった!漢方なんだって。木かキノコか分かんなかったよ。」

「ラムダ……。今、先生の名前言わなくでくれる?」

「なんで?」

ラムダはファクトのやめろメッセージに気が付かない。太郎君はその人にフラれたばかりなのに。


そして太郎君と言えば、動物の模様のおもしろさを一生懸命説明しているテミンを取り敢えずじっと見ていた。

「………」

「それで………」


「それで……太郎君。死なないで………」


「は?」

突然下を向いてぐずりだすテミンに、みんな、「は??」となった。

……

「そりゃあ、………こんな世の中、楽しいことなんてないけどさ…」

「え?!」

あんなに楽しそうに生きているのに、テミンすらこの世を嘆くのか。先までロボット革命で生き生きしていた小1なのに。

「…………」


「また死亡フラグが立ったの?!」

ラムダは心配そうに驚くが、ファクトは知っている。


太郎君は常にたくさんの死亡フラグ……どころか死亡垂れ幕を全身に巻き付け、かつ横断幕を掲げている男である。その気になればニューロスでなくともいろいろ破壊させてしまいそうだ。フラグへし折る、本人死亡どころの話ではない。

四支誠で自由行動が許されているのは、ベガスに東アジア軍、特警、ユラス軍とSR社のセキュリティーシステムが常に働いているからである。四支誠は、チコや響とも遭遇することもほぼない。

でも、なぜ彼のフラグをテミンが知っているのか。


「……」

太郎君は、「バカかよ」とめんどくさそうな顔でテミンを見て、頭にデコピンを食らわした。

「いたっ!」

頭を押さえて半泣きな顔をあげると、太郎君は何でもない顔でまた肉を食べ始める。

「………。」


「…というかなんというか……」

ここで思わず気になってしまうファクト。

「テミンと太郎はなんで仲がいいの?」


「?」

「??」

本人たち。よく分かっていない。


「…なんでだっけ?」

「……。」

テミンは太郎君を見るが、太郎は知らん顔をしていた。



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