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弓取りよ天下へ駆けろ  作者: 富士原烏
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花倉殿

 2話目を読み返したところ、承芳が氏輝の事を氏輝様と呼んでいることと、とても優しい人と言ってることに気が付いてしまった。いや~、やってしまいました。まさか、こんなでかい矛盾点を作ってしまうとは。すいません、以後気を付けます。

 氏輝さんは、若くして家督を継ぎ、武田との戦争を繰り返していました。そのせいで、元々優しかった氏輝さんの心は蝕まれ、冷酷な性格になってしまいました……こんなところでお願いします。


 以上の事を要約すると、長編小説初心者なので許してください。

 1536年 1月 1日


 今日は、すこぶる目覚めが良い。睡眠において、環境がどれだけ大切か、身に染みて理解した。現代では、それが当たり前すぎて見えなかったんだと思う。当たり前に感謝。

 起床した時、承芳さんは既にいなかった。布団も綺麗に片付けられており、起きて直ぐという訳ではないだろう。そういえば、久しぶりの一人だ。タイムスリップして、承芳さんに出会ってからずっと一緒にいた。そのおかげで、今ここで生きていられる。もし、あそこで出会えていなかったら、多分今頃野犬の餌にでもなっていただろう。


 「貴方と出会う……運命だったのかもしれませんね」


 無意識に、そんな小恥ずかしいセリフを口にしていた。顔が火照って、布団に顔を埋める。一人でよかった。あの人に聞かれていたら、絶対に揶揄われていた。でも、口から出た言葉が、真実だったらどうだろう。もしかしたら、何か運命などという、不確かなものがこの世に存在していて、僕はそれに身を引かれただけだとか。

 って、僕は何を考えているんだろう。多分、これは朝の頭のせいだ。布団から飛び出すと、思いのほか寒くて、寝間着の上に羽織を一枚着て、部屋を出た。


 廊下は、冬の外気に当てられて、突き刺すような冷たさだった。ここにきて、靴下のありがたみを痛感する。まぁ、そのおかげで目も覚めたんだけど。

 部屋を出たのはいいが、することがない。暫しの間、縁側でぼーっと雲を眺めていたが、数十分も持たなかった。折角気持ちよく目覚めたんだ、こんな事で時間を潰していたら勿体ない。何をするか考えた結果、僕は屋敷の探検をすることにした。


 探検報告。どうやらこのお屋敷は、全て廊下が繋がっているらしい。自分が寝た部屋を目印に、ひたすら歩いてみたところ、見事に同じ場所に帰ってきたのだ。一周歩いて、少し体が暖かくなってきた。ランニングには、丁度いいかもしれない。

 ただ、不思議な点も多くある。というか、分からないことだらけだ。まず、こんな広いお屋敷、いったい誰のものなのだろう。雪斎さんや、承芳さん、氏輝さんの部屋もあるし、歩いてみた感じ、他にもいろんな人の部屋があるっぽい。うーん、わからん。それと、あの時、雪斎さんは城下と言っていた。僕の想像する、大きいお城をまだ見ていない。戦国時代だから、何処かにあるはずなんだけど。


 うんうんと、考えていると、前方から見覚えのある人物が歩いてきた。

 

 「あっ、承芳さん。おはようございます。今朝は早かったですね」


 「何を言っているんだ。関介が遅いんだぞ。兄上の体調が優れない故、今年は大きな行事を行わないが、正月は挨拶に廻ったり、寺への参拝だったりで忙しいんだ」


 ジトっとした目で僕を見つめる。そんな呆れた様子で言われても。雪斎さんは一緒じゃないかと、聞こうとしたがあの人の事だ、何かと忙しいのだろう。

 それより今、承芳さんの口から、僕も知ってる重要な言葉が聞こえたような。

 

 「承芳さん、今正月って言いました? という事は、年が明けたんですね。そういえば僕、ど忘れしちゃったんですけど、今年は何年になったんですか?」


 どうやら、僕の知らないところで、年が明けていたらしい。これで年が分かれば、日数も数えられる。戦国の時代に、何が起こるかを事前に知れるのは大きいぞ。


 「えっと、今年は天文5年だな」


 …………はぁ~ うん、だろうと思ってたよ。がっくりと肩を落とす。くそっ、西暦がこんなにも恋しいと思ったのは、生まれて初めてだ。大体、元号なんて普通覚えてないし。昔の元号は、変わりすぎなんだよと、心の中で悪態をつく。


 「あ、ありがとうございます……」


 「なんだ、そんな肩を落として。新年早々そんな辛気臭い顔していると、運気も逃げるぞ」


 僕の気も知らないで、いたずらっぽく笑う承芳さん。この人は、能天気そうでいいなぁ。


 「別に、何ともないですよ」


 「何ともないなら、そんな顔をするな。ほら、笑う門には福来る、怒る奴には厄が来るというだろ?」


 「笑う方は知ってますけど、後ろは聞いたことないんですけど」


 「それはそうだ、私が今考えたから、って痛い! 悪かったから、そんな怒るなって」


 取り敢えず、脛を蹴っておいた。脛をさすって、ひーひー言ってる。自業自得だ。やはり弁慶の泣き所は、いつの時代でも効果的の用だ。覚えておこう。

 

 「ところで、皆さん忙しいそうですね。実は僕、することが無くて暇を持て余していたところだったんです」


 「おおっ、そうか! それなら、私と共に新年の挨拶まわりでもしないか?」


 それは、渡りに船な提案だ。丁度いい暇つぶしになるだろう。


 「はい、お供しますよ。承芳さんの故郷を知る、良い機会にもなるでしょうし」


 承芳さんの知り合いと、交友関係を広げることも大事だろう。まぁ、氏輝さんみたいな、怖い人でなければだけどね。


 「よしっ! そうと決まれば、早速向かおう。先ずは、兄上のところだな」


 「えっ? そ、そうですか」


 よりによって、早速氏輝さんなのか。昨日、あんなことを言ったから、怒こってるだろうな。僕の強張った表情で察したのか、にかっと笑いかけてきた。


 「氏輝兄さんではないから、安心してよいぞ。今から向かうのは、四つ上の彦五郎兄さんのところだ。」


 「すいません、気を遣わせてしまって」


 「気にするな。それに私とて、新年から氏輝兄さんと顔を合わせるのは、やはり気が引ける。後で和尚に行かせるさ」


 ほっと息を吐く。とはいえ、承芳さんは本当に機転がきくと思う。相手がされて嬉しいことを、見抜く力があると感じる。ただまぁ、その力があるのなら、僕に一々ちょっかいをかけるのは、是非やめて頂きたい。


 廊下を歩いて少しすると、日当たりが悪く、薄暗い場所に到着した。

 

 「ここが、彦五郎兄さんの部屋だ。ただ兄上は、重い病気を患っていてな。それだけ、頭に入れておいてくれ」


 そうか、彦五郎さんも病気なのか。お兄さんが二人も病気とは、ご両親もさぞ大変だろう。両親? そういえば、承芳さんのお母さんは一度会っているけど、お父さんは見ていない。戦国時代のお父さんだ、さぞ怖い御方なのだろう。でも、少し気になる。

 そうこう考えているうちに、障子が開かれた。中に入った瞬間、僕は思わず顔をしかめて、口に手を当てる。部屋に充満しているのは、むせかえるようなお香の香りだった。ただ、その香りに混ざって、言葉では表せない、人間の異臭がする。


 「兄上、私です、承芳です。お久しぶりに御座います」


 「おぅ、芳菊丸か、久しぶりだな。お前が元気そうで、何よりだ」


 部屋の中で、彦五郎さんの姿を認識することはできなかった。体を隠すには十分な大きさの衝立が、部屋の中央に配置されていたのだ。恐らく、その裏にいるのだろう。声は弱弱しく、それだけで病人であることは、容易に想像できた。


 「すまない、折角なら顔を合わせたかったのだが、生憎の病気でな。ただ、弟の元気な声を聞けただけでも、こうして生きている甲斐があるというものだ」


 喋り終えると、重たい咳が室内に響いた。本当に大丈夫なのだろうか。僕まで、心配になってきた。


 「兄上、あまり無理なさらず。話したいことが、山のように御座いますが、これ以上居てはお体に響きますので、私は下がらせて頂きますね」


 「うむ、またいつでも、声を聞かせてくれ。ただ、一つ聞いてよいか? 先ほどから、芳菊丸の隣に誰かおるな? 其方、名は?」


 急に尋ねられて、少し動揺した。まさか、衝立越しに僕の存在に気が付くとは思わなかった。ただ、尋ねられたからには、答えなくては。承芳さんの言う通り、長居は彦五郎さんの体に悪いだろう。それに、この部屋に充満する匂いで、頭がくらくらしてきた。正直、一刻も早く、逃げ出したい気分なのだ。


 「初めまして。承芳さんのお供をしている、関介と言います。」


 「そうか、芳菊丸のお供か。声を聞く限り、年はそう変わらないようでよかった。この先、様々な困難に直面するだろうが、その時はどうか、芳菊丸の味方でいてやってくれ」


 「任せてください。承芳さんと約束したんです。一緒に平和な世の中を作ろうって」

 

 ちらっと、隣にいる張本人の顔を覗く。目が合った。口の端がひくひくと動いて、頬がほんのりと赤みかかっている。


 「平和な世……くくっ、うくくっ。其方たち、また面白い事を。だが、見てみたいなぁ、其方たちの作る平和な世を」


 かみ殺したように笑う彦五郎さん。だけど、その言葉尻は、少し寂しそうに聞こえた。もしかして、自分の命が短いことを知って。いや、そんな無粋な事を考えるのはやめよう。僕らは、軽く挨拶を終え、部屋を後にした。


 取り敢えず、一度部屋へ戻ることにした。その道中、承芳さんは僕の顔を、まじまじと見つめてきた。なんだろう、顔に虫でも止まっているのかな。


 「まさか、兄上の前で、あの事を言うとは」


 なんだ、そんな事か。

 

 「だめでした? でも、別にいいですよね? だって、僕は本気ですもん」


 「いや、嬉しくてな。正直な話、昨日の事を冗談だと思われても、仕方ないと思っていたからな。関介が、真に平和な世を目指していると、知ることが出来て嬉しいのだ」

 

 何を今更。僕は、一度結んだ約束を破るのが、大嫌いなのだ。ただあの日は、その場の勢いというものがあったのは確かだ。改めて、思い返すと、急に恥ずかしく思えてきた。はい、この話はこれでお終い!

 

 ふと、彦五郎さんの部屋の前で、気になったことを思い出した。承芳さんの、お父さんの事だ。


 「そういえば、承芳さんってお母さんはいるじゃないですか? あの、寿桂尼さんて方。でも、お父さんの方を見てないな、と思いまして。今日は、挨拶とかは行かないんですか?」


 「ああ、父上はもう亡くなってるぞ」


 「あっ、す、すいません。配慮なしに聞いてしまって」


 自分の両親も既に他界しているのに、何故その考えが及ばなかったのか。余りに配慮が無さ過ぎだ。


 「気にしなくてもよい。もう十年も前の事だ。そうか、その話をしていなかったな。まぁ、また別の機会に話そう」


 承芳さんは、気にしなくてもいいと言ってくれたけど、何となく気まずくなってしまった。その空気を察してか、いつもより溌溂とした口調で言葉を発す。


 「よしっ! 次の挨拶廻りと行こうか! 次も私の兄上だぞ。二つ上の兄で、名を玄広恵探と……」


 「奇遇だな、丁度俺たちも、お前の話をしていたところだ」


 不意に声を掛けられた。振り向くと、そこには大柄な体格の男性が、二人立っていた。


 「兄上、丁度今挨拶に出向くところでした」


 この人が、玄広恵探さんか。だけど、あまり承芳さんと似ていないような。柔和な表情の承芳さんと違い、太く眉尻が上がって、力強さを感じる。何だか、同じ親から生まれた用には、見えなかった。


 「まずは、新年明けましておめでとうございます。そして、お久しぶりです、兄上」


 「あぁ。承芳、久しく見ないうちに、大きくなったな。のぅ、正成」


 「そうですな。本当に立派になられて、亡き御屋形様も、さぞお悦びでしょう」


 後ろの男は、まさなりと呼ばれているようだ。この人も、なかなかの強面をしている。二人の大男を前に、僕は承芳さんの後ろに、そっと隠れた。


 「どうした関介。この二人、確かに顔が怖いが、別に取って食うわけでもないぞ」


 「怖がらせたのなら、申し訳ない。だがまぁ、我が福島家は、代々戦にて武功を立ててきた一族故、少々粗暴ななりをしておる。女子が怖がるのも、無理はないのう」


 男は、大口を開けて、豪快に笑った。いやだから、怖いって。

 

 「もしや其処の女子、承芳の思人か? だとしたら、随分別品な女子を捕まえたなぁ」


 「兄上も、正成殿も勘違いしておる。関介は、立派な男だ。それに、今は私のお供をしてくれているのだぞ」


 すると、二人は僕の顔をじっと見ると、顔を見合わせてげらげらと笑い始めた。


 「ははははっ! かような、女子のような者が供とは、承芳様も冗談が過ぎまする」


 「そうだぞ承芳。主人よりひ弱な供など、見たことが無い」


 いいように言われている。ふんっ、剣道の腕なら、僕の方が上だもん。と、反論する気は、まぁないかな。反論しても、信じてもらえるとは思えない。それに、やっぱり二人とも怖いし。


 「むぅ、二人とも、流石にそれは関介を侮りすぎです。確かに、女子のような見た目ですが、剣の腕はむごご……」


 「承芳さんっ。 僕は気にしてないので、大丈夫です」


 反論しようとする承芳さんの口を、両手で塞いだ。正直、話をややこしくしないで欲しい。こういう怖い人たちの前では、か弱い僕の方が、今後の関りにおいても都合がよいだろうし。それにどうするんだ。もしこの人たちが、僕と稽古をつけるとか言い出したら。僕は死んでしまうぞ。


 「おやおや、これは花倉殿に、福島殿ではありませんか。本日は、いかようで?」


 聞き慣れた声。振り向くと、やはりそこにいたのは、雪斎さんだった。にこにこと、二人の顔をじっと見据えている。花倉殿というのは、恵探さんの別の言い方だろう。


 「雪斎殿、御無沙汰しております。この正成、またお会いしたいと思っておりました」


 親し気に話す正成さんに対し、恵探さんは、ふっと顔を反らした。何処か、たじろいでいるように見えたのは、僕の気のせいだろうか。


 「ですが生憎、私共も用が御座いますので、今日は挨拶のみにさせて頂きます。それでは、行きましょう恵探様」


 雪斎さんが来たとたん、二人とも慌てているようにも見えた。足早にその場を去る二人。二人が雪斎さんの横を通り過ぎる時、雪斎さんの表情を見て、目を見開いた。氏輝さんの時と、同じ表情だ。いつもの温和な雪斎さんとは違い、暗い影を落としたような笑み。背筋に、気温とは関係ない寒気を感じて、汗が伝う。とんでもなく怖い。これから、この雪斎さんの表情を、ブラック雪斎さんと呼ぼう。


 雪斎さんは、二人の姿が見えなくなるのを確認すると、僕らの方へ向き直る。


 「承芳、あの二人……いや、やめておこうか。またその時が来たら話そう。ただ一つ言っておく、福島家には気を付けよ」


 それだけ言い残し、廊下の奥へ消えていった。僕も、承芳さんもお互い顔を見合わせて、首をかしげるのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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