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ZEROミッシングリンクⅦ【7】ZERO MISSING LINK 7  作者: タイニ
第五十六章 世界は飛び交う、君の胸で

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10 サイコスターとしてなら



藤湾大校舎の屋上。

ベガスの景観を見ながら一人でハンバーガーセットを食べ、ファクトは考える。



どうしたら心理層で出会う女性たちに会えるのだろう。


一体誰の心理層の中に彼女たちはいるのだろうか。


彼女たちはチコやシェダルたちの心理層にあるものなのか。

自分が彼女たちから見せられているのか。

それとも自らが彼女たちの中に入っているのか。



生死も分からない女性たち。


ファクトは手に入れた30年ほど前の、オキオル共和国駐在ジライフ外交官虐殺と拉致の資料を眺める。

当時、オキオルに遺体がなく生き残って拉致されただろう8人。初期は捜索願いが出ていた。


一人は『カラ・カーマイン』。カーマイン家の次女。

そしてロワースという看護師、その娘。

親が拉致時に殺された者の娘。

他3人の女性に、

カーマイン家の三女『レグルス・カーマイン』。


ファクトは何も詳細を聞かされていないが、この資料に行き当たった。


テニアから妻の名前は聞いていたからだ。その代わりテニアは言った後に「あ、そういえばあれこれ言うなと言われていた。まだ人に言うなよ。」と口止めされている。口が滑ったのか、ファクトならと話してくれたのかは分からない。ジャミナイにも手伝ってもらい『レグルス』であれこれ調べたところ行方不明、もしくは死亡で外交官虐殺事件が出てきたのだ。


この『レグルス・カーマイン』はおそらくテニアの妻。

チコの母であり、シェダルの母だ。


名前しか聞いていないので予測でしかないが、北方や南方の反自由圏、独裁国家への拉致でなければ、拉致先は中央のギュグニーだろう。


この中に生き残っている者はいるのか。



調べていっても、この面々の写真資料がない。ジライフはこの時代の先進国なのにそんな事があるのだろうか。おそらく何かのきっかけで意図的に隠されている。拉致先が確定した時点で連合国が伏せたのかもしれない。



「………。」

ファクトはベガスの青い空に手を掲げ、自分の血肉を透かし見る。

チコにはない、本物の血と肉が通う手。


チコはファクトの小さな頃のことを知っているという。母ミザルは執拗に自分をSR社から遠ざけた。

そして、初めから自分を嫌っていたムギ。ラスの言っていた、自分はパイロット向きだったということ。



もう一つ。答えは出ている。


チコは被験体になるかもしれない、会ったこともない養父母の実子、義弟の代わりにその役をかって出たのかもしれない。もしくは母ミザルゆえにそうするしかなかったのか。


聞いた話だが、たくさんの人間を被験体にしてきた負い目か、自分や親族を被験に関わらせる研究者はそれなりにいるという。それに、エリートは家系的に頭脳や霊性などが高度な場合が多く被験体に向いていることもある。


それならムギがずっと怒っていた理由が理解できる。


そんなことも知らずに、自分は難しい世界を無視して安定街道を歩んでいこうと、公務員でも何でもいいから安定就職したいと思っていたのだ。向かないなら倉庫や工場仕事でもいい。チコや他の誰かがシリウス研究や紛争の真っただ中で四苦八苦していた時に、人生のかなりの割合をゲームに投資。進路もどうしよっかなーとあの時はそれはそれで深刻だったが、立体的な世界も持たずに悩んでいた。


チコが健康体だったと言っていたムギの話も理解できる。怪我とは別に、シェダルのように健康体部分まで提供したのだ。したのか、奪われたのかは分からないが。もしくは幼いムギに周りが気を遣ったのか。以前はチコが被験体ということも周りには知らされていなかったから、ムギにも伏せられていたのかもしれない。



チコの引き裂かれた肢体とシリウスより機械的な腕を思い出し、思わず身がすくみ、そして心が締め付けられる。


チコ………。



ファクトは空を仰いで考える。



SR社には何があるのだろう。

シリウスは何を見付けてほしいのだろう。


SR社の、ニューロス研究の核心に近付くにはどうしたらいいのだろうか。たとえ身内でもファクトは一般人だ。扶養と保護の対象になるという以外は職員の、研究者のただの外部家族である。強化ニューロス義体に成功した5人の名前を聞くこともできないだろう。


「………」

今から自分がニューロス研究に関わることは無理だろうか考える。そうすればSR社内部に入れる。


………。

しかし、有名大の大手インターンが死ぬ気で勉強してもSR社の研究室には入れないので、その道はあまりに遠い。まず藤湾でも特殊クラスでないと無理であろう。

そもそもファクトは大学も何もかも得手不得手はあるが平均点。メカニック業界はSR社でなくとも、大部分は生まれつきの秀才天才が行くところなのだ。自分の両親のいるところは、新人でもハイプレイシアやソーライズである。無理過ぎる。


片や被験体の大部分も、天才秀才か何かの特殊能力者。


そうでなくともオミクロン。オミクロンの中枢の兵士たち。彼らも普通でない肉体や運動神経、精神性の持ち主だ。生まれた時から修道を叩きこまれ、使命のために命も捧げてしまうほどの覚悟を具えた生き方を数千年もしてきたのだ。これも無理過ぎる。


自分が選ばれるくらいならこの時代、とっくにユラス人が選ばれているだろう。


ゴロンと仰向けになっていた姿勢から、横向きになってウーロン茶を飲む。

……運動とか何かの感覚に優れていた方がサイコスを扱う能力も高いって言ってたな…。運動は普通よりはできるし……サイコスも複数種使えるし、ニューロスとかでそういう特別枠とかないかな…。推薦入試みたいな……


と考えてふと体を起こした。



むしろ、ニューロスではなくサイコスそのものでSR社に入れないだろうか?




***




「こいつ本当にかわいいな。」


ファクトのうれしそうな声がベガスの閉ざされた天井に響く。


かわいいと言っているのは、総称ミニコマと言われる軽作業ロボットだ。軽作業と言っても広大な排水溝を掃除するそれなりのロボット。コマは基本人間搭載型にもなる人型でないロボットを言うが、ミニコマはその限りではない。


排水溝の種類によってアタッチメントを替え、さらに形状に合わせて形を変える。

「そっちは大型のコマちゃんを使うけど、ここは小型のでガーーッとヘドロを剥いでいく。めっちゃ取れる。」

「ふーん。」

返事は適当だが、シェダルが真面目に聞いている。


「外の農業用水路とかの掃除はめっちゃ気持ちいい。コンクリートとかだと凸凹してるからアタッチメントが早くバカになるけど、憎き水草やぬめりが一気に取れる。こっちが泥やヘドロを一旦かき上げるの。何種類かある。

その後に流れる水がめっちゃきれい。めっちゃ快感。

昔は何キロもある水路の掃除なんてしなくて、するにしてもめっちゃ自治体や住民が揉めて、汚い地域だと水質もめっちゃ最悪だったらしい。」

めっちゃしか語録がないのか、単純なファクトの説明にリゲルが地図を広げながら付け足す。


「ベガスは比較的きれいなんだけどな。河漢の方はガスマスクしていないと下手したら死ぬ。してても死ぬこともあるからな。基本メカしか入れない所も多い。

今ピンクで点灯しているとことが、清掃していく地域。青の所は将来的に全撤去になる。

ピンクのさらに黄線があるところが、俺らが任せられている地域。こっちの色はもう清掃が終わった場所で、これは問題があった所。」

「この前と違うな。」

「この前は工業廃水だからまた少し違う。工場でもろ過するけど、こっちに流れてさらに有害物質はないかチェックする。」


それからファクトが辛そうに言う。

「清掃してるとさ…河漢とか、ネズミだけじゃなくて人の死体が出てきたりする…。」

「ふーん。」

けっこうすごい話なのに、シェダルは「あっ、そ」といった感じだ。それどころか、この汚水に浸かってたら早く腐るな、とか言っている。河漢だと野垂れ死んだのか埋葬ができなくて捨てたのか、事件なのかも分からないことが多い。


「そういう時は一応警察か特殊機関を呼んで、生体採取しておかないといけない。骨だけの時もあるけど。」

「その方が楽だろ。」

「……そういう問題でもないんだけど…。

あ、あと霊性師呼んでもいいけど、思いもなく単純に生き過ぎると霊性の所属がこの世に何も引っ掛からなくて、引っ掛かっても特徴がなさ過ぎて身元が始め分からないらしい。かといって成仏もしないし。」

「面倒だな。」

細かい作業が面倒なのではなく、いちいち身元を調べるのか、どうでもいいだろ。という感じだ。すぐに成仏できない霊を憐れんでもいないだろう。



普段は業者や南海の青年やおじさんたちと仕事に入るが、今日はシェダルに都市機能を見せてあげたいと思ったので、リゲルとファクトは別行動をしていた。もちろんGPSを付けて外部に作業位置は知らせてある。


「ほとんど機械任せだけど、メカ、人間の両方の目視で仕事を進めた方がいい場所もあるから、危険なところ以外はポイントポイントで人間が入るんだ。状況確認もしたいし。時々マテリアルやメカニック技師も来る。そん時は案内や警備もする。」

「……。」

シェダルは周りを見ながら手元にいる一番小さいミニコマを撫でていた。



一通りすることをして地上に出ると太陽がまぶしい。


地下はいいだろうと、シェダルに許可されている四支誠から河漢の安全地域まで出てきた。ベガスと隣接して比較的きれいな地域だ。ここは河漢内部地域とはあまり繋がっておらず、実質的な排水インフラはベガスが担当している。


「おー!ファクト、リゲル!シャワーしたら、向こうで飯食ってこい。」

業者のおじさんが声を掛けてくれる。

「今日はシャワーはいいです。下に行ったから中、熱くなかったし。」

「なら向こうで冷たいもん食ってこい。」

「ほーい。」

「そこのにーちゃんも厚着して死ぬぞ。新人か?名前は?」

「この前も来てたよな?大学生だろ。」


「……。」

半分顔を隠したシェダルが変な顔をしている。シェダルは小さい頃から、敵か味方かで人を分ける教育を受けてきた。

しかもそれは、その時々で位置を変える。今日の味方は明日の敵かもしれない。味方と言っても戦略上のものでしかなく、今、作戦上同じ目的を有するというだけだ。ほとんどの者は名前すら知らなかった。一つ任務が終わったら、その場で先までの同志を処分することもあった。


四支誠と違って、暑苦しい男が多い場所をシェダルは警戒するが、彼らはそんな状況に関係なく若者たちに声を掛け冷えたドリンクを押しつけてきた。



シェダルはそれを、また変な顔をしながら受け取っていた。




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