そのマッチは売り物ではない
その少女は何度振り払っても体に積もる雪と
時折吹く風に身を震わせていた。
吐く息にかざす指は血にまみれたように真っ赤だ。
――もう駄目。
少女は指を胸の辺りに持って行き、身を丸めた。
そのときだった、ポケットの中で何かが嵩張るのを感じた。
――そうだ。
少女は震える指をポケットの中に入れた。
中から取り出したのはマッチだ。
――これで……温かくなれるかも。
少女はマッチを擦った。
しかし、不慣れなため力が入りすぎたのか一本目は折れてしまった。
少女は気を引き締める意味で座り直した。
そして二本目を擦る。これは上手く火がついた。
――ああ、なんて温かいの。
揺らぐ火の奥にストーブが見え、少女は温かい気持ちになった。
しかし、ものの十数秒でマッチの火は消えてしまった。
――ああ、おなかがすいたわ……。
できることはこれくらいしかない。少女はまたマッチを擦った。
すると火の奥にご馳走が見え、少女はゴクリと唾を飲み込んだ。
火が消えると、少女はまたマッチを擦った。
火の奥に倒れた小さなクリスマスツリーが見えた。
火が消え、立ちのぼる煙を名残惜しそうに目で追うと、空に流れ星が見えた気がした。
――おばあちゃん……
少女は昔、祖母が「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのよ」と
言っていたことを思い出し、無性に祖母に会いたくなった。
ため息をついた少女。
白い息が空に昇る。
少女は目線を戻し、またマッチを擦った。
すると火の奥に祖母の姿が見えた。
――大好き。
また温かな気持ち。
しかし火が消え、また見えなくなると途端に寒さと孤独が少女を襲った。
少女は目を閉じ、体を丸めしばらく震えたが
意を決したように目を見開くと、全てのマッチに火をつけた。
祖母の姿は明るい光に包まれ、少女もまた温かい中、目を閉じた。
次に目を覚ましたとき、少女は温かいベッドの中にいた。
近くで話し声がする。
「あの子だけか……まだ目覚めないか」
「はい……でも助かって良かったですね。ベランダから飛び降りたんでしょうか」
「そのようだな、他は逃げ遅れたようだ」
「父親の、いや、母親の恋人の男の煙草の火の不始末でしょうか。
近隣住民によると、娘をほったらかしにし
よく二人で飲み屋を渡り歩き、いつも酒に酔っていたとか」
「まあ、それも本人に訊けばわかるだろう。と、外で一服してくるよ」
少女は思い返した。
母親に放り出され、震えたあのベランダ。
割れた窓の一部を補強するために貼り付けてあった段ボール。
それを剥がし、残りのマッチを全て投げ込んだこと。
段ボール、カーテン、母親とその恋人の男が眠る布団。
ストーブ、テーブルの上の食べ残し
あの二人が行きつけにしているバーの名前とロゴが入った紙マッチ。
その奥。殺され、ビニール袋に入れられ
立て付けの悪い押し入れの中に放り込まれていた祖母。
火が手前から順に燃え広がり、そしてアパートを、すべてを焼いた。
少女はポケットの中に残っていた折れたマッチを飲み込み
祖母の温かな笑顔を思い浮かべ、微笑むのだった。